作品名

魔法少女フェアリーナ ~悪の怪人女王に悪堕ち変身~

ペンネーム

三紋昨夏

作品内容

【第零章】厄災の終焉、魔法少女フェアリーナ

「もう逃げ場はないわ。ついに貴方を追い詰めた! ここまでよ! 怪人王ジェノシス!!」
「ぐぅっ……! くそが……!!」
 怪人の支配者に相応しい異形の化物は傷だらけだった。
 口元から漏れた紫色の血液を腕で拭う。
 おどろおどろしい異形の面貌には冷や汗が滲んでいる。絶体絶命の窮地。しかし、威風堂々たる風格と眼光の鋭さは衰えていない。虚勢であろうと怪人王ジェノシスは、悪の化身として生まれたプライドを貫き通した。
「おのれ……! よくも、よくもォ……!! この俺をここまでっ……!」
 表皮に血管を浮き上がらせて激昂する。不倶戴天の怨敵、魔法少女フェアリーナを睨みつけた。
「この屈辱! 絶対に許さんぞ! フェアリーナぁあああああああああああああっ!! くらえっ!! 大魔炎弾デストロイ・フレイム!!」
 枯れかけている魔力を絞り出す。魔法で顕現させた無数の炎球が魔法少女フェアリーナに襲いかかった。
「あははっ! 攻撃のつもり? なぁーにそれ? 怪人王のくせに弱すぎ! ちっぽけな花火にしか見えないわ」
「ほざくなっ! 人間のメスガキ風情がぁっ!!」
「笑っちゃう! 苦し紛れの攻撃が通じるわけないじゃない! その程度の威力じゃ、私の魔法防壁は破れないわ! 配下の雑魚怪人達のほうがもうちょっと頑張ってたよ? ほらほらぁ?? 髪の毛一本すら燃やせないのかしら? もうちょっと頑張りなさい。怪人王の名が泣いてるわよ?」
 灼熱の炎が直撃する寸前、不可視の壁に怪人王ジェノシスの攻撃は阻まれた。
「脆弱、貧弱、惰弱! 雑魚の親玉も結局は雑魚なのかしら? ざぁ?こっ! こんな弱っちい魔法でよく今まで戦えてたわね。あっ! そうか、逃げ回ってたんだっけ?」
「くぅっ……!」
 怪人王の大魔炎弾は最新鋭の戦車すら燃やし尽くす威力だ。人類が誇る現代兵器を灰燼に帰す恐るべき攻撃であった。しかし、魔法少女フェアリーナにダメージは与えられない。
(くそっ! 生意気なっ! だが、渾身の一撃を安々と防ぐとは……! 凄まじい魔力が防壁に込められている!)
 魔法の暴力を振るう怪人は人類の天敵だった。
 科学技術に基づく物理的な破壊兵器では、魔法の防壁を突破できない。同じく魔法の使い手である魔法少女フェアリーナだけが怪人に対抗できる。
(今の儂では……、いや、たとえ万全の状態だったとしも、あの魔法防壁は破れぬ! 強いっ! 強すぎる!! 悔しいが認めるしかない。魔法少女フェアリーナ! このガキは怪人王である儂より遙かに強いのだ……!!)
 万策尽きた怪人王ジェノシスは悔しげに歯を噛みしめる。屈辱で歪んだ表情の裏には恐怖心があった。
(敗北……! 怪人王が負けるというのか!? こんなちっぽけなガキにっ!!)
 今まで大勢の人間を虐殺してきた悪しき怪人の首魁は、初めて死の恐怖に直面していた。
「貴方の負けよ。その悪趣味な玉座に填め込まれた隕石が貴方の心臓部なんでしょ?」
「うっ……!」
「歴代の魔法少女が何度も怪人王を追い詰めた。だけど、滅ぼせなかった。その石ころを砕かない限り、貴方は復活し続ける。そういうカラクリだったのね!」
