恨み深く、憎々しげに、嫉妬を煮詰めた鬼女の瞳が光る。
「……………」
母乳を吹き散らす楼嫁を静かに睨みつけていた。
手で三毛猫の首根っこを掴んでいる。幻影忍術〈乳吹雪〉で視界を奪われた虎太郎は、廊下で皐鬼那に捕まってしまった。
「ふん。畜生の分際で……。殺されたくなければ黙っていなさい」
皐鬼那は城内を歩き回る三毛猫を怪しんでいた。朧姫の前では無関心を装いながらも、飼い猫の正体を探っていた。
人喰いの鬼母に堕ちたが、元々は伊賀忍の筆頭だった凄腕女忍者。男に産まれてさえいれば、御庭番の頭領に任じられていた千年に一度の天才。擬獣術〈怪猫〉のわずかな違和感を看破した。
「にゃぁ……?」
「ミケ。そう名付けられていたわね? とぼけても無駄。幻術で視界が潰されても、私の声は聞こえているでしょう? 私から二度も逃げられるとは思わないことね」
掴み上げた三毛猫を乳房の谷間に挟み入れる。全身を乳房に包まれた。汗臭さ、血の匂い、鬼の精液、母乳の甘い香り、妖魔の邪臭。強烈な匂いで昏倒しそうになる。
(最悪だ! くそっ! よりにもよって皐鬼那に捕まるなんて……! 僕が猫じゃないって気付いているんだ……!!)
乳間に囚われたまま、廊下を進んでいく。視界は幻影忍術〈乳吹雪〉が解けるまでは、真っ白なままだ。
楼嫁の喘ぎ声が遠ざかっていくので、天守閣の最上階から降りているのは分かる。
「手引きしている裏切り者は狼奈? 老い先短い〈物の怪〉らしい。短絡的だわ。種違いの兄を助けようだなんて……」
「……は? ぼ、ぼくが兄……!? 種違い? それはどういう……!?」
「青いわね。未熟な忍びだわ。服部半蔵はどういう教育をしているのかしら? 会話能力がないと装えば、尋問されずに済んだかもしれないのにねぇ」
「うっ……! くぅっ……!?」
「苦しい? それとも私の乳房に抱かれて嬉しいのかしら?」
乳圧が高まる。猫の身体は柔軟性に長けている。その一方で耐久性はない。その気になれば皐鬼那は乳房で挟んだ子猫を圧殺できる。
「兄? 何の話だ……!? それに狼奈の老い先が短いって……?」
「あら? 気付いていなかったの。教えてあげるわ。狼奈の母親は戌嫁。十年前に妻鹿貴之國で敗れた貴方の実母よ」
「……え?」
「猟犬と交配させて優秀な仔犬を産ませているわ。狼奈は最初に産まれた半獣の子。犬と人間をかけ合わせた〈物の怪〉。見た目は大柄な人間だけど、成長と寿命は獣と同じ。十数年で死ぬわ。狼奈が産まれたのは九年前よ。寿命は残り三年程度かしら?」
「なっ……なにを……。出鱈目だ……! 僕の母さんが……犬と……そんな馬鹿な……?」
「じゃあ、始末しちゃおうかしら? 赤の他人なら気にしないのでしょう。裏切り者の狼奈と戌嫁を殺す。私は妻鹿貴家の奥方よ。簡単だわ」
「っ……!! それが真実だとして何のつもりなんだ……?」
正体が露見した時点で敗北は決まった。皐鬼那は三毛猫を殺し、裏切り者達を一掃する。それで問題は解決するのだ。
「働き次第では貴方達を見逃してあげてもいいわ。取引をしましょう」
「取引だって……?」
「楼嫁を人間に戻したい。それが貴方の望みでしょ? 私が手伝ってあげるわ。妻鹿帰城からも逃がしてあげる」
「どうして? 楼嫁が……いや、伊月春華が娘だから……?」
「違うわ。そんなわけないでしょ。私は皐鬼那なのよ。妻鹿帰の奥方! 人間を支配する美しい鬼母! でも、夜叉丸殿は楼嫁に世継ぎを産ませたがっているわ。私という妻がいるのに……!!」
怒りを露わにした奥方は、臨月のボテ腹を抱く。一度の出産、五度の流産、七度の妊娠で身籠もった大切な稚児。鬼であれ、人であれ、争いと妬みは起こる。
自分の地位を守るため、皐鬼那は楼嫁を消したかったのだ。
「次の満月までに楼嫁が孕まなければ、楼嫁を喰っていいと仰ったわ。でも、本当にそうなるかは分からない。あの娘は邪魔なのよ! 妻鹿貴之國から出て行くのなら、力を貸してあげるわ」
「取引に応じなければ僕を殺すんだろ。こっちに選択肢はないよ。僕は何をすればいい」
「いい子ね。簡単よ。朧姫を喰わせて」
「は? 何を言ってるんだ!? 朧姫は……貴方の娘じゃないか……!?」
