作品名
大欲の王女 ~殖えゆく悪意~
ペンネーム
サチマ
作品内容
死闘であった。
大きく禍々しい鎧に満ちる『闇』。炎に熱せられた空気のように渦巻くそれ──かつてはこの世界に勝てるものなどいないと恐れられていた魔王、『不死の大欲』は、この世界に発生してから、初めて恐怖していた。
目に前に広がる地獄絵図に対して、ではない。本来であればむしろ、千切れ飛ぶ人間の手足や赤黒く染まる地面は、安らぐ光景なのだ。
恐ろしいのは・・・・・・殺しても殺しても新手が現れ、魔王軍の一人を倒すために五、六人を犠牲にしてもなお戦意を喪わない、人間たちの猛る意思。
突然、邪気を払う忌々しい光が、魔王の眼前で炸裂した。巨大な閃光の中心には少女が一人。血と土に汚れた白いローブをまとっており、頭に被っている布は千切れて、傷んだ茶髪が顕わになっている。混成騎士団に守られ魔王城に入り込んだ聖女が、神を降ろし無尽蔵の魔力を引き出す──切り札ともいえる詠唱を用いて、超広範囲の魔物を蒸発させたのだ。このままでは勝ち目がないと、非常に遺憾ではあるが受け入れた彼は、配下の魔物たちを盾にして逃走を図った。
鎧という身体を捨て、ゴーレムやゾンビの体内に入り込んで移動し、果てには瘴気に侵され絶命した若い戦士に乗り移って包囲を抜けようとして。
威厳をかなぐり捨て、無様をさらして──そこまでして何故、潔く散ろうとしなかったのか?
己自身にもはっきりとは理解できていなかった。終わりたくない、消えたくないという欲は、生まれ落ちた瞬間から有していたが、それだけではないと感じていた。
そして、勇者と呼ばれた赤毛の青年が、倒れた仲間の遺志を力と換え、剣を振り下ろしたとき、ようやく理解したのだった──己に生まれた、新たな欲望を。
Ⅰ
相変わらず立派な部屋だ、とシャノンは思った。肩まである茶髪は埃っぽい頭巾に隠れ、だぶだぶの修道服は活発な少女らしい端整な肉体を覆い隠している。
ここはコンシェール国の中心、王女エルメリカの住まう城である。かつては魔物の襲撃に遭い、その後は魔王討伐のための出兵で多くの国民が犠牲になった。魔王討伐で大いに活躍した勇者一行、その生き残りである『聖女』シャノンは、依然として混乱が続くこの国を良き方向に導くため、しばらくの滞在と布教を頼まれたのだった。
以前訪ねた際には勇者やほかの仲間と一緒だったが、今回は一人きりだからか、どうにも落ち着かない。道中、濃霧で乗合馬車の御者が方向感覚を失い、危うく遭難しかけたため、到着時間が大きくずれ込んだ。そのため予定の会食も流れてしまったが、シャノンは正直ほっとしていた。王女は気にしないだろうが、その土地のマナーもあまり把握できていない状態での堅苦しい食事会はまるで味がしないものなのである。
一人でいると、かつての日々を思い出してしまう。大所帯のパーティだった。それぞれの事情があり、加入や脱退も頻繁にあったが、決戦の際には皆が同じ志をもって集まった。
そして、全てが終わった後にまだ命があったパーティメンバーは、自分とリーダーの二人だけ。
片腕しか見つからなかった魔法使い。焼け焦げて、装備がなければ誰だかわからなくなっていた戦士。数えきれないほどの死体を、自分と同じく生き残った兵士や助かった町の人々と拾い集めて、たくさんの墓を作った。
シャノンは聖職者である。その本分は祈ることである。しかし、祈りだけで人は救えない。祈りだけで悪は滅せられない。・・・・・・だからこそ、生まれ育った聖堂を出て、強くなった。その果てに、目の前でたくさんの命が散って──。
「シャノン、来てくれてありがとう!」
ガラスの器に触れたときのような、透き通った少女の声。意識が現在へと引き戻される。顔を上げると、見覚えのある少女が侍女たちを引き連れ、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
淡く優しい印象のブロンドヘアーは後頭部で一切の綻びもなく整えられ、大きな瞳と同じ緑色のドレスは、赤い宝石が嵌められた銀のティアラとも不思議と調和している。
聖女は驚いた。コンシェールは長い歴史を持ち、礼節を重んじる国である。以前、魔王討伐後に訪れたときには、盛大な歓待を受けたものの、城内でこのように親しげな反応をされることはなかった。ましてや、まだ少女だとはいえ、王女が喜びを顕わにするようなことは考えがたかった。
王女はシャノンの手を取り、潤んだ瞳で困惑する聖女の顔を見つめると、感極まったかのように抱きついた。薔薇のように色づいた頬が、外気で冷え切った頬と触れ合ったとき、香水とは違う、かすかに甘い香りがした。
思わず周囲を見渡したが、周囲には上品な侍女が優雅に微笑んでいるのみで、たくさんいたはずの王女の護衛などは見当たらなかった。
(王様がご病気だというから、前来たときよりも重苦しい雰囲気になっているのではないかと思っていたけれど・・・・・・)
身長こそ全く伸びていないようだが、どこか大人びたような、優美な雰囲気を纏っていた。薄く化粧をしているのもあるだろう。ティアラの赤い石は、よく見ると、かつて立ち寄った際にお守りとして贈った赤色水晶だった。彼女の立場であればもっと高価な宝玉を所持しているはずなのに、わざわざこうして身につけてくれていることが嬉しくて、シャノンは聖女らしからぬにやけ顔を抑えるのが大変だった。
「王女様も、お変わりなく・・・・・・いえ、以前よりもご成長されたような?」
「そうかしら? そうだったら嬉しいわ。でも──」
王女は白いレースの手袋をした手で、聖女の瞳にかかっていた前髪をそっと横に流した。
「それを言うならあなただって、前より良い表情をしているわよ」
その表情は、どこか妖艶に感じられた。シャノンはドキッとして軽く身を引いた。
「きっとたくさん旅をしてきたからよね。本当は、あなたたちの冒険譚を夜通し聞いていたいくらいなのだけれど・・・・・・長旅で疲れているでしょう? 今日は、我が国自慢のお風呂にゆっくりつかってリラックスしてね。きっととっても気持ちいいわ」
シャノンが丁寧に感謝を伝えると、そんなに堅苦しくしなくていいのに、と王女は苦笑した。
はじめのうちは幼さ故の振る舞いかと思っていたが、そういうことではないのかもしれない。公務のために退出した王女の背中を見送りながら、シャノンはそんなことを考えていた。早くに母親を亡くし、国王が病に伏せっている今、彼女の肩にのしかかる重圧を思いはかることは難しい。
(この国に滞在する間、私が心の支えになれたら、なんて・・・・・・思い上がりになっちゃってるかな?)
