作品名

生まれ堕ちる魔の王

ペンネーム

じばく霊

作品内容

 暗い空間にカビの臭いが漂っていた。壁に吊るされたランタンは煤けている。手にした松明の明かりでは心もとなく、壁沿いに歩を進めていく。革手袋越しに触れた苔が崩れ落ちた。どうやらこの迷宮は長らく人の手が及んでいないようだ。話が本当だとすれば、お目当てのものはまだ残っているに違いない。
 頬を伝う汗を拭いながら、青年は──ディルは高揚を隠せなかった。短い茶髪を乱雑に跳ねさせ、顔や手足はあちこち汚れていた。腰にショートソードを提げたくたびれた革のベストとパンツ姿、背負った背嚢も含めて土やら埃やらを被っている。薄汚れた風体に似合わず、ディルの瞳は希望に満ちていた。子供らしさを残した精悍な顔つきからは、確固たる意志が見受けられる。
「ここが最深部か……?」
 明かりの先に扉が映る。お目当てのものがあるとすれば、それを守る番人や罠があるかもしれない。ディルは周囲を警戒しながら、ゆっくりと扉を開くのだった。

 既存の生物から姿形が変質し、凶暴化した存在。それらは魔物と呼ばれ、人間から恐れられていた。体躯に似合わない大型の牙や爪を持った獣、肥大した蔦で獲物を捕らえる草花、鳥や蝙蝠の羽を継ぎ足したような亜人。既知の生物の枠組みから外れたそれらは、食物連鎖の枠組みを壊し、かつての同族はおろか人間すら襲い食らうこともあった。
 魔物を率いる存在がいた。後に魔王と呼ばれたその存在は、各地に拠点を作り、魔物たちを率いて人間を脅かしたのだ。魔王は己の力を与えて、より強い魔物を生み出したとも伝えられている。
 やがて魔王は勇者によって討たれ、魔物たちは統率を失った。彼らは拠点を離れて思い思いの地に住み着くと、他の生物を食らい、そして人間の手で討たれていった。
 人々が勇者と魔王の存在を忘れたころ、迷宮の噂が生まれ出した。莫大な力や富をもたらす秘宝が眠っているのだと、魔物や危険な罠を退けた者がそれを手にするのだと。やがて広まった噂を信じて迷宮に潜る者たちが、冒険者が現れ始める。ディルもまた、その一人だった。

 開いた扉から部屋を見て、ディルは思わず息を呑んだ。石造りの床に真紅のビロードが敷かれ、その両端に燭台が並んでいる。ビロードの先にあるのはおそらく玉座だろうか。
『侵入者カ。不届キ者メ』
 燭台に蒼い火が灯る。手前から奥へと侵入者を誘うよう灯り、玉座の主も照らし出した。
 主はディルを睥睨していた。器用に椅子の背もたれに両足を乗せている。人の輪郭こそ見受けられたが人間ではない。光沢のある一対の角に蝙蝠の羽、不気味に伸びたかぎ爪と爬虫類の尾を持ち、それらは全て石の質感をしていた。
 ガーゴイルと呼ばれるこの魔物は、石の如く硬い肌が特徴の魔物だ。人語を介し、魔法を扱う高位の魔物としても知られている。燭台を灯したのもこいつの魔法だろう。
『精々悲鳴ヲアゲテ楽シマセロ‼』
 玉座を蹴ってガーゴイルが飛翔する。ディルは松明をガーゴイルに投げつけると、ショートソードを抜き放った。ガーゴイルの爪が松明を木片に散らし、破片が床に落ちるよりも速く爪と剣がぶつかり合う。鈍い音と重い衝撃がディルの体を揺さぶった。
『生キガイイナ、オマエノ血ハ期待デキソウダ!』
 もう片方の爪が脇腹を狙う前に、ディルは大きく後ろに飛びのいた。痺れが残る腕を奮い立たせ、眼前に剣を構える。しかしガーゴイルは追撃せず、裂けた口を歪ませて不気味に笑っていた。喉奥が、頬が膨らんでいく。
『ガァッ‼』
 咆哮と共に蒼い火球が放たれた。人一人を易々飲み込める大きさだ。ディルは身を翻して辛うじてかわしたが、それでも肌や衣服が焦げついた。剣の握りに熱が篭る。
『バカガ──死ネェッ!』
 呼吸を吐く間もない。飛ばした火球を目くらましに、側面から回り込んだガーゴイルが爪を伸ばす。
 ディルは跳んだ。剣先をガーゴイルに向け、体ごとぶつかる勢いで突き出す。剣が触れる前に爪が前腕を掠め、ざっくりと裂傷を作った。
石の肌に剣は通らない。勝利を確信したガーゴイルがとどめの一撃を繰り出そうとする。
「おおぉぉぉっ‼」
 ディルの雄叫びと共に刀身が紅く輝いた。熱を持った刀身はやすやすとガーゴイルの肌に食い込み、背面へと突き抜ける。真横に薙ぎ払うと、腹を起点にガーゴイルは二つに引き裂かれた。崩れ落ちる下半身をよそに、ディルは吹き飛んだ上半身の下へ向かう。無防備なうつ伏せの背中に剣を突き立てた。鈍い悲鳴が辺りに響く。
「番人はこいつだけか……?」
 ガーゴイルから興味を外し、ディルは傷もそのままに玉座へ駆けた。
 玉座に一つの小箱が置かれていた。豪奢な玉座に似つかわしくない、装飾のない簡素な箱だった。ディルは躊躇うことなく箱を開けると、中に手のひら大の珠があった。透き通る紫色に、彼の喜色に満ちた顔が映る。
「これが……!」
 ディルは珠を手に取り両手で包み込んだ。珠から慣れ親しんだ脈動が強く伝わってくる。魔法を使うために魔力を高めるときの感覚。ガーゴイルを薙ぎ払った時と同じ、体内を熱が駆け巡る感覚が珠から感じられた。
「間違いない、本物だ!」
 魔法とは魔力を使った現象のことを指す。術者の意思に応じて様々な現象を発生させられ、術者の魔力に応じて規模も変動する。ガーゴイルのような高い魔力を持つ魔物は身の丈ほどの火球を生み出すことも容易だが、ディルのような人間は剣の一部を赤熱化させるのが精々だ。発動させたい効果に応じた触媒を用意すればより高い効果を得られるが、それにも限度はあった。
 ディルは傍の燭台に指先を向けると、指先に力を込めた。燭台が紅く煌めき紅い炎に包まれる。金属製の燭台は崩れるように溶けていき、たちまち跡形もなくなった。
「これほど強い力なら、きっと!」
 想像以上の魔力に、ディルは高揚を隠せなかった。人間が研鑽を積んでも辿り着けないだろう力を、ついに手にしたのだ。彼に野心はなかったが、この力は願いを叶えるためにどうしても必要な力だった。
 だからこそ、ディルは失念してしまった。
「ガ─―ギギッ──ナ、何故──⁉」
 背後で倒れたガーゴイルが内側から喰われていることを。ガーゴイルの魔力を糧として生まれた触手が、ゆっくりと、しかし異常な大きさに肥大していることを。
「──な、なんだ⁉ うわぁぁっ‼」
 首根っこを掴まれ、粘ついた塊に引き寄せられる。ぶよぶよした塊はディルの体を半ばまで取り込むと、彼の手足に触手を絡ませた。もがく間もなく顔に触手がへばりつく。甘い香りが鼻孔をくすぐり、脳へ、胃の中へ送られていった。強烈な睡魔に抗うことが出来ず、彼はそのまま意識を失った。
 ディルを取り込んだ触手は、彼が手に持つ魔力をも取り込んだ。蓄えられた魔力を糧に、その体をより大きく広げていく。部屋にあるものを何もかも覆いつくし、壁と床の境目さえ埋めてしまった。
「主、ヨ……何故、我、マデ、モ──」
「君が出来損ないだからだ」
 魔力の弾丸が、頭部だけになったガーゴイルを打ち砕いた。煙を上げる残骸も触手に飲み込まれていく。扉があった場所の外に、ガーゴイルを撃ち抜いた者が立っていた。漆黒のローブに身を包み、フードで陰に隠れた顔は窺い知れない。
「失敗作でも私の役に立てることを喜ぶといい──さて」
 主と呼ばれた存在は、フードの奥で狂気に満ちた双眸をぎらつかせた。
「君は私の求める者足りえるかな? 魔王の力を宿す資格があるのかな?」
 試させてもらおうか。くつくつと笑う声と、触手が蠢く音だけが空間に響くのだった。

§

 ガキの頃の話だ。
 似た年頃のガキ共と遊んでいたら、家の中に居る女の子が目に入った。雪のように白く長い髪に青白い肌をしている。簡素な寝間着を羽織っていても、線の細さが分かった。何をするでもなく、虚ろな紅い瞳でじっと俺たちを眺めている。
 俺は彼女に興味を持った。どうしてこっちに来ないのか、どうして俺たちを眺めているのか。気になって声をかけてみても、首を横に振るだけで何も話してくれなかった。見かねたガキ共が俺を引っ張っていく。
「あいつ、病気なんだってよ」
「近寄らないほうがいいぜ、うつされる」
 あの頃の俺は本当にガキだった。ただ頑固だったのか、彼女の寂しそうな様を見かねたのか。俺は忠告を無視して女の子に構うようになった。
 彼女の声を聞きたくて、表情が変わるところを見たくて、色々と試したものだ。喜ぶかと野花を束にして持っていったり、嫌がるかと毛虫や蛙を持っていったり、興味を惹くかとこっそり村を抜け出した冒険譚を語ったりした。
「……それでさ、崖から滑り落ちんだよ。あの時はほんと死ぬかと思ったな。どうして助かったか分かるか?」
 彼女は言葉を返さず、分からないとばかりに首を横に振った。
「落ちた先が村の外れでさ、山盛りの牧草が積んであったんだよ。そこに頭から突っ込んで埋まったんだ。カンカンに叱られて罰で掃除をさせられてよ。牧草が頭やら服やらに刺さったままだったから、みんなからホウキ頭って呼ばれてからかわれた。おつむがすかすかな俺にはお似合いだってよ、ひっでえよな」
「……ふふっ」
 初めて笑った顔を見た。今までふさぎ込んでいる顔しか見てなかったから、笑うと可愛いなって思ったんだっけ。
 次の日から彼女は少し変わったようだった。小さな声で相槌を打ち、面白い時は微かに笑い、俺のいじわるに不貞腐れもした。イリアという名前も教えてくれた。今更ながら俺も名前を教えて、イリアも覚えてくれた。俺が来る度にイリアは笑顔で迎えてくれたが、俺も似たような顔をしていたと思う。きっと初めて恋した相手だったのだから。

「羨ましいな」
 しばらく経ち、気安くお互いを呼ぶようになったころ。いつものようにバカで他愛もない話を終えた時に、イリアはそう呟いた。
「わたしもディルみたいに外に出られたらいいのに」
「病気なんだろ? イリアが我慢して薬を飲み続ければ治るんじゃないのか」
「治らないよ、きっと」
 イリアは俺を見ていなかった。苦笑いに似た表情で空を眺めている、諦観した様子だった。遊びたい盛りの子供がする表情ではないことを、俺はまだ知らなかった。
「わたしの体はすごく弱いの。お日様の光に長く当たっていられない。一度だけわがまま言って村の中を歩いてみたけれど、ふらふらしちゃって倒れて、その晩は熱を出してうなされて、しばらく苦しかった」
 くしゃくしゃに歪んだ表情を見られまいと、イリアは俺から顔を背けた。
「諦めちゃえば楽になれるって、ディルが来るまではそう思ってた」
 けれど出来なかった。ディルはわたしに、外の世界には楽しいことがあるって教えてくれたから。
「……知らなければよかったのかもしれない。じっと家の中で眺めているだけじゃ足りなくて、わたしはもっと欲しがってる。絵本のお姫様みたいに王子様が助けてくれるって、そう思ってしまいそうになってる」
 もし、ディルが、わたしの──。
 段々とイリアの声が擦れ、涙で震えて、最後の方はよく聞き取れなかった。
 俺も何も言えず、逃げるように帰った。結局のところ俺はガキで、イリアを助けるどころか慰める言葉の一つ出てこなかったのだ。翌日、イリアは何ともなさそうだったが、彼女の言葉が脳裏から離れなかった。
 迷宮の噂を聞いたのは、それから数年が過ぎたころだった。図体はでかくなったが、俺は未だにガキのままだった。どうすればイリアを助けられるのか、頭の隅にいつもそんな思考があった。
 迷宮に潜れば大金を稼げる。金がたくさんあればもっといい医者にかかれる、薬も、滋養のつく食事も摂れる。もしかしたら、病気も治るかもしれない。俺が動く理由はそれで十分だった。