「娘なんかいらなかったわ! 私が欲しかったのは男子! 世継ぎを産めなかったら意味がない! あの娘は失敗作よ。八つにもなって血肉を拒む。だから、喰い尽くして新しく産まれる赤子の栄養にするわ」
「朧姫は……血の繋がった娘だろ! 貴方は最低だ……!」
「最低? あら? 朧姫は鬼よ。私と夜叉丸殿の鬼子。御庭番の忍衆なら殺すべき相手。まさか絆されたのかしら?」
「あの子は……人を傷つけない……! 優しい子だ」
「そうでしょうね。でも、鬼の姫君よ。伊月春華よりも朧のほうが好みだったの?」
「ち、ちがう! そういう意味じゃ……!」
「貴方に選択なんかないわ。新月の夜、朧を私の寝室におびき寄せなさい。犬嫁や狼奈が知ったら邪魔をするわ。朧を一人にさせるのよ」
「春華を助ける方法は……?」
「新月の夜、夜叉丸殿は奥座敷の御堂に籠もられるわ。私が手を貸せば妻鹿貴之國から脱出するのは簡単よ。鬼を人に戻せるかは貴方次第だわ」
「僕……次第……?」
「ついでに奪われた真名も思い出させてあげるわ。楼嫁は忘れていたんでしょ?」
「……そっ……それは……!」
一方的に抱いていた期待を裏切られた。落胆していたのは事実だ。虎太郎は〈伊月春華〉の名を思い出した。しかし、春華のほうは自分の名を思い出してくれない。虎太郎としか呼んでくれなかった。
「――貴方の真名は甲原虎太郎よ」
自分の部屋に到着した皐鬼那は、三毛猫の真名を呼ぶ。
(僕の名前……! 夜叉丸にかけられた鬼道術の呪いが弱まった。でも……完全には……。春華に呼びかけてもらわないと駄目なんだ……)
鬼道術〈奪名醜銘〉で銘打たれた畜生の汚名が薄まった。
「幻術を解除してあげるから、じっとしていなさい」
皐鬼那は両手で乳房を圧迫する。谷間に挟まった猫状態の虎太郎は、パイズリで擦られる肉棒のように揉まれる。
「な……うぅっ……。なにやってるんだよ……?」
「私の妖気を注いでいるわ。格上の妖魔に忍術は効かない。あんな小娘の幻影ごとき、私の淫力で上塗りできる」
「ま、まて……やめぇ……! いぃっ……!! う……くぅっ……!!」
「御庭番の忍衆なら耐えられるわ。あら? この精液臭……。みっともないわねぇ。猫のくせに射精してしまったの? そういえば大見得の場でも貴方は、私を見て精液をお漏らししていたわね」
「ち……ちが……うっ……! これは……ん……くぅうぅっ……!! やめ……ろぉ……!!」
「なるほど……。未熟な朧でも手玉に取れるわけだわ。なんと弱々しいのかしら? くふふふふっ♥︎ 夢見心地でしょう? 弱っちいオチンポには勿体ないわ。あぁ、また我慢できずに射精したわね?」
「んぁ……にゃぁ……! あぁっ……♥︎」
「そんなんだから夜叉丸殿に自分の女を奪われてしまうのよ」
皐鬼那は豊満な乳房の谷間で子猫を弄ぶ。
淫らに刺激し、射精を繰り返させる。乳間は獣毛とベタついた精液で汚れていく。皐鬼那に搾り取られる度、視界にこびり付いた幻影が剥がれていった。
「鬼堕ちした人間に戻す方法を教えてあげるわ。よく聞きなさい。鬼になった女を――」
鬼から人間に戻る方法を説明する。
孕み腹の皐鬼那は虎太郎が気絶するまで搾精を続けた。執拗に嬲るのは、夜叉丸の寵愛を奪った実娘に対する当てつけだった。この淫戯が後に大きな意味を持つことになる。
「んにゃぁあ゛ぁ……♥︎」
乳房に抱かれた虎太郎は射精を遂げる。彼女は気付いていない。
「ふっふふふっ……! さあ、私の胸で果てなさい。あんな小娘なんかより私のほうが妖艶で美しいのっ……! 私こそが夜叉丸殿の奥方にふさわしい! 妻鹿帰の世継ぎを産むのは私。鬼母の座は渡さないわ……!! 次こそは男の子を産んでみせる……!!」
皐鬼那の末路が決定付けられた瞬間だった。
蝋燭の灯りを旋回していた小蠅が飛翔する。蟲達は羽翼を巧みに操り、地下の女牢へと飛び去った。
◆ ◆ ◆
楼嫁は満月の夜を乗り越えた。
妊娠の刻限は一月後。夜叉丸は次の満月までに楼嫁を孕ませる気でいる。氷鍼を差し込まれた双乳は美事に育ち熟し、妻鹿貴之國で随一の巨乳と登り詰めた。
