滞在八日目の昼過ぎ、朧姫の執り成しで、夜叉丸との謁見が実現した。

 呼び出された虎太郎は、御目見得(おめみえ)の大広間に足を踏み入れる。

 妻鹿帰城の大広間は三つの部屋が繋がった長方形の空間だ。構造は江戸城と全く同じ。上段、中段、下段に区切られ、全てを合わせると約五十畳ほどになる。

 城主は上段の間で横たわっている。老病を理由に布団から出られないという。木目の細かい御簾が下ろされて、上段の間は遮られている。中段と下段の間にいる者からは姿がはっきりと見えない。

 目を凝らしてようやく分かったのは、山なりに膨らんだ布団だけだった。御簾の向こう側で何が起きていても虎太郎には分からない。

(領主の夜叉丸……! ここからだとよく見えない。僕が御庭番の忍衆だから警戒しているんだな。妻鹿帰之國を支配している人喰い鬼め……!)

 下段の間で頭を下げた虎太郎は、中段の間に座って扇子を仰ぐ妊婦に注目する。

(奥方の皐鬼那。娘の朧姫と同じ白銀の髪色……)

 奥方の皐鬼那が白銀花魁と呼ばれる理由は外見にあった。煌びやかな髪色は、白銀を塗った絹糸を連想させる。娘の朧姫よりも上質な艶があった。

(とても美しい容貌の女性だけど……あれも人喰い鬼……。すごい色気だ。いや、淫気というべきかもしれない。漂ってくる匂いを嗅いでいると……。くっ! 僕には刺激が強い)

 亀頭の尿口から我慢汁が溢れる。虎太郎はいっちょ前に勃起した男根を股座に隠す。朧姫の件もあり、ただでさえ敏感になっていた。

(しっかり精気を出し切ってからでなければ危なかった。射精なんかできないくらいだったのに……。今にも暴発しそうだ)

 身体は大人の朧姫だが、年齢は幼女である。背徳感は虎太郎の良心は痛んだ。

「――もはや取り繕う必要はない。儂の娘、朧に随分と気に入られておるようじゃのう」

 御簾の奥で横たわる夜叉丸は虎太郎に問いかける。

 聞こえてきたのは、老人のしゃがれた声だった。夜叉丸は齢が九十歳を超える老公とされている。しかし、正体が人喰い鬼なら年齢など当てにならない。

「朧姫様には良くしていただいております。お陰様で足の怪我も快方に向っております。滞在をお許しいただいた夜叉丸様と奥方様にも感謝しております」

「取り繕う必要はないと言ったであろう。昨日の晩、朧の寝間に泊まったのは知っておるぞ。くかっかかかかか! お愉しみであったなぁ?」

「……それは……その!」

「良い。欲しいモノは与える。娘は甘やかしておる。それが儂の教育方針じゃ。朧は貴様が欲しいと言いよった。無欲な娘にしては珍しいことじゃ。好きにすればよい。歯向かわぬ者に儂は優しいのだ」

 寛容すぎる申し出だった。朧姫は妻鹿貴之國で唯一の姫君。奥方の皐鬼那が身籠もっているとはいえ、流産を繰り返しているのだ。無事に産まれてくる保障はない。

 朧姫は政略結婚に使える唯一の人材。そんな一人娘に自由恋愛を許す。一国一城の主には相応しくない判断だった。

(僕の正体はお見通しってわけだ……。くそ。完全に嘗められてる)