世界を救った聖女は、控えめにそう思うのであった。
もしも。
聖女が政治に関してもう少し知識を有していたならば、考えれば考えるほど、奇妙に感じたはずである。
王が病に伏せり、その唯一の後継者であるとはいえ・・・・・・いや、むしろそうであるからこそ、王女がメイドたちのみを引き連れて、護衛もなしに居城を歩き回るなど考えがたい。歴史の長い王国ともなればなおさらである。
だが、その微かな違和感は霧に紛れ、聖女の意識には上らなかった。
Ⅱ
城内に泊まって欲しい、という王女の厚意を丁寧に辞退し、シャノンは王城にほど近い教会に向かった。民を守り導くのに豪奢な建物は不要だとあらかじめ伝えてあったのだが、「世界を救った聖女が滞在する場所がみすぼらしくてはいけないわ!」と王女が用意させたものだった。十分な広さの礼拝堂に告解室、談話室、少女一人で過ごすには少々広すぎる居住スペース。身の回りの世話をするための侍女が一人付けられることになっていたがこれも固辞したため、入り口の警護をしている兵士二人(これは断り切れなかった)を除けば、教会内にはシャノン一人きりである。
かつては貴族が居住していた館であったらしく、改装で華美な装飾が外された上でも作りの堅牢さからそのことを伺い知ることができた。
さて。
本日分のお祈りを終えたシャノンは立ち上がり、周囲を見渡す。建物内は掃除が行き届いていて、少なくとも今日は、これ以上の清掃は必要なさそうだった。馬車に乗ってきたとはいえ、旅の疲労は体に重くのしかかっていた。
「ちょっと早いけど、そろそろ寝ようかな……」
シャノンは、人前ではしないような大きなあくびを一つして、埃っぽい身体もそのままに寝室へと向かった。
これまで、馬小屋でも野宿でも文句を言わず……いや、多少は言ったかもしれないが……旅をしてきた彼女であった。それ故、設備の整った場所に宿泊するのには慣れていない。
寝室の前に立ったとき、薄暗い廊下を、一陣の風が吹き抜けた。どこかの窓が開いているのかな、と聖女が考えるのと同時に、微かな芳香が彼女の鼻腔をくすぐった。教会の周囲に咲く花とは異なる、どこかで嗅いだようなこの香りは・・・・・・、
「王女様?」
シャノンが呟く。
足が、思うより先に、風の吹いてきた方向へ向いていた。
きっと気のせいだ。さっきお城で別れたばかりの王女様が、こんな所に来ているはずがない。・・・・・・でも、万が一ということもあるし、ね?
廊下の先をカンテラの明かりで照らす。人の気配はない。代わりに広めの浴室があった。貴族用の浴室は撤去されていたが、使用人達が共同で使っていた浴場はそのまま残っているのだった。
浴室に足を踏み入れた聖女は思わず目を見張った。近くの泉から水を引くことができる石造りの大きな浴槽。砂漠の民であればあまりの贅沢さに昏倒したであろうこの浴室は、水資源の豊富なこの国だからこそ実現可能なものだった。
そして、正方形の浴槽の中に満たされた、明かりを受けてきらめく、澄んだ水面。
「・・・・・・いけない、お風呂に入らないで寝ちゃうところだった」
おそらく、侍女が用意してくれていたのだろう。危うく厚意を無駄にしてしまうところだった。
シャノンは急いで服の替えを持ってくると、日用魔法で浴室の明かりを灯し、いそいそと修道服を脱いだ。
魔王討伐前にこの国の宿に泊まった際も入浴の機会はあった。むしろ毎日風呂に入ることができていた。これはシャノンにとって、この国で起きたあらゆる戦闘や祝宴よりも印象に残っていた。
彼女の出身は決して辺境という訳ではなかった。石鹸を含ませた水で汚れを落とす、または濡れた布で身体を拭く、そういった身だしなみは幼い頃から身につけていた。しかし、たっぷりの真水で身体を洗い流すにとどまらず、毎日水浴びが可能であり、そのための設備が整っている──そんな場所はとにかく希少であった。
浴槽に満たされた水は、想像していたほど冷たくなかった。やはり以前泊まった安宿とは快適さが違う。
(水が、やわらかい……? って、なんだか不思議な感じ・・・・・・)
まとわりつく水に優しく撫でられているような、奇妙かつ心地よい感覚によって、疲労でこわばっていた全身から力が抜けていくのが感じられる。水回りによくある不快な臭気も全くなく、むしろ良い匂いが漂ってくる。そう、熟れた果実のような、脳を痺れさせる、甘い甘い匂いが────、
「あれ? ・・・・・・うーん、なにか忘れているような・・・・・・」
・・・・・・私、すっかり寝るつもりでいたと思うんだけど、なんでお風呂まで来たんだっけ?
頭を巡らせるが、上手く思考がまとまらない。
手で水を掬ってみる。両手のあいだから水がこぼれ落ちる。
「どうかしら? とっても気持ちがいいでしょう?」
水音の向こうで、少女の囁くような声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・え?」
「私が直々に用意した、あなたのためのお風呂なのよ」
今度は、耳元で。
シャノンは振り返るが、そこには誰もいない。揺れる水面があるのみである。
遠隔で声を届ける魔法だろうか。でも、そうだとしたら、今風呂場にいることがわかるのはおかしい。それに今の声、本当に近くにいるみたいに聞こえて・・・・・・、
「私は、ここよ?」
瞬間、澄み切っていた水が薄紫色に染まった。
聖女の眼前、ミルクにスミレの花を溶かしたような色彩の中心から少女の半身が出現した。色素の薄いブロンド、緑の瞳。見覚えのある、これは────。
「お、王女様? これは、どういう・・・・・・」
シャノンは立ち上がろうとしたが、身体が動かない。水の粘性が急激に上がり、重石のように聖女の身体へ纏わり付いてくる。
「魔王討伐、おつかれさま。とどめを刺したのはあの勇者様だけど、魔物の殲滅で一番活躍したのはあなただったわね?」
シャノンと同じく、一糸まとわぬ姿の彼女は微笑んだ。可憐な花のような笑顔が、今はとても恐ろしい。
「今考えると、人間を楽しく蹂躙するための力を高めることばかり考えていて、戦略がおろそかになっていたのよね。どんなに力量差があっても、油断していては足下を掬われるものね?」
「・・・・・・なにを、言って、いるの」
怯えたような、引きつったような、戸惑いの言葉。それを受けて、彫刻のごとき美しさの少女は目を閉じ、軽く首を振った。幼子に物語を読み聞かせるような、慈愛に満ちた声でエルメリカは語りかける。
「だから考えたの。今度はなるべく静かに、確実に私たちの数を増やそうって。気がついたときには、あらゆる場所が私たちの住処となり、人間のほとんどが私の眷属に置き換わっている──」
紙が色水を吸い上げるように、薄紫が少女の体へ侵食していく。
それに伴って、体型にも変化が起こっていた。幼児期の名残を残していた骨格が変容し、腰のくびれができあがり、肉付きも大人の女性を思わせるものとなっている。つつましやかだった胸はみるみる膨らみ、ツンと勃った乳首を伴って、シャノンの目の前で大きく揺れた。金糸のようだった髪は色素を失い、意思を持つかのようにのたくった。その頭からは黒く禍々しい角が生え、そうしてすべての変化が終わると、王女ならざるそれは、ゆっくりと瞼を開ける。夜闇の黒に、血よりも赫い瞳孔。
「──今、あなたが私の正体に気づかなかったように、ね」
「──っ! 魔王っ‼」
聖女は悟る。もはや、この場は魔王の支配下にある。そして今、自分は最悪の形で捕らわれているのだと。
そう、聖女には、澄んだ水が張られているように《見えていた》浴槽。その実、一滴に至るまで魔王の魔力に汚染されていたのだった。それに気がつかなかったのはおそらく、霧で満ちたこの国全体を罠として、規模の大きな幻術が行使されていたからだろう。無害な霧を模した瘴気は少しずつ聖女の感覚を狂わせ、悪しき魔力を感知できないようにさせられていたのだ。
「そう、私は魔王。でも、王女エルメリカでもあるの。ただの王女だった頃のあなたへの親愛は全く変わっていないわ。だから、全てが発覚する危険を冒してでもあなたを招き入れた。本当に、何にも気づかないでくれてありがとう」
覆い被さるように、魔王は顔を近づける。濡れた指先が首筋を撫でた。肌に、微弱な電流のように快感が走る。
(駄目、このままじゃ……)
相変わらず体は動かない。魔王の動きは妨げず、聖女の身体のみを強く拘束する水。圧倒的不利。
それでも、聖女は戦意を失わない。あの、自分を守るために次々と戦士が倒れていく光景。喉が嗄れ、祓いきれなかった瘴気を吸ったことによる血痰を吐きながらも、詠唱に一切の狂いも許されない状況──それに比べたら、これくらいの窮地!
