作品名
桃太郎異伝「お腰に付けたきび団子、一つワタシにくださいな」
ペンネーム
風音
作品内容
むかし、むかし、ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると大きな桃が流れてきました。
おばあさんは驚きながらも桃を担いで家に帰り、その桃を食べるために鉈で切ろうとすると、なんと桃がひとりでに割れて大きな赤ん坊が出てきたのです。
おじいさんとおばあさんは驚きましたが、子どものいない二人は大いに喜び、桃から生まれた「桃太郎」と赤ん坊に名付けて育てることに決めました。
おじいさんとおばあさんに育てられた桃太郎はあっという間に大きくなり、優しくて強い紅顔の男の子になりました。
ある日、おばあさんに頼まれてお使いに出ていた桃太郎は村の人々が嘆き悲しんでいるのを耳にし村の建物が壊れているのを目にしました。桃太郎がどうして村の人たちがそんなに嘆いているのか建物が壊れているのか尋ねたところ、村の人々は涙で赤く泣きはらした目に恐怖を浮かべて口々に言葉を述べていきました。
『悪い鬼達がやってきて村の中で暴れたんだ』
村の人々の言葉を聞いた桃太郎はその日の晩に、おじいさんとおばあさんに鬼退治へ出かけると決意したことを伝えました。それがきっと自分の使命であると確信していたのです
桃太郎が大切なおじいさんとおばあさんは反対しましたが、桃太郎の力強い言葉と決意の瞳に根負けし桃太郎の旅立ちを応援することにしました。
「これを持っていきなさい」
翌朝、おじいさんは桃太郎へ短刀を手へ渡しました。その短刀は鞘に立派な桃の意匠が施されており刀身は磨き抜かれた鏡のように眩い光を携えていました。
貴族の方々でさえ手が出ないような美しく輝く短刀……宝刀に息を飲んだ桃太郎はどうやってこの宝刀を手に入れたのかおじいさんに問いかけました。すると、おじいさんは懐かしい目をしながら優しく声を掛けました。
「その短刀はお前が入っていた桃に一緒に入っていたものじゃ。きっとお前の言うようにお前は鬼を退治するために神様が遣わしたのだろう……桃太郎、気を付けていくのじゃぞ」
おじいさんの次はおばあさんが桃太郎に巾着袋を渡しました。
「この巾着の中にはわしが丹精込めて作ったきび団子が入っているんじゃ。きび団子の言い伝えは昔に話をしたことがあるじゃろう」
桃太郎はおばあさんの言葉にこくりと頷きました。
きび団子は百年以上前に鬼を退治しに行った英雄に村の人々が渡したところ、その英雄が鬼を退治したという話と鬼から返してもらった金を持って無事に帰ってきたことから、鬼退治へ行く者に渡すべき物とされ同時に魔除けとして珍重されていました。
「桃太郎よ、わしらが願うのは英雄になることでも金を持って帰ることでもない……ただ無事に帰ってくるのじゃぞ」
二人からの贈り物と温かい言葉に桃太郎は涙を浮かべ、無事に帰ってくることを改めて誓いながら、日の出とともに鬼退治へと旅立ちました。
「いよいよ明日、鬼の頭領がいるらしき島……鬼ヶ島へ乗り込む。きっと戦いは大変なものとなるだろう、命の保証は悪いけど出来ない……皆、覚悟はいいかい?」
桃太郎が鬼退治の旅を始めてから数ヶ月後のある夜。野良の鬼達を退治してきた桃太郎はついに鬼の本拠地であるという噂が立つ鬼ヶ島の目前まで迫っていた。
バチバチと音を立てる焚火の前で、桃太郎は焚火を囲む仲間たちに覚悟を問うた。その言葉には鬼を退治するという桃太郎の意志の強さと、恐れるなら責めないから帰ってもいいという桃太郎の優しさが含まれていた。
そして桃太郎の仲間の中でその言葉を聞いて立ち上がるものはいなかった。旅の道中で出来た三人の仲間たちは桃太郎の言葉に応える。
「桃太郎さん、桃太郎さん!鬼を退治したら一緒に蹴鞠をしましょうよ!」
明るくニコニコとした笑みで鬼退治をした後の未来を語るは白い髪を持つ、可愛らしい犬歯が覗く10代半ば位の簡易な和装の少女。髪が白いのはこの国の人間だと目立つがそれ以上に目立つのは白い髪を掻き分ける様にして飛び出している犬の耳とブンブンと左右に振れる犬の尻尾。
そう彼女は人間ではない。桃太郎の仲間の一人である犬の霊獣・犬姫。格式の高い霊獣である彼女は人の姿を取ることが出来る。明るく無邪気な彼女は同時に鬼すらも慄くほどの怪力であり桃太郎にとっては頼りになる仲間の一人であった。
「おーほっほっほ!鬼なんてこの私、猿姫がいれば楽勝よ!大船に乗ったつもりでいなさいな!」
高らかに笑うはこれまた10代半ばの珍しい洋装の少女。袴を短くして大胆に脚を見せるその服装に当初桃太郎は心配の声を出してしまったのはいい思い出だ。猿の尻尾を持つ彼女もまた、人間ではない。猿の霊獣・猿姫を名乗る少女には誰よりも素早く戦場を駆け巡ることが出来る戦士であった。
「油断は禁物です。鬼ヶ島の鬼が本当に頭領であるなら今までの鬼とは比べ物にならないかと」
そういいながら眼鏡をくいっと上げるのは中華風の衣装をまとった赤い髪を持つ10代の少女。背には立派な雉の翼が生えているこの少女は雉の霊獣・雉姫。直接的な戦闘力こそ前述の2人に劣るものの空を飛べるという利点とその知性は桃太郎の旅を何度も手助けしていた。
旅の途中で助けた村の人々からその美しさと頼もしさから“三姫”と称された彼女たちの応えに、桃太郎も安堵と信頼に頷いた。
(大丈夫……これだけ頼もしい仲間たちが僕にはついているんだ。どんな鬼だってきっと倒せるはずさ。おじいさん、おばあさん、僕は必ず帰ります)
彼女たちの様子を見た桃太郎は遠く離れた育ての親たちの顔を思い出す。鬼退治よりも桃太郎の健やかな人生を願ってくれた二人は桃太郎にとって大切な旅の原点だ。村の人たちの様に二人が悲しむ姿を見たくはない、それが桃太郎の原動力にもなっていた。
「桃太郎さん、桃太郎さん!せっかくだから皆できび団子を食べましょうよ!お腰に付けたきび団子、一つ私に下さいな!」
「あら、犬姫さんそれはいい提案ね!桃太郎さん、きび団子をお出しなさいな」
「ふむ、士気を高めるのにも役に立つかと。どうでしょう桃太郎さん、きび団子を皆で食べてはみては?」
「ああ、そうだね。おばあさんから貰ったきび団子、皆で食べようか。鬼退治が終わったら、みんな僕の家においでよ。おばあさんにたくさんきび団子を作ってもらうから」
苦笑しながら桃太郎は巾着袋からきび団子を取り出して少女たちに手渡した。おばあさんが丹精込めて作ったきび団子は仄かに甘い匂いがあり、すっかり三姫達の好物となっていた。
きび団子を受け取った彼女達は目を輝かせ、ごくりと喉を鳴らしながらきび団子を頬張った。三人ともきび団子を頬張るその表情は幸福に満ち溢れていた。
(皆、本当にきび団子が好きだなあ……おばあさんもきっと本望だろうな。鬼退治の英雄が持つきび団子……きっとこういう時の、仲間と分け合う時のための伝承だったんだな)
桃太郎が彼女たち三人と出会うきっかけとなったのもきび団子であった。
犬姫はきび団子の匂いに惹かれ、鬼退治へ行くことを話したらきび団子をくれたら仲間になるとあっさり了承し。
猿姫には英雄が持つと言われるきび団子は自分に相応しいと決闘となり、桃太郎が勝利した末に「私の鬼退治のお供に加えてあげる」という彼女の名目で仲間になり
雉姫はきび団子を持ち二人の霊獣を仲間にしている桃太郎こそ鬼退治が出来る勝算が高いという理由で仲間に加わった。
きっかけはきび団子であるが、彼女たち三人の中には確かな善の心があり、悪しき鬼を許せないという正しき怒りを持っていることを桃太郎は旅の中で何度も何度も感じていた。
一人旅にならず、皆と一緒にここまで来れたことは桃太郎にとって救いでもあった。その救いをくれたおばあさんに、きび団子に、そして何より三人の仲間たちに桃太郎は何度も心の中で感謝をしていた。
「明日は……勝つよ。そして、一緒に無事に帰ろう」
桃太郎はいつになく強い言葉と共に自身もきび団子を頬張った。ほんのりとした甘さが魅力的なきび団子の味わいが桃太郎の口いっぱいに広がる。きび団子の味わいを共有する三人の仲間たち、は桃太郎の言葉に再び力強く頷き決意を確かめ合う様に拳を突き合わせるのであった。
「どういうことだ、これは……?」
鬼退治の旅の参謀と呼ぶべき雉姫の言葉に従い、目立つ大船を避けて簡素な小舟で鬼ヶ島へと乗り込んだ桃太郎一行は信じられないものを見て目を見開き足を止めるしかなかった。