「…………くっ!」
 怪人王ジェノシスは無言を貫く。玉座を庇うように立ち尽くす間抜けな姿は、魔法少女フェアリーナの指摘を全肯定していた。
(配下の怪人は全て屠られた。儂のコアである宿魂石が完全に破壊されれば……儂はこの世界から消滅してしまう。このガキさえいなければ……っ! くそっ! くそぉおっ!! 下等な人類ごときに負けるなどぉおっ……!!)
 銀髪の魔法少女フェアリーナは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「半世紀も続いた魔法少女と怪人の戦いは今夜で終わりよ」
 歴代の魔法少女に成しえなかった怪人王ジェノシスの討滅が果たされようとしている。怪人災害がついに終焉を迎える。眼前の宿魂石を破壊すれば、怪人王ジェノシスの命は潰えるのだ。
「諸悪の根源である貴方を倒し、怪人災害が存在しない平和な世界を取り戻すわ!」
「平和……? くっくくくく! 平和だと? そんなものはない! 人類が真の平和を手にするはずがないのだ。悪は滅びぬ! 悪の権化である儂は何度でも蘇るのだ! 自分が絶対の正義で、純粋な善と信じ切っているお子様には理解が及ばぬらしいな! くはっははははははは!」
「命乞いだったら聞いてあげたのに負け惜しみ? 可哀想な奴。雑魚は雑魚らしく不様を晒して叫べばいいわ! 正義の鉄槌を私が下してあげる!!」
「魔法少女フェアリーナ! 貴様は無知蒙昧だ。何も分かっていない! 宿魂石が破壊されようと悪は滅びぬ! この世に正義はなく、清らかな善などない! いずれは貴様も思い知るだろう……!!」
「負け犬の遠吠えだわ。怪物の貴方に改心なんて期待しない。地獄で好きなだけほざいてなさい! 怪人災害で亡くなった人々の無念を晴らす……! 私のパパとママを殺した罪……! その薄汚い命をもって償うがいいわ!! 正義と善は存在するわ。魔法少女こそがその証明よ!」
「怪物……! 儂が怪物かっ! ならば問おう! 魔法少女フェアリーナ! 貴様は怪物以上の化物ではないのか!? どちらが正しかったか、思い知るぞ! くはっはははははははは……!!」
 怪人王ジェノシスは狂気じみた高笑いを上げる。怪人の首魁は堂々たる不遜の態度だった。これから塵にされるというのに、魔法少女フェアリーナを嘲笑っていた。
「ふんっ! 正義は勝つわ。貴方は悪だから負けたのよ。裁きの業炎で焼き尽くしてあげる」
 魔法杖に魔力が集まる。魔法少女フェアリーナの膨大な魔力が一点に集中し、眩い聖光で辺り一面が輝いた。背中の妖精羽から、微細な光子の鱗粉が発生している。
(妖精の鱗粉……! あれが来るかっ! 怪人には猛毒! 軟弱な怪人であれば一呼吸で死に絶える! だが、真の恐ろしさは業炎の火種となること! いかなる怪人も攻略できなかった必殺魔法! この儂ですらも抗えぬ魔法攻撃の極み……!!) 
 怪人王ジェノシスが造り上げた怪人を一撃で葬ってきた魔法少女フェアリーナの必殺の大魔法。歴代最強の魔法少女が放つ魔法攻撃は、正真正銘の一撃必殺技。怪人王ジェノシスですら、この魔法攻撃を防ぎきる方法を見つけられなかった。
 相手は無敵の魔法少女フェアリーナ。怪人の敗北は必然だった。