シャノンは口を開く。無詠唱で吹き飛ばせるような魔力ではない。迅速に、詠唱を──、
「だめよ、わがまま言っちゃ」
唇に柔らかいものが触れる。
はじめてを奪われたことを理解した、その一瞬。シャノンの集中が切れた刹那。唇に舌が差し入れられ、熱く甘ったるい液体がぬるりと口腔を撫でた。その瞬間、舌が麻痺したように動かなくなった。魔王の顔が離れる──が、もはや聖女の口からは、喃語のような呻き声が漏れるのみである。
「私はあなたをスカウトしたいの。聖なる力をその身にとどめ、魔力として利用することができるあなたなら、きっと素晴らしい魔物になれる」
(わ、わたし、は・・・・・・ならない・・・・・・・・・・・・魔物なんかに・・・・・・!)
聖女の心を読み取ったように、妖艶な声は続ける。
「そうね、今のままでは無理。あなたの神との接続は断ち切ったけど、『聖女』でなくなるわけではないもの。だから」
妖麗な魔王は、舌舐めずりをした。
「たっぷり、穢してあげる」
聖女の条件、それは純潔である。
もはやエルメリカそのものである菫色の液体が、シャノンの秘部へ分け入ろうとする。しかし、透明な前貼りに弾かれるように、見えない力によって阻まれた。
「へえ・・・・・・、」
エルメリカは感心の声を上げる。聖女はその力が失われないように、己の身体全体へ、魔法によるプロテクトをかけていたのだ。特に膣口・肛門には、たとえ悪しきものでなくとも、外部からの侵入ができないようになっている。聖女の力が失われない限り──つまり彼女の命が続く限り、決して破られない誓い。平凡な暮らしへの希望も、勇者に対する淡い恋心も捨てた末の、これが彼女の救世にかける決意の証であった。
「健気ね。でも、いつまで保つかしら──」
聖女を取り巻く液体が波打ち、カーテンを開けるように左右に分かれる。彼女の下腹部が空気にさらされた。
「これ、なんだかわかる?」
魔王の指には、赤い石。
「あなたにもらった赤色水晶。魔除けの力が強くて、私で染め上げるのにとっても時間がかかったわ。でも、さすがに魔王直々の汚染にはかなわなかったわね」
透明の中心に、黒いもやが渦巻いている。
禍々しさを湛えるその石が、聖女のへその下、子宮の真上に押し当てられた。
「あ あああっ」
熱と痛みに、シャノンは思わず声を漏らす。本来であれば聖なる力に弾かれるはずの魔力。しかし、彼女の予想とは裏腹に、黒いもや・・・・・・闇のエネルギーは宝石を通じて、ほんの少しずつではあるがシャノンの身体に侵入を始めた。一時はシャノンの持ち物だったという事実、その縁を無理矢理解釈・利用することで、鉄壁の守りを破ったのである。
「ほら、こういう形であればどう?」
水晶が肌に固着する。熱が、下腹部から恥丘へ伸びていく。膣口の厳重なプロテクトに阻まれて止まったそれは、周囲の液体と魔力でつながり、擬似的な回路を作り出す。
そう、まるでシャノンの肉体が延長されたように。
長く、太く、形成されたソレは────
(そ、そんな・・・・・・・・・・・・)
見たことはなくとも、人並みに知識は有していた。
どくどくと波打つ、熱を帯びた男性器。
「『純潔』の基準って、身体よりもむしろ、精神・・・・・・心にあるんじゃないかしら。女の子であるあなたが射精の快感を知ったら、聖なる乙女ではいられないと思うの」
エルメリカの指が、屹立する肉棒に触れる。
「ひぅっ」
それまでの愛撫のこそばゆさとは比べものにならないような、強烈な刺激がシャノンの脳に届いた。
そのものが液状である魔王の手のひらが、ぬるぬると肉の表面を撫でまわす。その手つきにあわせて、甘い感覚の波が押し寄せた。
「もうそんなに息が荒くなって。気持ちいいわよね、今までの楽しいこと、心地よい時間、すべてを塗り替えるくらい。私もこの身体になってから、何度も作って遊んだわ。ほら、この先端を、爪でかりかりって弄ると──」
「ぁああっ⁉」
剥き出しになった胸の奥を嬲られているような、抗えない快感。身をよじるが、相変わらず身体は拘束されており、声を出さないよう口元を抑えることさえできない。
(こ、こんなのずっとされてたら、おかしくなる・・・・・・っ!)