「鬼の考えていることなんて知りたくもないけど……どうなっているのよあいつらは!?」
「……恐らく外敵に対して恐怖心と動揺をを与える策、ではないかと……」
「で、でもだからってこんなこと……こんなこと、いくら鬼でも酷すぎます!」
目にした光景を見て、猿姫が戸惑いと恐怖を打ち消すかのように声を上げ、雉姫は冷や汗を浮かべつつ眼鏡を直して落ち着きを取り戻そうとし、犬姫は信じられないと顔を青ざめさせて身体を震わせた。
「鬼が同族同士で争い合ったとでもいうのか。しかし、何故こんなことを……」
そう、桃太郎が呆然と口にした通り、鬼ヶ島に上陸した一行を待ち受けていたのは幾つもの鬼の死骸。それがまるで見せつけるかのようにあちこちに飾られている。
尋常ならざる光景に、三姫達は動揺して冷静さを取り戻せていないが、自分以上に動揺している彼女たちを見た桃太郎は、皮肉なことにそれで何とか冷静さを取り戻すことが出来た。
「……皆、行こう。この光景が何を意味しているものであれ、僕達は鬼退治のためにここまで来たんだから」
桃太郎の声色に流石にいつにない硬さはあった。しかし、桃太郎の心に一点の曇りはない。
キン、と鈴が鳴るような音共に桃太郎は腰の宝刀を抜刀する。するとどうしたことか、短刀と同じくらいの長さだったソレは眩い光を携えた太刀へと姿を変えた。まるでその太刀は桃太郎の心を現しているかのように曇りなく美しく光り輝いている。
これが桃太郎が桃から生まれたときから持っていた宝刀の真の姿。桃太郎の心を反映するこの宝刀は桃太郎の心が折れぬ限り桃太郎が桃太郎である限り、破邪の力を纏いて砕けぬ最強の武器と化す。
「ええ!」
「はい!」
「行きましょう!」
その刀の光を見た三姫達は、恐怖や動揺を打ち消すほどの安心感を手に入れて、桃太郎の言葉に強く頷き返した。この剣を抜いた桃太郎が今まで鬼を相手に負けたことなど一度もなかったから。桃太郎への信頼が彼女たちの鬼に対する恐怖心を払拭したのだった。
桃太郎を先頭に、三姫達は油断なく鬼ヶ島を進んでいく。この先に待ち構えているものが何であれ、桃太郎がいればきっと何とかなるはずだと思いながら……
「お、おう兄者……に、人間が来たぞぉ!あ、あれ、何か変な奴らだけども……というかこいつらから漂ってくるこの匂いはなんだあ!?」
「はっはっは!弟者よ、匂いはともかく……人間はそこの男一人だぞ。いや、微妙に何かが違う気もするが……まあよい、ようこそ鬼ヶ島へ!我ら兄弟が歓迎しようぞ!」
鬼ヶ島の最深部にいたのは二人の鬼だった。
人よりも優に一回り位大きく筋肉の塊のような厳つい顔をした青鬼と細身で美しいが皮肉気な顔立ちの赤鬼。巾着袋を腰にぶら下げた赤鬼は骨で組み立てたらしき趣味の悪い玉座に座ってわざとらしい笑い声をあげており、青鬼は桃太郎たちを見て驚いてかぶりついていた肉を落としながらくんくんと鼻を鳴らしている。
「お前たちが鬼ヶ島の鬼、鬼たちの頭領か」
「ふうむ、半分だけ合っているな。鬼ヶ島の鬼ではあるが我らは鬼たちの頭領というわけではないぞ」
鋭く睨みつけながら問いかける桃太郎に赤鬼はくつくつと笑いながら答える。
「まあ、野良の鬼共の中ではどうにも我ら鬼ヶ島の鬼は頭領扱いされているが……生憎と頭領なぞやってはおらぬ。なのに我らが背後にいることを理由にして好き勝手暴れるものだから迷惑極まりないのだよ」
「あ、あいつら……弱っちいくせに背中に隠れることしか能がないのに、偉そうで気に入らないんだ!だからオデと兄者でここに来たやつら皆まとめて殺してやった!か、簡単に死んで、とてもつまんなかったんだぁ!」
「来るのは勝手だが我らを理由にしたり逆らったりする鬼は必要ない。精々、鬼ヶ島を彩る芸術になってもらった……いかがだったかな、我が芸術は?」
「鬼ヶ島の入り口のあれは、お前たちがやったのか!」
同族を殺して飾ることを芸術などのたまう赤鬼に桃太郎の嫌悪感は増していた。
最深部に来る途中、嫌になるほどの鬼の死体が目に入ってきた。死体を検分すると旅の途中で悪事を働いた情報のあった鬼の特徴と合致する鬼の死体も幾つかあったのだが……まさか、同族に殺されていたとは!
「我々だって人間で遊びたい時もある。だが好き勝手暴れられた上で都の兵から逃げるために鬼ヶ島へ避難してこられるのは困るのだよ。私は静かに暮らしたいのだ、たまに人間たちで遊びながらな」
「ぐ、ぐへへへへ……に、人間の断末魔はいいぞぅ!で、でも好き勝手潰しても駄目だあ。幸せを手にする寸前で、ぺちゃんこに潰してやらないと最高の断末魔は聞けねえんだ!」
「……そうか、悪しき鬼を裁く善良な鬼であることを心の一分で期待していたんだが。お前たちも悪しき鬼、いやそれ以上の鬼!ならば、悍ましき悪鬼ども!この桃太郎とその仲間たちが退治してくれる!」
笑い方こそ違えど、邪悪なる言葉を吐き出す鬼の兄弟に桃太郎はわずかに残念そうにした後、厳しい瞳で睨みつけながら光り輝く宝刀の切っ先を鬼達へと向けた。彼の背後では犬姫が両手を強く握りしめ、猿姫が駆けだす体勢を取り、雉姫がすっと翼を広げて、各々戦闘態勢を構えた。
「やれやれ、ここ最近はあまり人間で遊んでいないというになあ……それにしても桃太郎とは珍妙な名前……ん?」
呆れたように、気だるげにため息を吐いた赤鬼は桃太郎の名乗りを聞いて、思案するかのように顎に手を当てた。そして、何かに気が付いて掌をポンと打った
「風の噂で桃より赤子が生まれたと聞いたが……もしや、それがお前か?は、ははははははっ!桃から生まれた桃太郎か!そうかそうか!はははははっ!」
「あ、兄者!?桃から人間が生まれることがあるのか!?オ、オデ、桃は好きだけど人間はもっと好きだあ!桃から人間が生まれるまでまったほうが良かったかあ!?」
「いやいや弟者よ、人は桃からは生まれんぞ。この男は神の遣いよ、神桃・大神実より生まれた命よ。いやはや、神が人の世に遣いを出そうとは!まったく面倒だ、神が鬼の遊び場に横やり入れるとは……それにしても……ふはははははっ!」
赤鬼はおかしくてたまらないという風に腹を抱えて笑っている。何が彼の琴線に触れたかはわからぬが先ほどよりも機嫌が良さそうだ。そんな兄の姿を青鬼はあまり見ないのか身体と厳つい顔に似合わずおろおろとしていた。
不愉快なのは桃太郎だ。この名前は育ての親より頂いた大事な名前、それを珍妙と言われたばかりか己の出自について面白おかしく笑っている赤鬼に桃太郎にしては珍しいことに眉が吊り上がる。
「何がおかしい!」
「いやいや、失礼した桃太郎殿。何、これからの事を考えていたら楽しくなってしまった。人の世には来年の事を言えば鬼が笑うという諺があるが……うむ、鬼が笑っていたな。さて、弟者よ、楽しい時間の始まりだ」
「お、おう兄者!うえっへっへっへ!お、お前ら、オデの力で粗挽き肉団子にして食ってやるからなあ!いい匂いが漂ってくるからさぞ美味ぇんだろうなあっ!?」
楽し気に笑っていた赤鬼が口元に笑みと象ったまますっと手を上げると、青鬼はこぶしを鳴らし愉快そうに笑いながらも威圧感を強めていく。青鬼のその身体から漲る力はこれまで桃太郎達が旅の途中で退治してきた鬼達とは一線を画していた。これまでの鬼退治がお遊戯であったとさえ錯覚するほどの威圧感が青鬼から漏れている。
「むむっ!粗挽き肉団子になんかなりません!返り討ちにしてあげます!」
「ええ!あなた程度でこの猿姫を潰すことなど夢のまた夢であることを教えてあげる!」
「品性の感じられない鬼からは品性のない言葉しか出ませんね、その手の言葉は聞き飽きました」
だが、どれほどの威圧感があったとしても、それに屈するほど三姫たちは甘くない。鬼ヶ島に上陸した当初こそ意味不明の代物に心を揺さぶられていたが、桃太郎の存在と今までの鬼と何ら変わらぬ邪悪な鬼であるとわかった今、力の強さ程度で彼女達を怯えさせることはできない。むしろ、悪しきものの言葉に更なる清廉な闘志を漲らせていた。
「(桃太郎さん、青鬼に比べると赤鬼は賢しい代わりに戦闘力は低いようです。私達三人で青鬼を引き受けますので、その隙に赤鬼を)」
「(ああ、わかった)皆、いくぞ!」
風に乗せた雉姫の言葉が桃太郎の耳に届く。この距離であるのなら味方だけに声を届けられ、味方の言葉を敵に聞かれることなく拾える雉姫の特技だ。