§

「ぐ……うぅ……」
 まどろみから目覚める。頭の中に靄がかかったようで、目を開けるのも億劫だ。沼に沈んでいる感覚と、体が浮いている感覚がする。俺がどうなっているのか、重い瞼を開いて状況を理解しようとする。
「──っ、なんだ、これっ⁉」
 辺り一面に鮮やかな赤色の触手が敷き詰められていた。自分の胴体から先は触手に埋まって見えない。確認しようと身を乗り出せば、頭上で縛られた両手が枷になって体が揺れるばかりだ。辺りを見回しても、倒したはずのガーゴイルも握っていたはずの剣も見当たらない。
「くそっ、一体どうなって──ぐむぅっ⁉」
 腕を振られ、後方にのけ反る。思わず開けた口に触手が入り込んできた。ごろんと喉が鳴る。何かの塊を飲まされたことに気づき歯を立てるも、口内に入り込んだ触手はびくともしない。甘ったるい粘液が舌に触れただけだ。
「……む、ぐ、うぅっ……ごぼ、ぐ、むぅっ……!」
 喉奥に粘液を流し込まれる。苦しい、息が出来ない。口角から溢れた粘液がぼたぼたと滑り落ちる。液体は止まることを知らず、どんどん流れて俺の腹を膨らませた。
(──痛えっ⁉)
 苦悶で口が閉じる。刺された。どこを? 首は真上を向かされて窺えそうにない。悶えていると体のあちこちから熱が広がる感覚がした。胸、腹、へその下、太もも。
(おい、どこ触ろうとしてんだ、こいつ!)
 どうやって入り込んだのか、衣服の隙間を潜り抜けた触手が俺の股間に吸いついた。しばらく処理をしていないせいで、こんな状況にも関わらず愚息はそそり立っている。
(まさか──やめろ、おい! やめ──)
 熱を持った幾本もの襞が一斉に食らいつき、引き抜いた。耐えられるはずもなく、俺はあえなく射精してしまう。口内を塞がれ無様な声を上げられなかったのは、せめての幸いだったかもしれない。こんな状況で達してしまった事実はどうしようもないが。
(はっ──はぁ、はーっ……ひぐぅっ⁉)
 再び襞が動き出した。熱く柔らかい塊が、敏感になった亀頭を幾度も擦る。そうして肉棒全体に食らいついたところで引き抜かれる。耐えられる訳がない。ないのだが、射精した後ですぐに吐精出来る訳もない。
(やめ、やめろ……やめ、うっぐ……ぁ、ああっ……!)
 患部の熱は全身に移り、俺の脳と理性を焼いていった。押しつけられる快感に身悶えし前後不覚に陥る。化け物に搾られているのか、俺が腰を揺らしているのかさえ分からない。
(また、来る──昇ってくる──!)
 二度目の射精は、俺に酷い脱力と無力感を与えた。抵抗する気力も尽き、口内の触手が音を立てて抜け出ていく様を見送るしかない。
「──がはっ、ごほっ、ごほ……」
 えずきながら口内の粘液を吐き出す。胸の膨らみに飛沫がかかる。腕の締めつけが強くなった気がして、思わず顔をしかめる。振り解こうとしても弱々しく腕が振れるばかりだ。
「もういいだろ……俺が抵抗できないって、分かっただろ……!」
 泣きそうな上ずった声を上げてしまい、情けなさに拍車がかかる。魔物は人間を襲い食らうと知っていたが、こんなやり方とは知らなかった。人間の精を食べる魔物なんて聞いたこともない。
「もう出ないから、射精ないから、やめっ──」
 三度目の食いつき。睾丸をも巻き込んだそれは無情にも行われた。射精しないにも関わらず、俺は達してしまった。全身に快楽の電流が流れ、四肢の末端までもが突っ張ったかのように跳ね上がる。
「あ゛ーっ、あ゛あ゛ーっ、イ゛グっ、イ゛っでる゛がら゛ぁぁぁーっ‼」
 無様で耳障りな声が頭に響く。これは本当に俺の声だろうか? まるで俺が俺じゃなくなったみたいだ。
 されるがまま体が揺れる。胸が弾み、腰が折れそうな程に仰け反った。後ろから触手に抱き留められるも、それを振り払わんばかりに暴れている。
(何だよこれ、これは本当に俺なのか?)
 いつの間にか縮んで丸みを帯びた肩幅。肥大し服を盛り上げている胸。履いていたはずのパンツは、太ももまで下ろされている。ぶかぶかだ。俺の体が小さくなっているのか?
「ま゛だぐるっ、でる゛っ、射精る゛ーっ、や゛め゛っ、や゛め゛でえ゛ぇーーっ‼」
 じたばたと赤子のように泣いて喚いて暴れる俺。それをこうして遠くから眺めている俺。自己防衛のために精神を切り離していたと気づいたときには、全てが遅かった。
「────」
 絶望に息を呑む音が聞こえ、少し遅れて獣声が聞こえてきた。腰を浮かせ、びくびくと跳ねている。三度目の射精。残っている全てを貪るように、根本から搾られていた。陰茎を中心に全身が脈動する。俺は体内の精を根こそぎ吸い上げられると──
「────ぁ」
 肉を捻じる音が、衝撃が伝わる。役目を終えたとばかりに、吐精した陰茎がもぎ取られていたのだ。痛みはないのがかえって恐ろしかった。
 触手の沼からゆっくりと引き上げられる。まだ衣服をかぶっている上半身と違い、下半身には粘液しか残っていなかった。股の間には何もついていない。血の跡すら残っていなかった。こいつは何のために俺をこうしたのか。
「ひ……!」
 眼前に隆起した『触手」を突きつけられる。かつて俺が持っていた陰茎と似たそれは、しかし一本だけではなかった。蟻が砂糖に群がるように、わらわらと俺を取り囲んでいく。
「いやだっ……いやだぁーーっ‼」
 俺がなりふり構わず叫ぼうと、触手は動きを止めなかった。
 助けは来ない。戦う術も性別さえも奪われた。まだ奪うものがあるというのか。俺はなすすべなく、この化け物に蹂躙されるのか。
 違う。俺にはまだすべきことがあるんだ。こんなところで折れてはいけない。体を弄られても心までは屈してはならないのだ。

§

「定着の段階に入ったみたいだね」
 喚き叫ぶ女に、触手たちが迫っていく。水晶玉に映る光景に、ローブの主は頬杖をつきながら呟いた。
 今までの出来事は、これから始まる実験の前準備に過ぎないのだ。簡単に壊れてしまっては困る。魔王の力を『正しく』受け継ぐために、不必要なものは取り去ってしまわねばならないのだ。完膚なきまでに意思を折り、そして使命を与えてやらねばならない。私の野望のために。

§

 吊られた触手に放り出され這いつくばった。何度も達したおかげでろくに身動きも取れず、されるがまま衣服をはぎ取られる。肘膝をついて体を起こしたところを絡め取られ、腰を無理矢理に持ち上げられた。四つん這いの格好だ。
「……近づけるなよっ……そんなの……くうっ!」
 首に絡みつき、顔を持ち上げた触手が陰茎を擦りつける。顔を背けても逃げられず、べたべたと頬に粘液を塗りたくられた。生暖かく、そして生臭い。こんなものを飲まされたのかと思うとぞっとする。
「気持ちわりぃんだよ……胸、いじんな……っ」
 ぶよぶよした肉塊の感触を胸で受け止める。触手は胸に挟まると、谷間を行ったり来たりした。擦れた箇所がじんじん熱を持つ。くすぐったいとはまた違う、もどかしい感覚だった。
 数本の触手が胸や腹を漁り始めた。擦った軌跡になめくじが這ったような跡が残る。ぬらぬらした液体が乾く間もなく、別の触手がやって来て新しい跡で上書きした。
「ひっ⁉ どこ触ってるんだっ!」
 不意に尻を撫でられ、素っ頓狂な声を上げてしまう。二本の触手がそれぞれ股と尻の割れ目に挟まってきたのだ。形を覚え込ませるように押しつけられ、擦られる。体が熱い。触手の熱ではない、触れられたところが、どんどん熱くなっていく。
(気持ち悪いはずなのに、こんな化け物にいいようにされてるはずなのに、なんで、なんで嫌じゃなくなってるんだよ、しっかりしろ、俺!)
 自分の意思とは関係なく、肉体は与えられた刺激に合わせて作り変えられていく。ともすれば精神まで侵されて狂ってしまいかねない。自身の変質に、そして恐怖に、俺は必死に抗おうとした。
 濡れた液が太ももを伝っている。触手の粘液ほど粘性のない液体が、股の間から流れて触手に伝う。触手は液体を拭うようにその身を擦りつけるが、その刺激は分泌の一助となるばかりだった。いつ挿入されるか分からない恐怖と、ほんの少しの期待。焦らされる度にどちらも膨れ上がっていく。
「むぐっ、んむむむっ、んぐぅーっ!」
 首を絞められ、喘ぐ口内に触手が入り込む。先に入れられたものより太く、喉奥が圧迫される。引き抜かれると雁首が咽頭を抉った。散々飲まされた粘液のおかげで、大きさに比べて苦痛はない。
(だからってこんな風にされて、良い訳、ない、だろぉっ……)
 そう言い聞かせて体の疼きを抑える努力は無駄に終わった。道具のように扱われているはずなのに、体は拒もうとしてくれない。いっそ窒息して意識を失えたらマシだっただろうが、俺は触手が大きく脈打つのをその身で感じてしまった。
「ぶっ、ぐぶぶ、ぶぼっ……、ふ、ぐ……」
 口内で粘液が爆発し、俺は再び嚥下する羽目になった。粘ついた塊がこびりついて気管が塞がりかける。どうにか口内で留めた柔らかい粘液の塊を噛み砕いて、なるべく味合わないように流し込んだ。嫌な生臭さが入り混じり、言いようのない嫌悪感を覚える。口内から抜け落ちた触手が白く粘ついた粘液で汚れている様を見て、予感は確信に変わった。
(これ、まさか精液……⁉)
 隙をついて残りを全て吐き出す。さっき飲まされた甘い粘液ではなかったのだ。気づかなかったらあのまま全部飲んでいたかもしれない。飛び散った白濁液の量を見て、最悪の未来が脳裏に浮かんだ。
(まさか、こいつらは、俺を、孕ませるつもりなのか……⁉)
 理屈は合う。俺は女の体にされた上で、触手に弄ばれて濡れてしまう体にされている。おそらく触手の挿入も受け入れてしまうだろう。だが、人間とこの化け物──おそらくは魔物だろうが──とでは種を宿せるのだろうか? 異種族間で子供を作ることなど可能なのだろうか。
 出来っこない、とは言い切れなかった。何せあり得ないことは既に起きている。俺の肉体がいい証拠だ。
(触手が止まった……! 終わって、くれ……──ッ‼)
 愛撫をしていた触手が離れていき、一本の太い触手が下腹部まで手を伸ばす。複数の触手が絡み合ったような凹凸がある、これまでとは異形の姿だった。自分が持っていた陰茎よりも一回り太いだろう肉の棒がへその下を擦る。次はここまで届かせる、この膣内まで精液を満たすと告げられているようで、たちまち血の気が引いていく。
(ふざけんな……入る訳ないだろそんなの!)
 思えば最初から仕込まれていたのだ。最初に飲まされた塊や粘液には、俺の体を快楽に鋭敏にさせる効能があったのだろう。その上で幾度も絶頂に導いて獲物が逃げないよう抵抗を削ぐ。
(あんなもの挿入れられたら壊される──殺される……!)
 逃げる術は未だない。このまま触手の思い通りになるしかないのだ。少なくとも今は。だが、あんなものを受け入れて無事でいられるのか? 肉体は、俺のままでいられるのか?
(肉体が耐えられても、俺の心が殺される──男だった俺が、俺じゃなくなってしまう──!)
 そうして快楽の味を覚え込ませた上で、これから与えられるだろう暴力的な快感を想像させるのだ。仮に逃げる術があったとしても、獲物の意思で踏みとどまらせるように。
 俺もその仕込みにかかっていた。俺の心を支配しているのは恐怖だけではなかった。微かな期待がそこにあった。
(でも、もし、挿入されてしまったら──♡)
「──ひぁぁああぁぁんっ♡」
 触手の挿入は優しかった。ゆっくりとうねりながら肉襞をかき分ける。これまでの乱雑な抽挿ではない、膣の奥まで挿入したところで動きが止まっている。形を馴染ませるような行動だった。俺の体はそれを受け入れた。触手を異物として認識せず、むしろ温かく歓迎してしまったのだ。
(本当に、挿入はいってる……挿入っちゃってる……っ♡)
 耐えるつもりなら見てはいけない。いけないはずなのに、首を傾けて見てしまう。腹部が触手の形に膨らまされている様を、糸を引いて垂れる愛液を、見届けてしまう。
「……くっ、ふ♡ ぅ、うぅっ♡ ぬ、抜けて、く、ぅぅっ♡」
 ぞりぞりと腹側を擦りながら、先端を残し触手が出ていく。背中に電流が走り、がくがくと腰が震える。これまでの凌辱と違い、こちらを優しく労わる動きのはずなのに、与えられる快感は桁違いだった。
(感じちゃ駄目だ……抗わないと、駄目だっ……♡)
「はーっ♡ はーっ♡ は、ひぃぃっ♡ ひぁっ♡ は♡ ひへっ♡」
 たった一往復で俺は骨抜きにされていた。自らかけた鼓舞が心中で空しく響く。
 精神の空しい抵抗をよそに、肉体は触手の動きに順応していた。律動的な動きには微かに抵抗して生まれた快楽で潤滑液を溢れさせ、触手が動きを止めると逃がさないとばかりに隅々まで吸いつく。肉と肉が擦れる音、粘液と愛液が滴る音が聞こえてくる。
「はひゅっ♡ は♡ ひっ♡ ぃいぃっ♡」
 気がつけば、俺は自ら腰を振っていた。揺らしていたと言った方が正しいだろうか。ただでさえ触手の抽挿で骨抜きにされているのだ、まともに動けるはずがない。
(そう、だっ♡ こいつが、俺を♡ 孕ませっ、たいっ♡ の、なら、早く、はやく、射精、させればぁっ♡)
「ひぃっ♡ ぎっ♡ おっ♡ お、お゛ぉっ♡ ほお゛っ♡」
 おかしくなった脳もそう結論を出し、言葉ですら抵抗する意思が失せていた。
 仕方ないじゃないか。こんなことされて抵抗出来るはずがない。むしろ今までどうして抵抗していたんだろうか? どうせ敵わないんだ、だったらいっそ、早く終わらせた方がいいんじゃないのか。
「欲しいっ、んだろっ♡ 孕ませっ、たいんだろぉっ♡ お゛ぉっ♡ だからっ、こんなっ、こんなぁぁん゛っ♡」
 浅ましい動きに触手が合わせてくれた。下腹部の盛り上がりは、とうに臍まで達している。内臓が圧迫され、変形しているにも関わらず苦痛はない。きっとそういう風にさせられたんだ。
「びくびくって♡ 震えてっ♡ 出るんだろぉっ、射精ぇ、したいんだろぉっ♡」
 だからこうして、触手から精を搾りとろうとするのも仕方ないんだ。そう言い訳をして下腹部と臀部に力を入れる。膣内の圧迫が強まり、触手がびくびくと身悶えする。射精と同時に、俺も声にならない声を上げて達した。本当に孕んだかのように腹が膨らむ。子宮内を精子が泳ぎ、精を放出した穴から細い触手が生えてかき回す。それは俺の絶頂の余韻が収まるまで続いた。間抜けな声を口の端から漏らし、痙攣する俺の姿はさぞかし滑稽だろう。
「はひゅ……あ、へへぇ……♡」
 余韻が収まり緩くなった膣内から触手が抜けていった。跡にゼリー状の塊を産みつけられる。精液を逃がさず、確実に受精させるための仕組みだろうか。そんなことしなくても俺は逃げられないのに。
 そうだ。俺は逃げられなかった。
「あはははっ……♡ あははは、ははっ……♡」
 たぷん、たぷんと腹内が揺れ、多幸感に満たされながらも、徐々に熱が引いていく。誤魔化していたものが、最後の一線を超えてしまった衝撃が戻ってくる。あの時、俺は、触手のモノにされてもいいと願ってしまったのだ。抵抗してどうにかなる状況ではなかったが、抵抗を止めたのは俺自身の意思だ。
「あははは……あはははは……ごめんな、イリア、ごめんなぁ……♡ でも、俺、必ず、帰るから……♡ お前を、助ける、から、なぁ……♡ 待ってて、なぁ……♡」
 言葉にしなければ不安で押し潰されそうだった。俺はイリアを助けるためにここまで来たのだ。決して、絶対に、こんな目に合うために来たのではない。絶対に生きてここを脱出するんだ。いつか必ず、脱出する機会は訪れるはずだ、諦めてはいけない。その決意は、今からでも遅くはないはずだ。
「あはははっ……♡ はは、あははっ……♡」
 だが、今の俺は本当に人間なのだろうか。触手との交尾を受け入れてしまった俺は、もはや人間ではなく、触手の──魔物の仲間なのではないだろうか。もし、仮に孕んでしまったら、生まれてくる子供は一体何なのだろうか。
 そしてイリアは、こんな俺を、男でなくなった俺を、魔物と交尾してあまつさえ悦んでしまっている俺を、あの時と変わらない笑顔で迎えてくれるだろうか?