「あら、口の端から涎が垂れてるわよ。とってもかわいくて、いやらしい表情ね?」
聖女にはもったいないわと、熟れたからだがのしかかる。魔王の下半身──熟れた果実のごとき臀部、肉付きのいい腿の肉。かつていた細身の王女、その面影は残されていない。そして、まるで食人植物のように愛液をしたたらせた蜜壺が、亀頭を優しく、熱く包み込んだ。
「人の身体では再現できない、とっても複雑で繊細なつくりになっているの。私のナカ、たっぷり味わってね?」
終わりへのカウントダウンのように、怒張が少しずつ、スミレ色の身体に飲み込まれていく。ひだの一つ一つが肉棒の上でうねり、吸い付き、纏わり付く。膣そのものの形も刻一刻と変わっていき、エルメリカの腰振りに合わせて時にねじれ、時に吸い付いてくる。
シャノンはもはや、嬌声を抑えることなどできなくなっていた。水晶の赤は次第に黒ずみ、彼女の肉により深く根を下ろしていく。それは浸食の深まりをよく表していた。
「は、あ・・・・・・気付いているかしら? あなた、ぁん、今、自分から腰を前後に振っているのよっ?」
(そんなはずない! そんな────)
どくん。
聖女の身体の奥で、何かが脈動した。目の前が真っ白に染まっていく感覚。
「──聖女としての最後の瞬間に、言い残すことはあるかしら?」
言葉の呪縛が解かれた。しかし、聖女としての魔力が肉棒の中を迫り上がってくる感覚に抗う手はなく、魔法を発動する余裕もとうに失われており──。
「だめっ、でちゃ、出て行っちゃう! 私のちから、聖女としてのぜんぶ・・・・・・! いやあっとめて、ゆうしゃさま、たすけ────あ」
びゅっ。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁああ──────!」
っどびゅるるるるるっ どぷっどぷっ どぷっ
嬌声と共に、シャノンの身体から聖なる護りは失われた。
魔王の膣内にたっぷりと放出された聖女の魔力は、その聖なる力を急激に失ってゆく。下腹部を撫でながら、魔王は身をよじる。
「ああぁん、すごく刺激的・・・・・・そのつもりなかったのに、私も軽くイっちゃったわ」
熱を帯びた吐息混じりの声は、しかし、シャノンには届かない。快感に焼き切れた脳の回路は動作を停止しており、光のない瞳が虚空を見つめているだけ。
「惨めよね。倒せていたはずの魔王にいいようにされて、自分の欲求に制限をかけて得た力すらも失ってしまって。あなたは、もう空っぽ────でも大丈夫。私があなたに、新しい意味を与えてあげる」
脱力したシャノンの身体が魔水に浮かびあがる。ただの小娘となった彼女を拘束する理由はない。籠もった悪意は枷から揺籃へとその動きを変える。
魔王の手がとろみがかった水を掬い、シャノンのハリのある胸へ塗りつけた。瘴気をすり込むように手のひらを動かすと、形の良い乳房の中心、小さな突起がぴんと立ち上がった。
「んっ・・・・・・」
「私の魔力、気持ちいいでしょう? もっとしてあげるわ。ほら、こういうのはどう?」
シャノンの身体に覆い被さり、身体を重ね合わせる。ぬるぬると肌が触れ合う。魔王がたわわな肉を両手で持ち上げ、シャノンの胸へ押し付け、滑らせると、突起同士がぶつかり合い、その度に二人の嬌声が漏れた。
「ほら、今の正直な気持ちを言葉にしてみて」
耳元でのささやき。夢の中にいるような心地よさ。
「は、ぁ・・・・・・あったかくて、やわらかくて、とっても、」
きもちいい、です。
口に出した瞬間、胸の奥で最後の何かが壊れたような気がした。
「ふふ、うれしいわ。もっとしてあげる」
エルメリカはシャノンの足の付け根に手を伸ばした。聖なる魔力を吐き出しきった陰茎はいつのまにかシャノンの身体に吸収され、下腹部の結晶を中心に、怪しい桃色に光る文様が浮き上がりはじめていた。
封印が解かれ、蜜のあふれたその穴に、細く長い指を滑りこませる。
くちゅり。
「ぁんっ」
「いい反応ね。もっと声を出しなさい?」
エルメリカは魔水を膣壁にすり込みながら催促した。
「あっ、あっ、すごい、へんな感覚だったのが、じんわりきもちよくなってきてぇっ」
その声に、聖女の面影はない。快感に身もだえし、ただただ本能に溺れて善がるだけの、一匹の雌の喘ぎ声だった。
「ゆび、きもちいっ、ぁあん、もっとシてくださいっ」
シャノンの声に反応するかのように、下腹部の文様は、魔王と密着している肌表面で、その輪郭を浮かび上がらせている。心の空洞に汚染された魔力が入り込み、そのありようを根底から変質させていく。
「イイわね、どんどん私の魔力が馴染んで・・・・・・想像以上だわ。あなたなら、これまでにないくらい優秀な魔物になれる」
乱れた茶髪に、エルメリカは優しくキスをした。そのあいだにも指使いは止まらない。指のはらで子宮口を撫でる度に、重い快感の波がシャノンの身体を走る。
「なんか、熱いっ、おなかがぎゅってなってっ、それ以上はぁっ」
身体の境目がわからない。まるで溶け合っているような感覚。
「そろそろね。人間としてのあなたはここでおしまい。絶頂に達したら、あなたの全ては私の支配下に」
指の動きが速くなる。水音が浴室に響きわたる。
「いやぁっおかしくなっちゃう、なんかくるのぉっ」
「イきそうなの? イっていいのよ。ほら、新しいあなたを受け入れて、イっちゃいなさいっ」
どくん。
「い──っイク、イクイクイクイクぅ────っ」
ガクガクと身体中が痙攣して、変容が訪れる。
子宮を模した文様の中心、肌に埋まった赤い結晶を中心にして、肌が淡い青色に染まってゆく。尾骶骨のあたりからは黒くしなやかな尾がにゅるりと現れ、その先端は矢印のような形にぷっくりと膨らんだ。背中の皮膚を突き破って翼の骨格が生え、みるみるうちに褐色の皮膜が張られていく。白目を剥いていた眼球は黒に染まり、瞳は魔王と揃いの赤に。頭からは羊のような角がめりめりと音を立てて生え、髪は魔王の体色と同じ薄紫になっていった。
「綺麗よ、シャノン。人間だったときよりもずっと」
余韻に浸る淫魔を、魔王はそっと抱きしめた。聖女だったモノは歓喜の声を漏らす。
「うれしいです、魔王様。私、あなたのために精いっぱい働きます」
身も心も悪しきモノと成り果てた少女は、紫がかった色の舌を突き出し、魔王はそれに応えた。
淫靡な夜伽は、夜が深まっても続いていくのだった。
Ⅲ
霧に閉ざされた街。日の光は極度に弱められている──にもかかわらず、火照るような熱気が満ちている。