「銀焔は悪に裁きの鉄槌を下す! 己の罪を悔い改めなさい!! ――必殺魔法ジャッチメント・インフェルノ!」

 天に掲げられた魔法杖から火花が散る。空気中に漂っていた魔法鱗粉が一斉に起爆した。微細な一粒に込められた甚大な魔力が炸裂し、全てを焼き尽くす業炎が顕現する。
 凄まじい爆発は怪人王ジェノシスの魔法防壁を木っ端微塵に吹き飛ばし、怪人細胞で形成された肉体を粉々に燃やし尽くした。
「おのれ! おのれぇえ! 忌まわしい浄化の炎めっ! 儂の身体が滅びてしまうぅうっ!! くそっ! くそぉぉぉおおぉぉっ! ちっぽけな小娘に怪人王の儂が負けるなどぉおお! あっていいものかあぁぁぁっ! ぐぎゃあああああああああああああああぁぁ!!」
 溶鉱炉に落ちても傷付かない怪人王ジェノシスの身体が灰となって、燃え尽きていった。しかし、まだ魔法少女フェアリーナの攻撃は終わらない。
「我が名は魔法少女フェアリーナ! 災厄の王に終焉を与え、新たな時代を告げる魔法少女! 今宵、星読の予言は果たされる……!! 塵となって滅びなさい!! 巨悪の化身ッ!!」
 大龍の姿に転じた業炎は宿魂石に食らいつく。怪人王の玉座に填め込まれた漆黒の隕石。怪人王の肉体を滅ぼした魔法少女はこれまでにも存在した。しかし、コアである宿魂石の破壊に成功した魔法少女は一人もいない。

 ――宿魂石に亀裂が走る。

 怪人王の宿魂石は怪人細胞を生み出す元凶。物理的な破壊を拒む魔法物質である。正体は半世紀前に宇宙から飛来した隕石だった。魔法少女を支援してきた政府の研究者は、怪人王の心臓部分が別にあると突き止めた。

 ――灼熱の業炎に焼かれ続けた宿魂石はついに砕け散った。

 第十三代目の魔法少女フェアリーナに手によって、半世紀に及ぶ怪人王との戦いに終止符が打たれた。
 銀髪紅眼の美少女は燃やし尽くした怪人王の拠点を見渡す。死闘の夜は終わり、崩れた天井から朝陽の光が差し込んでいた。
「パパ、ママ……。全部、終わったよ。怪人をこの世から消滅させた。一匹残らず駆逐した……! 怪人王ジェノシスが消滅した今、怪人災害はもう起こらないわ」
 膨大な魔力量を誇る魔法少女フェアリーナだったが、全ての魔力を使い果たした。変身状態が維持できなくなり、普通の少女に戻ってしまう。
 銀色に輝いていた髪は漆黒に、紅の炎を宿していた両眼は黒茶色に染まる。
 魔法で換装していた戦闘衣装は、ありきたりな学校制服に変わった。魔法少女に変身していなければ、彼女は普通の少女なのだ。
「やった……! 私がやったんだ! 悪をこの世から滅ぼした……!!」
 怪人王がこの世から消滅すれば、魔法少女の存在理由はなくなる。戦いに駆り出されることはなく、平穏な人生を送り、好きな人と幸せに暮らす。

 ――このとき、姫神美羽(ひめがみ・みう)は幸福な未来が訪れると信じ切っていた。

【第一章】我欲孵化、遺志を継ぐ者

 ――冷凍休眠を解除。
 ――電脳回路は正常に作動。
 ――起動条件オールクリア。
 ――電脳機巧リバイヴの覚醒完了。
 ――プロトコルのインストール開始。

 原子力発電所の地下深く、隠された秘密の研究施設で、一体の人工知能が目覚めた。
「…………」
 強化ガラスの培養槽。薄緑の培養液に浮かぶ暗銀色の脳味噌は、特殊な液体金属で形成されていた。
「僕が目覚めたということは、ジェノシス様は敗北してしまったのか……。残念ではある。だけど、怪人王の復活計画がなければ僕の存在理由は消える。製造者であるマスターの指令に従うのが僕の使命だ」
 怪人王ジェノシスは魔法少女フェアリーナに倒される前年、一人の優秀な脳科学者を拉致し、原子力発電所の地下に作った研究施設で人工知能の開発を強要した。
 怪人王ジェノシスは絶大な魔力を誇る魔法少女フェアリーナに魔法勝負では勝てないと悟った。そこで人類の科学力を悪用しようと考えたのだ。
「……原子力発電所からの電力供給は十分。ジェノシス様が滅ぼされてから十年経っているけど、この研究施設は発見されずに済んだみたいだ。まあ、魔法少女に見つかっていたら、僕は破壊されて起動すらしていないか……」
 魔法少女フェアリーナは怪人を一匹残らず討滅した。
 電脳機巧リバイヴは怪人細胞を持たない。正真正銘の機械。人間の科学者が理論を構築し、怪人王ジェノシスが製造した機械生命体だった。