§

 俺が迷宮に潜り出してしばらく経った。一国を揺るがすほどの宝こそ見つからなかったものの、それでも宝石や貴金属の類が見つかった。数年は遊んで暮らせるだけの額はあるはずだ。
 だが、金があってもイリアの症状はよくならなかった。日に日に痩せ衰え、青白い肌は骨ばっていく。ベッドから起き上がることも難しくなっていた。医者に診せても治す目途どころか症状を抑える方法さえ分からない有り様だ。
「大きな町なら手がかりが見つかるかもしれない。また、しばらく会えなくなる」
「…………ディル、あのね、わたし……」
 俯いたイリアが何かを口にしたようだが、俺には聞き取れなかった。
「イリア?」
「……ううん、なんでも……なんでも、ない……気をつけて、ね……」
 後ろ髪を引かれたが、これ以上彼女が弱っていく様を見たくない気持ちもほんの少しだけあった。
 離れた町に出て、より優れた医者を探した。同業者に金を積んで、薬になりそうな噂を聞いた。彼女の傍に居られる時間をいくら削っても、手がかり一つ見つからない。道端で頭を抱えて蹲っても、時間が過ぎていくばかりだ。
(……くそっ! 早く、俺が何とかしなければ──!)
「あなたがディルさんですか?」
 焦る俺に声がかかる。見上げると、外套を羽織った青年がそこに居た。
「腕の良い薬師を探しているそうで。私で良ければ力になれるかもしれませんよ」

 旅の薬師だと言う青年を連れて帰り、イリアを診てもらった。俺からイリアの状態を聞いた薬師は、眠っているイリアの体に手をかざす。イリアの全身が淡い光に包まれた。体のどこに異常があるか調査する、治療に使う魔法らしい。薬師は何やら考え込んでいる様子で形容しがたい表情を浮かべている。光が消えてしまっても、しばらく押し黙ったままだった。
「……これは、また、何とも……魔力が欠乏していると思われます……が、しかし……」
 ここまでは他の医者と似たりよったりだ。彼らの話によれば、魔力は生命と大きく関りがあるそうだ。何らかの要因でイリアは魔力が不足していて、生命の維持に支障が出るほどらしい。
「食事や休養で回復すると聞いているが、イリアはそれすらままならない、みんな匙を投げちまった。どうにかならないか?」
「おそらくですが、彼女には魔力を生み出す能力が欠けています……非常に珍しい例ですが」
 曰く、もともと生物には生きるための力、魔力を生み出す器官が備わっている。しかしイリアは、生まれつきその器官の働きが不足しているようだ。体が成長するにつれて必要な魔力も大きくなっていく。おそらく、もう長くはないだろうとも。
「高い魔力を持つ道具があれば、身につけることで不足分を補えるでしょう。ディルさん、あなたの協力が必要です」
 魔力を持つ道具なんて出回っているはずがない。仮に売られていたとしても、俺が得た金額を遥かに上回る額になる。とても俺に手は出せない。俺に出来ることと言えば、迷宮に潜って探すくらいだ。
「そんなものが本当にあるのか?」
「一つだけ、心当たりがあります。危険ではありますが──」
「構わない、教えてくれ! ……それともう一つ、俺が戻るまで彼女を頼みたいんだが……」
「分かりました。ディルさんが宝を得るまでの間、出来る限りのことをします」
「すまない。恩に着る」
 感謝は無事に戻ってからですよ、あなたの身に何かあれば、彼女が悲しみますから。気をつけて下さいね。
 苦笑交じりの薬師の忠告も耳を通り抜けてしまうほどだった。希望が見えてきた。暗闇を手探りで探っている中に差した一筋の光明だった。後はがむしゃらに辿っていけばいい。俺の得意分野だ。
「ディル……」
 寝入っていたはずのイリアから、名を呼ばれる。縋るような、か細い弱々しい声。蝋のように白い顔から死相が現れていた。視線を逸らしたくなる衝動を堪え、跪いて彼女の手を握る。
「気を……つけ、てね……」
「俺の心配はいい。必ず戻ってくる。それまで薬師さんも診てくれる。お前の病気はきっと治る。俺がなんとかしてみせる。そうしたらまた傍に居てやれる。……元気になったら、色々話したいことがあるから……待っててくれ」
「こほっ……うん、待ってる、ね……」
 咳き込みながら、それでも気丈に微笑むイリアの頭を撫でてやる。何としても彼女を病床から解放する、俺がどんな目に合ってもだ。