教会の門は施錠されていない。誰でも──そう、老若男女、種族問わずこの狂宴に参加することができる。
宙に浮く炎の揺らめき・・・・・・毒々しいピンク色が、あたりに転がる男女の裸体を照らしている。
礼拝堂の、本来であればシンボルが掲げられている場所。そこで修道服を踏みつけながら、あられもない姿で立つ青肌の淫魔に、聖女の面影はもはや欠片も存在しない。禍々しい怒張を猛らせながら、理性を喪失し仰向けに脱力した町娘の腰をつかみ、ねっとりとした腰つきで膣奥を抉っていた。
「あはっ、あなたの穴も、人間のものにしてはなかなかイイですね。性交は初めてのようでしたが、私のおちんぽをちゃあんと受け入れられましたし・・・・・・」
青い指が娘の肌に食い込み、前後運動がさらに激しくなる。腰と腰がぶつかり合う度に、娘の喉から短く声が漏れる。
「さあ、告解の時間もそろそろおしまいです。魔王様のもたらす救済を、受け入れて、感謝して、しっかり魔物たちを孕んでください、ねっ!」
新生したばかりの時よりも黒く、テラテラと艶めくその怒張から、白濁した魔力が放たれ、乙女の子宮を染め上げる。
それは、人間の雄から搾り取った精液を元に、シャノンが胎の中で生成した魔物のエッセンスだった。雌のナカに注がれると、生気を吸い取って成長し、やがて母体に苦痛と快感を与えながら這い出してくる。一度精を搾り取られた雄や魔を宿した母体は、その状態を当然のものとして受け入れる。いま、この教会内にとどまらず、あちこちの民家で魔物が子宮を住処にして蠢いていた。
味わったことのない快感で失神した娘を放り出したとき、どこからともなく現れたのは、闇そのものを宿した美しき魔王。その高貴かつ淫靡な玉体を前に、淫魔は陰茎を体内に収納し、恭しく膝をつく。
「『布教』に熱心で素晴らしいわね。最近は定期的に通ってくれるコも増えたようだし」
「はい。魔物を孕むだけでなく、繰り返し私の精を受けることで魔王様への信仰心を高める者も出てきました」
シャノンの視線の先には、裸で倒れ込んでいる女が一人。膨らんだ腹が、通常の妊娠では起こり得ないほどの激しい胎動でうねっている。だが、女は恍惚とした表情で、シャノンから受けた精を自らの指で産道に刷り込んでいた。
「すごいわ、母胎にまで影響を与えられているなんて・・・・・・これは、今日もたっぷりご褒美をあげなくちゃね?」
エルメリカの身体からメキメキと陰茎が出現した。シャノンはそれを見て、待っていたとばかりに飛びついた。形、大きさ、高濃度の魔力──淫魔にとってはこの上なく魅力的な肉棒。舌を這わせるだけでシャノンの身体は歓喜に震える。
「あふぅ、もうたまんない・・・・・・っ! 我慢できません、お先にイクっ、イっちゃいますっ」
激しい水音を立て、己の膣内、子宮口を淫魔の尻尾で刺激しながら、あっという間にシャノンは絶頂へ達した。
「あら、もうイっちゃったの? 感じているあなたはとっても可愛くて好きだけど、私も気持ちよくなりたいわ」
「あぁん、もちろんですぅっ! 魔王様に作り替えていただいたこの身体、精力が尽きることなんてありえません。今日も誠心誠意、たっくさんご奉仕させていただきます・・・・・・っ」
寝室に移動する時間も惜しい。魔王と淫魔は長い舌を絡め合い、胸や下腹部を擦り合わせ始める。魔窟と化した教会は熱気で満ち、淫らな夜は終わらない。
Ⅳ
少し前のコンシェール国。
勇者が去った後の日々は、今まで以上につまらないものだった。
エルメリカは王女で、国民の生きる希望で、この国を繁栄させるために必要な外交の駒で──ただの少女だった。
勇者一行がコンシェールに立ち寄ったとき──淑女としての教育を受けた彼女は、救世の旅を続ける者相手といえど、庶民のように彼らに近寄ってたわいない話をするなどということはできなかった。しかし、作法を知らぬ非礼を詫びながらも王女の前で跪く赤髪の勇者・・・・・・その凛々しく勇敢なおもてを一目見た際の胸の高鳴りは、それまで知識でしか知らなかった、『恋』というものに相違なかった。
退屈な日々の中で、死地に赴く兵士を無感情に見送って。伴侶を喪った女たちが涙に暮れるのを横目に、勇者が生き残ったことを聞いてひとり安堵して。
そして、窓際に飾った鮮やかな赤の薔薇を眺めながら空想していた、勇者が自分と婚姻しに帰ってくるという夢物語が、決して叶わないものであると思い知った。
彼は──正確には、同じく生き残った聖女シャノンも一緒にだが──、仲間たちを弔った後、遺品を彼らの故郷に届ける旅を始めたのだった。道中で魔物の残党を狩りながら、引退後は故郷に戻って、後継の育成のために道場でも開こうか、などという話もしているのだとか。
お茶会で、噂好きの貴族からそんな話を聞いたとき、「それは勇者様らしいわね」などと軽く流した王女だったが、部屋から適当な理由で侍女を追い出した後、窓際においてあった花瓶から薔薇を引き抜いて、夕焼けの光の中へ投げ捨てた。落ちる先は見なかった。窓の下にいるのなんて庭師くらいだし、誰かに見られたってかまうものか。普段ならそんな振る舞いはしないけれど、今はその色を部屋の中にとどめているのに耐えられない。
あれは、恋のおまじない。魔法は全く関わっていない、何の根拠もない迷信のひとつだった。好きな人の髪や瞳と同じ色の花を、絶やさず窓際に飾る。そうすることで、恋路を手伝ってくれる妖精を招くという・・・・・・侍女が届けてくれるというのを断って、彫刻のようだと謳われた指が傷つくのも厭わず手ずから切り取った。日々の制限が多い彼女に可能だった、精一杯の祈り。
ごとり。
視界の端で、花瓶が動いた。
王女が顔を向ける。あどけない頬に流れた涙が、夕陽を反射してきらめいた。
「・・・・・・妖精、さま?」
返事はなかった。エルメリカは、薔薇の棘でできた傷のまだ癒えぬ両手で花瓶を持ち、震える声で言った。
「私、勇者様と楽しくお話ししたいの。恋人になるなんて贅沢は言わないわ、二人きりでなくたっていい。また会いたいの、それだけで──」
『それが願い?』
声が聞こえた。花瓶の中からではない。自分とよく似た・・・・・・いや、自分そのものの声が、頭の中に響いていた。
『それなら──あなたが私になればいい。そうすれば、本当にやりたいことを諦める必要はない』
いつの間にか、花瓶の口から湧き出てきた黒い霧が、王女の身体に纏わり付いていた。身体中の穴という穴──涙腺から、毛穴の一つに至るまで──すべてに何者かの意思が群がり、入り込んでくるのがわかる。視界が闇に閉ざされて、もう、なにも見えない──。