 大広間に護衛の姿はなかった。虎太郎が戦闘に秀でた忍者なら、この場で領主と奥方を成敗できたかもしれない。

 この場に相方の女忍者がいれば、間違いなくそうなっていた。朧姫の証言で両親が人喰い鬼だという確証は得られている。

「妻鹿貴城から離れぬかぎりは自由を許そう。ここは良いところじゃぞ」

 虎太郎は懐に隠した忍刀を使おうとは思わない。敵はこちらの虎太郎の正体を見抜いている。姿が見えないだけで、どこかに護衛の兵が潜んでいるはずだ。

「夜叉丸様。僕と一緒に妻鹿貴之國を訪れた仲間はどうなりましたか?」

 目的を一つに絞る。滞在初日の夜に消えてしまった仲間の女忍者を救う。名前を思い出せなくなったが、大切な存在だった記憶はある。

「仲間とな? 儂は聞いておらぬ。皐鬼那、どうなのじゃ?」

 面白おかしく、邪悪に嗤っている。嘲笑は明らかだった。不機嫌そうな奥方は主君からの質問に答える。

「さて? 私も聞いておりませんね。朧からは客人が一人だけと聞いておりますわ」

「ふむ。悪いのう。貴様の言う仲間とやらが、誰なのか分からぬ。名前を言うてみい。仲間ならば名を答えられるはずじゃ」

「…………ッ!」

 虎太郎は歯を食いしばる。額に血管が浮き上がるほどに考え込む。だが、彼女の名前は思い出せない。

「名を知らぬのなら、どうにもならんよ。元々、そんな女子(おなご)はいなかった。貴様の思い違いではなかろうか? くかかかかかか!」

 夜叉丸の言葉には妖力が滲んでいた。虎太郎の記憶に(もや)が生じる。

 鬼道術を使われてしまったと気付いた。すぐさま気魂を練って対抗する。

(しまった! 朧姫から夜叉丸の鬼道術は聞かされていたのに……! 彼女との思い出が……薄らいでしまった。さっきまで忘れていたのは名前だけだったのに……!)

 十年間の記憶に(かすみ)をかけられてしまった。記憶が不完全になり、仲間の女忍者を助けたいという意思が弱まってしまった。

「――あぁ♥︎」

 御簾の向こう側から、淫猥な嬌声が聞こえた。

(え。御簾の向こうから聞こえた声は……、まさか! そんなはずはない!)

 若娘の声色だった。虎太郎は上段の間を凝視する。御簾で隔てられた上座に誰かがいる。夜叉丸が寝ているはずの布団に、ずっと潜り込んでいた若女は、堪えきれなくなり、上半身を起こしてしまった。

(御簾の向こう側に……。誰なんだ? あの人影は女……?)

 かろうじて見える身体の輪郭で、長髪の娘だと分かった。細身ではあるが胸部の膨らみは際立っている。夜叉丸と寝ている若娘は裸だった。そうでなければ肉体のラインがこうもはっきりとは見えない。

「すまんのう。紹介するつもりはなかったのじゃが、まさか声を出してしまうとは……」

「申し訳ございまっ……せぇ……♥︎ んぅ……♥︎ あぁぁぁっ♥︎」

 床板の軋む大きな音が大広間に響いた。直下からの打ち上げを受けた若娘は、腰をくねらせて喘いでいる。

 風向きが変わり、虎太郎のいる下段の間に猛烈な精液臭が押し寄せてくる。木目の細かな御簾で遮られるとはいえ、上段の間で淫らな行為が繰り広げられているのは分かった。

「あっ……あぁ……♥︎」

 若娘は腰を浮かせて、肢体をぶるぶると震わせる。

 絶頂の悦びに酔い痴れ、淫らに喘ぎ啼く。夜叉丸の子種が膣内に注ぎ込まれていった。

「側室の()()じゃ。儂は寒がりでのう。いつも人肌で暖めてもらっておる。良い機会じゃな。客人に挨拶してくるがよいぞ」

 夜叉丸は楼嫁の尻を叩いた。背筋がビクンッと反応する。

 膣穴に挿入されていた極太の男根がゆっくり引き抜かれていった。踏ん張って力まなければ、返し牙が生えた亀頭のカリ首は外せない。棘付きの金棒を思わせる逸物は、人間の生殖器と似ても似つかなかった。

「はぁ……はぁ……。んぅっ……」

 立ち上がった楼嫁はふらついている。おぼつかない足取りで転びそうになりながら、床に置かれていた肌着に袖を通す。

(側室……? おかしいぞ。朧姫から聞いた話によれば、領主の女房は皐鬼那だけだと……)

 虎太郎は奥方に視線を向ける。自分の旦那が別の女を抱いていたのだ。愉快な心地とはいかないだろう。不機嫌な顔つきで、身籠もった腹を撫でている。

「――先ほどは見苦しい声をお聞かせして失礼いたしました。側室の()()と申します。以後お見知りおきを」

 御簾を潜って現れた美少女は、虎太郎に会釈をする。

 汗を吸った薄衣の肌襦袢は、艶肌の色が透けていた。乳首の突起が如実に見えてしまっている。

「…………ッ!!」

 虎太郎は動揺を隠せない。

 夜叉丸の女房と名乗る美少女は、自分と共に妻鹿貴之國に潜入した女忍者に瓜二つだった。

 御庭番の忍衆として幾度も任務をこなし、伊賀と甲賀が和睦を結んだ象徴として夫婦になるはずだった伴侶。契りを交わした許婚の娘にそっくりだった。

(そんな! いや、でも……髪の色が違う)