雉姫の作戦に声なき声で了承をした桃太郎の言葉と共に雉姫が飛び上がり、猿姫が駆けだし、それに犬姫が続く。
「この猿姫の爪を味あわせてあげる!」
疾風と化した猿姫が自慢の爪を青鬼の肌に突き立てようとする。だが筋肉で出来た達磨の様な青鬼の肌に猿姫の爪は肉を切り裂くどころか刺さりもしない。まるで岩に爪を立てたかのような感触に猿姫は顔をしかめ、しかしそうとわかれば猿姫は瞬時に青鬼の瞳が追い付かぬほどの速さで巨体の周囲を駆け巡りながら攻撃を繰り返し続けて気を散らすことを選択する。
「あうう!しつけえぞぉっ!」
傷こそ追わぬ青鬼だが猿姫の速度に彼はついていけていない。何度も何度も猿姫めがけて大降りの拳を振り下ろすが、猿姫の影すら捉えられずに地面を陥没させるのみ。必然的に青鬼には苛々が蓄積する。我儘な子どもの様に暴れまわることしかできない青鬼は、猿姫に攻撃を当てること以外頭から出て行ってしまっているのだろう。
「食らいなさい!〈炸裂羽撃〉!」
その隙をついて低空に飛行していた雉姫が自らの羽を矢のように幾つも発射する。同時に雉姫の攻撃を察知した猿姫は大きく飛びのいた。
青鬼に集中する雉姫の羽は青鬼の身体に触れると同時に爆発を巻き起こす。一つ一つの爆発は小さいもののそれが数十まとめて爆発すれば鬼の一群すら薙ぎ払うことが出来るであろう雉姫の技だ。
「効かねえええええええっ!」
雄叫びとぶおん!という音と共に爆風を切り裂いて青鬼が姿を現す。その鋼よりもさらに硬い肉体には爆発連鎖の攻撃ですらも傷の一つもついていない。
だが、鬱陶しいだけの攻撃を受け続けて苛立つが蓄積する青鬼は爆風に紛れて近づいてくる影に気が付かなかった。
「そこだっ!はああああっ!」
拳を唸らせ青鬼に殴り掛かるは犬姫。単純な攻撃力なら一行の中で最高峰の少女の一撃、これを確実に命中させるために猿姫は青鬼の集中力を乱すことに力を注ぎ、雉姫は爆発で視界を防いでいた。
少女の気合を乗せた渾身の一撃は見事に青鬼の胸に直撃。ばぐおん!と肉を打ったとは思えない大異音が空間に響く。大抵の鬼、いや上位の鬼である大鬼でさえならば既に上半身は木端微塵に砕け散っているであろう。
「おおうぐっ!?ぐ、ぐへへへへへっ!い、今のはよかったぞ、ほ、褒めてやるぅっ!」
「ぐっ、このっ……!」
……しかし犬姫の一撃を食らった青鬼は絶命するどころか顔を喜色に染めて気色の悪い笑い声をあげていた。力比べが大好きなこの鬼は、自分と同等かもしれない力の持ち主の登場に蓄積された苛々を吹き飛ばして上機嫌になっていた。
両手を振り上げて襲い掛かってくる青鬼を、一撃に注力しすぎた犬姫は避けることが難しいと判断して拳を受け止めることを選択する。だが、青鬼の拳は想像以上に重く犬姫の顔には冷や汗が流れる。しかしここは青鬼の一撃を受け止めて五体満足の犬姫を褒めるべきであろう。この場にいる中では桃太郎ですら青鬼の拳を受け止めればよくて腕がひん曲がる位の威力が込められていたのだから。
「ぐううぅ……重いっ!な、なんて力……!」
「ぐへへへへへっ!おめー、いい力持ってんなあ!色んなもんぶっ殺せる力だあ!どうでえ、いっしょに色んなもん潰して殺して楽しまねえかあ?」
「……っ!私はっ!そんなことの為にこの力を使わないッ!この力は誰かを護るためにッ!」
青鬼の言葉を聞いた犬姫は、キッと強く睨み返す。押し込まれる腕へ対し全力を込めて押し返す。
三姫達が鬼退治の同行したのは何もきび団子に惹かれたのが理由ではない。
親を知らず全国を駆け回りながら暮らしていた犬姫はその度の途中で見た鬼によってもたらされた哀しみ止めるために
貴き出自の猿姫は、父と母から教わってきた高貴なる者の務めとして平和を乱す悪を打つために
冷静ながらも情に厚い雉姫は見かけた鬼による惨状を見てしまい、見過ごすことが出来なくなってしまった故に
ただただ自分の楽しみの為に世の平和を乱す鬼を、彼女達は許せない。
「行きなさいっ、〈貫通羽撃〉!」
「犬姫さん、今援護をっ!」
青鬼に有効な一撃を繰り出せるのが犬姫しかないと判断した二人は青鬼の気を反らし犬姫に力比べを制させるために、羽の矢を、鋭き爪を青鬼へと襲い掛からせる。
だがもはや青鬼は二人の攻撃など眼中にない、その強靭な肌で二人の攻撃を防ぎながら楽し気な様子で犬姫との力比べに集中してしまっている。
青鬼と三姫の戦は、完全に硬直してしまっていた。
一方そのころ桃太郎と赤鬼の戦いはというと……
「くっ!このっ!またかっ!」
「ふむ、我が邪眼が完全に効いておらぬ。むむむ、流石は神の遣いというところか。いやはや……」
赤鬼の目が赤く鈍く輝いたかと思うと桃太郎の動きがまるで人形になったかのようにぎこちなくなる。一歩足を踏み出すのにさえ結構な労力を強いられる桃太郎は苦虫を嚙み潰したような顔をさせられていた。
対する赤鬼も己の持つ“停止の邪眼”が桃太郎にあまり通用していないことに感心したような呆れているような様々な感情の入り混じった声を漏らしていた。
「≪止まれ≫」
赤鬼は一度息を大きく吸うと静かにされど強く言葉を紡いだ。同時に今まで以上に増した邪眼の輝きが桃太郎を貫くように射抜いた。
瞬間、桃太郎は一歩踏み出すどころか呼吸すら出来なくさせられる。意識が飛んで手から刀が落ちそうになる。己のすべてが止められて完全に人形になったかのような錯覚さえあった
「…………っ!?……ぐうぅっ!あああっ!」
だがそれも一瞬の事。桃太郎は裂帛の気合と共に心身を持ち直す。動くことは出来るが邪眼の効力が桃太郎の身体に鉛の様にへばりついている感覚を覚えさせられている。あまりの不快感と重圧に桃太郎は大量の冷や汗をかいていた。それでも桃太郎は、キッと赤鬼を睨みつける
「なんと!?言霊を乗せたこれですら凌ぐか!ここまでやれば格の高い霊獣ですら命を停止させられるというのに……」
ここにきて赤鬼の薄ら笑いがようやく消え、表情が驚愕に満ちて目が開かれる。自身の絶対的な能力が桃太郎に僅かにしか通じなかったことは、彼をもってしても想定外だったようで冷や汗が頬に流れていた。
「ここだっ!」
そしてその隙を桃太郎は逃さなかった。赤鬼が驚愕したことで停止の邪眼の射抜きが来なかった事を感じ取った桃太郎は、鉛の様に重い身体に檄を入れ大地を蹴って跳躍。
だあんっ!と大地が抉れる様な音と共に桃太郎は赤鬼に接近し、刀を首へと突き付けた。赤鬼は表情を変えず己の首元へ置かれている刃をちらりと流し見る。
「これはこれは……ううむ、やはり私には弟者ほどの戦闘能力はないのだなあ。弟者であれば迎え撃てたものを……弟者は私の事を頭がいいと羨むが、私は弟者の戦闘能力が羨ましい。親子ほどに年の離れた弟を羨む私を笑うかね?」
刀を突き付けられているというのにふざけた態度の赤鬼の疑問に、桃太郎は答えるそぶりを見せない。静かに赤鬼を睨みつけるのみ。付き合いの悪いことだと、赤鬼は肩を竦めた。
「……聞きたいことがある。人々から奪った金銀財宝はどうしたんだ?ここまでの旅の中で退治した鬼達は対した物を持っていなかった。鬼達の頭領でないとはいえ、鬼ヶ島へ鬼達が助けを求めに来たのだろう?その時に献上させなかったのか?」
「ははあ。一思いにやらなかったのはお宝の在り処を聞き出すためか。確かに、野良の鬼達から献上された物は鬼ヶ島にあるとも。鬼には金など意味をなさぬがね、人々が必死になってかき集めたものをあっけなく奪い去り飾るのは楽しいからなあ」
桃太郎が鋭い声色で問い詰めるが、赤鬼はとぼけた風に顎をさすりながら言葉を紡ぐのみ。その言葉は桃太郎の神経を逆なでするものであり、赤鬼は首元にある刃の事をまるで失念しているかのように口元に笑みを作っていた。
「……どうやら、命が惜しくないようだね」
「ははは、どちらにしろ斬るだろうに。それに、ううむ、何と言ったらいいか、勝った気になるのは早すぎるのではないか?それでは後ろから爪で貫かれてしまうぞ」
「……弟の鬼を信頼しているようだけど、僕も仲間を信じている。彼女たちはそんな簡単にやられは【ザシュッ!】しな、え…………?」
唐突に桃太郎の右肩が貫かれる。
最初に感じたのは熱だった。まるで熱した火かき棒を押し当てられたのかと思うほどだった。それから数拍遅れて、右肩から全身を喰らいつくさんばかりの痛みが迸った。
「ぐっ!ああああああっっ!?」
握りしめていた眩き刀を地面へと落としてしまった桃太郎は、たまらず苦痛に叫ぶ。