『あなたの欲望、私のものと一つにしない?』
暗闇の中で、動いていたのは自らの口だった。別の誰かの意思が、王女としての短い人生を生きた少女に侵食していく。覚えのない記憶、知らない感情──出水した河川のように渦を巻き、一つに溶け合って────、
外から冷えた風が吹き込む。薄暗い部屋、粉々に割れた花瓶、仰向けに倒れ伏す少女。その唇が、ニヤリと嗤った。
こうして王女は、魔王になった。
Ⅴ
霧が、深い。
『勇者』ヴァレントが身なりを普段のものから変え、聖剣と呼ばれた愛用の剣を一見そうとわからないように布でぐるぐる巻きにして、一介の戦士としてコンシェールに足を踏み入れたのは、シャノンがこの国に招かれてから半年ほど経った落葉の季節だった。
世界各地を旅している彼へ、人づてにシャノンからの手紙が届けられたのが数日前。旅立ちの時以来の一人旅は思いのほか寂しく、これまでにも増して魔物の残党駆除に打ち込むようになっていた。地元の戦士に協力を仰ぐこともあったが、実力と気の知れた仲間がいない状態で敵を巣穴ごと殲滅するのは、歴戦の勇者といえども苦労が多い。返り血を拭いながら疲労困憊で宿に戻るたび、シャノンの存在が彼にとって、戦力的にも精神的にも大きな支えになっていたことを強く意識させられていた。
帰還のめどが立った知らせだろうか、と少し期待して封筒を開いた。中にはたった一行、『是非来てください、王女もまたお目にかかりたいとのことです』とあった。
彼女の字ではない、とすぐにわかった。
筆跡は似せているが、言いようのない違和感がある。
ただ、それ以外は全く普通の手紙であった。鑑定資格のある知り合いがたまたま近くの街に住んでいたため確認してもらったが、用いられた便箋や封筒に、怪しい点はないとのことだった。
聖女が送ってきた手紙にしては、「魔力が感じられない」ことが気がかりではある、と言い添えられてはいたが。
少なくとも魔物関連のトラブルではないだろう、と彼は判断した。誰かが聖女の名を騙り、勇者と呼ばれた男をコンシェールに呼び込もうとしている──考えられるのは、王の後継を巡る争いに、『勇者』を利用したい何者か。
これが罠である可能性を考えると、渦中の人である王女エルメリカと接触するのは危険が伴う。王女から招待を受けているシャノンに対しても同様だろう。・・・・・・それでも、コンシェールの状況を把握するには、実際に訪ねるほかないと思った。
湿気で服が重たい。目深にフードを被り、そこそこ特徴的な赤い髪が人目に触れないようにしていたが、そもそも霧の中に人々の姿が見当たらない。民家に気配はあるので、単に濃霧を避けるため外出を控えているだけなのかもしれないが・・・・・・。
しばらく歩き回ってみたが、酒場も宿屋も臨時休業であった。ヴァレントは広場の端で途方に暮れるほかなかった。コンシェール国に来て、まさか野宿とは──。
そんな時だった。広場につながる道の一つから物音が聞こえたのは。
(なんだ・・・・・・?)
複数の足音と・・・・・・硬質の物が擦れるような音。武器を背負った戦士や行商人とは印象が異なる。どこか、もっと生物的な────。
モノクロの人影が、彼の目の前で立ち止まる。
「お久しぶりでございます、勇者様。お迎えに上がりました」
「ええと、君たちはたしか・・・・・・」
黒を基調とした、シンプルな給仕服。それぞれ長さの違う黒髪にヘッドドレスがよく映えている彼女たちは、コンシェール城のメイドであった。名前までは把握できていないが、以前王城を訪ねた際に話したことは覚えている。
勇者の戸惑いを察し、丁寧に自己紹介をする少女たちへ挨拶を返しつつ、勇者はそっと逃げ道を確認した。このコンシェールにおいて、城勤めのメイドであることは王女の味方だということを意味しない。王女エルメリカの側にいて、彼女のために働くのは侍女・・・・・・身分の高い子女たちである。今彼を迎えに来た下働きのメイドたちは王女というよりも、あくまで城に勤めている立場──つまり、手紙を送ってきた誰かが城内の者であれば、彼女たちに勇者を連れてくるよう指示を出すことが可能なのだ。もちろん、本当に王女の指示である可能性も残っているが。
相手は五人。ごく一般的な体格の、年頃の娘たちだ。荒事になったとしても捕まることはないだろうが、怪我をさせることは避けたい。
「前会った時とは恰好を変えてたけど、よく俺がヴァレントだってわかったね」
ヴァレントの正面に立つメイドは、ショートボブの黒髪を揺らしてはにかんだ。
「実は現在、来訪された方は全員、お城か教会にお連れするよう言われておりまして。私どもも、お顔を見るまで勇者様だとは気づいていなかったのです」
「──もしかして、町中に魔物が? ああ、でも君たちが出歩けるってことは」
違うのか、と続ける声を遮るように。
右前に立つお団子頭のメイドが答える。「いいえ、合っていますよ」
左前に立つお下げ髪のメイドが微笑む。「でも、私たちは安全なのです」
いつの間にか背後にいたメイド二名が、「ああ、旅の皆様は襲われますから」
互いの顔を見て、くすくすと笑い合う。「できるだけ早く、私たちの主のもとへ」
そして五人のメイドは、一斉にスカートをたくし上げた。
股から垂れ下がる粘液と、赤褐色の節足。
ぎちぎちぎちぎち、霧の中から聞こえたものと同じ音がした。
ヴァレントが剣を抜き放つのと同時に、メイドの子宮からズルリと這い出たそれは、ムカデを思わせる動きで勇者へ迫る。
一閃。牙を剥きだした頭部が吹き飛び、五つの胴体が地面に崩れ落ちる。その向こうから、メイドたちの身体が飛びついてきた。
斬るべきであった。
だが、かつての訪問で世話を焼いてくれた彼女たちの顔が目の前に迫り、判断が鈍った。生命を絶つよりも、押しのけて包囲を突破することを選ぼうとして──、
メイドの肌に触れた瞬間、その部分から青白い光が発生する。
接触によって作動する転移魔術。
「しまっ────」
勇者の視界は、暗闇に閉ざされた。
Ⅵ
勇者が意識を取り戻したのは、広々とした空間の中心だった。身動きを取ろうとするが、頑丈な柱のような物に厳重に縛り付けられていて、手足の末端程度しか動かすことができない。
最低限の灯火しかない空間に目を凝らすと、何者かが腰掛けた姿でこちらを見つめていることがわかった。
豪奢かつ禍々しい装飾。・・・・・・あれは、玉座?
