バニーコス吸血鬼姉妹

「ねぇお姉ちゃん、これを着てみて」

それは、御主人様の何気ない、いつもの一言だった。
“いつもの”というのは、御主人様は裁縫が得意で、気が向いたときにこのように新しい衣装を制作して、御自身で着ることもあれば、周囲の者に着せて楽しんでいることもあった。

御主人様は先日ベアトリスに連れられて、向こうの偉い立場の人間の接待に参加していた。それからというもの、なにやらとても嬉しそう……というよりは、なにか企んでいるという雰囲気で、熱心に新しい衣装を作っていた。衣装の素材を調達していたミアもなんだか乗り気だったので、おかしなことにはならないだろうと放置していたのだが……

「それで、この衣装を私も着るということで着てみましたが、生地が薄く、また胸元が大きく開いておりますが、これが正装なのですか?」

私は率直な疑問を御主人様にぶつけてみた。
いま、私が着ている衣装は、私の白の礼装を元にアレンジされた、人前に出ても誇れるような、恐らく女性の魅力を醸し出す意図なのであろう、私の身体と一体化するような、ボディラインに吸い付く美しい白い衣装である。

ただ、私の胸元を大きく切り抜いて見せているものであり、それを短めの上着で少しだけ隠すという意匠である。また、腰から股間部にかけても切り込みが鋭く、これでは私の身体を鑑賞して欲しいと言っているようなものではないか、と。
それに、頭に装着する必要があるとのことだったが、この長い2本の突起はなんなのだろうか。

「あはっ、お姉ちゃん似合ってる似合ってる。私もこんなの着るの初めてだからお姉ちゃんと一緒に着ようと思ってお姉ちゃんの分も作ったけど正解だったね」

と、御主人様もいつの間にか私と同じような衣装を着て、目の前のソファーに腰掛けて肩越しに私に話し掛けていた。
彼女の衣装も、彼女の服を元にアレンジされたことは分かるが、私のように上着はなく、大胆に開かれた肩から胸に掛けての白い肌が眩しい。

「……はい」

私は少し返答に困ったが、ここも素直に肯定しておいた。

今の私は気が気ではない。
なにせ、御主人様の胸元がこんなに顕わになっているのだから。
それに全体的に露出度も高く、彼女の後ろで待機しているものの、背中越しに見える彼女の胸元から目が離せないでいる。

「まぁ! エリスちゃんもシエラ様もとてもお美しい姿で」

御主人様が呼んだのであろう、ミアが部屋に入ってきた。
それと、ミアのお付きとしてベアトリスも一緒にいるのだが……なぜかぷるぷる震えながら口元を抑えて向こうの方を向いている。まぁこいつはいつものことだから気にしないでおく。

「ミアちゃん、お姉ちゃんにも説明してあげて」
「シエラ様、これは『バニー服』と言いまして、数ある女性専用の衣装の中でも、その姿、魅力を存分に引き出すことができる隠し味のような衣装なのですよ。それ故に、特に殿方との接待に好まれております。エリスちゃんはこの衣装を見て、是非とも自分も着たい、いやシエラ様にも着せたい、と張り切っていたんです」

なるほど、そうなのか。御主人様の魅力を引き出す衣装なのであれば悪くない。
ということは、裏を返せば私の魅力をも引き出してくれる衣装なのだな。

改めてソファーに腰掛けて片肘をついている御主人様の胸元をちらりと見る。

ふふ、これはまだ、姉として私の方が勝っている。
再び私の胸元を見て、そう確信した。


「それで、その……こちらでよろしかったでしょうか?」

まさか、私とミア嬢にも衣装が用意されていたとは思いませんでした。
いえ、ミア嬢はエリス嬢にお願いされて衣装の素材を調達していましたから、その量からこうなることは分かっていたはずです。となると、これはもしかしてミア嬢も私を試しているのでしょうか。

私の眼の前にいるミア嬢は、エリス嬢に大いに褒められてなんだか嬉しそうですし、その笑顔を見ると私も嬉しくなります。

という、とても良い雰囲気なのですが、翻って私はこの衣装は苦手です。
特に、お姉様の、あの完璧なプロポーションを重ねて着こなしている姿を見せられた後では、私のような者が着ても……と卑屈になってしまいますが、そういうのは表に出すと、またお姉様に叱られますね。

ここは少し、客観的に見てみましょう。

ミア嬢に用意されているのは、私が知る限りでは標準的な衣装です。
黒色のレオタードや白いカフスにチョーカー、茶色のタイツという共通パーツに加え、頭に装着する兎の耳が黒であることが大きな違いでしょうか。
ミア嬢は艶のある黒い髪や瞳に代表されるように、黒の印象が強いお方。もちろんこの黒系統の配色はばっちり似合いますし、ネクタイが赤でなく青系統の色であるのが、少しお淑やかさを出していて大人の優雅さを醸し出しています。
あらゆる状況や環境で重宝される、極めて魅力的な姿として完成されていると言えます。

対して、私に用意されているのは、上着付きの、赤い配色のバニー服です。
エリス嬢に対するお姉様のように、ミア嬢に対する私という対称性を持たせてくれているのは大変ありがたいですね。
しかしその……お姉様と比べて前面が、私の腹部が、臍までがくっきり見えるように大胆に開かれているのは、やはり恥ずかしいといいますか、お姉様を前にしてとても主張できるものではありません。

「……ということを考えているんだろう、ベアトリス?」

エリス嬢の後ろで直立不動で佇んでいるお姉様が、突然私に話し掛けて来ました。

ふふ、お姉様には、やはり隠し事はできませんね。