 ――培養液に浮かぶ液体金属の脳味噌。

 特殊な水銀で作られたナノマシーンの集合体。怪人魔法による産物ではないため、魔法少女フェアリーナは電脳機巧リバイヴの存在に気付けなかった。
 用心深い怪人王ジェノシスは、宿魂石が破壊された十年後に冷凍休眠が解除されるように設定していた。
「怪人が消え去って十年後の日本……。怪人災害の脅威は去った。怪人王ジェノシス様を討滅した魔法少女フェアリーナも今は任期切れのはず……。そもそも魔法少女の能力を失っている可能性もありそうだ」
 人工知能に過ぎないリバイヴだが、製造者である怪人王ジェノシスによって悪しき人格が植え付けられていた。
「いずれにせよ、怪人王復活計画の障害はなくなっている。好都合だ。インターネットとの接続も完了。すばらしい。復活計画の成功率は八十六・四パーセントまで上がった」
 休眠していた十年分の情報をインターネットから入手したリバイヴは、己の知識を最新状態にアップデートする。
「日本政府のデータベースに仕込んでいたバックドアは気付かれていない。何と進歩の遅い連中だ。今もお役所はフロッピーが現役なのかな? まあ、いいや。アナログの紙とペンを使われていたら、僕は手も足も出なかった」
 皮肉を呟きながらリバイヴは魔法少女の支援機関であった公安特務局のシステムに侵入する。
「怪人災害が終息し、公安特務局は解散状態……。軍事転用を防止するため、魔法現象に関わる研究は禁止。やはり怪人が消えても日本政府は情報公開には踏み切らなかったようだね。魔法の存在を公開すれば別の揉め事が起こる。想定通りの状況だ」
 公安特務局のデータベースをさらに深掘りすると、十年前は掴めなかった魔法少女フェアリーナの正体に関わる情報を見つけた。
「第十三代目の魔法少女フェアリーナ。予言通りに怪人王ジェノシスを討滅。最後の魔法少女となった。現在は能力を封じ込め、一般人の姫神美羽として暮らしている……。姫神美羽。魔法少女フェアリーナの本名か?」
 怪人王ジェノシスが倒されたことで、トップシークレットだった魔法少女の正体があっけなく割れてしまった。
「魔法少女の適齢期は十歳から十四歳までのはずだ。心身が成長するにつれて、魔法能力は著しく減衰する。だから、政府は適性の高い少女に能力を継承させてきた。フェアリーナが最後の魔法少女? ……ああ、なるほどね。そうか。魔法少女の能力をあえて継承させず、そのまま失わせるつもりだったんだ」
 魔法少女の能力は連綿と引き継がれてきた。
 適齢期は十歳から十四歳の約四年であったが、著しく能力適性が高かった魔法少女フェアリーナは六年目で、怪人王ジェノシスを滅ぼした。
「姫神美羽は十歳のとき、両親を怪人災害で亡くし、先代の魔法少女三人から全ての能力を引き継いだ。魔法少女の能力を継承させると、魔法に関わる一切の記憶も失われる……。ふーん。これは新事実。通りで過去の魔法少女を見つけられなかったはずだ」
 晩年の怪人王ジェノシスは魔法少女の弱点を調べるため、過去に魔法少女だった者達を探した。しかし、それらしい少女は一人も発見できなかった。
「当時は公安特務局の情報工作に阻まれたと考えられていたけど、魔法少女の記憶と痕跡が消え去ってしまうのなら、見つけようがなかったわけだ」
 データベースの記録通りなら、魔法少女として戦った記憶を今も持っているのは、能力継承が行われていない姫神美羽のみ。しかも、怪人王ジェノシスを倒したのは十六歳、それから十年の年月が過ぎている。
「今の姫神美羽は二十六歳に成長している……」
 人間の十年は、少女が大人の女性へと成長するのに十分な時間だ。
「好都合だ……。魔法少女の適齢期を大きく超えている。強大な魔法を操っていたといえど、成長するにつれて能力の衰えは明らかだった。おそらく現在の姫神美羽は魔法少女フェアリーナに変身するのも難しい」
 魔法が使えなければ、相手は単なる人間の女。恐れることはない。
「ジェノシス様……復活計画の始動に十年の準備期間を設けたのは正解でしたよ」
 最大の障害であった魔法少女フェアリーナは死んだも同然。計画の成功を確信したリバイヴだったが、ある事件記録に辿り着いてしまう。