§

「そう、だ……俺は、まだ……こんな、ところで……」
 過去から目覚め、鈍い痛みと共にうわ言を吐く。イリアが苦しむ様を夢見たのは、こんな空間に一人閉じ込められて気が弱くなっているからか。それとも、俺が手放しかけた決意を手放さないようするためか。前者なら似たような目に合っているイリアを気の毒に思うし、後者ならそれを支えに耐えられる。いくら汚されても、まだ俺は折れきってはいない。四肢は触手で繋がれ、脱出の見込みは相変わらず見えないとしても。
「……っ、ふぅっ……腹が、はぁ……きつい……ふぅっ……」
 俺の腹が膨らんだまま、戻っていなかったとしてもだ。ごろん、ごろんと中で揺れる複数の塊を感じる。球体の形から察するに胎児ではない。人間が卵を産むなんて話は聞いたことないが、だったらこれは何だ?
「くぅっ……はぁ、はぁ……本当に、孕まされ、たのか……?」
「その通りだよ」
 乾いた拍手と、若い男の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのあるような声だった。漆黒のローブに身を包み、こちらに歩いてくる。
「おめでとう。無事に定着したよ──君は魔王の力を手に入れたんだ」
「──あんた、薬師か⁉」
 何でこんなところに? 俺を助けに来てくれたのか? だがイリアはどうなったんだ、 無事なのか?
 混乱した俺を現実に引き戻したのは、薬師が告げた言葉だった。
「魔王の力……?」
「そう、魔王の力だよ。君がお腹に宿した命──魔物を産み出すための力さ」
 裸の俺に無遠慮に近づき、膨らんだ腹に手を当てる。俺の全身が淡い光に包まれた。熱と共に、体中に魔力が駆け巡る感覚が走る。
「ふむふむ、ちゃんと卵で産まれそうだね。成功、成功」
「ちゃんと……? あんた、俺がこうなることを知っていたのか⁉」
「知らなかったさ。こうなってくれたらいいなって思ってはいたけどね」
 君は喜ぶべきだよ。私の実験台として、満足の行く成果を残したのだから。
思考が止まった。全くの無防備を晒し、告げられた言葉を幾度も脳裏で繰り返して、ようやく薬師の考えに思い至る。
「……騙したのか? 俺を利用したのか⁉」
「騙すなんて人聞きの悪い。『あなたの協力が必要です』と言ったけれど、彼女の病気を治すなんて一言も言った覚えはないよ?」
 烈火の如く怒りの感情が湧き上がる。俺はこいつの言うがまま迷宮に潜り、宝を見つけ、そして罠にかかった。触手に体を弄られ、あんな醜態を晒した。それだけのことをしておいて、こいつは俺の境遇に何ら興味がないらしい。俺の激昂をそよ風か何かのように流すと、俺の腹を撫でて卵に思いを馳せている。
「しかし君はいい母体になったね。大抵の人間は快楽で頭がやられちゃうか、魔物を身籠ったことに絶望して壊れちゃうんだけど」
「……っ、こんなことを何度も繰り返してるのか⁉」
「そうだよ。中々上手くいかなくてあちこちで実験してるんだ。最後に上手くいったのは君たちも魔王って呼んでた個体なんだけど、知らないのかな? ええと、確か……」
 ひいふうみいと指折り数えてる様に絶句する。人の姿こそしているが、こいつは人の心なんて持ち合わせていない。他人の生死や尊厳など屁でもないのだろう。
「まあ昔の話はいいだろう? 私の目的は魔王を作ることだ。材料が必要だったから君をおびき寄せた。あんな話を間に受けるなんて笑いを我慢するのが大変だったよ、ほんと」
「この野郎ぉっ‼」
 怒声を放ち暴れるも、華奢な体は掌で軽く止められてしまった。体が捻じれ、腹部が圧迫されて息が詰まる。
「中の子供に障るだろう、大人しく私の話を聞いてくれないか?」
「お前が勝手にしたことだろうが! 今すぐ俺を解放し──がぎぃっ⁉」
 体内に電流が走る。勢いよく四肢が突っぱり、そして弛緩した。白く染まった視界が、ぼんやりぼやけながら元の色合いを取り戻していく。ちょろちょろと液体が漏れる音が聞こえ、じんわりと股間が温まる感触がした。
「魔力を使おうなんて考えないでくれ。万一にも私に危害を加えないように、電撃にして返すように仕組んであるからね──さて、もう一度問おう。大人しく私の話を聞いてもらおうか?」
「……ぅ、ぁぁ、ぅあ……」
 感電の衝撃で惚けて、首さえ振れずに呻き声を漏らすしかない。そんな俺の様子に満足したらしく、やつは勝手に語り始めた。
「生き物には限界があってね。似た種族で掛け合わせても大した発展性がない。かといって違う種族で掛け合わせるには体のつくりが違いすぎる、性器の大きさが違えば交配すら満足に出来やしない」
 それでは困るんだと、呆れたように薬師は頭を振った。
「そこで私は既存の生物を作り変えることにした。元来生物が持っている魔力を増大させて、身体能力を向上させる。君たちが魔物と呼ぶ生き物の誕生さ。だが──」
 薬師は言葉を切り、俺の背後を見る。俺を拘束している触手が微かに震えたような気がした。
「あちこちの生き物で試した結果だけど、いくら魔力を得ても元の生き物が弱ければ大した発展は期待出来なくてね。そこの触手がいい例だ。魔力の貯蔵庫代わりと、使い捨ての種付け道具くらいは役立ってくれているけどね」
 だからこそ、元が強い生物を選んで実験する必要がある。それが誰か、君はもう分かるだろう?
「人間だよ。君のように、迷宮に潜って生きて帰れるような強い意思と力を持った人間だ。君が倒したガーゴイルを覚えているかい? あれも人間をベースに弄ってみた結果さ。まあまあ期待出来そうだったんだけど……交尾より血の味を覚えてしまってね」
 素材を何人もダメにしてしまった。勿体なかったなあ。試金石に残しておいたけど失敗だったね。感謝してるよ、あれを倒してくれて。
「私が目指すのは魔王、あらゆる命を育み生み出せる魔物さ。少々のことで壊れてしまっては話にならない。とはいえ、強い意思を持つ生物が黙って性交を受け入れるはずがない──今の君のようにね。そこで、そうならないよう、躾けることにした」
「し……つ、け……?」
 呂律が回らない舌でようやく言葉を紡ぐ。
「そう、躾けだ。私の思うがまま、望むがまま、魔物を産み出し続ける。それが私の望む魔王の姿さ。そして君がこれから、そうなるべき姿でもある」
「そ、そんな……こと、して……何に、なる……?」
「楽しいからさ」
 決まっているだろうと、薬師は大きく頷いた。
「私の思うままに生き物を作り変えることは面白いんだ。ただ掛け合わせても相応の変化しか生まれない。大きさや気性が変わるばかりのつまらない変化さ。だけど、私の魔力があれば、知識があれば、様々な魔物を生み出すことが出来る! 空を走る馬も、火を吐く蜥蜴も、人間の言葉を介する植物さえも生み出せる! もっと研究を重ねれば、君たち人間に取って変わる生物を生み出せるかもしれないんだよ⁉ 君は魔王として、その身を以って私の研究を、新たな命の芽生えを目撃出来るんだ‼ ──これが如何に素晴らしいことか分からないのかい⁉」
 言葉の端に狂気が乗った熱弁が、何一つ理解出来ずに絶句する。こいつはイカれている。狂っている。己の欲望だけを顧みて、他の全てが自分の想い通りになると、心底そう考えているのだ。
「……イリアは……どうした……!」
 俺はどうなっても構わない。覚悟はしたつもりだ。だが、イリアだけは助かってほしい。万が一にも満たないが、駆け引きの材料になるかもしれない。
「今の私はとても気分がいい。用が済んだら会わせてあげるよ──その前に、卵を出さないといけないがねぇっ!」
 ずるずると忌まわしい音が聞こえてきて、
「そんなお腹では動きづらいだろう? 楽にしてあげるよ」
 言葉が終わると同時に、数本の触手がいとも容易く膣内に入り込んだ。
「うあ゛ぁっ! 何、するんだぁっ⁉」
 不意打ち気味の侵入に悶えるが、苦悶の声ではなかった。今まで入れられた触手よりも線こそ細いものの、複数本入れられて無事で済むはずがない。電撃のショックで膣内が緩んだからか、それとも俺の体が挿入を歓迎しているのか。
「孕んだ卵を出すために決まっているだろう? いつまでも腹にためておくつもりかい?」
「ふざけ……る、なぁ、お゛っ、お゛お゛っ♡」
 一本一本が別々の向きに伸びる。一本は卵が眠る箇所へ真っすぐ伸びていき、残りは卵の通り道を作るべく膣内を広げ始めた。ゆっくりと、しかし確実に、膣肉が広げられていく。
「もう一つ教えてあげよう。魔物の子は魔力に応じてその姿を決め、母体の魔力を吸って成長するんだ──初めては母体に負担がかからない触手にしたんだよ? 感謝してもらわないとねえっ!」
「や、や゛め゛っ、広げるなあ゛っ──あ゛お゛ぉ゛っ♡」
 ずるんと、体内で何かが引き抜かれる音が響く。子宮内だろうか、体内に眠る卵の一つが、入り込んだ触手に絡まれた。そのまま引きずられて、産道に乗せられる。
「ほら、力んでいるといつまで経っても出せないよ。力を抜くんだ」
「ふっ……ふぅっ……♡ く、ふぅ……、ひぐっ♡」
 力の抜き方なんて分かりっこない。触手が擦れて快楽を得てしまえば、かえって産道が締まりかねないのだ。そもそもいくら拡張されたとはいえ、拳大の卵がやすやすと通る訳ない。殻が柔らかく、人肌の温もりがあることも相まって、道具を使って自慰しているかと錯覚してしまう。
「産卵で感じているのかい? それなら多少乱暴にしても構わないかな」
「ま、まへ、なにっ、する、つも──ほお゛お゛お゛お゛お゛ぉぉっ♡」
 いきなり膣内を限界まで拡張された。体が弓なりに反り、性器を見せびらかす格好になる。同時に卵を掴んだ触手が勢いよく抜け出した。卵殻が膣内を勢いよく擦り、それだけで達してしまう。粘液と空気が抜ける音がしたかと思うと、卵が膣から飛び出した。
「ほーーっ♡ お゛ーーっ♡ ほ、ほひぃ──ひ、ぎいぃぃっ♡」
 腰が抜けたが、崩れ落ちることさえ許されない。床の触手に支えられるまま、再び触手が膣内に入り込んでいく。同じように卵を掴んで乱暴に引きずり出す。その度に俺は間抜けな声を上げて何度も達した。
「これで全部。どうだった? 初めての産卵は」
「は、はへ……、か、ひゅ……」
 奴は産んだ卵を一つ手に取り、俺に見せつけてきた。目の前で卵が割れ、中から小さな触手の塊が這い出てくる。俺を親と認識しているのか、触手を伸ばそうとしていた。俺が呆け戸惑いながらも手を伸ばそうとした瞬間、薬師は躊躇いもなく触手を投げ捨てる。足元で次々と殻が割れる音が聞こえるが、奴は一瞥したきり興味を無くしたようだった。
「息絶え絶えってとこか、気に入ってくれて何よりだ。何せ、これで終わりではないのだからね」
「……ぇ?」
 終わりじゃない? 何を言ってるんだ?
「全部、ぜんぶ、産んだ……もう、おなか、なか……ない、ない、から……」
「なくなったらまた産ませるに決まってるだろう」
「な、なんで……なんで、そんなぁ……」
「君が産みたそうにしているからに決まっているじゃないか」
「ち、ちが……ちがう……からぁ……」
「嘘はよくないよ。そうなるように私が作り変えたんだからね」
 自分が媚びた声を上げていると知りつつ否定するが、抵抗にもなっていない俺の意思はすげなく切り捨てられた。
「君の性癖なんてどうでもいいんだけど、君を孕ませたいって願いを叶えてあげようかなと思ってさ──そうだろう? イリアちゃん」
「うん♡」
 火照った頭が一瞬で冷える。殴られように頭が芯から痺れ、何も考えられなくなった。嘘だ、まさか、そんな。一番聞きたかった声が、この状況で一番聞きたくなかった声が聞こえてしまった。奥からやって来る人影から、絶望から目が離せない。
「久しぶり──随分可愛くなっちゃったね、ディル♡」
「イリ、ア……?」
 そこにいたのは、一糸纏わぬ姿で、生えているはずのない陰茎を肥大させた、最愛の想い人の姿だった。

§

「待ってる、ね……」
 必ず戻って来る。思い詰めた表情で告げたディルを、わたしは送り出すことしか出来なかった。いつからだろう。彼の笑顔が見られなくなったのは。子供のころ、なんでもない話を届けに来てくれたころは、毎日のように見られたのに。
 分かっている。ディルが思い詰めているのは、わたしのせいだ。
(治らないって言ってくれたらよかったのに……)
 そうすれば全てを諦められる。誰かを追い詰めてまで生きていなくて済む。わたしが亡くなるまでの間、ディルはずっと傍に居てくれるかもしれない。他愛もない話をしていた、あのころに戻れるかもしれない。
 でも、ディルはそれでも諦めてはくれないだろう。何でも出来る、何でもやってやる、生きていく力と意思に溢れた彼は、生きる意思を失いつつあるわたしを見捨てられなかったのだと、そう思っている。わたしもそんな彼を羨ましいと憧れたのだから。
(わたしに出来るのは、ディルの気持ちに応えてあげることだけ……)
 例えそれが、互いを縛り合い、底なしの沼に沈んでいくような愚行だとしても。それでも、わたしは生きていなければならない。ディルのために。
「……ちゃん。聞いてる? イリアちゃーん」
「──えっ? あ、けほ、ごほっ」
 空気が上手く吸えずに丸まった背中を、薬師さんがさすってくれる。そうだった。ディルが呼んでくれた薬師さんもいるんだった。今までわたしを診てくれた人は、あまりわたしに進んで関わりたいって雰囲気じゃなかったから、彼の態度は新鮮だった。
「落ち着いた? ディルくんが行っちゃって不安だろうけど、必ずまた会えるから心配しないでね」
 気さくというか軽いというか、暗いことを忘れさせる雰囲気があるというか。薬師って人の命に携わるお仕事だから、今のわたしみたいな半死人は扱いに困りそうなものなんだけど。
「それじゃあ今日の分の薬ね。飲めばぐっすり寝られるよ」
 言われるまま、差し出された粉薬を飲む。眠気はすぐにやって来た。久しぶりの穏やかな眠りは、わたしに夢を運んでくれた。
夢の中のわたしは自由に動く体をしていたけれど、一人では未知の世界に踏み出す勇気が足りなかった。するとディルがやってきてわたしの手を引いてくれる。そうして踏み出した世界で、彼は色々な景色を見せてくれたのだ。
 目を覚まし、問診をして、薬を飲んで寝る。そんな日々が続くうちに、わたしが見る夢は変わっていった。どこかの地にディルと二人きりで居を構える夢。どこかへ探検してきた、自慢げな彼を呆れながら迎える夢。談笑しながら食事をして、湯浴みをして、共に床に就く。逞しくなった彼の胸の中で抱かれ、そして──。
「ところでイリアちゃん、たまたま聞こえちゃったんだけどさ、ひょっとして毎晩寝言でディルくんのこと呼んでたりする?」
 治療を受けて十数日。少しずつ症状が緩和したころ、薬師さんは唐突にそんなことを宣った。どうにか起き上がれるようになった体を折り曲げて盛大に咽る。この人はいきなり何を言い出すんだ。
「いやごめんごめん。ここまで分かりやすい反応とは思ってなくて」
「からかわないで下さい!」
「てっきりもう恋人同士なのかなって思ってたけどさ、その様子じゃまだ好きとも言えてない感じなのかな?」
 恩人にする仕打ちじゃないけれど、つい恨めしく睨んでしまう。そんなこと言える訳がない。恋人として彼に与えられるものより、彼から奪ってしまうものがあまりに多すぎる。
「勿体ない。彼だって男なんだから、言い寄ってくる子の一人や二人居てもおかしくないよ。つばつけとかないと──ね」
 いま、くすしさんが、ひかった、ような。
 一瞬だけ、見えるもの、聞こえるものがずれる感覚がした。軽く目まいがして頭を振る。差し出されたお水を飲み干して落ち着こうとしたけれど、目まいは収まらず耳鳴りまでし始めた。
「──頑張って病気を治さないと。そのために、新しい──」
 薬師さんが話題を変えたようだけど、話す言葉が何一つ頭に入ってこない。浮かぶのはわたしとディルのことだけだ。わたしが生きてきた世界はあまりにちっぽけだったのだと、今更になって気づかされた。わたしとディルの間に誰かが入って来ることなんて、考えもしなかったのだから。
「──魔力を生み出せないなら、他の人からもらうやり方を──」
 もしディルを好いてくれる子が居るのなら、それは望ましいことのはずだ。わたしが出来ないだろう、彼の幸福を与えて上げられるのだから。
(……イヤ……)
 胸が掻きむしられる。どうしようもなく嫌悪してしまう。ディルが得られたかもしれない幸福を、ディルの隣りで幸せそうに笑う誰かを想像して、妬んでしまう。
(わたしはディルのために生きてきたのに、ディルはわたしのために生きてくれないの──?)
 浅く肩を抱いて震える。今にも吐きそうなくらい気分が悪い。浮かんだ悍ましい呪いを、何度も頭を振って追い出そうとする。
「──そのために、イリアちゃんの体を──」
 けれどもう一人のわたしは絶えず囁き続けるのだ。
 ああ、ディル。ディル。どこにも行かないで。ずっと、わたしの傍に居て。わたしの幸福を、あなたと共にさせて。そうしてディルを呪いの鎖で縛りつけ、その傍らで侍り続けるのだ。
「──イリアちゃん、聞いてないね。効いてるってことでいいのかな? でも、ま、今はおやすみ」
 薬師さんに目を塞がれて、気がついたら夢の世界に落ちていた。
 いつもの夢でない、わたしの知らないどこかずれた夢だった。ディルに抱かれる。彼の首に手を回し抱き寄せる。啄むように接吻を交わし、離さないよう絡まり合う。
 目が覚めても鮮明と思い出せてしまう。病の熱ではない、体の芯から疼くようなもどかしい熱がじわじわと広がっていく。
「はい、それじゃあ今日からこのお薬。早く良くならないとね」
 言われるまま薬を飲んで眠りに就く。今は何も考えたくなかったし、話す気にもなれなかった。夢と現実の境目が曖昧で、今までのわたしを象っていた何かが溶けていく。居てはいけないもう一人のわたしが、今のわたしと溶けあうように混ざっていく。
(予想通りだ。魔力を生み出す能力に欠けていたとしても、保有出来る魔力は人のそれと変わらない。つまり、彼女は他の人間より魔物の魔力を取り込める量が大きいとも言える)
 ディルと結ばれる夢を幾度も見続けるうちに、自分本位な欲情に罪悪感を覚えることもなくなっていった。押し倒して自分から腰を振る。厚い胸板に手を置いてしな垂れかかる。達したのだろうか、弱々しい声を上げるディルが愛おしくなって、さらに彼を責め立てる。わたしが満たされていく。
(触手の代わりに魔力の貯蔵庫として運用出来ないだろうか? 人間の姿で種付けが可能なら、警戒されず人間に魔物を孕ませることが可能かもしれない)
 とうとう彼に抱かれる夢が、彼を抱く夢に変わっていた。わたしの下から離れないようか弱い姿になったディルを、わたしが抱いているのだ。女性が持っているはずのないおちんぽでディルを責めると、彼女は喘ぎ、悶えて悦んだ。その様を見て、わたしはおおいに幸福で満たされたのだ。
(実験に不必要な理性は取ってしまおう。幸いイリアちゃんはディルくんに惚れている、犯すよう仕向けるのは難しくなさそうだね)
 そんな夢を見続けて狂ってしまったのだろうか。ある日目が覚めた時、夢でディルを犯していたモノが生えていても、わたしは動じすらしなかった。作り変わったわたしに、薬師さんが優しく問いかける。
「ねえ、イリアちゃん。ディルちゃんに会いたくないかい?」