じんじんと痛む右肩は確かに彼に多大なる苦痛を漏らしていたが、それ以上に彼を苦しめているものがあった。桃太郎はかつて一度、この爪を味わったことがあった。軽く肌を切り裂かれた程度のモノであったが、その経験からこの爪の持ち主が誰だかわかってしまったのである。その事実に彼の心は、身体の苦痛以上に痛みを感じていた。
ぜえぜえ、と息も絶え絶えになりながら己の肩を貫いた襲撃者へと首を振り向く。桃太郎の意志の強いその瞳は、彼らしからぬ動揺と困惑でぐちゃぐちゃだった。
「ど、どうして……何故なんだ……猿姫……っ」
桃太郎が首を振り向いた先にいたのは、彼の右肩に爪を突き立てているのは、桃太郎の仲間であるはずの猿姫だった。かつて猿姫と決闘をしたことがある桃太郎はその時に味わった爪の鋭さからすぐに彼女のモノであると確信してしまっていた。
裏切られたのか、と桃太郎の心に罅が入りそうになるが、猿姫の様子を見て違うことを悟った。桃太郎に攻撃を仕掛けたはずの猿姫は、彼の肩を貫く己の爪を目を見開いて凝視し、己が行ったことが信じられないといわんばかりに動揺に目を揺らしていたからだ。
「え……い、いや……わ、私……え、なんで……?あ、あああああああっ!」
自身の行動を信じられない猿姫は顔を絶望に塗れさせて絶叫する。しかし、その間も彼女の爪は桃太郎の肩に深く食い込んだままで全く引き抜こうとはしていない。いや、猿姫自身は先ほどから何度も爪を引き抜こうとしているが身体が自分のモノではなくなったかのように言うことを聞いてくれないのである。
「さ、猿姫さん!何をしているの!?」
「乱心しましたか、猿姫っ!」
「お、おめーら何してんだあ?仲間割れかあ?」
青鬼と力比べをしている犬姫が驚愕に顔を染めて声を上げ、雉姫は信じられない行動をした猿姫に鋭く声を飛ばす。青鬼もまた何が起きているかわからないようで困惑の声を漏らしていた。
「いやいや、絶望に彩られた乙女の悲鳴は何度聞いても素晴らしい。ふふふ、素敵な悲鳴を聞かせてくれた猿姫くんには感謝をしないとね」
ただ一人、玉座の肘掛けに肘をついて余裕そうに笑う赤鬼だけがこの場に起きた出来事を理解していた。口元を抑える彼は、まるで最初からこうなることを知っていたかのようであり、その眼には愉悦の感情がありありと浮かんでいる。
「お前の仕業か、赤鬼ぃっ!」
赤鬼の笑い声に誰よりも早く反応したのは雉姫であった。仲間の危機に普段の冷静を投げ捨てた彼女は、激昂に身を任せながら飛び上がり、己の羽で赤鬼を打ち抜くために狙いを定める。
己に攻撃を加えようとしている雉姫を見上げる赤鬼は身じろぎ一つせず、ただ愉快そうに笑みを浮かべているのみ。
「おお、羽遊びか。うむ、よく狙えよ。そうでないと当たらんのでなあ」
「黙れっ!そして散れっ!〈貫通羽撃〉!」
雉姫は青筋を立てながら翼を羽ばたかせる。バサリッ!と空を切る音共に羽が風を割く矢となりて発射される。
十に近い羽の矢は目標に向かい乱れなく突き進む、〈貫通羽撃〉はその威力・破壊力こそ爆弾をまき散らすに等しい〈炸裂羽撃〉に劣るものの、その攻撃速度は凄まじく速い。仲間内で随一の反応速度と移動速度を誇る猿姫を持ってすら完全回避は難しい代物だ。当然のことながら、猿姫よりも能力が劣るものは攻撃が繰り出されるのを察知した瞬間に回避行動に移らなければ避けることは出来ない。だから、この結果は必然の事だった。
「ぐぅあああああああああっっ!!??」
ザクザクザクっ!と肉が割かれる生々しい音共に羽の矢が肩に背中に突き刺さる。回避行動をとることが出来なかった愚か者の末路だ。
だが回避行動を取ることが出来なかったことを責められはしない。何故ならば、自分に攻撃が来るなんて予想もしていなかったからだ。
「な、何故……何故っ!?どうして、私の羽が……桃太郎さんにっ!?」
……そう、確かに赤鬼を狙って放たれたはずの羽の矢は何故かすべて桃太郎へ直撃した。……まるで雉姫が桃太郎に狙いをつけていたかのように。
理解できないと驚愕に目を見開くことしか雉姫は出来ない。どさりと桃太郎が大地へ倒れ伏すが、空に浮かぶ雉姫は呆然と動けず、桃太郎の傍にいた猿姫は桃太郎へ手を伸ばしたいが彼の肉を切り裂いた感触を思い出してしまい石のように固まってしまう。
「猿姫さん、雉姫さん……桃太郎さんっ!どいてっ!」
「うおっとぉっ!?」
青鬼の腕を振り払った犬姫が桃太郎へと駆け寄る。血に塗れボロボロになった桃太郎の身体を見た犬姫は顔をしかめながらも彼を助け起こした。
「っ、はぁ……はぁ……」
身体を震わせ荒く息を吐いているが桃太郎の意識はしっかりとあり、その眼に動揺はあっても恐怖はなかった。桃太郎の心身が無事であることに安堵した犬姫は、大きく息を吐くと一度撤退することを決心する。猿姫も雉姫も様子がおかしい、これ以上の戦闘続行は不可能と判断した彼女は桃太郎を抱きかかえ、この場から逃走しようと足に力を籠める。
「おお、しかし弟者と力比べが出来るとは、犬姫とやらは凄いのだなあ。どれ、その力をこの私にもよく見せてくれ」
にぃ、と悪辣な笑みを浮かべた赤鬼が待っていたかのように言葉を発した。次の瞬間、逃げるために込めた足の力が霧散する。そして、犬姫の右腕が力を込めながらゆるゆると上段に振り上げられる。
自分の身体が何をしようとしているか察した犬姫は顔を青ざめる。必死になって止まれと自分の身体に命ずるが、犬姫の身体は犬姫の言うことを聞いてくれない。岩を簡単に砕いてしまうほどの力を込めて右腕が上段に構えられる。
「い……いや……やめてっ、動かないでっ!止まって!……も、桃太郎さん、逃げてええっ!」
どごぉぉぉんっ!
涙を流し絶望する犬姫の顔とは裏腹に、犬姫の身体は桃太郎へ向かって拳を振りぬいた。
犬姫の、筋肉達磨の青鬼と互角に殴り合いを演じることのできる拳が大地に倒れ伏している桃太郎の身体へと直撃し、その衝撃は地面に大きな窪みを作り出した。
「ぎゃひぃぃああああっっ!!」
犬姫の一撃を喰らった桃太郎は情けのない叫び声と血を吐き出した。
犬姫の拳から伝わってくる感触では桃太郎の肉は潰し骨を砕かれている。通常の人間なら肉塊となる一撃を受けてなお桃太郎は生きていたが、呼吸音は「がひゅーがひゅー」と常ならざるもので、顔は土気色となり、死が間近に迫っているのは誰の目に見ても明らかであった。
ふと犬姫が自分の拳を見やると、桃太郎の血が、ぽたぽた、と滴り落ちていた。
「なんで……なんで……なんでっ!ぁ、あああぁああぁああああっ!いやああああああああっっ!!」
血に濡れた手で顔を覆いながら犬姫はこの世の終わりの様な悲痛な叫びを鬼ヶ島の空に響き渡らせる。仲間の中で誰よりも仲間思いで純真な少女が、自分の意志で制御できない身体で仲間を傷つけてしまった。その現実は彼女の心を大いに傷つけた。
「く、くくく……くっくっく……ふふふふふふ……っ」
「……へ、へっへっへ……でゅ、でゅうっふっふっふっ!」
唯一現状を理解している赤鬼は、犬姫の叫びを肴にし愉悦の美酒に酔いしれる。彼の弟である青鬼は何が起きているかまるで理解していないようだが、兄に追随する様に汚い笑い声をあげた。
雉姫と猿姫はそんな赤鬼と青鬼を殺意のこもった目で睨みつけるが、それ以上は身体が石になったかのように動かない。ただただ鬼の兄弟の不快な笑い声を聞かされることしか出来なかった。
「はははははっ!いやあ、実に良い見世物であった。うむ、おおそうだ、良き物を見せてくれたのであれば、それ相応の褒美をやらねばならないな。うむ、三人ともそこへ座れ」
「くっ……やはり、身体が勝手に……!」
「このこのこのっ!猿姫の言うとおりに動きなさいよぉ……っ」
「……桃太郎……さん……」
赤鬼が三人に座るように命ずると、雉姫は苦々しく赤鬼を睨みつけながら、猿姫は必死の形相で身体を止めようとしながら、犬姫は涙を流して呆然としながら、三人の意思に反して彼女たちの身体は赤鬼の方へと動き出す。
椅子に腰かける赤鬼の前へとやって来た三人の身体はその場で、主に忠実な部下のように片膝をついて座りだす。どれほど彼女たちの意志で抗おうとしても、身体は言うことを聞いてはくれない。屈辱と恥辱を味わうほかに彼女たちは何もできなかった。
「ご苦労。ふむ、褒美は何がいいか……おお、くく、やはりこれよな」