どこかで見たことがあるような、それでいて明らかに違和感があるような。
「目が覚めたようね、お寝坊さん?」
大人の、不思議と無邪気な印象の声。肘をつき、手の甲に顎を乗せて微笑んでいる。頭の動きに併せて、重そうな二本の角が傾いだ。
魔物──それも、非常に強力な個体であることが肌で感じられた。
「お前は、いったい」
「あら、忘れたの? 寂しいわ、初めて会ったとき、私にしては大きな声で挨拶したのよ。あとでお父様や侍女たちに、はしたないと叱られたわ」
「・・・・・・なにを言っている」
勇者は、暗闇に慣れてきた目で女の顔を睨み付ける。
薄紫色の肌、銀の髪、赤い瞳。局部のみを覆い隠す、竜の外皮を思わせる硬質の鎧。見たことのない外見の、女型の魔物。
で、あるはずなのに。
この顔立ちを、知っているような。
女は立ち上がり、捕らわれた男に歩み寄った。
「まだわからないの? しょうがないわね、かつての不完全な少女の身体と違って、今は『魔王』にふさわしい完璧な肉体だもの」
「っ、魔王だと・・・・・・⁉」
均整のとれた肢体から匂い立つような悪しき魔力。コンシェールに異変を引き起こしていた張本人だとすれば、たしかに新たな魔王を名乗るにふさわしい実力を備えているようだが。
ヴァレントの思考を読み取ったかのように、新たな魔王は言葉を紡ぐ。
「そう、魔王。コンシェールの王女と溶け合い、新生した『不死の大欲』がこの私。王女としての記憶も、かつてあなたに追い詰められた魔王としての記憶もあるの」
頭が理解を拒んでいる。
かつてのコンシェールで国民たちに愛されていた、可憐な王女。大きな緑の瞳で、はにかみながら自分を見つめてくれた、あの王女エルメリカが、こんな──。
手が届くほどの距離で足を止めた女は、己の豊かな胸に手を当てた。柔らかな肉に、手首がずぷりと入り込み、再びゆっくりと引き出される。
それは、先程までヴァレントの手にあった大剣。聖女の祈りによっていかなる邪気をも祓う力を纏い、かつて魔王を討ち取った聖剣、であったはずのもの。
「あなたの剣、こうしてみるとたいしたことないわね。頑丈さと切れ味はさすがのものだけれど」
「なぜそれを手にできる! それには聖女の加護が──」
「聖女って、誰のことかしら」
魔王が嘲笑した。
「しらばっくれるな、そもそも王女がシャノンを・・・・・・呼び、よせて」
次第に、血の気が引いていく。
「ああ、そうだったわね。シャノン、あなたのお仲間が呼んでいるわよ」
ぺたぺたと、暗闇から足音。くちゅくちゅと、微かな水音。
「もう、やめてくださいよ魔王様。私はもうあなたさまのモノなんですから」
見慣れた顔立ち、聞き慣れた声で、ソレは媚びるように言った。
「うそ、だろ」
共に旅をしてきた仲間であった。肌の色が変わろうと、異形の翼と尻尾が生えようと、見間違えるはずもない。
シャノンだった。以前着ていた修道服とは布面積こそ同じだが、薄い素材の白い布が肌にぴっちりと張り付いていて、乳房や腰のラインを浮かび上がらせている。布の上からでも乳首やヘソの位置がはっきりと、否、かえって強調されている、異様な光景。
なにより、にたにたといやらしく嗤う・・・・・・そんな表情は、今までに一度だって見たことがない。
「最初はシャノンに手紙を書かせようとしたのだけど、どうしても淫魔としての魔力が移るから、魅了して操った人間に書かせる・・・・・・なんて、迂遠なやり方になったそうよ。それでものこのこ来てくれて、手間が省けたわ」
「勇者様は難しく考えるより、力任せになんとかしたいと思うタイプですから。──まったく、そんなだから私を奪われちゃうんですよ?」
シャノンは勇者に見せつけるように、魔王の身体にしなだれかかった。舌を突き出し、魔王の舌と絡ませる。
「んっ・・・・・・はあ、」
シャノンの指が、服の上から足の付け根をくちくちと刺激しはじめた。肌に張り付く薄布によって、歩み出てきた時の水音の根源、そのカタチがはっきりとわかる。
「あなたが産ませた魔物たちと精神を支配した母胎たちの活躍・・・・・・本当にめざましいものだったわ。約束通り、あとでご褒美をあげる」
「あぁん、光栄ですぅっ」
修道服の少女の腰が、その場でビクビクと震えた。白い布から覗く足に、つぅ──と水が伝う。
そんなはず、ない。
勇者は目に映る現実を否定する。あんなものが、シャノンであるはずがない。
青年は身体に力を込める。縄程度であれば引きちぎることができるその怪力をもってしても、びくともしない。魔力によって力を跳ね返している、そんな感触があった。そして、これまでそのような卑劣な術を解くのは、聖女の仕事であったことを思いだした。
「その表情・・・・・・まったく、妬けるわね。でも、なんだか初心を思い出したわ」
エルメリカを名乗る魔王が、剣の切っ先を勇者に突きつけた。
「どうして私がここまでしたのかわかる?」
剣先が、勇者の服を切り裂いた。鍛え抜かれた肌が顕わになる。
「あなたが欲しかったの。『私』の心を奪ったあなた。『私』の身体を貫いたあなた。絶対に、どんなことをしてでも手に入れたかった──」
もう一度、胸に切っ先が突きつけられる。肌に金属が押し当てられ、つぷりと肉に潜り込んだ。
「大好きよ、勇者様。ねえ、やっぱり『不死の大欲』を刺し貫いたときって」
こんなふうに気持ちよかったのかしら? と、エルメリカは嗤った。
「これで終われると思った?」
耳元で魔王が妖艶に凄む。項垂れたヴァレントの頬を冷や汗が伝った。心臓が貫かれているはずなのに、まだ意識があることが、気味悪くおぞましい。
「勇者になれるくらい、純粋で清らかな魂だもの。心臓ごと置き換えるくらいしないと、私に染めるのは大変かと思って──」
剣を収めていた豊かな胸、そこにもう一度手を入れ、淫靡な喘ぎ声を上げて歪な肉塊を引き出した。
脈動する漆黒。闇そのものに、心の臓としての役割を付与したもの。
「私の心臓よ。二つに殖やすのに、街一つ分の人間が必要だったわ」
そう言って、魔王は左手で勇者の胸から剣を引き抜いた。激しい血しぶきで魔王の身体が緋に染まった。激痛で青年の顔が歪み、苦悶の叫びが玉座の間に虚しく響いた。
エルメリカは愉しそうに微笑んで、血に染まった剣を床に突き立てると、空いた手を傷口にねじ込んだ。
「私の魔力で生命維持ができている内に、古い心臓は捨ててしまいましょうね。ああ、涙やら汗やら、いろんなものが端整な顔からにじみ出ていて・・・・・・ふふ、かわいそう」
ヴァレントの身体の中で、ぶちぶちと太い血管が千切れる音がする。本来であれば気を失うほどの苦痛。自分を破壊されていく言いようのない喪失感。一息に殺されていた方がよっぽどマシだった。
「・・・・・・私がこの身体になってから、この瞬間をどれだけ待ちわびたか、あなたはわからないでしょうね。私に愛を捧げてくれた国民、全員を犠牲にしてでも──」