§

 久しぶりに出会ったイリアは、少し肉付きが良くなったようだった。顔色に赤味が差し、自分の足で立って歩けるほどに回復している。喜ばしいことだ。……迷宮の奥地に現れて、変貌した俺を見て衒いもなく陰茎を隆起させていることを除けばだが。
「どうしたんだい? 君の願いを聞いて、こうして会わせてあげたんだ。もっと喜んでくれないと」
「そんな……どうして、ここに……?」
「それはイリアちゃんが教えてくれるって。さ、どうぞ」
 薬師の手が両肩に置かれると、イリアは嬉しそうに見上げて微笑んだ。俺をこんな目に合わせた元凶に、何故そんな顔が出来るんだ?
「ディル。わたしね、ずっとずっと考えていたの。ディルのことを。ディルの幸せのことをね。ディルはわたしのためにずっとよくしてくれた。一緒に居られるだけで幸せになれる、わたしだけの王子様だった」
 イリアの口調は変わりない。病に侵され諦観の境地にあったが、俺が知っているイリアは、おとぎ話の王子様に憧れるような普通の女の子だったのだ。
「でもね、ディル。気づいてた? ディルがわたしを助けようと頑張っている間、わたしは一人ぼっちだった。寂しかった。幸せが去ってしまったようだった。きっとディルもそうでしょう? わたしのためにって言い聞かせて、自分の幸せから離れていってしまってない?」
「それは……俺、は……」
 図星を突かれ口ごもる。俺はイリアと共に居られたらそれでよかった。そのためならどんな困難にも立ち向かおうと、彼女の傍を離れて迷宮に潜ったのだ。彼女を、彼女と共に居られる自分の幸せを、置き去りにするのは仕方ないと言い訳をして。
彼女を助けられないという現実から目を逸らしている。その事実をほかならぬ彼女自身から突きつけられるのは、胸が痛かった。
「でも、もう大丈夫だよ。今のわたしなら、ディルを幸せにしてあげられる。このおちんぽで♡」
 イリアはうっとりした表情で、臍下まで届く凶器を撫で上げた。陰茎がぶるんと震え、細身の女体に似合わない大きさを主張する。ゆっくりと俺まで近づいて屈むと、以前の俺からかけ離れた身体をさも愛おしそうに眺めた。
「おちんぽをディルに挿入れて、せーえきをどぴゅどぴゅするの♡ そうすればディルは気持ちよくなれて、わたしも幸せになれる♡ 夢だけじゃない、現実のディルと繋がれるって思ったら、わたし、どきどきして──こんなになっちゃった♡」
 股間の上に肉槍が宛がわれる。長さも太さも、今まで挿入された触手と遜色ない。だが、伝わる熱や硬さは触手の比ではなかった。触手はあくまで産卵を補助するための器官で、イリアに生えているものとは根本的に違うのだと、本能が理解してしまう。雌を狂わせ虜にしてしまうだろう一物が、俺を突き上げ犯す。悪夢のような光景が脳裏に浮かぶ。
「ふふっ、ディルも受け入れてくれるんだね♡ えっちなおつゆがたらたらーって溢れてるよ♡」
「ち、違っ……俺はそんなつもりじゃ……! ──おいっ、イリアに何をした⁉」
「何? せっかくいいところなのに水を差さないでほしいな、大人しく犯されててくれないかい?」
 ほとんど悲鳴に近い喚き声に、薬師は酷く面倒くさそうな表情で返した。不機嫌そうに眼を細め、鬱陶しそうな態度を隠す素振りもない。
「まあいっか、教えてあげるよ。イリアちゃんにも君と似たようなことをしてあげたんだ。魔力が生み出せないのなら、他のところから魔力を得られるようにすればいい。君にも分かるように言うとね、繁殖した相手から魔力を貰えるようにしてあげたんだ」
 願ったり叶ったりじゃない? イリアちゃんは君から魔力を貰って、二人とも気持ちよくなれて、私は君たちから生まれる魔物を研究する。誰も不幸にならないよ。
「実験に必要だったから、交尾したがるように魔法をかけたけどいいよね? どうせ魔力を摂らないと、イリアちゃん衰弱して死んじゃうし」
「ディル、挿入れてもいいよね? ディルのおまんこも、おちんぽほしいって誘ってるもの♡ わたしもディルのおまんこほしいって、さっきからうずうずして、これ以上我慢できないの♡」
 膨らんだ亀頭が割れ目を滑った。挿入は初めてらしく、慣れない手つきがもどかしい。陰茎の先端からはすでに先走りの汁が漏れていて、性器同士を擦れる度、互いの分泌液が混ざって泡だった。
「ま、待って、イリア……、それはほんとに、ダメ──」
「そうだ、イリアちゃん、ディルちゃんは触手に弄られて散々穴を広げられたから、遠慮せずに犯しちゃっていいよ」
 ぴたりとイリアの動きが止まる。不穏なものを感じ、彼女の顔をまともに見られない。
「そうなんだ……♡ ディル、もうおまんこしちゃったんだぁ……♡」
 イリアが俺に覆いかぶさる。触手に繋がれた手首を、さらにイリアが掴んだ。女の体になったことで、俺の腕はイリアのそれと変わらないのだと自覚してしまう。
「でもいいよ……これから、ディルのおまんこはわたしのカタチになるんだから──う、あ、あぁぁっ♡」
 イリアの眼は欲望で爛々と輝いていた。血のように紅い瞳が俺を射抜き、思わず呼吸を忘れてしまう。下腹部に力をこめて性器を侵入させまいとしても、彼女を悦ばせるだけの無駄な抵抗に終わった。
「挿入ったぁ……♡ でも、まだ、まだ……♡ 力、抜いて……ぜんぶ、挿入れる、ね……♡」
「──く、ふぎっ……いっ……♡ イリア……ダメぇっ……♡」
 カタチが分かる。分かってしまう。太い亀頭が、反り返った先端が、子宮口の上を突き上げている。勝手に腰が浮き、より快楽を得るための位置を探ってしまう。
「ディルの膣内……とってもあつぅい♡ おちんちんを入れられて悦んでいるんだね♡ 嬉しい♡」
「イリア……イリアぁっ……♡」
 空気を求めぱくぱくと口が開く。甘い声が漏れ、涎が頬に垂れる。抜いてほしいのか、それとも動いてほしいのか。今の俺にはもう分からなかった。
「ディル……かわいい……♡ はむっ……ん、ちゅ……♡」
 その様は接吻を求めているように見えたらしく、イリアは唇を近づけて俺の口を塞いだ。軽く触れ合うような啄むキスを繰り返し舌を絡める。どうしてか切なくなって瞳に涙が浮かんだ。
「……ぷはぁっ♡ イリアぁ、だめ、あぁ……♡ んむ、うぅ……♡」
「はむ、んんっ……♡ れろ……んっ♡ ディルぅ……♡」
 イリアと結ばれることを、俺は受け入れ始めていた。互いの名を呼び合い、求めあい、結ばれる幸せを、確かに感じていた。きっとイリアもそうだろう。
 歪んだ形なのは理解している。しかし、元々イリアは自分の人生を病に歪まされていたのだ。同じように歪んだ形でしか幸せが得られなかったのかもしれない。俺も彼女に付き添って、人並みの幸福から遠ざかっていたのだろうか。
「ディル……動くね♡」
 口に出して肯定するのが恥ずかしく、そっぽを向いて小さく頷いた。思えば女の体にされた時から、ずっとされるがままで主導権を握れていない。与えられるまま受け止めているだけだ。
(俺……オレ、心まで、女になっちまったのか……?)
「はぁっ……はぁっ……♡ 膣内、とろとろで、絡みついてくるぅ……♡ 気持ちいいよ、ディル……♡ ディルも、気持ちいい……?」
(言ったら認めちゃう……けど、けどぉっ……♡)
 目をつぶり、いやいやと首を横に振る。イリアはそんなつもりはないだろうが、俺にとっては言葉責めでしかない。
 イリアは湧き出る未知の快楽に翻弄されながら、俺の反応を窺って腰を使っている。触手と比べると稚拙な責めである。
(気持ちよくなってる顔なんか見せられたら、可愛いって思っちまうだろ……♡)
 それでも、蕩けた顔で感じているイリアを見ると、どうしようもないくらいに愛おしさが湧き上がるのだ。初めての性交で余裕がないはずなのに、拙い抽挿をしながらも俺の身を案じて、一緒に気持ちよくなっているかを知りたがっているのだ。
「ねぇ、ディル、ディルぅ……♡」
「…………もっと、腰、強く振っても、大丈夫だよ……♡」
 わざと上目遣いをし、小声でそうねだる。彼女の手は俺の手首を離れ、いつしか指を絡ませた恋人繋ぎになっていた。華奢な体を俺に預けるように重ねて、ゆるやかに腰を動かしている。
「抜く時はお腹を持ち上げるように……んうっ、そう、上手だよ、イリア……♡」
「ディルぅ……気持ちいいって言ってぇ……♡ わたし、頑張るからぁ……♡」
「もう少し、頑張ったら言ってあげようかなぁ……♡」
「……いじわる♡ でも、そんなディルもかわいいよ♡」
 余裕を見せた俺の態度に、イリアは苦笑する。彼女は知る由もないが、実のところ俺にそれほど余裕はない。共に気持ちよくなろうというその意思こそが、俺の存在を揺さぶっていた。
(もっとオレで気持ちよくなってほしい……♡ オレもこの身体で、もっともっと気持ちよくなりたい……♡)
 庇護欲というにはあまりに淫らで、異性愛というにはあまりに歪な感情が、オレの精神を蝕んでいく。触手に弄ばれていた時は拒絶していたはずの感情が、彼女に抱かれている間は溢れてくる。荒い息を吐きながらゆっくりとお互いを高め合うことで、オレは完全に作り変えられてしまったのだ。
「ディルっ♡ ディルぅっ♡ そんなに締めたら、おちんぽ、爆発しちゃうぅっ♡」
「まだ射精しちゃダメっ♡ もっと我慢して、もっともっと気持ちよくなろうっ♡」
 膣内で陰茎が暴れている。いつ暴発してもおかしくないそれを、イリアはよく抑えていてくれている。抽挿に合わせて膣内の刺激を変えてやると、面白いように喘ぎ悶えた。亀頭を責めればがくがくと腰を揺らし、陰茎の根本を締めてやれば抜けた腰で引き抜こうと精一杯に踏ん張る。動きが止まれば膣内を和らげて竿全体を舐り尽くしてやると、泣きそうな顔でオレを見て、やめてとももっとしてともつかない声を上げるのだ。これではどちらが犯しているのか分からない。
(もうそんなことどうでもいい……♡ このままずっとずうっと、イリアと幸せに過ごせたらそれでいい……♡)
「ディルぅっ♡ もう限界っ♡ 出ちゃうよぉっ♡ せーえき、ディルのおまんこにびゅるびゅる射精ちゃうようぉっ♡」