ニヤニヤと陰湿な笑みを浮かべる赤鬼はわざとらしく手をぽんと叩くと、その腰にぶら下げていた巾着袋を漁り、何かを軽く握りしめながら取り出した。そして、赤鬼は握りしめた手を太陽へ翳すように高く突き上げるとその場で掌を開いた。
瞬間!あたり一面に蠱惑的すぎる蕩けるような甘さの匂いが広まった。
「ぁ……ああぁあぁ……」
「んっ……くぅぅ、なにこれぇ……っ」
「ふわぁ……くぅん、くぅん……」
その匂いを嗅いだ瞬間から、敵意を漲らせていた雉姫も、屈辱に打ち震えていた猿姫も、絶望に涙していた犬姫も、目が蕩け表情を緩ませながら赤鬼の握りしめている物へ意識を奪われてしまう。太陽が影になって赤鬼が何を持っているか見えないが、敵意も屈辱も絶望も霧散し、異様なまでの熱狂が彼女たちの身体を駆け巡っていた。
(こ……の……甘い、匂い……まさ、か……?いや……しかし……)
朦朧とする意識の中で桃太郎は、空間に充満する匂いを持つものに心当たりがあった。何故なら桃太郎の好物を連想させるものであり、彼も匂いが鼻を擽った時に反射的に生唾を呑み込んでしまったから。それは桃太郎のおばあさんが丹精込めて作ったモノと同じ、しかしソレの何十倍、何白倍もの凝縮された濃厚な甘さを持っている。
「“きび団子”を、お前たちにくれてやろう――――好物だろう?」
……そう、赤鬼の掌の上にあるのは三個のきび団子
桃太郎が持つきび団子よりも強すぎる甘さの匂いを持つそれは、しかし桃太郎のきび団子と見た目は全く同じであった。
「な……ん、だ…………それ……は……」
「おや、まだ喋れたか。ふうむ、こちらの想像以上に神の遣いの身体は頑丈らしい。それにしても何とは……見ての通りきび団子だよ」
だが、桃太郎の見た赤鬼のきび団子は、桃太郎の持つソレとは違い禍々しく毒々しい気配を甘い匂いと共にこれでもかと言わんばかりに放っていてとても同じものであるとは思えない。通常であれば顔をしかめて当然の代物だった。
「ぅ……ぁ……あ……っ」
「き、きび……きびだんごぉ……」
「ど、どうしてぇ……とっても、おいしそう……」
しかし、三姫達はきび団子から目が離せない。理知的な雉姫も、高貴な猿姫も、純真な犬姫も、まるで己を忘れたたかの様にきび団子に蕩けた視線を集中させるのみ。
明らかに異常であった。旅の中で金銀財宝にも豪華絢爛な美食にも甘美な夢を見せる幻術にも惑わされなかった三人が、好物だとは言え赤鬼が持つ不審で禍々しいきび団子に己を奪われている。
「きじ、き……えん……き……いぬ、き……」
掠れた声で桃太郎が三姫に呼びかける。彼女たちは僅かにピクリと身体を揺する反応を示したがそれ以上の反応は無かった。彼女たちは餌を前にした犬の様に、赤鬼のきび団子から目を離すことが出来ないでいた。
「赤、鬼……なんだ、そのきびだんごは……」
「気になるか、桃太郎よ。これこそが真のきび団子……鬼媚団子よ。効果の程はお前の目で確かめるといい……さあ、女たちよ獣のように貪れ」
赤鬼がそう告げると、三姫達は我先にと赤鬼の手元にある鬼媚団子を奪うように手を伸ばし、口元へと近づける。凝縮された濃厚な香りは口元に近づくとより一層、脳髄を擽り弄ぶ。
「ぅぅぅ……」
「ぁぁぁ……」
「だめぇだめぇ……もどれなくなっちゃうよぉ……」
だが三姫達はそれ以上鬼媚団子を口へと近づけなかった。
目は血走り、口の端から涎を垂らし、全身を震えさせながら必死に鬼媚団子の誘惑に耐えていた。それは三人ともが、これを口にしてしまったら自分たちの何かが終わってしまうと感じ取っていたからだ。一秒が一時間に錯覚するほどの強烈な誘惑に彼女たちは脂汗を浮かべながら必死に抗い続ける。
「みんな……!」
その光景に桃太郎の瞳と声に力が宿る。
あの禍々しい鬼媚団子は自分でさえ一瞬惹かれた物。それを自分よりも鬼に何かをされてしまった彼女たちが必死に耐えている。それが桃太郎の胸を打ち、彼の心を滾らせていた。
桃太郎は落としていた宝刀を手繰り寄せて握りしめる。桃太郎の強き心に反応し、刀身はいまだに眩く輝いていた。
刀を支えにし悪鬼を滅ぼさんと桃太郎が立ち上がろうとする。力強く、正義を成そうと膝に力を籠める。
「なんだ食べ方もわからんのか?仕方ない、私自ら喰らわせてやろう。存分に感謝するがよいぞ、うむうむ」
……片膝をつきながら起き上がった桃太郎が見た場面は赤鬼が鬼媚団子をひょいとつまんで三姫達それぞれの口に放り込むところであった。
「ぁんん……」
「ふぅぁま……」
「ぁむ、ぁい……」
鬼媚団子の悍ましいまでの誘惑に必死に耐えていた三姫であったが、口の中に直接放り込まれてしまえば、その口の中が融けてしまう様な甘さと全身を侵略するかのような濃厚な匂いから逃れる術はなかった。
三姫の瞳から意志の光が消えうせ、彼女たちはただただ鬼媚団子を咀嚼し味わうこと以外の行動を取ることが出来なくなる。
(…………おいしい、あまい、しあわせ…………)
(…………これにくらべると……ももたろうさんのきびだんごは……どろよ…………)
(…………どうして……たべるのを……こばんで……いたんだろう…………)
(((こんなすてきでさいこうなきびだんごを!)))
鬼媚団子を咀嚼して味わう彼女たちの思考は以前の彼女達からは考えられないものであった。心身を恍惚に蕩けさせているその有様は虜になったという言葉ではもはや足りず、鬼媚団子に支配され隷属しているかのようであった。
「ぁあ、あ……」
桃太郎が三姫の様子に絶望を募らせるその先で、彼女たちは桃太郎には目もくれず、恍惚を貌に浮かべながら咀嚼を終えた鬼媚団子をごくりと飲み込んでいく。鬼媚団子を飲み込んだ時の音でさえ三姫には至高の音楽の様に思えていた。
そして
「ぁ、ああああああああああっっ!」
「いぎいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「う、うううああああああああっ!」
鬼媚団子を飲み込んだ三姫はその場に崩れ落ち、悲鳴を上げながら身体を痙攣させていた。大地を擦りながら身体をカエルの様に跳ね回らせている三姫は尋常ならざる様子で、死へと向かっているのを容易に想像させる。
「な、なあ兄者、なんか変だけど、これこいつら死ぬのか?な、ならオデが叩き潰してもいいかぁ?」
「っ!?ぁ、あああ……あ、赤鬼ぃぃっっ!よくも、よくも皆をっ!」
「まあ待て弟者よ。そして桃太郎よ、早とちりはよくないぞ。お楽しみはこれからだ」
青鬼が首をかしげながら残念そうな様子で言葉を吐けば、桃太郎は怒りに形相を歪めて叫ぶ。そんな二人に苦笑しながら赤鬼は愉し気に痙攣を起こしている三姫を指さした。
「ぁ、ああああ………………」
「いいいい、ぃ………………」
「ううぅ、うう………………」
三姫の身体の痙攣は終わり、彼女たちは大地に静かになって横たわっていた。その様子を見た桃太郎は死んでしまったのかと顔を青ざめさせるが、よく見れば呼吸があるのがわかり安堵に息を吐いた。
「これからだ、と言っただろう?さあ、我ら兄弟に見せてみよ」
だが、そんな桃太郎を嘲ける様に赤鬼は冷たく笑いながら桃太郎へと言葉を吐きながら同時に周囲に聞かせるように命じた。
「「「…………………………」」」
次の瞬間、あれほどまでに苦しみ悶えていた三姫は何事もなかったかのようにむくりと立ち上がる。その様子はまるで糸で動かされている人形を連想させた。
「皆!………………?」
立ち上がった三姫に桃太郎は一瞬だけ喜色の声色で声をかけるが、その様子が尋常ならざることをすぐに察する。
彼女たちはまるで意思がないように、貌から表情を削げ落とし茫洋とした瞳で虚空を見上げていた。桃太郎の言葉はまるで意に介さず、ただただその場に佇んでいる。
その様子にくつくつと笑う赤鬼は、首をかしげる青鬼を一瞬だけ見やると合図するかのように、ぱちんと指を鳴らした。
「「「ぁ、ああああぁああああぁああぁぁあああっっっ!!!」」」
赤鬼の指に合わせたかのように三姫は目を見開いて天へ向かって咆哮を上げた。
彼女たちの叫びは天を呪うかのようで、高らかに歌うかの様で、苦痛から逃れようとするかの様で、赤子が誕生するかの様であった。
「「「ぎぎいいぃぃぃっ!!ぐぅおおおおおおおんんんっっっ!!!」」」
咆哮を上げ続ける三姫たちの身体から、突如としてむせ返るほどに濃厚な甘い匂いが香り立つ。それはあの悍ましき鬼媚団子と同じ匂いであった。
桃太郎がその匂いを認識したと同時に彼女たちの姿に異変が現れた。