胸の傷口に押し当てられた、魔王の心臓。
吸い込まれるように、勇者の体内へ侵入してゆく。
「──あなたの全てが欲しかった! さあ、私のものになりなさい──!」
「うあ──ああああ────」
悪しき魔力に満ちた血液が血管を巡り、広がっていく。
服と拘束が柱ごと弾け飛び、激しい風を巻き起こしながら、ヴァレントの身体は宙に浮かんだ。
肢体の筋肉質さはそのままに、胸部や臀部が丸みを帯び、腰は美しくしなやかな曲線を描く。
唇は厚くなり、頬肉はふっくらとして、精悍だった顔立ちは美しい女性のものへと変わっていく。傷んだ赤い髪は波打ちながら、身の丈ほどの長さまで伸びた。
身体に収まりきらずに胸の穴から噴き出した魔力が結晶化し、黒曜石のようになって傷口を塞いだ。
吹き荒れた風が収まる頃。勇者と呼ばれた青年はこの世界から完全に消滅した。
代わりにこの場に生まれ落ちたのは、魔王と同じ心臓をもった、魔王によく似た姿の女。
「──美しいわ。心臓に浸食されて、私と同じような外見に変化したのは想定外だったけれど──」
「ん──」
閉じていたまぶたが開かれる。かつていた青年と同じ鳶色の瞳。
自分を見下ろす魔王の顔を見つめ返し、一瞬不思議そうな表情をして──胸の黒い結晶に手を置き、親愛の籠もった笑みを浮かべた。
「魔物になった、というのとは少し違うかもしれないわね。私の要素を取り込んで、新しい存在として再構成されたのかも。伊達に勇者を名乗ってはいなかった、ということかしら」
「ゆう、しゃ?」
幼子が親の言葉を真似するように、舌っ足らずに繰り返す。
「いいえ、なんでもないわ。なんにしても、あなたの身体は私の魔力でできているのだから──」
エルメリカは、体を起こした赤髪の少女へ手を伸ばし、指で顎を軽く持ち上げた。心地よい肌の触れ合いに、少女はうっとりと目を閉じる。
「あなたは血の一滴、髪の一本まで私のものよ」
かつてコンシェールと呼ばれていた国があった。季節の花が咲き乱れる美しい国で、その中心に建っている白亜の城では、緑の瞳をした可憐な王女が暮らしていたという。
そんな美しい国が、周囲の国も気づかぬうちに不気味な霧に覆われ、かつて勇者に討伐されたはずの『不死の大欲』とその配下によって、住民全てが魔物に変えられてしまったのだそうだ。
かつて魔王を追い詰めた勇者一行の生き残りがそろって姿を消した後も、人間たちは国を問わず協力し、新たな魔王の軍勢と戦い続けていた。
前線に立つ若い戦士が、仲間の血しぶきを間近で浴びて叫ぶ。
「魔王の娘が来たぞ!」
そして、胴を真二つに切り裂かれて絶命した。
血を浴びてなお、漆黒を深める夜会服。かつて聖剣と呼ばれた得物を携える赤毛の美女は、人間だった肉の塊を冷ややかに見下ろした。以前の進軍では、『魔王の花嫁』と呼ばれたことを思い出す。まったく、人間どもは勝手なものだ。自分と偉大なる魔王様の関係は、言葉などで言い表せるものではない。
女の背後から、双頭の猪が勢いよく駆けてきて、今まさに詠唱しようとした魔術師に激突した。複数の戦士を巻き込んで宙を舞う体を、黒い鷹が凶悪な爪で掴み連れ去ってゆく。拠点に控える魔物たちの食料にするのである。
魔物たちの活躍に、思わず笑みが零れる。女は胸の高ぶりのまま、人間を片端から切り捨てた。おののき腰が引けている戦士を殺すなど、虫を潰すより簡単だ。
ああ、そういえば、このあいだ手に入った土地で、シャノンが村娘に産ませた魔物はとてもよかった。毒々しい紫色の巨大な蝶が瘴気をまき散らしてくれたおかげで、簡単に侵略することができた──寿命が短いのが欠点ではあるが、新しい個体を人間に産ませ続ければ解決することだ。
草原を染める緋色がなんとも心地よい。かつての自分も、血しぶきは好きだった・・・・・・ような気がする。あまり良く覚えてはいないが、恐れ多くも魔王様に敵対し、魔物を討伐していたのだとか。だとすれば、なんと愚かなことだろう!
魔王様のことを想うたびに胸が高鳴る。この遠征が終わったら、たくさんたくさん愛してもらおう。
・・・・・・魔王様は自分のことを抱き寄せて、ゆったりとお時間を過ごされるのがお好きなようだ。このあいだは魔王様の芳しい御髪に顔を埋めながら、自分がいかにして人間どもを肉塊に変えたか、そのときの悲鳴がどんなものであったか、たくさんお話を聞いていただいた。魔王様は、戦場で血に染まるあなたは本当に美しいわ、と褒めてくださって──。
思い出すだけで恍惚とする、とても幸福な時間である。それはそれとして、殺戮のあとは激しく愛してほしい気持ちにもなるのだ。・・・・・・そうだ、久しぶりにシャノンを呼んで、三人でするのもいいな。あの素晴らしい絶技をたくさん学ばせてもらって、もっと魔王様を楽しませられるようになりたいものだ。
期待に胸が膨らみ、哄笑が戦場に響き渡る。髪を靡かせ、戦場で優雅に舞うそれは、鮮烈な華のごとく。
いつまでもいつまでも、欲望のままに、殺し続けていた────。
講評
定義 | 魅力 | 提示 | 総合 |
---|---|---|---|
A | B | B | B |
勇者一行に討伐された魔王が、王女の身体を乗っ取った上で勇者の仲間である聖女を堕とし、更に勇者を堕として女体化させ、自らの愛人としてしまう展開。
悪堕ち作品として、そして成人向け作品として全体的にバランスが良く、物語の締めに向けて綺麗にまとまっていく作品である。
堕ちていく情景、そしてそれに付随した濡れ場は、聖女と王女、そして勇者それぞれ三者三様であり、尺の違いはあるがそれぞれのキャラクター設定に基づいた堕ち方をしており、最初に堕ちていた王女も叙述的に後からその情景が差し込まれていることで、最後に堕ちる勇者の章を盛り上げている。
特に最も尺の取られている聖女のそれは本作のメインとも呼べ、魔王に乗っ取られて淫靡な姿になった王女との絡みや聖女という属性をうまく活用している要素もあって、大変素晴らしい堕ちシーンとなっている。
ただ、叙述を使うなど最後の章に向けてうまく整えられた作品であるが故に、最後の章で勇者が王国にたどり着いてからの流れが雑になってしまっている印象が強い。
特に、勇者が女体化してしまう展開が急である。
今回のコンテストでは最後に男性が女体化悪堕ちする展開の作品が多く、せっかくのシチュエーションもオリジナリティが低く感じられてしまう。故に女体化を盛り込むのであればそれなりの理由が必要であるが、その理由は本作でも弱い。
その他、堕ちる対象である勇者や聖女、王女などの堕ちる前の描写が相対的に薄くなっており、なぜこのように堕ちていくのかという理由付けも全体的に弱く、それが悪堕ちにおけるギャップ萌えの作り込みに響いている。
これらを総合して、悪堕ちを魅力的にする作り込みの観点で魅力点が、オリジナリティや物語の展開の納得感など物語の見せ方の観点で提示点がこのような評価となっている。