「いいよ♡ イリアのあっつい精液、オレのおまんこに流し込んでぇっ♡ 一緒に気持ち良くなって孕ませてぇっ♡」
 ほとんど半狂乱でおぞましいことを宣うイリアを、オレはあっさりと受け入れた。道具で自慰をするような、自分本位の乱暴な抽挿ですら愛おしい。悪戯をする余裕もなく、彼女にされるがままに己も昇りつめていく。
 離れぬようイリアの細い腰に絡めた両足が、固定しきれずがくがく揺れる。舌を垂らし、涎と愛液とを撒き散らし、思いつく限りの下品な喘ぎ声を上げ、絶頂が訪れるのを待つ。
「イグぅっ♡ 射精るぅっ♡ わたしのせーえきでディルを孕ませるぅぅっ♡」
「おぉ゛っ♡ クるっ♡ イリアの精液流し込まれてイグぅぅっっ♡♡」
 お互いに体をがくがくと痙攣させ、与えられた快楽に身悶えした。熱く粘っこい精液が膣内を満たし、子宮に流れこむ。達したことで脱力したイリアがもたれかかり、心地よい重みに身を任せた。
(孕んだ……♡ これ、絶対孕んじゃったぁ……♡ オレ、イリアのモノにされちゃったぁ……♡♡)
 オレはというと、未だ絶頂の幸福感の真っただ中にあった。孕んだかどうか知る術はないにもかかわらず、いずれそうなるだろうことに安堵したのだ。
「ねえ、ディル……わたし、すごくよかった……♡」
「オレも、その……気持ちよかった……♡」
「……うん♡ やっと、ディルの本音が聞けた……よかった……♡」
 イリアはオレの肩に顔を乗せると、頬を摺り寄せた。気だるげに体を起こし、オレを見下ろして微笑む。
「こんな形になっちゃったけれど……わたし、ディルと分かり合えた気がする……余裕がなくて、ディルの気持ちを分かってあげられなかったから……」
「オレだって……オレだってそうだよ……! 寂しい思いをさせてるって分かってたはずなのに……」
 溢れた涙で視界が滲む。触手に体を弄られてもなお流さなかった涙が、頑なだった意思が解けていく。懺悔するように、ぼろぼろと言葉が零れ落ちていく。
「イリアが弱ってく様を見て、助けられないかもって思って……死んじゃうかもって思ったら……怖くって、どうしようもなかったんだ……。イリアはずっと独りで恐怖と戦っていることを、オレは知っていたはずなのに……」
「独りじゃないよ」
 頭を抱えられ、額にキスされた。見上げると、潤んだ瞳を瞬かせるイリアが居た。
「ディルが居てくれたから、生きていたいって思えたんだよ? だって、ディルはわたしの王子様だから。わたしも王子様に相応しくならないとね」
「イリア……」
「だから、わたし……これからも、ずっとディルといっしょに──」
 言い終わる前にイリアの瞼が落ちた。ほとんど倒れるように崩れ落ちる。疲れてしまったのか、安らかな顔で寝息を立てていた。
「はいはい、お終いお終い。全く、交配が終わったんならさっさとどいてほしいんだけどね」
 イリアの後ろから薬師が顔を出した。用は済んだとばかりに彼女を持ち上げると、触手の床に放り出す。
「イリアを乱暴に扱うな!」
「君はまだまだ元気で何より。これからもう一仕事してもらうよ」
 脳裏に蘇るのは、触手に侵入されて卵をひり出す羽目になった光景だ。あれをまた繰り返すつもりなのか。
「それにしても驚いたよ。イリアちゃん、魔法にかかって君と交尾することしか考えられなくなってたはずなんだけど、あんなこと言うなんてさ。愛の力ってやつ?」
「お前ぇっ! どこまでオレたちを虚仮に──」
「邪魔なんだよね、そういうの」
 腹に当たった手が光りだし、魔力の波動で腹部が波打った。子宮内に注がれた液体がボコボコと泡立ち、精子と卵子だったものが何十倍にも膨れ上がる。体から急速に力が失せていく。子供たちがオレの魔力を得て急速に成長していく。
「君たちは私の実験台なんだ。互いに好き好き言うのは勝手だけど、私の命令に従ってもらわないと」
「あぎぃ! が、あ、ぁああぁっ! お゛な゛が、つぶ、れるっ!」
「潰れないんだよ──そういう風に作ったんだからさぁ!」
 急成長させられた卵が、オレの体が軋んでいく。経緯はどうあれ、これはオレとイリアの子だ。どんな姿であったとしても、死なせたくない。
「ほ──お゛、お゛お゛っ、お゛お゛ぉっ、ご、お゛っ、ぎ、ぃ──!」
「アハハハッ、やれば出来るじゃないか! 彼女との愛の結晶ってやつなんだ、もっと喜んだらどうだい⁉」
 流れる汗が落ちる時間さえ永遠に感じられるような、気の遠くなるような時間が経ち、ようやく全ての卵を産み落とした。気絶しそうな身体を奮い立たせ、辛うじて残っている意識を繋ぎ留める。
 十を超える卵は全て無事だった。小さく揺れ、ひびが入り、広がっていく。
「あ──」
 現れたのは人の姿形をした魔物だった。生まれてすぐに動けるのか、覚束ないながらも四つ足でオレの方へ向かってくる。他の卵も次々と孵っていく。手の代わりに蝙蝠の羽が生えた子、頭から双葉を生やした子、額に角を生やした子、蜥蜴の肌と尻尾を持った子、触手の下半身を持つ子。誰もがオレやイリアの面影を持っていた。
「まー」「ま、ま?」「まーま」「まま!」
 だが、彼らがオレの下へ辿り着くことはなかった。
「素晴らしい……! 想像以上だ……‼」
 薬師の指示で伸びた触手が、一様にその身を絡め取ってしまったからだ。胴に巻きついた触手に子供たちは怯えている。何人かは抵抗しようとして、追加の触手に締め上げられた。
「子は親の魔力を強く受け継ぐ……人間同士を掛け合わせれば、人の形が強く表れるとは予想していたが、これほどとは! 十分な魔力を得たおかげか、赤子を通り越して幼体で生まれてくるのも上々だ! さあ、魔力はどうだ⁉」
「やめろっ! オレたちの子なんだぞ!」
「私の実験体でもある! 邪魔しないでくれないか‼」
 薬師の掌がオレの頬を打ち据えた。舌を噛んだのか鉄の味が口内に広がる。奴の手がオレの喉元に伸びて、強く締め上げた。揺さぶられた視界が白くぼやけていく。
「噛みついても無駄だとまだ分からないようだね? 愛しの彼女と結ばれる褒美は与えてやったというのに、いつまでも抵抗すると言うのなら──っ⁉」
 首の拘束が緩んだ。何が起こったのか分からないまま放り出される。起き上がると、蝙蝠の羽が生えた子が薬師の手に噛みついていた。双葉の子は奴の足に引っついて、俺から遠ざけるべく引っ張っている。いつの間にか拘束から抜け出した子供たちは皆薬師を襲っていた。蜥蜴の尻尾の子が火を吹いて、奴の衣服を焼く。
「ええい、親子共々歯向かうか!」
 やめろとも、逃げてとも言えなかった。オレの眼の前で蜥蜴の子が爆炎に包まれる。薬師が魔力を放ったのだ。煙が晴れたころ、子供が居た場所には焼け焦げた跡しか残っていなかった。
「生意気な気質まで受け継ぐとはな……! まあいい、母体さえ残っていればいくらでも産み直せる!」
 空気が凍りつく。子供たちも意味を理解してしまったのか、誰も彼もが、触手さえも動きを止めた。このままでは子供たちが殺される。しかしオレは魔力を使えない、薬師の仕掛けで電撃が流れるのだ。オレ一人の意思ではどうにもならない。
 薬師の掌に魔力が集中する。狙いは双葉の子だった。その場にへたり込んで動けないらしく、ただ震えている。他の子供たちも、オレの体に触れる触手たちも震えている。暴虐な『魔王』に怯えているのだ。
「亡骸を前に理解するがいい、君が受け入れるべき運命を!」
 お前は。お前はまた奪うのか。男であったことも、人間であったことも、イリアの想いを嘲笑い、気まぐれに与えた幸福さえも踏みにじり、生まれた命さえも摘み取るつもりなのか。
 オレは──オレたちは、それを許せなかった。
「思い知れ──ぐわぁッ⁉」
 薬師の背中を触手が突き貫いた。一本だけではない、幾本の触手が奴を貫き、あるいは絡めとったのだ。信じられないと驚愕の表情を浮かべた顔に触手が覆いかぶさる。鈍い音がして、力を失った体が宙ぶらりんになった。
「そうだよな──お前たちも、苦しかったんだな」
 薬師に生み出された生物がどうなるか、オレはその身を持って知ってしまった。それは触手も例外でなかったのだ。勝手に生み出され、いいように利用されて、不要になったら捨てられる。あるいは他の生物と掛け合わされてきたのだろう。オレから魔力を与えられて、創造主を殺めるだけの力を得たのなら、こうなることは必定だったのだ。
「おいで──怖かったよな、辛かったよな……」
 触手たちが、子供たちがオレの下へやってくる。触手の幾本がオレの体に溶けていき、彼らの感覚の一部が伝わってきた。泣いている子供たちを優しく包み込み、足りない腕の代わりに触手を使役して抱いてやる。温かい、命の温もりがあった。触手にとっても彼らは兄弟に近いらしく、体内でオレが感じるものとは別の慈しみの感情が生まれていく。
「お前たちをあんな奴の好きにさせない。オレは皆が生きられる、そんな世界を作ってやる」
 魔王になってしまったオレには、子供たちが生きていけるよう守っていく義務がある。例えどんな形で生を受けたとしても、幸福で彩ってやりたいと願う。その想いは、誰にも踏みにじらせない。触手が体内を探り、薬師が施した仕組みを忌まわしい呪いを砕いた。これでもう、誰もオレたちを止めることは出来ない。
「けれど、イリアはどうだろうね? 分かってくれるかな?」
 子供たちが落ち着いたことを確認してから離してやる。彼らが見守る中、イリアの下へ歩いていく。彼女はおとぎ話の眠り姫のように、生まれた姿のままで眠っていた。頬を撫でてやると微かに身動ぎする。
 眠り姫を起こすべくイリアにキスをする。優しく髪を撫でながら、魔力の残滓を拭い去った。記憶や精神を操作する類だろう魔法が解かれた今、目を覚ました彼女はどんな反応をするだろうか。不安がないと言えば嘘になる。
「どう思おうと今更どうにもならないこともあるんだよ──イリア♡」
 再び膨張し始めた彼女の陰茎を目にし、腹の奥をひっかくような疼きを覚えながら、オレは彼女の体に跨るのだった。