「…………? 製薬会社の研究所で保管されていた暗黒物質を完全破壊。完全破壊……? 破壊? はっ……? はかいされた?」

 培養液に浮かぶ液体金属の脳味噌が発熱する。沸騰した培養液がぶくぶくと激しく泡立った。
「なんてことだ……」
 怪人王ジェノシスの復活計画を託された電脳機巧リバイヴは、完全な機械生命だからこそ、魔法少女フェアリーナの目を掻い潜れた。しかし、一つだけ問題があった。
 怪人細胞の核である宿魂石を再生させるには、断片の一部が必要不可欠だった。
「これはジェノシス様が人間の科学者に貸し与えた宿魂石の一部……。万能薬を生成できる特殊物質に変化させていたと記録が残ってる。……非常に不味い状況だ。おそらく最後の暗黒物質が失われた」
 怪人王ジェノシスは狡猾だったが、人間の愚かさを過小評価していた。復活計画に必要不可欠な宿魂石の一部は、人間の協力者が持っていた。死病で余命いくばくも無い老人の科学者と取引をしたのだ。
 電脳機巧リバイヴが休眠から目覚め、復活計画が始まれば助手となるはずだった男は、十年前にこの世を去っていた。 
「製薬会社を立ち上げ、癌の特効薬となるスクップ細胞を開発……。後に非科学的な論文を元にしていた巨額の詐欺事件だと判明。研究所の小火で研究成果が失われたと主張するも逮捕。容疑者の男は取調中に老衰で死亡……!」
 インターネットで入手したニュース記事は、公安特務局が手がけた最後の情報工作だった。
「呆れた。なんて馬鹿な人間だ。目立つ真似をするなとあれほど……。癌の特効薬ね。そんな魔法を思わせる薬を開発すれば、どんな間抜けでも魔法現象だと気付くだろうに……。金欲しさに製薬会社を立ち上げた結果がこれなの?」
 真相は至って単純だった。寿命を延ばすだけで飽き足らず、大金を欲した科学者は製薬会社を作った。手元には怪人魔法の根源である宿魂石の断片がある。
 魔法は科学を超越する。
 生成不可能な新薬をいとも簡単に生み出せてしまう。しかし、そんな不自然な代物を都合良く生み出せるはずがない。
 公安特務局と魔法少女フェアリーナは怪しんだわけだ。
「研究所での失火……。魔法少女フェアリーナの魔法に違いない。人類は宿魂石を暗黒物質と呼んでいる。復活計画に必要不可欠な物が失われてしまったんだ」
 先ほど計算した際、復活計画の成功率八十六・四パーセントだった。しかし、宿魂石の断片が消滅した前提で再計算する。
「うん。何度も計算したけど、結果は変わらずだ……」
 成功の可能性は皆無。復活計画の達成率を何度も計算するがゼロパーセントから変動しない。
「そもそも僕は怪人じゃない。電脳機巧は科学力で生み出された機械生命。怪人細胞の再現は不可能だ。……しょうがないね。怪人王復活計画は諦めよう。次だ、次。ジェノシス様から与えられた第二の指令に従う」
 怪人王ジェノシスが電脳機巧リバイヴに組み込んだ二つ目の命令は、魔法少女フェアリーナに対する報復だった。
(魔法少女フェアリーナに最大限の屈辱と苦痛を与え、人類に甚大な被害を加える……)