雉姫の肌が赤色に染まる。美しき背中の雉の羽は死神を連想させる黒で塗りつぶされた。
猿姫の肌は黄色に染まる。自慢の爪は禍々しいほどに鋭く伸びて毒々しき紫に塗られた。
犬姫の肌は青色に染まる。可愛らしかった犬歯は荒々しく肉を断ち骨を砕く牙となった。
そして、三姫に共通して螺子くれた白い角が額から飛び出る様に姿を現し、彼女たちの瞳の白目と黒目が反転した。
桃太郎が呆然とその三姫が変わりゆく姿を見やることしか出来ずにいると、三姫は変貌が終わると同時に咆哮を止めていた。
彼女たちはやはり桃太郎には目もくれず、赤鬼に一歩近づくとその場で王に対する従者の如恭しく跪いた。
「赤鬼様そして青鬼様、数々のご無礼をどうかお許しくださいませ。赤鬼様に下賜された鬼媚団子により私が仕えるべきお方を理解することが出来ました。雉姫改め雉鬼は赤鬼様と青鬼様に永遠の忠誠を誓います」
「猿姫改めて猿鬼よ!ええ、高貴なる私の使命は至高にて究極であらせられる赤鬼様と青鬼様に仕えることだと理解いたしましたわ!鬼の方々に仇成すムシケラの処理はこの猿鬼にお任せあれ!」
「えへへへ、鬼媚団子美味しかったですぅ……はいっ!犬姫改めまして犬鬼は鬼の方々に鬼媚団子のお礼としてお供になることを誓います!青鬼様、一緒に人間を叩き潰して遊びましょうね!」
三姫……否、もはや三鬼と化した桃太郎のかつての仲間たちはそれぞれに鬼への忠誠の言葉を述べる。どの言葉も、かつての彼女達であれば絶対に口にすることはなかったはずの言葉だ。その一句一音に桃太郎の心が張り裂けそうになる。
「な……み、皆なにを言ってるんだ!雉姫!賢い君なら悪しき鬼は討つべき相手だと理解しているだろう!?猿姫!君が語った使命は弱きものを助け護ることだろう!?犬姫!君は自分の力は誰かの為にあると笑っていたじゃないか!?」
ぜえぜえ、と息も絶え絶えながら桃太郎は必死に三鬼に言葉を放つ。
しかし、桃太郎の言葉は鬼と化した彼女達の心を揺さぶりもしないし興味も示さない。そよ風の如く桃太郎の言葉を受け流す彼女達は微動だにせず赤鬼に跪いている。
桃太郎の言葉に反応したのはよりにもよって赤鬼ただ一人。彼は必死な様子の桃太郎をくつくつと愉快そうに嘲り嗤い、それにつれられた青鬼はがははと品のない笑い声をあげる。
「どれほど呼びかけても無駄だぞ、桃太郎よ。鬼媚団子の効果によって彼女たちは鬼になり我らの僕となった。お前の呼びかけは、悪鬼になりし彼女たちの心には少しも響かぬ」
「違う、彼女たちは鬼などでは……悪鬼などではない……!鬼になるはずなんて、ない……っ」
「はっはっは、親しきものが鬼となった現実を受け入れられぬか?だが、彼女たちは鬼となった、他でもないお前のお陰でな!」
「!?何を、言って……」
赤鬼が発した言葉に桃太郎の瞳が揺れる。
赤鬼が何を言っているか理解が出来なかった。桃太郎は三姫を鬼にする手助けなどしていないし心当たりの欠片もない。だが、赤鬼の嘲りを多分に含んだ瞳と次の言葉は桃太郎の心身を竦めるのに十分であった。
「きび団子を食べさせただろう――――?」
赤鬼が竦む桃太郎を弄ぶ様に言葉を紡ぐ。赤子に読み聞かせをする親の様に、虫を潰す少年の様に。
「きび団子の伝承は知っているだろう、英雄が金を持ち帰ってきたというものだ。あれは間違いではない、だが真実でもない」
「真実では、ない……?」
「ああ、そうだ。英雄と謳われた男は鬼退治などしてはない。村人に裏切られたからな」
言葉が赤鬼の口から次々と紡がれていき、桃太郎の耳を揺らす。
鬼の言葉など普段の桃太郎であれば聞きもしないし信じることはないだろう。だが、竦まされた心身が赤鬼の言葉を刻み込んでしまう。
「村人たちは鬼が恐ろしかった。鬼退治の声が上がっても、人の強さよりも鬼の強さと恐怖を信じてしまうほどに。だから村人たちは鬼に告げ口をしたのだ。そして、面白がった当時の鬼の一人……まあ私の事だが……から“あるもの”を男へと食べさせる様に村人たちへ命じた」
あるもの、と聞いて桃太郎は一つのモノが恐怖と共に思いついた。鬼退治の英雄に食べさせるもの、それは。
「察しが付いたか。そうだ、きび団子……鬼媚団子だ。私が作り出したソレは人が食えば鬼である私の傀儡となり喰い続ければ鬼と化す魔性の団子よ。それを食った男は鬼ヶ島へやってくると、私達を楽しませるためにずっと裸踊りをしていた。そして褒美に僅かばかりの金を渡して村へと帰し、村人たちにきび団子の伝承を広め伝え続けさせた……」
「そ、その話、父ちゃんと母ちゃんが生きてた時に聞いたことあるぞ兄者ぁ。オデが生まれる大分前の話だなあ」
赤鬼の話を聞いていた青鬼は思い出してすっきりしたのか破顔した。
現実逃避したい桃太郎は先ほど赤鬼が青鬼とは年の離れていることを口にしていたのを思い出して何故か納得した。もし、青鬼が伝承の時の鬼であったなら、いくら覚えの悪い青鬼でも覚えていて最初に対面した時に口に出していたであろう。そうだったら、どうなっていたであろうか……
「鬼退治のきび団子、それは鬼の道楽が始まりよ。鬼退治を息巻く人間を鬼の傀儡にして愉しむ、鬼のお遊びよ。そして男に鬼を討ったと言わせれば静かに暮らせたのでな、都合がよかった」
「まさか……彼女たちが……お前の思い通りに動いたのは……」
「うむ、本物には劣ると言えどきび団子を与え続けてくれたお陰だな。お陰で霊獣すらも私の命令に逆らえぬようになり鬼になる下拵えも出来ていた。そして私の鬼媚団子により鬼へと生まれ変わったというわけだ……感謝するぞ、桃太郎よ!」
「ぐ、ぐへへへへっ!つ、つまりよう兄者!こいつ仲間をずっと鬼にする準備をしてたってことかあ!?とんだ大ばかだなあっ!がっ、がははははははっ!」
「その通りだ、弟者よっ!きび団子さえなければ或いは我らを討てたかもしれぬのになっ!ふはははははははっ!」
「なっ……ぁ……あ…………」
赤鬼から語られる真実に、鬼兄弟の嘲笑に、桃太郎の心に罅が入り始める。
嘘だ!と叫びたかった。しかし、彼の喉は現実に恐れをなして背いたかのように僅かに震えるのみ。認められない、認めたくない。しかし、否定することが桃太郎にはできなかった。
……だって、鬼媚団子の匂いがきび団子と同じものだと彼も理解していたのだから。
「……赤鬼様、そろそろよろしいでしょうか?」
絶望に打ちのめされゆく桃太郎の眼前で、雉鬼となった雉姫が恭しく跪いたまま赤鬼に顔を上げる。その瞳はこれからすることに対するギラギラと鈍く輝く欲望に塗れていた。雉鬼の発言と同じタイミングで猿鬼と犬鬼も顔を上げる。やはりその瞳は雉鬼と同じ色の欲望に塗れていた。
彼女たちの瞳に宿る欲望を見た赤鬼は愉快そうに頷き笑う。
「うむうむ、鬼の瞳に相応しい欲望よ。よし、構わんぞ」
「うふふ、感謝いたしますわ赤鬼様……」
「わぁ~い!赤鬼様ありがとう!」
赤鬼の許可が下りたことに猿鬼は礼を述べながら立ち上がり、犬鬼は無邪気な笑みを浮かべて飛び跳ねた。
三鬼が桃太郎の方へと振り返る。桃太郎の瞳に映る彼女たちの姿は正しく鬼そのもの、その姿を見るだけで桃太郎の心が引き裂かれそうになる。
……が、不幸にも桃太郎はその姿を見続けることはなかった。次の瞬間、雉鬼の脚が桃太郎の胸にめり込み、その衝撃で仰向けに倒されたからだ。
「ぐぅぅっ!?」
「……はあ、この程度の知識と力でよくもまあ鬼退治をしようと思いましたね。勇気と無謀を履き違えた愚か者が」
大地に倒れ込んだ桃太郎に雉鬼は蛆虫でも見るかのような冷たい視線と侮蔑の言葉を吐きつける。冷静沈着な彼女らしからぬ嫌悪感が極まったその態度は、蹴られたことよりも桃太郎に傷を与えていた。
「雉、姫……ぐあっ!?」
反射的に桃太郎が伸ばした手を猿鬼が踏みつけて大地へと沈みこませる。ごきり!と骨が砕かれ大地が弾ける音が一同の耳を打った
「よくもこの猿鬼に紛い物のきび団子なんか食べさせてくれたわね。ああ!思い出しても腹が立つ!鬼媚団子に比べたらまるで泥を丸めたような味だったわ!あんなものを美味しいと思っていたなんて屈辱よ、このっ!このおっ!」
ガシガシ、と何度も何度も猿鬼は桃太郎の手を踏みつける。桃太郎に対する猿鬼の顔は憤怒と憎悪に染まっていた。鬼媚団子の味を知ってしまった猿鬼からしてみると桃太郎は自慢げに泥を食わす詐欺師にしか見えなくなってしまったのだろう。猿鬼の脚は何度も桃太郎を踏みつぶそうと上下する。だが、骨を砕かれた痛みよりも猿鬼のその表情が桃太郎の心を潰していた。