胸部の重みに慣れるまで一週間はかかった。膨れ上がった乳袋は、大量の母乳を分泌した。搾り取らなければ、張った乳房の鈍痛に悩まされる。
妻鹿貴家の家紋が刺繍された着物は、両肩を大胆に開けさせなければ豊満な胸部が収まらない。奥方の皐鬼那が白銀花魁と呼ばれた理由がよく分かった。
一国一城の主が連れ添う女房にしては、慎みが欠けている。
(乳輪が見えちゃいそう……。恥ずかしい格好……。でも、こんな大っきなおっぱいじゃ、破廉恥な格好になれないと体熱がこもってしまう)
与えられた私室で夜伽に呼ばれるのを待つ。
(もし妊娠して、お母様みたいに胎まで膨れ上がったら……)
連日連夜の荒淫で心身は限界だった。
与えられる食事に抵抗感はない。爛れた日々の中で、伊月春華だった頃の記憶が失われていった。
(虎太郎は満月の夜以来、私に姿を見せてくれていないわ。こんな淫体になった私を見捨ててしまったのかしら……)
不信感が募る。虎太郎は飼い猫になって朧姫のところにいる。
朧姫が虎太郎に寄せる恋心は明らかだった。そして、虎太郎自身はどうなのだろうと疑う。
楼嫁は屋根裏で見ていた。虎太郎と朧姫が互いの初めてを捧げ合った。
(私のことは抱けなかったくせに……)
伊賀と甲賀の和睦。御庭番の政治的都合で許婚となったが、虎太郎に対する恋心はあった。自分のような優れたくノ一が妻となり、子供を産んでやるのだ。虎太郎は巡り合わせに恵まれた男だと思っていた。
――しかし、伊月春華の純潔は夜叉丸に散らされている。
初体験は鬼の極太肉棒。処女膜を荒々しく突き破った男根は、乙女の子宮を陵辱した。泥々の精液が膣内を満たす感覚は一生涯、忘れられやしないだろう。
「大丈夫ですか? 楼嫁殿」
いつの間にか狼奈が室内に上がり込んでいた。入室の際、声はきっとかけてくれていたはずだ。
「ごめんなさい。ちょっと疲れているみたいだわ」
「おそらく新月が近付いてきているからです。出産が間近に迫った奥方も伏せられております」
「それはつまり、絶好の機会ってこと……?」
「母様はそう言っております。新月の夜、夜叉丸殿は奥座敷の御堂に隠れてしまう。普段は奥方がいるせいで近づけませんが、次の新月であれば……」
「夜叉丸殿の弱点を突き止められる?」
「はい。御堂は新月の夜にだけ扉が開きます。十年前に母様は御堂を調べようとして捕まったと聞きました。あるいは新月の夜こそが、最大の弱点かもしれません」
「鬼力は月の満ち欠けで増減するわ。妻鹿貴の鬼族は月の影響がことさら大きいのかも……」
「御堂に忍び込みましょう。私も同行いたします」
狼奈は御堂への侵入を提案する。
「いいの? 貴方は……」
「構いません。私は〈物の怪〉。短命な生き物です。私の余命はあと数年しか残されていません」
「裏切りが露見したら、死ぬよりも酷い目に遭うかもしれないわ」
「母様や兄上を救い出せれば本望です」
あと数年で寿命は尽きてしまう。今は狼奈の能力〈走狗術〉で猟犬達を御せる。だが、狼奈がいなくなれば母親の戌嫁は、完全な獣僕と化すだろう。戌嫁の夫になった歴代の猟犬長は、その全てが愛妻家ではなかった。
赫狼が殺した先代の猟犬長は、暴力的な性格で自分の血をひいていない仔犬を噛み殺している。前夫との間に産まれた仔を殺し、自分の血統だけを残そうとした。
分別を弁えた忍犬の赫狼は、悪逆非道は行わない。しかし、いずれは赫狼も老いて、戌嫁を他の犬に明け渡す日が来る。
「こんな生活はもう終わりにしたいのです」
妻鹿貴の鬼達が喰らう食材の調達には狼奈も深く関わっていた。
楼嫁が娶られてから、犠牲者は倍増した。領主が鬼と知らぬ城下の町民達は、妊婦の失踪事件を鬼隠しと呼んで恐れた。
「分かった。次の新月に奥座敷の御堂に忍び込みましょう。それまでは私も耐えてみせるわ」
「……妊娠の兆候は?」
「大丈夫。避妊の房中術は破られていないわ。満月の夜は危なかったけれど、ぎりぎり守り抜けた。でも……舌と胃袋は……完全に鬼化してしまったわ」
連れ攫われた妊婦は楼嫁の食糧となっていた。
鬼化した身体は、人間の血肉を強く欲した。嫌悪感が消え去り、旺盛な食欲には抗えない。
歯は牙となり、瞳には鬼の妖力が宿りつつあった。