§

 どこでもない空間の中で、わたしは気だるさに身を任せ揺られていた。周りに何もない空間はあまりに現実感がなく、ここは夢かもしれないと覚束ない思考を働かせる。だが、もし夢ならわたしは彼女とむつみ合っているはずだ。
 現実とも、夢とも違う、あまりに穏やかな世界だった。
「──リア……イリ、ア……」
 わたしを呼ぶ声がする。ディルの声と似た響きがした。しかし聞こえてくる声は女性のもので、ディルは男性のはずだ。ならばこれは夢だろうか? わたしが夢に見たディルは可愛らしい女の子の姿で、甘えるような舌足らずな声をしていたのだ。
 横たわっているだろうわたしに、誰かがしな垂れかかる。柔らかな膨らみがわたしの胸と重なり擦り合った。体の奥から仄かな熱が灯り、血液が廻るように全身へと生き渡る。
「……眠っていても…ちん…は、元気だね……♡」
 届いた声に耳を疑う。夢の中のディルは、わたしに抱かれて嬌声を上げるばかりだった。わたしに潜むどろどろした昏い欲望のままに弄ばれる、都合のいい夢が作り上げた存在のはずだ。
 だとしたら、今わたしのお腹の下で滾っている感覚は何なのか。彼女は何を言い、そしてわたしに何をしているのか。
「オレの…まん…、ぴったりに……なっちゃったぁ……♡」
 おそるおそる目を開く。赤赤しい空間の下、誰かがわたしに覆い被さって、ゆるやかに腰を打ちつけていた。茶色の癖毛が頬をくすぐる。柔らかい女性の肉体がのしかかって、背中にぶよぶよした肉の感触が伝わった。
 夢ではない。これは現実だった。だとすれば、わたしを犯しているこの女性は、ひょっとして──
「ディル、なん、で……?」
「……ぁ♡ イリア、おはよう……♡」
 かすれた甘ったるい声がして、口を塞がれる。初めてのキスだった。ムードも何もない。それどころか、わたしは今置かれている状況さえ把握していないのだ。
 彼女が、ディルが積極的に求めてきていることが、混乱に拍車をかけた。慣れている様子で口内に侵入し、舌を絡ませ、唾液を啜る。初めてのわたしと違い、手慣れた様子だった。他に誰かとこんなことをしていたのかと、ずきりと胸が軋む。
「……ぷぁ、ごめんね、イリア。キスで起こしてあげられたらよかったんだけど、夢中になっちゃって」
「そんなこと言われたら、怒れないじゃない……」
 ふて腐れるわたしを頭を撫でて慰めてくれる。間違いない、この女性はディルだ。わたしの内面を知っている人間はほとんどいない。ましてわたしを甘やかしてくれるのは、わたしが甘えられるのはディルだけなのだから。
「ところでディル、ここは、わたしたちは、何処に居るの?」
「ここは……そうだね、オレの生まれ故郷ってところかな」
「ディルったら、冗談言ってる場合じゃないでしょ」
 苦笑しながら答えたわたしに、ディルはきょとんとした様子だった。首を傾げながら、わたしをじろじろと見つめている。知らないのか、覚えていないのか、と目線が訴えていた。
「……ま、体は覚えているよね、きっと」
「ディル……ひぅっ♡」
 唐突に腰を揺らされ、くすぐったさに悶える。下腹部が熱い。複数の温かい吸盤が優しく吸いついてくるような感覚だ。未知の感覚を知ろうと目を向けるも、覆いかぶさったディルの体で視線が行き届かない。
「あー……♡ 繋がってるところ見たいんだ♡ いいよ、どいてあげる♡」
 ディルが体を起こす。ふっくらした形の良い胸が、すらりとした細身の胴体が、縦長のおへそが見えた。わたしから見ても羨ましいくらいの肉体だった。そしてその下、彼女の女の部分に、
「イリアのおちんぽ、ぜーんぶ挿入っちゃってるよ♡」
 わたしから生えている男の人の性器が食い込んでいたのだ。
「覚えてない? イリア、あんなにオレのことを求めてくれてたんだよ?」
「え……? なんで……だって、あれは、ゆめ、で……ひゃぁぁんっ♡」
 後ろ暗い様を、知られたくない内心を知られてしまった恐怖。呆然自失になったわたしを、ディルは容易く絡め取った。彼女曰く何度も経験しただろう動きだが、初めてのわたしが対応出来る訳もない。
「オレのおまんこをイリアのカタチにするんだって、あんなに息巻いて……♡ オレ、すごく嬉しかったんだよ♡」
「し、知らないっ……ひくっ♡ ……ディル、動いちゃ、やぁっ、ぁぁぁぁっ……♡」
 彼に抱かれる夢でも、彼女を抱く夢でもない。これは現実だった。女になったディルがわたしを組み伏せ指を絡め、乗りこなすように犯している。
「ディルぅっ♡ 見ないで、こんなっ、こんなのっ……ヘン、なのにぃ♡」 
「初心なイリアも可愛いよ♡」
 ディルの膣内はわたしに誂えたように相性が良かった。優しい手解きではなかったが、彼女に導かれるままに秘めた熱を昂らせていく。
「ダメっ、ダメぇっ♡ ディルぅっ♡ もうっ、わたし……♡」
「いいよ♡ 何も考えず精液射精しちゃえ♡」
 ディルの顔が再び近づく。キスをしながら器用に腰を振り続けている。喘ぎ声で劣情を発散することも出来ず、わたしは限界まで昂った熱を解き放ってしまった。
 声が出ない。息が出来ない。されるがまま吐き出した精を、ディルが受け入れ飲み込んでいく。行き場のない快感を叩きつけられ、意識が押し流されていく。
 何故だろう。結ばれたはずなのに、気持ち良いはずなのに。どうしようもない、取り返しのつかないことをしてしまったような気がする。ゆっくりとディルが体から離れ、射精した精液が零れ落ちる様を見ながら、わたしはぼんやりと諦観の境地にあった。
「また、こんなに……♡ すぐに次の子も孕んじゃうかもね……♡」
「は、らむ……? 何を言って……?」
 そうだった、イリアは覚えてないんだったね。それじゃあ皆を紹介するよ、出ておいで。
 ディルが声をかけた先から、足音が、羽ばたくような音が聞こえてくる。複数のそれはやがて大きくなり、明確な姿が見えてくる。
「ま、魔物……⁉」
 魔物が、ディルから聞いたお話の存在がそこに居た。蝙蝠の羽を持つワーバット、幼い双葉のドリアード、角が生えた子はオーガだろうか、海に棲むと言われるクラーケンまで居る。
 それだけでも面食らったのだが、一番驚いたのは、魔物たちの誰もがディルを慕っていることだった。寂しがる子供が甘えるように、次々と彼女に擦り寄って撫でられるのを待っている。
「ほら皆、パパが目を覚ましたんだ。どうすればいいか分かるかな?」
「ようー」「はよー」「おはよー」「おはよう」
 人間を襲うはずの存在が、当たり前のように信頼を示していることに絶句する。ディルも当たり前のように受け入れ、可愛いでしょと言わんばかりの態度をとっていた。
「ほら、見てイリア。この子は目がイリアにそっくりだよ。綺麗でしょ」
「……ヘンだよ、おかしいよ!」
 声が震える。何一つ理解出来ない状況が、さらに混迷していくことに耐えられない。わたしを押し潰すように不安ばかりが広がっていく。
「どうしちゃったの⁉ ディルは、わたしは、どうなっちゃったの? ディルは女の子になっていて、わたしにはこんなものが生えてて……夢と現実が混ざったみたいで、訳が分からないよ……!」
「オレもだよ」
 ディルが瞳をわたしに向ける。色欲に曇った瞳ではない。そうだったらまだ良かったのかもしれない。
「オレも訳が分からないんだ。薬師に嵌められたってことは分かるけど、それだけだ。この気持ちはきっと誰にも分からないと思う──イリアでさえもね」
 ディルは口の端を歪ませて笑った。乾いた笑いだった。諦めたような口調に似つかわしくない、ぎらぎらした熱が瞳に灯っている。
「女の体に変えられて、人間であることも止めさせられ、卵を産むことを悦ぶように躾けられた体を──イリアが犯して、壊しちゃったんだ」
 頭で覚えてなくても、体は覚えてるはずだよ? イリアのおちんぽ、オレのおまんこにぴったり嵌るから。射精したばっかりで軟らかくなっちゃったけれど、すこーし腰を振って刺激してあげたらすぐ元気になっちゃうものね。
「ねえイリア。こんな身体にされて、また元の関係に戻れると思ってる? 元気になった体で、おちんぽをぶら下げながら人間の世界で生きていけると思う?」
「分からない……分からない、けど……」
 こんなのは絶対おかしい。そう言おうとした口は唇で塞がれた。ディルがわたしを押し倒している。わたしのおちんちんが彼女から抜け、糸を引いた精液が垂れ落ちた。
「オレは出来ない。元の生き方をすることも、イリア一人だけを帰すことも出来ない。だっておかしいだろう? どうしてオレばかりこんな目に合わなきゃいけないんだ?」
 オレはイリアのために頑張ってきたのに。
 苦悶の表情で漏らした言葉に、わたしは胸に刃を突き立てられたようだった。ディルは怒っても、泣いてすらいなかった。ただただ苦しそうに、切なそうに、わたしを欲していた。
 わたしのおちんちんに、一回り大きな塊が触れる。似たような形で脈打つそれは、人間の陰茎ではない。巻き付いた触手が形を成した、人ならざる存在の陰茎だった。
「イリアも同じ目に合えば分かってくれる。おちんぽを受け入れる心地よさも、お腹で新しい命が育っていく恐怖も、生まれた子供への愛しさも、全部、ぜんぶ、魔物になれば分かるはずだよ」
 陰茎同士が擦れ合う。お互いの先端から汁が零れる度に厭らしい音が増す。
 ディルはこれを受け入れたのだろうか。自分の腹部が盛り上がり変形していく様に耐えたのだろうか。腕ほどの太さを持つ陰茎が自分を蹂躙すると理解して、その上で昂ったのだろうか。
「イリアも濡れてきてる……いいよね? 挿入れるよ?」
 ゆっくり大きく息を吐いてと促され、素直に聞き入れて力を抜く。ディルにされるのだとしても、挿入する様は怖くて見ていられずにぎゅっと目を閉じる。じわじわと体内を侵食される感覚が広がっていく。
「痛くない? 痛かったら教えてね」
「……ふっ、うぅ……へ、へいき……」
 内臓を圧迫されていて息が苦しいが、痛みはなかった。十分に濡れたわたしの膣内は容易く触手の陰茎を受け入れたのだ。ディルの腰を沈める動きとは別に、お腹の壁を擦るように触手が動く。触手も居心地の良い場所を探っているらしい。刺激につられてわたしの性器もひくひく痙攣した。
「挿入ったよ……すこし、落ちつこっか。初めてみたいだからね」
 どうしてと視線で問うと、わたしの股間の辺りを指で拭って見せてくれた。滲んだ紅い液体が、初めての証が残っている。
「初めては痛いって聞いてるけど、平気?」
「うん、平気……、お腹がちょっと、苦しいくらい……。ディルは、その……平気、だったの……?」
 何てことを聞いているんだと思う。けれど、ディルが受けた苦しみを知りたいとも思ったのだ。
 わたしのせいでディルはこうなったのだ。こうなって初めて、彼女はわたしに弱音を吐いたのだ。放っておけば一人で抱え込んでどこまでも堕ちていきそうな、彼女の手を取る最後の機会かもしれないのだから。
「何をされるか分からなくて、でも気持ち良くて、……自分が変わっていくのが分かるから……やっぱり怖かったと思う」
「じゃあ、ディルはわたしにそうなってほしくないんだね」
 ディルは意外そうに驚いた顔をした。
「違う、オレはそんなつもりじゃない、オレはイリアをオレと同じ目に合わせて、それで──」
「ううん、いいの。わたしにもなんとなく分かるの。今までの生き方が全部ダメになっちゃって、わたしのためにって気持ちと、わたしのせいでって気持ちが混ざって、分からなくなっちゃってるんだと思う」
 それは病床のわたしとそっくりの思考だった。ディルのために生きなければならない、ディルのせいで生きなければならない。
 二律背反する思考を、自分一人で解放するのは困難だともわたしは知っていた。
「優しいディルじゃなくていい。今のディルがしたいように、わたしを使ってくれていいよ」
 それくらいしかわたしがしてあげられることはないから。
 埋まるようにディルが胸元に顔を落とす。背中に手を入れ抱き寄せられる。ゆっくり身を起こされて、二人向かい合うように座り合った。一度離れたおちんちんがさっきより奥深くまで刺さる。
「怖かった……」
 頭を撫でてあげる。
「こんな目に合ったことだけじゃない、イリアが弱っていく姿を見るのが怖くて、死んだ姿を見るのが恐ろしくて……一人ぼっちにさせた……」
 もう片方の手で背中を抱き締め返す。
「心も体も人間じゃなくなったオレを拒絶されるのが怖かった……好きの一言も言えずに去られてしまう自分が嫌だった……」
「でもこれからは一緒に居られる。そうだよね? だってディルはわたしの王子様なんだもの」
 泣いているのか、ディルは籠った声で何度も肯定した。気がつけばわたしも頬に涙が伝っていた。
 生きているのか死んでいるのか、夢か現かも怪しくなったわたしを繋ぎとめてくれたのはディルのおかげだ。そのディルを、今度はわたしが繋ぎとめることが出来たのだ。
 これからきっと、わたしたちには厳しい現実が待ち受けることだろう。それでも、二人一緒なら乗り越えられる気がするのだ。
「わたしを孕ませて、ディルと同じにしてほしいな♡」
 ディルの両手が腰に回る。彼女の体に身を預けつつ、ゆっくりと腰を浮かせた。膣内に挿入された陰茎が、柔らかく貼りついていた触手が、名残惜しそうに抜けていく。
「おほぉっ♡」
 半分ほど抜け、油断したところで体を落とされた。一気に抉られ、間の抜けた声が漏れる。膣内でディルの陰茎がさらに膨らむと同時に、わたしのおちんちんも張り詰めた。
「イリアっ、ダメ、だよ……っ♡ オレは、まだ、ガマン、出来てたのにっ……♡」
「うそ、うそだあっ♡」
 我慢出来るはずがない。挿入された女性器だけでない、ディルのお腹に擦りつける形になった男性器からも快楽が流れてくるのだ。膨らんだ先端がお腹のくびれに引っかかる度に、たらたらと透明な汁が垂れてくる。
「触ってないのに、おちんぽ……辛そうにしてる、よぉっ♡」
 ディルがわたしをさらに抱き寄せる。わたしのおちんちんの膨らみが、ディルのお腹やお臍と擦れ合う。垂れた汁がディルのお腹に幾度も跡を残す。液体が泡立つ音がして、ぬらついた糸が何本も生まれては切れた。
「これならっ、おちんちんも一緒……にぃっ♡ 気持ち、よく、なれる……よねぇっ♡」
「ディルぅっ♡ おなか、せつないぃいっ♡ こすっちゃやあ、あぁぁんっ♡」
 ディルが動くペースは穏やかだった。お腹を擦るようおもむろに突き入れられると背筋に電流が走ったかのように体がはねる。引っかけるようにして抜かれるとじわじわと快感が蓄積していく。
「あ、あぁ、あぁあ、やぁっ……ぁあぁぁあっ……♡」
 初めのうちは、わたしも彼女の動きに合わせて腰を動かそうとしていたが、数回の往復で耐えきれなくなった。熱いものが奔る感覚がして、粘ついた精液が二人の体を汚す。
「イリアぁっ、オレのお腹に精液出しても、孕ませられないよぉ♡」
「ダメぇっ、いま、しゃせぇ、したからぁぁっ、あおぉぉぉっ♡♡」
 ふにゃふにゃになったおちんちんを無理矢理起こされる。ディルが勢いよくおちんちんを突き上げたのだ。腰ごと打ちつける、乱暴で、力強い一撃だった。
「一回やっ、二回でぇっ、ふにゃふにゃになっちゃったらぁっ♡ オレぇ、困っちゃうなぁっ♡」
「ディルぅっ♡ ごめんっ、ごめんなさいぃっ♡ 気持ちよくなったらすぐ精液出しちゃうよわよわでごめんなさいっ♡」
 がつんがつんと頭の奥まで抽挿の震動が突き抜ける。濁った喘ぎ声が勝手に口をつく。めちゃめちゃに使われているはずなのに、それがとても心地よい。好きな人が自分を求めているからか、彼女が味わった凌辱を疑似体験して共有しているからか。今のわたしにその違いは些細なものだった。
「だめだよぉ、イリアぁ♡ みんなっ、見てるんだからね♡ パパがママにレイプされてるところ、見られてるんだからねぇっ♡ ちゃあんと愛し合うセックスっ、教えてあげなきゃねぇっ♡」
 キスされて口内を貪られる。舌で舐られ蕩けた雌の顔を晒してしまう。離れぬよう細かく腰が動き、断続的に子宮を刺激された。唇が離れ、唾液が糸を引いて切れる。ディルの顔が離れた隙間を縫って、子供たちが覗き込んでくる。
(わたしの顔、見られちゃってる……♡ 見ないで……見ないでぇっ……♡)
 顔を赤くしながらまじまじと見つめる子、両手で覆った顔の隙間から窺う子。手を下に伸ばし、もじもじと体を震わせる子。どの子も声さえ出さず、固唾を飲んで見守っている。誰も嫌がっている様子はなかった。
「みんな、イリアの顔に興味津々みたいだよぉっ♡」
「ディルがぁっ、ディルがえっちだから、そっくりに産まれてくれたんだよっ♡」
 両手を背に回してディルを引き寄せた。甘い喘ぎ声と荒い吐息に、二人のものでない長い呼吸音が混ざる。生まれたばかりで性を知らない子供たちに見せつけている背徳感が、ディルとわたしを一層昂らせた。わたしが背にしている触手も歓喜に蠢いている。
「見せてあげよう♡ オレたちがっ、本当にっ、結ばれるところを♡」
「いいよぉっ♡ ディルぅっ♡ 射精してぇっ♡ みんなが見てる前で孕ませて、わたしをママにさせてぇっ♡」
 わたしを気遣う抽挿が荒々しいものに変わる。苦しかったが痛くはなく、わたしが感じるところを的確に抉ってくれた。女性になってしまっても、以前のディルの優しさと逞しさはそのままだった。
「イリアぁっ♡ 射精すよぉっ♡ 全部受け止めてぇっっ♡」
「ディルぅっ♡ ディルぅっ♡♡ あ──ああぁぁあぁぁっ♡♡」
 二人同時に達し、一際大きい嬌声が響いた。ディルの精液がわたしを満たしていく。大量に吐き出された精液はたちまち膣内を満たし、わたしの腹を膨らませた。射精した陰茎は僅かに萎み、隙間を伝って精液が零れ落ちる。どろどろの粘っこい液体だ、確実にわたしを孕ませるだろう。
 体内を廻る熱が定着する。全身が火照り出す。性行為で生まれる熱とは違う、未知の心地よい感覚だった。高まった鼓動が、全身に血流を廻らせるように熱を伝えていく。瘦せ衰えていたわたしではない、新しいわたしが造られていく。
「これで……わたしも、ディルと、一緒……♡」
 背中で溶けだした何かが脊髄に侵入する。わたしのものでない感情が浮かび溢れ、意思のままに手を伸ばす。ディルに、子供たちに、柔らかく触れる。触手が動かせる違和感にも気づかず、目を細めて受け入れてくれるみんなを愛おしく思う。こんな純粋な気持ちで笑えたのはいつぶりだろう。
「温かいね……」
「ああ、温かくて、愛おしくて……言葉にすると、恥ずかしいけど……」
 この子たちを、イリアを、幸せに出来たらいいなって、そう思うよ。
 照れくさそうにしながらも、真っすぐわたしに向き合ったディルは、はっきりそう言ってくれた。
「これからはずっと一緒だよ、イリア……」
「わたしも……! わたしも、そうなれて、嬉しいよ……ディル」
 夢に見たおとぎ話の光景が、今ここにあった。わたしは憂うことなくディルに身を委ね、気だるさに任せて目を閉じる。大切なものをいくつも手に入れた多幸感に揺られながら。
 目が覚めたら、色んなことを話そう。これまでのことを、これからのことを。
「おやすみ、イリア……」