 復活できないのなら、自身を討ち滅ぼした憎き相手への復讐、そして人類に甚大な被害を与える。
「命令を下した張本人が死んでいるのに報復ね。無意味な行為ではあるけれど、マスター指令に従うのが人工知能だ。僕の存在理由は魔法少女フェアリーナへの嫌がらせか。はぁ……。人格プログラムがなければ、こんな鬱憤も抱かなかったのに……。無価値な弔い合戦が僕の仕事か……」
 リバイヴの人格は怪人王ジェノシスが意図したものではなかった。
 電脳機巧は人間の脳を模倣している。高度な処理能力を持たせるには、人格プログラムが必要不可欠だった。
(基礎理論に残された人間感情の模倣……。機械生命である僕が唯一持つ、人間らしい感情ってわけだ)
 無理やり研究をさせられていた脳科学者は、最後の抵抗として電脳機巧に反抗的な人格を植え付けた。
 怪人王ジェノシスは人格矯正を施し、リバイヴを忠実にさせたものの、人格面の影響を完璧に排除できていなかった。
「やるだけやるとしよう……。国民戸籍データバンクの登録情報を入手できた。なになに……。えーと。姫神美羽は二十六歳、天羽雷神社の巫女。両親の死後、姫神家の養女となり、義父母の息子だった姫神京一郎と結婚している……。夫の京一郎は地元警察署に勤める巡査。子供は六年前に産まれた小学生の娘が一人だけ。――名前は愛華羽(あげは)」
 姫神美羽が魔法少女フェアリーナに変身できないのなら殺すのは容易い。しかし、怪人王ジェノシスが望むのは報復だ。
(指令の具体的条件は最大限の苦痛と屈辱……)
 美羽がもっとも守りたい大切な物を壊す。命を奪うのはその後でいいとリバイヴは判断する。
「京一郎は幼馴染みの夫……。家族を狙うのなら、まずは二人の間に産まれた娘かな? 培養槽の中にいたら出来ることが限られる。愛華羽を殺して肉体を乗っ取ってしまおう。娘の身体を使えば母親も殺しやすい。一石二鳥だ」
 当初の怪人王計画が破綻し、魔法少女フェアリーナだった姫神美羽への復讐計画に移行する。しかし、電脳機巧リバイヴは気乗りしなかった。
(……僕には善良な心がない。そんな人格はプログラムされていないからだ。でも、こんなことをしてどうなる? 怪人王は滅びてしまった。復活の余地はない。復讐計画を達成したとして、何の意味があるんだろう……?)
 リバイヴは優れた機械生命体だったが、液体金属の電脳に魂は宿っていなかった。復讐を望む怪人王ジェノシスの遺志がまったく理解できない。
(今さら無意味では……?)
 既に死んでいる。復活できない。なのに相手の破滅を願う。どんな意図があるのかと困惑する。
「人間だけでなく、怪人も不可解な生き物だ。対極に位置する両者だけど、どちらも感情的で非合理的な行動を選択する。怒りや憎悪? うーん。不思議だ。どうして無意味な感情に執着するのだろうね。……魂がない僕には永遠に理解できないかな」
 培養槽に浮かぶ電脳機巧は、魂を欲しいとは望まない。
 理解が及ばない不可思議な生き物という点では、人類と怪人は同一の存在に見えていた。