 一つだけ大きく外見が異なるのは髪色。楼嫁は白銀色の長髪だった。虎太郎が探す女忍者は、深紫色をしている。普段から髪を束ねて、女らしくしているのは任務で必要なときだけだった。

「夜叉丸様に側室がいたとは存じませんでした。朧姫様のお話ではそこにおられる奥方様だけだと……。つかぬ事を伺いますが、いつ迎えられたのですか?」

 虎太郎は抱いてしまった疑いを捨て去りたかった。しかし、見れば見るほど顔立ちが似ている。とても他人のそら似とは思えない。真偽を見極めるために問いを投げる。

「朧には話していなかったからのう。楼嫁を娶ったのは三ヵ月前じゃよ。宴会の余興で呼んだ旅芸者の娘じゃった。そうじゃな? 楼嫁よ」

「はい。夜叉丸殿の言うとおりにございます。私は各地を放浪する旅芸人の一座に育てられた娘でした。妻鹿貴之國を訪れたのは三ヵ月ほど前でございましょうか……。夜叉丸殿が私の舞踊を気に入ってくださり、下賎の生まれながら、畏れ多くも妻鹿貴家に嫁入りいたしました」

 虎太郎は言葉を失う。相方の声を聞き間違えたりはしない。

 満月の夜、意気揚々と天守閣に侵入した女忍者の声色だった。しかし、虎太郎への態度はまったく違う。白銀に煌めく髪色もカツラを被ってるようには見えない。

(彼女とは思いたくない。でも……目元は……)

 記憶のなかにいる彼女と、眼前の楼嫁は重なり合う。

「楼嫁様はどこのお生まれですか……?」

 虎太郎の声は緊張で震えていた。御簾の向こうでこちらを眺める夜叉丸は、虎太郎と楼嫁のやり取りを嘲笑している気がした。

「分かりませぬ。拾われた捨て子と養母からは聞いております。親の顔もわかりません……。昔のことは覚えていないのです」

 楼嫁は虎太郎に何の反応も示してくれない。あくまでも旅一座の芸女だったと言い張った。

「楼嫁よ。早う戻れ。体が冷えてしまう」

 夜叉丸に名を呼ばれて、楼嫁は再び上座の間に戻ろうとする。背を向けた楼嫁の艶尻がくっきりと見える。肌を濡らした汗だけではない。愛液と精液が肌着を濡らしていた。

「まっ、まってくれ!」

 立ち上がった虎太郎を制したのは、今まで静観していた皐鬼那だった。

 美事な蝶柄の振袖で着飾った孕熟女。豊満な乳房に異性の心を惹きつけ、虎太郎も腰砕けになる。花魁の二つ名通り、着崩した襟元から白肌の上乳を派手に露出させる。乳間どころか、乳輪の茶色模様が見えそうだった。

「もう良いでしょう。朧のところにお戻り。夜叉丸殿の慈悲深さに感謝しなさい」

 皐鬼那は吐息を吹きかける。

 虎太郎は気魂を練り上げられず、美鬼に魅了されて惚けてしまう。

「ん! うっ……ぁ……!!」

 限界に達した虎太郎の男根は暴発する。股間が生暖かく湿る。指一本触れていないのに射精してしまった。

「おやおや、みっともなく粗相をしてしまったようねぇ……?」

 皐鬼那は上唇を嘗める。牙が見えた。人間を喰らう怪物の目つきだった。

 震え上がった虎太郎は、恐怖で失いかけた正気を何とか取り戻した。

(くそ! こんなはずじゃ……!)