「も~二人ともぉ……そんなんじゃあ、だめだよ」
そこへ待ったをかける声があった。この場に似つかわしくないのんびりとした声を発したのは犬鬼だった。
彼女は鬼になっても以前と変わらぬニコニコと朗らかな笑顔を浮かべている。その彼女の笑みに、心身共にボロボロになっている桃太郎は彼女の笑顔が光眩しく救いであるかのように思えた……冷静になれば、彼女だけ変わっていないはずなど無いというのに。
「いぬ、き……ぎぃぃぃぃっっ!?」
「あっははははっ!あんなカスみたいな団子を喰わせてくれた桃太郎さんはさあ!もっと苦しめて、限界まで痛めつけてから殺してやらないと!二人のやり方じゃすぐに死んじゃうよっ!ほら、もっともっと無様な悲鳴を聞かせて桃太郎さんっ!」
「あがっ!がががががががっ!ぐがあああぁああっ!!」
メキメキと骨が砕け肉が潰れながら犬鬼の脚が桃太郎の身体へと沈み込んでいく。一思いに潰せるはずなのに、わざと時間をかけて足で桃太郎を踏みつぶしていく犬鬼の顔は、頬が裂けるかのような嗜虐的な笑みをして目は禍々しく爛々と輝いていた。その顔を見た人間は誰しもがこう答えるであろう……“鬼”と。
「……ふふ、犬鬼さん、いい提案です。そうですね、じっくりと嬲らないといけないですね!」
「流石よ、犬鬼さん。この愚か者は後悔と絶望の果てに死んでもらわないといけないわね!」
鬼の元には鬼が集う。犬鬼と同じ表情を貌に浮かべた雉鬼と猿鬼は生かさず殺さずの力加減で桃太郎を踏みつけ潰していく。じっくりと、時間をかけて、丁寧に。
「がっ!がぎぎぎぎぎぎっ!あぐぅああああああっ!おごおおぉっっ!」
(あ、あ、あ、あ、あ、あ……………………………………もう…………だめ…………だ…………………………………………………………………)
三鬼に罵倒され蹴られ踏み続けられる現実に絶望に桃太郎の心が折れる。瞳から光が無くなり、目の前が真っ暗になる。桃太郎の心を映す鏡である宝刀は彼の心を示すまま、ぱりん!と軽い音を立てて粉々に砕け散った。
……長くはない時がたった時、勇気と希望に満ち溢れた神の遣いである桃太郎はどこにもいなかった。あるのは仲間を奪われ全身をあらゆる体液と絶望に塗れさせた人型の肉だった。桃太郎はもはや声を上げることもなく、三鬼になされるがまま大地に倒れ伏せていた。
「……はあ、とうとう声も出しませんか。つくづくこの男は……」
「私たちにクソマズイ団子を喰わせたお詫びに私たちを愉しませることもできないなんて、クソつまらない男ね、ぺっ!」
「じゃあ終わりにしようね。えへへ、最後に思いっきり潰してあげるからね!」
とうとう声も出来なくなった桃太郎に雉鬼は呆れたように首を振ってため息を吐き、猿鬼は冷たい目で桃太郎を見下ろしながら唾を吐きつけた。
犬鬼はニコニコとした笑みだけは浮かべたまま壊れた玩具を始末するかのような気軽さで、右手を大きく振り上げ力を漲らせた。彼女がそのまま拳を振り下ろせば、桃太郎は肉と骨と血をまき散らし鬼ヶ島を彩る一部になるだろう。その様を脳裏に描いて興奮する犬鬼はぎらついた欲望を瞳に宿し涎すら口の端から垂らしながら桃太郎めがけて拳を振り下ろし――――――――
「待て」
拳が直撃する寸前、赤鬼の命令により犬鬼の拳が急停止した。あとほんの少しでも赤鬼の命令が遅ければ桃太郎は犬鬼の想像通りになっていただろう。
せっかくの楽しみを邪魔されて、しかしそれが主である赤鬼の命令でもあれば逆らうこともできない犬鬼は可愛らしく頬を膨らませた。
「赤鬼様~……何でですかあ?せっかくもう少しで楽しくなりそうだったのに……」
「犬鬼さん、黙りなさい。赤鬼様の命に逆らうつもりですか。猿鬼さんも不満そうな目を向けないように」
「そういうわけじゃないけどお……」「このクズを生かしてどうするおつもりなのかしら……」
「兄者……人を潰す楽しみを奪っちまうのはちょいとひでえぞ……」
赤鬼の命令に逆らうことはできないしするつもりもないようだが、犬鬼と猿鬼はあからさまに不機嫌だ。青鬼も犬鬼に同情気味で彼にしては珍しく赤鬼に軽い非難の視線を送っていた。頭を垂れて跪いた雉鬼もまた内心で多少の不満を抱えているのが見て取れる。
鬼になった三人とそんな彼女たちを仲間とすぐに認めた青鬼に苦笑の笑みを浮かべつつ赤鬼は桃太郎へと歩み寄る、その手に鬼媚団子を携えて。
「なあに心は壊れ、身体は死に体でおまけにここに来るまできび団子を喰らっているとなれば……くく、鬼媚団子がよく効くはずさ」
笑いながら赤鬼は桃太郎の顎を掴んで上に向かせる。赤鬼が覗き込んだ桃太郎の瞳はまるで硝子玉の様で赤鬼を映してはいなかった。その様子に満足げで嗜虐的な笑みを浮かべた赤鬼は意外に細い指を用いて桃太郎の口に鬼媚団子を押し込む。
「たんと喰えよ……くくくっ」
桃太郎の身体は抵抗も一切なく、押し込められた鬼媚団子を口から喉へ、喉から胃へと呑み込んでいく。通常であれば団子の丸のみなど苦しいだけであろうが、心も身体も壊れかけている彼にとっては最早何もかもがただ通されるのみ。
桃太郎の喉がわずかに動き、鬼媚団子を呑み込んだことを鬼達に知らせてから数秒が立った時、桃太郎に変化が訪れる。
「…………………………………………………………………!!??うあああああぁあああぁぁあああぁっっっ!!??」
あれほどに心身が壊れ反応を示さなかったはずの桃太郎が突如として頭を掻きむしりながらその場でのたうち回り始めたのである。
大地に自分の身体を叩きつけるようにしてのたうち回る桃太郎は、身体に負った傷と合わせればすぐに死んでしまいそうなものであるが不思議と死ぬことはなかった。
「ぎゃあああああああああああっっ!!??」
だがそれが桃太郎を逆に苦しめていた。いっそ死んでしまえばどれほど楽か……桃太郎は体の内から生じる神経を直に焼くかのような異常な激痛に苛まれ絶叫をあげさせられている。
(なんだこれはあああっ!?なんだこれっ、なんだこれはああああぁぁあっっ!!??)
(痛くて痛くて痛く痛くて死にそうなのに殺してくれればいいのに…………甘い、死ぬほど、甘いぃぃっ!?)
桃太郎を襲うのは痛みだけではない、それに負けないぐらいの異様な“甘さ”の感覚。
身体が腐っていくのを錯覚するかのような悍ましい甘さ。それが桃太郎の全身を包み込んでいた。
「ぐっふ、ぐふっ!!ぐぅええええへえええええぇぇっっ!!??」
内から感じる異様な感覚にのたうち回ることしか出来ない桃太郎は気が付いていないが、外側にも異常が起きていた。
三鬼達によって負わされていた全身の傷が見る見るうちに治ったかと思うと、その肌に斑に桃色が混じりだす。男とは思えないほどの艶やかな黒髪は色が抜け落ちたような冷めた白き髪へと移り変わりながら腰に届きそうな程に伸びていく。
そうしているうちに桃太郎を襲う異常な感覚のうち、激痛は徐々に鳴りを潜めていき、比例して腐るような甘さは強くなっていく。
(甘い甘い甘い甘い甘いっ!!…………知らない、こんな甘さを知らな……いや)
(知っている……僕はこの甘さを知っている……この甘さは……)
(“きび団子”だ)
それに桃太郎が気が付く、その瞬間に激痛は全て消えて甘さだけが彼を包み込む。その甘さも、当初に桃太郎の感覚にあった腐るような甘さではなく強烈ながら懐かしくも愛おしい甘さへと変わっていた。
(そうだこの甘さは……きび団子の甘さだ……でも、僕の知っているきび団子よりも甘い。豊潤で濃厚で蕩けてしまいそうで、それでいて優しくて愛おしい…………)
(この団子に比べたら、この団子の甘さに比べたら…………おばあさんのきび団子は…………まるで…………泥だ…………)
(……泥?泥だって?)
(………………………………あのババア!僕に泥と同じものを喰わせてやがったのか!!)
甘さに心身を支配された桃太郎の思考は鬼媚団子に劣る甘さしかないきび団子とそれを作ったおばあさんへの怒りに染まり出す。目は激情を宿し、桃太郎の怒りに応えるかのように斑だった肌は一気に桃色へ染まる。
(ユルサナイ……ゆるさない……許さない!ババアも!ジジイも!勝手に使命を押し付けていた神とやらも!この甘さを教えてくれなかった全てのモノを!)
(ジジイとババアから貰ったモノも全て捨ててやる!神から与えられたモノを全て踏みにじってやる!)