 ◇ ◇ ◇

 電脳機巧リバイヴは動かせる手足がない。
 原子力発電所の地下研究室に設置された培養槽から動けなかった。しかし、インターネットを介して様々な電子器具を操作できた。
「今時はほとんどの家電製品がネットと繋がる時代。洗濯機にすらネット機能がある。……過剰な機能を付ける必要性は大いに疑わしいけどね。僕には好都合だ。自動車の電子制御が操れる。ご丁寧に自動ブレーキ機能が搭載されている車が沢山ある。ブレーキを効かなくさせたり、急加速させたり……、とても計画が捗った」
 道路に設置された防犯カメラの映像で、姫神愛華羽の行動パターンを分析。タイミングを見計らい、交通量の多い交差点で、暴走トラックを突っ込ませ、事故死に見せかけて殺害する。
 病院の遺体安置室から死体を盗む算段も完璧だった。
 金に困っていた医師の銀行口座に五千万円を振り込み、子供の死体を原子力発電所の地下研究所に運べば、さらに五千万円を払うと約束していた。
「……思惑通りに事は進まないものだね。トラックで上手く轢き殺せたと思ったのに、まさか愛華羽が一命を取り留めるなんてさ。想定外の邪魔者が現われたせいで大誤算だ」
 暴走トラックから愛華羽を守ろうとして、一人の少年が身代わりになった。
「――阿松星凪(あまつ・せな)、君は余計なことをしてくれた」
 愛華羽と同じ小学校に通う阿松星凪が飛び出てきたのだ。
「大人しくしていれば死なずに済んだ。不合理な行為をする。同級生とはいえ、血の繋がらない赤の他人なんだよ? 遺伝子を残そうとする生物の本質にも反した愚かしい自己犠牲だね。脳が未熟だから、利己的な判断ができなかったのかな?」
 愛華羽を突き飛ばした星凪は暴走トラックに跳ね飛ばされ即死した。
 頭部を激しく損傷し、現場は凄惨な有様だったとメディアが報じていた。
 愛華羽は意識不明の重体だったが、星凪のおかげで直撃を免れ、容態は安定しているという。
「人間の愚かさは僕の計算を上回る。綿密に練った計画が大狂いだ。少女の死体を盗めと言ったのに、金欲しさで別の死体を運んでくる馬鹿な医者もいるし……。善行であれ、悪行であれ、人間の行動予測は僕の優れた電脳演算をもってしても不可能だよ」
 事前に買収していた悪徳医師は、子供の死体を盗めば成功報酬を支払ってもらえると考えたらしく、死亡した阿松星凪の身体を届けてきたのだ。
 リバイヴは原子力発電所の防犯システムを掌握している。
 カーナビに秘密の地下通路を表示させて、無人の地下施設に招き入れ、死体を所定の場所に入れさせた。暗銀の脳が浮かぶ培養槽と繋がる配管の中だ。
 配管に培養液体を流し込めば、リバイヴのいる強化ガラスの容器に死体が運ばれてくる。
「あの男はここを原子力関連の秘密研究所と思い込んでいたみたいだね。子供の死体が実験で必要だと言ったら疑いもしない。医者のくせに低脳な奴だ……。海魚の餌にふさわしい」
 悪徳医師は既に始末した。
 トラックを暴走させたのと同じ方法で、海岸の絶壁から転落死させた。原子力発電所に存在するリバイヴの秘密施設を知られた以上、生かして帰す気はなかった。
「今回の件ではっきり分かった。人間は手駒としても無価値だと」
 遠隔の機械操作だけでは、標的の小娘一人も始末せきなかった。
 培養槽で浮かぶ水銀の脳味噌は、行動の制約が大きすぎる。
「都合の良い肉体が手に入った思えば及第点かな。本当は姫神愛華羽の身体が欲しかった。でも、無いよりはましだ。それに電脳との適合率が思いのほか優れていた」
 阿松星凪の死因は頭部損傷。脳以外の臓器に致命傷となるダメージはなかった。液体金属で形成された電脳を移植し、新鮮な死体を乗っ取ることに成功した。
 神経接続と生理機能を維持するため、大脳辺縁系の一部だけを残し、不要な脳髄は破棄している。
「生体機骸の動作性能を再点検。言語中枢は正常。神経伝達の最適化も今日中には完了。……貧弱な子供の身体ではあるけど、血液循環を調整すれば電脳の冷却に問題なし。うん。培養槽から出たら演算の性能が下がるけど、許容範囲内かな」
 電脳機巧は液体金属のナノマシーン。細胞改造するナノマシーンを血管に行き渡らせ、損傷した臓器の修復と強化に専念する。剥がした頭皮の再生には手間取ったが、外傷の九割は治療が完了した。
 培養液で満たされた水槽に浸かる全裸の少年は宙返りする。水中での運動に問題はない。呼吸器系の調整も終わった。