 逃げ出したかった。朧姫の部屋に逃げ込めば命は助かる。しかし、御庭番の忍衆として、悪鬼に屈するわけにはいかない。勇気を奮い立たせた虎太郎は、皐鬼那の面貌を凝視する。そして、意図せず気付いてしまった。

「え? 伊月白雪(・・・・)……?」

 皐鬼那の真名を呼び当てた。

 歴代最強と謳われた氷結忍法の使い手。十年前、妻鹿貴之國で行方不明になった伊賀忍者筆頭のくノ一。似顔絵でしか知らなかったが、虎太郎は皐鬼那の正体が伊月白雪だと見破った。

(朧姫に伊月白雪の面影があったのは……!!)

 容貌は母から娘に遺伝する。朧姫に忍者の血が流れているのなら、伊賀の血伝忍術を発現するのも納得がいく。経緯は不明だが、内偵任務に失敗した伊月白雪は、夜叉丸の妻となり、娘を産んでいたのだ。

「なぜ……その名を知って……! う……ぐぅっ……!! こんなにとき……!!」

 皐鬼那は孕み腹を抱えてうずくまる。真名を呼ばれたせいで、肉体に不調が起きたようだ。

「思い……出した……! 思い出したぞ! 春華! ()(づき)(はる)()!! 君なんだろ!! 僕だ! 虎太郎だよ!! 君も思い出すんだ!! 自分の真名を!!」

 虎太郎は叫んだ。御簾の向こうへと消えた楼嫁に訴えかける。夜叉丸の邪悪な鬼道術が揺らいでいるのが分かった。奪われた真名を取り戻すには、誰かに名前を呼んでもらえばいい。

(くそっ! くそ! なんでもっと気付けなかったんだ! 僕は大間抜けだ! 夜叉丸に捕まった春華は真名を奪われてしまったんだ!! 偽りの名を与えられた者は洗脳される。おそらく母親の伊月白雪も十年前に……!)

 虎太郎は背に隠していた忍刀を抜いた。右足は痛むが、そんなことは言ってられない。

(なんとか思い出せた。でも、次は思い出せなくなるかもしれないっ……!! なんて恐ろしい鬼道術だ! 僕の真名を知られる前に、夜叉丸を成敗するっ!!)

 夜叉丸の鬼道で洗脳された春華を助け出そうと駆け出した。

「待て! 夜叉丸殿のところには行かせぬっ!」

 陣痛で動けなくなっている皐鬼那は、虎太郎の足首を掴もうとする。

 人の姿を捨てて鬼化した皐鬼那の頭部からは角が生えていた。指先には漆黒の爪があった。捕まっていたら、鋭利な爪が突き刺さっていただろう。だが、虎太郎は飛び跳ねて躱した。

「うぐぅっ……!!」

 着地の瞬間、右の足首が激痛で固まった。しかし、構わずに走り抜ける。

「春華! 自分を思い出してくれ!! 君は楼嫁なんかじゃないっ!!」

 下ろされていた御簾を忍刀で切り裂いた。上座の間で起きていた淫事が暴き出されてしまう。

「あぁっ……ぁ……♥︎」

 四つ這いの楼嫁は、夜叉丸に美尻を捧げていた。

 鬼の太ましい肉棒が膣穴に収まっていく。既に中出しされた精液が、亀頭に押し出された。出血の痕跡はなく、処女はとっくに失われていた。

「ほぉ。皐鬼那の真名を言い当てよったか? 下っ端だと侮っていたが、存外に強い気魂じゃのう」

「黙れ! 春華から離れろ!」

「愚かじゃな。せっかく朧が助けようとしておったのに、無駄にしよって。くっかっかかかか!」

 大笑いする夜叉丸は、楼嫁との交合を見せつける。

「やめろぉっ! それ以上、春華を辱めるなっ! 殺してやるっ! 人喰いの悪鬼め!!」

 老人を装っていた夜叉丸は、若々しい少年だった。

 立派な鬼角が生えているのを除けば、美少年の部類に入る。妻鹿貴之國に古くから棲み着き、人間を食い散らかしてきた妖怪を生かす理由はない。

「おぉっ……♥︎ あう♥︎ おぉっ……♥︎ ごめんな……さい……ぃ……♥︎ ひぐぅぅうっ……うぅっ……♥︎」

 楼嫁の髪が一部だけ変色する。深紫色に戻った髪は、すぐさま白銀色に侵食された。

「わたしぃ……♥︎ いっ……ぢゃっ……ぁ……♥︎」

 にんまりと夜叉丸は笑った。夜叉丸の鬼道術は真名さえ知ってしまえば無敵であった。虎太郎は朧姫のおかげで、真名を知られていないはずだった。

(だつ)(めい)(しゅう)(めい)。それが儂の鬼道術じゃ。情に流された朧は、貴様の名を盗ってこられなかったが……。くっかかかかかか! 女の恨みは恐ろしいのう。甲原家の小童よ」