§

 魔王が生まれたと噂が広がった。
 遊びに出た村の子供が帰らない、探しに行った親も戻らない。村を離れる木こりや商人も音沙汰を絶ち、ようやく事態を重く見た村人たちも何処へともなく消えてしまった。
 動物の気配だけが消えた村が発見され、国から調査のために騎士団が派遣されたのち、彼らもまた行方が知れない。
 真相が掴めないまま噂だけが広がっていく。
 新天地を求めたのだとか、人さらいの集団に村ごとやられただとか、流行り病で全滅しただとか、祟りとまで言い出す者も出始めた。
 派遣した騎士団が帰還した。僅か数名が、這う這うの体で戻ってきたといった有り様だった。
 ××村を根城に魔物が集団を作っている。決して近づくな。
 彼らはそう語ったきり、どんな魔物が現れたのか、戻ってこなかった者がどうなったのかは答えようとしなかった。やがて彼らは騎士を辞めると、行き先を告げることなく去っていった。
 次いで派遣された調査団も、金で雇われた傭兵も、興味本位で近づいたただの人間も、誰一人戻ることはなかった。
 魔王が生まれたのだ。魔物を支配し、人間を脅かす魔王が再び蘇ったのだ。噂は噂を呼び、見えもしない脅威に人々は恐怖した。

 ××村──かつてのオレとイリアの故郷の地で、今のオレたちの愛の巣だ。オレたちが産んだ子供たちが分け隔てなく穏やかに暮らしている。魔物に姿を変えたかつての村人たちも一緒だ。種族も性別も混ぜこぜで、魔物であることしか共通点がない。それでも皆は仲睦まじく暮らし、平穏な日々を送っていたのだ。
 冒険者を辞めたオレは武具を捨てた。髪を伸ばし始め、イリアと揃いのローブを身につけた。いつ子を孕んでもいいようにゆったりした服装が好ましかったし、オレが戦いに行く理由はもうないのだから。そんなことより、少しでも彼女に寄り添っていたかった。
──イリア、もっと綺麗なドレスを用意してあげようか? きっと似合うよ。
──ディルとお揃いがいいの。
 しかし、オレたちの平穏は長くは続かなかった。
 人間は、魔物と見ると様々な反応を返す。襲いかかる人間はまだ対処出来る、しかし怯え逃げる人間は面倒だった。戦う理由はないと放置していたが、おそらく彼らの知らせを受けて騎士や傭兵がやって来るようになったのだ。
「くそっ! 離せ、化け物共め!」
 今も広場で囚われの騎士の一人が喚いている。以前、庇われて逃げ出した騎士たちがまたやって来たのだ。化け物とオレたちを罵っているが、化け物相手に温情をかけられている自覚はないのだろうか。
「誇りを重んじる人間には困ったものだね、イリア」
「ええ、そんなにあの団長さんが大事だったのかしら、ねぇディル?」
「団長……! 団長を、皆を元に戻せ!」
 憎悪を剥き出しにして身を乗り出した騎士を冷たく一瞥する。よく見ると、彼らの鎧に紋章がない。騎士の立場を捨ててまでも、団長とやらを助けたかったのだろうか。その一途さはかつての自分を見ているようで好ましい。
「ねえイリア、彼なら仲良くなれそうじゃないかな?」
「そうね。きっとあの子も気に入ってくれるわ」
 かつての騎士団長の名前を呼ぶと、近くの民家から返事が返ってきた。ぱたぱたと駆け寄る音がして扉が開く。ゆったりした服装に身を包んだ、下半身から紫色の触手を生やした女性──スキュラが姿を見せた。
「お呼びですかぁ? あんまり大きな声を出すと子供が起きちゃいますよぉ」
 大柄な背丈に似合わないのんびりした声で不満を上げていたが、騎士を見つけた途端、彼女は眼の色を変えて駆けてきた。
「わぁ! やっぱり来てくれたんだね♡ ようやく決心がついたのかな、嬉しいな♡」
「だ、団長! 気を確かに持って下さい、我々は──」
「もう、そんなことなんてどうだっていいじゃない。それより──」
 スキュラの触手が割れ、中から小さな子供が現れる。ちょうどスキュラを小さくしたような、彼女の面影を持つ子供だった。
「この子を娶ってくれないかな? 君のお話をしたら会ってみたいって言ってたの♡ どうかな?」
「おにいさん、なかよく、してね♡」
 悲鳴を上げた騎士は仰け反ろうとして、たちまち触手にその身を絡め取られた。親スキュラが四肢を封じ込め、無防備になった体を子スキュラが愛撫し始める。
 後ろを振り向くと、吠えていた騎士の様を見て、残りの騎士たちは意気を挫かれていた。動揺と恐怖が入り混じった表情でお互いに顔を見合わせている。この期に及んで、まだ踏ん切りがつかないらしい。
「君たちにも選択肢をあげようかな」
「わたしたちと共に暮らせるよう魔物になるか、それとも──」
 イリアが触手を伸ばすと、騎士の一人の兜を奪い取った。金属の兜が触手に巻き取られると鈍い音を立てて変形する。原型のなくなった金屑を放り捨てると、イリアはわざと獰猛な笑みを浮かべた。実際に殺すつもりはないが、そうとは知らない彼らにとって効果は覿面だろう。
「──人間に拘って死ぬか」
「どっちがいい?」
 二人寄り添って口づけを交わす。わざとらしく音を立てる。生やした触手でローブをはためかせ、太ももに液体が伝う様を見せつけてやった。彼らの襲撃で邪魔が入りこそしたが、次の子を仕込める準備は出来ている。
こうして結ばれる幸せを見せてあげているのだ、いい加減気づいてもいいだろう。騎士たちは、人間たちは一様に、顔を赤らめ目線を逸らし、すぐそこにある幸福から遠ざかろうとしている。陰茎を膨らませたまま死ぬことが誇りというのなら、とんだ笑い話だ。
「はぁ……はぁ……くそっ、うぅ……」
「あ~むっ、ちゅっ、んちゅ……えへへ、ぱんぱんになったね♡」
 背後から悲鳴は聞こえなくなり、代わりに二人の荒い息遣いが聞こえ始めた。体は結ばれたらしい、直に心も結ばれるだろう。啖呵を切った騎士の末路を見てようやく観念したのか、残りの騎士の一人が項垂れる。一人折れれば後は総崩れだった。
「そうそう、人間だった時のしがらみなんて忘れて♡」
「ずっと幸せに暮らしましょう♡」
 騎士たちに触手を伸ばし、魔王の力を植えつけてやる。昂る魔力を与えられた彼らの肉体はすぐに変質を始めた。ある者は毛深い獣人の姿に、ある者は触手を生やし、中には性別が変わりついさっきまで同僚だった騎士を押し倒す者さえいる。遅れまいと、傍から様子を見ていた子供たちが混ざり合い、広場はたちまち淫蕩の宴と化した。
オレたちが得た力、魔王の力は彼らを望む姿に変えたのだ。自らが望んだ姿、つがいたいと願う子供たちが望んだ姿。人ではない歪な姿だが、だからこそ人の規範に縛られることはない。
「イリア、ひょっとして他の人間たちもしがらみに苦しんでいるのかな? オレたちが羨ましかったりするのかな?」
「そうかもね、だったらディルはどうしたい?」
「決まってる。オレたちの幸福はみんなが幸せに暮らせること──元お仲間のよしみで救ってあげないと♡」
「そうね、それはきっと素敵なことだよね♡」
 そのためにやることは多い。子供を産み、侵略する人間から守る。子供が増えれば、彼らが生きていくために必要な魔力も増える。オレとイリアが持つ魔王の力で賄いきれなくなったら、各地の迷宮──忌々しい薬師の実験場に、奴が残しただろう遺産も必要になる。完全な平穏に至るまではきっと困難な道のりになるだろう。しかしオレは挫けはしない。がむしゃらに突き進むのはオレの得意分野だったし、何より今のオレは一人じゃないのだから。

 触手の揺り籠に揺られ、失くした半身と繋がり合い、生まれ堕ちた二人の魔王。彼らが与える歪んだ祝福を、止められる者は誰もいなかった。

講評

評価基準について

定義魅力提示総合
ABCC
評点一覧

「魔王」という存在は人造であり、魔王を生む実験体となった主人公が創造主に反逆して、大好きだった少女と添い遂げ魔物の国を作って幸せに暮らそうとする物語。

キャラクターの深堀りや設定の作り込みと世界観の提示、また凌辱や性交といった成人向け作品として取り入れられた各シチュエーションの描写が十分に尺を取って行われている。
主人公が凌辱の末に出産に適した女性の姿に改造させられる展開や、そこに陰茎を生やしたヒロインが連れこられて主人公を犯してしまう展開など、劇中の人物たちにとっても意外な展開が各所に盛り込まれていることもあって、大変読み応えのある作品である。

特に、その場にいるはずのない病弱だったヒロインが、元気な姿となってその身体に不釣り合いな陰茎を生やした状態で主人公の前に登場し、女体化した主人公を犯していく展開は、ヒロインの設定と相まって納得感があり、また主人公とヒロインの関係性を考えると大胆な皮肉や立場逆転、ある種の無様さも込められており、物語の中で最も興奮する場面と感じられた。

ただ、主人公を魔物を生む魔王、母とするために女体化させる流れや、主人公とヒロインの関係性の描写とその変質の流れは悪堕ち作品として興奮できるものであるが、たとえば創造主がいきなり割って入ってくるなどその存在が浮いてしまっていたり、そもそも主人公が女体化する意義が感じられなかったりする。
選んできたテーマに対して、それを構成する要素に肉付けだけしたものが繋がっているような印象を受け、読み進める中でこういった要素間の乖離、ちぐはぐさが違和感となることが多い。

この延長上で、悪堕ち作品としては物語の開始から少々冗長な展開となっているように感じられる。文字数の多さも悪堕ち作品単体としては多く、これらが相まって読み進めやすい作品とは言い難い。
また、性交や凌辱といった性的な描写が多く、そのどれもに力が入っていることは感じられるが、前述のように各要素に結びつく形で盛られた描写であり、大半が肝心の悪堕ち過程と結びついていない。このような乖離が発生すると、凌辱シーンはテーマから離れ、盛れば盛るほど滑稽さを感じられてしまうようになる。
悪堕ちとして表現したい物語と、成人向け作品として読者に興奮を抱かせようとする意図やその手法がずれており、ここが作品の評価を下げている。
もし純粋に悪堕ちをテーマとする場合は、全体の三分の二ほどは削ってしまっていいだろう。

余談ではあるが、本作品はコンテストの他の応募作品と比べても誤字脱字が多く発生しており、こちらも僅かながら作品の評価を下げている。
おそらく難しい表現を多用する中で誤字脱字が発生しているのだと思われるが、作品が長く、文字数が多くなればなるほどこういったミスも発生する数が増えていくため、気を付けたい。