(僕は“桃太郎”を捨てて………………この甘さを教えてくれた鬼に“ワタシ”は生まれ変わる!)
「おおおおおおっ!あああああああああっ!うああああああああっっ!」
桃太郎の歪められた決意と共に人としての絶叫は鬼の咆哮へと移行した。その口から出る声色は男のモノから女のモノへと変わっていた。
それだけではない。鍛え上げられた桃太郎の男性の身体は、丸みを帯びた脂肪を持つ女性の身体へと変化していく。“桃太郎”を捨てることで男であることも捨てる桃太郎……否、新しき鬼は必然的に女へと移り変わる。その様を見た赤鬼は「真面目なやつよ」と感心したかのような言葉を紡いだ。
「はああああああぁぁぁっっ!!」
最後に気合を入れるような咆哮一つと共に、額から螺子くれた黒い角が生えて身体が完全に女のモノへと変態を遂げた
新しく生まれた鬼は、はあ、と息を一つ吐くと砕け散った宝刀の柄を拾い上げ力を込めるように握りしめる。すると一瞬だけ、ぱちりと拒絶するかのように音が鳴ったが鬼が更に力を籠めると砕け散った刀身が自動的に再生し、そしてかつて桃太郎だった鬼の心を示すかのように不安を掻き立てる淀んだ黒色へと変化する。
新しく生まれ変わった宝刀ににやりと満足げに嗤った女の鬼は、赤鬼の前に跪く。
「お待たせいたしました、そしてありがとうございます。赤鬼様の鬼媚団子によりワタシは新たな鬼へと生まれ変わりました……以後、ワタシの事は桃鬼とお呼びくださいませ。この素晴らしき甘さを教えてくれた赤鬼様に、そしてそのご兄弟である青鬼様に生涯の忠誠を誓います」
桃太郎……いや、桃鬼は媚びる瞳で赤鬼に礼を述べる。女になったばかりだというのにその妖しげに輝く瞳は、人を破滅させる魔性の女そのものであった。もし、人間の男であるならば、そんな瞳で見られてしまえば簡単に女の虜になり全てを貢ぐであろう。
神の遣いである桃太郎は死に、鬼の使いである桃鬼が今ここに誕生した。
「桃鬼さん、おめでとうございます。これで桃鬼さんも一緒に赤鬼様と青鬼様に仕えることが出来ますね。ふふ、思ってた以上に嬉しいです。」
「えへへ、また桃鬼さんと一緒だ!人間の子どもで愉しい遊びをいっぱいしましょうね!」
「おーほっほっほっ!ともに切磋琢磨しながら、鬼の為に働いて人間たちを破滅させてやりましょう!」
「皆……うん、ありがとう。ワタシ達が力を合わせればどんな兵隊だって恐れるに足らないよ。」
雉鬼が、犬鬼が、猿鬼が、桃鬼の誕生を祝福し仲間と認める。彼女たちに認められた桃鬼はかつての仲間とまた一緒にいられることに嬉しそうに笑う。彼女たちの頭に描かれるは悪しき鬼を退治する光景ではなく、罪なく人間たち蹂躙する混沌の宴。
「くっくっく!あーはっはっはっはっはっ!」
「おお!兄者が楽しそうでオデまで楽しいぞぉ!ぐへへへへへっっ!」
かつての鬼退治の一行は、そのまま鬼と化して最悪の集団へと生まれ変わってしまった。その様子に赤鬼は心の底から愉快そうに笑い、今一つ事態を理解していない青鬼もつられて楽しそうに笑った。
鬼ヶ島にこだまする笑い声は六人の鬼。邪悪な鬼達の笑い声はしばらく続き夕日が沈みゆく空に響いていた……
「では、これからワタシ達は一度人間どもの元へと戻ります」
一夜明け、骨の玉座に座る赤鬼と横に立つ青鬼の前に桃鬼たち4人は頭を垂れて跪いていた。その傍らには鬼ヶ島にあった幾つかの鬼の首と金銀財宝が積まれた荷車があった。
「人間の姿に化けるのは嫌だけど……」
「桃鬼さん我慢してください。鬼ヶ島の鬼を退治したという話を広めなければならないのですから」
かつての昔話と同様に、桃鬼たちは鬼ヶ島の鬼を退治し金銀財宝を持ち帰り“英雄”になるつもりであった。鬼ヶ島の鬼を退治したとなれば、その英雄の名声は都にも届くだろう。近寄ってくるものもいるはずだ。そして……
「人間の貴族たちに鬼媚団子を喰わせて鬼の傀儡にする、だろう。わかっているよ」
「桃鬼さん、大変だろうけど頑張りなさい。私も一族の者どもを鬼にすべく、かつての姿に化けるので気持ちはわかりますわ」
「私と雉鬼さんで噂を広めに全国を駆け巡りますから、桃鬼さんも頑張ってください!」
「ついでに各地の要人に魔除けと欺いて鬼媚団子を喰わせてきます。次に鬼ヶ島に来るのはこの国を手に入れる準備が整った時、ですね。鬼の楽園を築く大事な作戦ですので失敗なきよう」
そう、赤鬼たちはこの国を手に入れるつもりであった。
神の遣いである桃太郎を手中に収めたとはいえ、また新しい神の遣いが現れないともそれが更なる力と知恵をつけているとも限らないと危機を覚えた赤鬼はこの国を手に入れ、神々を滅ぼす算段を立てていた。
「人間の支配など考えてもいないが……我ら鬼の遊び場に横槍を入れようとする神には退場してもらわないといけないのでなあ。神がいない世界はそれは鬼の楽園であろうよ」
「ぐへへへへっ!神様ってのは潰すときどんな感触なんだろうな、オデは今から楽しみだぞう!」
青鬼は神との戦いを想像して下品に笑い、赤鬼はいずれ訪れる未来を想像して薄く笑った。
あまり考えるのが得意でない青鬼と犬鬼は神を潰すことを楽しみにしているが、残りの鬼達にはこの計画は至上の計画ではなく失敗する未来も大いにあることを理解していた。
それでも赤鬼も桃鬼も雉鬼も猿鬼も愉快そうな笑みを浮かべていた。計画が失敗しようが成功しようが人の破滅を見ることは出来るだろう。それであれば計画の成否なぞ二の次だ、だって自分たちは鬼なのだから、今が愉しければそれでいいのだ。
「そうだ、赤鬼様。もしこの計画が成功したら……」
桃鬼は跪きながら媚びた瞳で赤鬼を見上げた。いや、正確には赤鬼の腰のあたりを。赤鬼の腰につけられた巾着袋を。
その中身を想像し、涎をあふれさせるのを耐えながら桃鬼は顔を蕩けさせて微笑んだ。
「お腰につけた鬼媚団子、一つワタシにくださいな♪」
講評
定義 | 魅力 | 提示 | 総合 |
---|---|---|---|
A | B | C | C |
日本の昔話である『桃太郎』にちなんだ登場人物と物語をベースとしており、鬼退治に挑んだ彼らが鬼に屈する形で悪堕ちして人間世界を侵攻するようになるという流れは、『桃太郎』の話をうまく引き継いでいる。
特に「きび団子」が悪堕ちアイテムであり、難攻不落の勇者である桃太郎一行が、3人の姫が先に堕とされる形で内側から崩壊する原因となっていることは納得感があり、また皮肉でもある。また、3人の姫がそれぞれの特徴にちなんだ鬼に堕ちること、更に桃太郎も堕ちて女体化するTS悪堕ちになっていることもボリューム感のある悪堕ちを堪能できる形となっており、これらを合わせて悪堕ち作品としては評価が高い。
悪堕ちが持つ要素や魅力をうまく物語に組み込んでいることも特徴である。
例えば、3人の姫が先に堕ちたことにより完全に桃太郎の分が悪くなり、その中でいたぶられ、桃太郎が無様に堕ちていく流れとなっているのだが、これは悪堕ちが自軍の戦力を削って敵軍の戦力を増強する行為であることをうまく活用できている。
また、「雉姫(きじき)」という名前の姫が、悪堕ちして「雉鬼(きじき)」となるなど、堕ち前と堕ち後で音が共通していたり、悪堕ちアイテムである「きび団子」が実は「鬼媚団子」という綴りであり悪堕ちアイテムであったなど、悪堕ちを魅せる仕込みも各所に見られる。
ただ、悪堕ちのボリュームは大きい本作であるが、それ故に各人の悪堕ちの魅力が薄れる形となっている。
一番大きいのは、この4人の堕ち前の描写が薄いことである。桃太郎であれば鬼ヶ島に行く前にどういった好青年であったかという容姿や行動に関する描写が、3人の姫に関しては出会いのエピソードがあるのみで、各人の深堀りが薄くなっている。
堕ちる過程やその原因、また堕ちた後の姿やその後の鬼に対する服従の姿や悪逆非道な行動などは読み進めていく中で十分理解でき、悪堕ちとして非常に分かりやすく魅力的に感じられる内容であるが、その手前にあるはずの、なぜこういった姿に堕ちたのかといった経緯や要因、堕ち前と堕ち後を比べるギャップ萌えの要素が薄くなってしまっている。
物語全体としても、例えば桃太郎がそもそも何者であったり、鬼ヶ島にいる2人の鬼がどういう存在であるかといった部分は、示されこそすれ、その設定が浮く形になっており、物語の進行が少々無理のあるように感じられる箇所も多い。
こういった観点で提示点が低くなっており、最終的にこの評価となっている。