「なっ、なにぃっ! どうして僕の……!?」

「甲原虎太郎。教えてくれたんじゃよ。こもはや伊月春華などおらぬ。この娘は儂の鬼嫁じゃ」

「うっ! がぁっ!! ぐぁああああああぁっーー!!」

 何かが虎太郎の足に噛み付き、上段の間から引きづり出された。握っていた忍刀を手放してしまう。

「贅沢な名前じゃのう。相応しい名を授けてやろう。くかっかかかかか! よし、決めたぞ。貴様の名は『畜生』じゃ。猟犬どもの餌になれぃい!」

 虎太郎を襲ったのは狼奈が飼い慣らしている猟犬だった。

 群れを率いているのは赤毛の大型犬。虎太郎が飼っていた忍犬の赫狼だった。

(くそっ! 操られているのか! 僕を喰い殺すつもりで……!!)

 唯一の武器であった忍刀は、どこからともなく現れた狼奈に回収されていた。夜叉丸のすぐ側に控えていた狼奈は、猟犬達に指示を飛ばす。

「――死体は骨すら残さず食い尽くしなさい」

 狼奈の命令に犬は逆らえない。虎太郎は死を覚悟した。任務は失敗し、犬達に生きながら食い殺される。最悪の死に方だった。春華を助けようと足掻くが、赫狼に踏んづけられた。

(こいつ……! 面倒を見ていた恩を仇で……!! いや、待てよ……? 僕を隠すように猟犬達が取り囲んでいる……?)

 赫狼は鈍い虎太郎を急かし立てる。頭をさらに踏んづけて、はやく忍術を使えと促した。

(赫狼? そういうことなのか? だったら……! やるしかないっ!! 忍法――擬獣術〈怪猫〉!!)

 虎太郎は猫に化ける変身忍法の使い手だった。

 猫になる変化の術式。獣の姿に化けた虎太郎を見破る方法はない。小さな三毛猫になった虎太郎は、赫狼の口内に収まるくらいの大きさだ。食らう演技をしつつ、赫狼は虎太郎を口の中に匿った。

「…………」

 狼奈は天井裏に潜んでいる朧姫に合図を送る。朧姫の年齢を操る術は触れていなければ発動できない。しかし、能力解除は触れていなくてもできる。

(ごめんなさい……!)

 身代わりの肉塊が現れる。狼奈が墓を曝いて盗んできた少年の死体だった。狼奈の能力を使えば一時的ではあるが、死体の年齢も若返らせることができる。

 猟犬の口に仕込める最小の年齢、受精卵まで若返らせた。朧姫が能力を解除すれば、新鮮な死体が突然現れる。狼奈の命令を猟犬達は実行する。猟犬達は身代わりの死体を貪り食う。

「あぁ……ぁ……!」

 虎太郎が死んだと思い込んだ楼嫁は大粒の涙をこぼした。鬼の陰茎でほぐされた肉壺は子種汁で満ちる。

「おぉっ……♥︎ おっ♥︎ おっ♥︎」

 側頭部の皮膚が捲れ上がり、鋭利な鬼の角が生える。

 夜叉丸の妖気に蝕まれ、肉体が鬼に堕ちてしまった。人に仇なす妖魔を狩るべき者は堕落した。純潔を穢され、人肉を食し、鬼子を孕もうとしている。

「ひぃっ……あぁ……♥︎」

 御庭番のくノ一は弱々しい悲鳴をあげた。膣道を占拠した男根が力強く脈動する。楼嫁の胎を我が物にしようと鬼の精子を浴びせかける。

「たす……け……て……ぇ……! おかあぁさ……ま……!」

 助けを求めてくる娘。しかし、皐鬼那の顔付きは冷めきっていた。恋敵を睨めつけるような態度だった。

【第五章】新月の夜、獣囚の牢名主

※本章は公開に伴い一部の内容を変更しております