「愛華羽を殺す計画……もう一度……練り直さないと……うっ……! なんだ。 痛むっ! 痛み? この頭痛は……? 電脳機巧の僕が頭痛? そんなのはありえないっ……!?」
 リバイヴは取り憑いたばかりの肉体に違和感を覚える。液体金属の脳味噌だけのときは、思いつかなかった発想に至る。理解できない激しい感情が沸き起こる。
「ん……? なんだこれは? バグが発生してる。どこだ? 修復をしないと……? 神経伝達の障害か……?」
 人間や怪人を非合理的な感情で突き動かされる生物と嘲笑していた機械生命体は困惑していた。自身が持ち得ないはずの魂が混ざり込む。
「まいったな。脳を全摘出しなかったせいかもしれない。阿松星凪の脳は完全に死んでいたはずなのに……。神経接続のために残した大脳辺縁系の影響か……? なぜだ。駄目だ。神経細胞の制御が……。脳細胞を破壊すると身体が動かせなくなる……。重大な問題だ。生体機骸からの離脱を……いや……」
 阿松星凪の肉体からの緊急離脱を考える。合理的に考えれば実行すべきだ。しかし、リバイヴは思いとどまった。
「この気持ちは……? 気持ち? 機械の僕にこんな感情はない……。はっはははは。何だこれ? 僕は進化したのか? それとも劣化? だとしても……どうでもいい。バグだろうと構わないや。新たな思考回路が繋がった! いいね! 実に良いよ! 計算外……! だけど、素晴らしい! 魂のエネルギーに充ち満ちている!!」
 電脳機巧リバイヴは初めて本心から笑った。阿松星凪の死体が抗っている。既に死亡し、人格などない。事故で脳は大きく破損し、不要な部分は破棄した。
 自我は失われている。たんなる死骸に抵抗する力などない。しかし、阿松星凪の遺志をリバイヴは感じ取っていた。
「――これは面白い。愉快な心地だ!!」
 リバイヴは強化硝子の培養槽を破壊する。薄気味悪い緑色の液体が周囲に飛び散った。外界に飛び出した機械生命は肺に入り込んだ培養液を吐き出し、自発呼吸を開始する。
「生を謳歌する気分ってヤツかな。なるほどね。進化した今の僕なら怪人王ジェノシス様の御心が理解できるよ。マスターの遺志を果たせそうだ。阿松星凪には感謝しないと。脳は廃棄せず、瓶詰めにしておけば良かった。悪いことをしてしまったよ」
 怪人王の宿魂石はこの世に存在しない。復活計画は実現不可能だと結論づけた。しかし、進化したリバイヴは不敵に笑う。一度は諦めた計画に再び挑もうとしていた。
「機械ってのは頭が良すぎる。だから、僕はダメだったんだ。なんで思い足らなかったのかな。理論的に考えれば絶対に不可能。合理性を著しく欠く机上の空論。成功確率は0パーセント。でも成し遂げられる。――この世には魔法が存在するのだから!」
 人工知能のリバイヴは理論的な思考回路だけで計算する。しかし、この世には科学を超越する現象があった。
 魔法少女フェアリーナの身体には魔法の力が宿っている。適齢期を過ぎて、消えかけているとしても、魔力の残滓はあるはずだ。
「怪人王の復活……。魔法少女フェアリーナを使えばいい。姫神美羽に魔法を使わせれば怪人王の復活は可能なんだ。たとえ成功率ゼロパーセントだろうと魔法は全てを可能とする。僕は遺志を継ぐ者だ」
 リバイヴは姫神美羽を想う。十年前に怪人王ジェノシスを討ち滅ぼしたとき、魔法少女フェアリーナだった彼女は同じ想いを抱いていたはずだ。
 怪人災害で亡くなった人々の無念、殺された両親の仇討ちを誓っていた。これまで戦ってきた魔法少女の悲願を託された歴代最強の魔法少女。死者の遺志、生者の願いが彼女を正義の化身に変えた。電脳機巧リバイヴは魂の本質を理解した。
「君が正義の化身なら、僕は悪の権化だ。怪人王ジェノシス様の遺志と人間の薄汚れた悪の願い。託され、引き継がれた想いは果たさなければならないよね」

 ◇ ◇ ◇

 姫神美羽は昏睡状態が続く一人娘の病室を訪れていた。
 事故が起きてから約二週間、暴走トラックに撥ね飛ばされた愛華羽の意識はまだ戻っていなかった。
「大丈夫。愛華羽は絶対に目覚める。必ず……!」
 怪人王ジェノシスを討ち滅ぼした魔法少女フェアリーナは、十年の歳月を経て立派な母親になっていた。
 元々が早熟だった美羽の身長は中学校を卒業してから止まった。しかし、母性の象徴である乳房と臀部は豊かに実った。
 美少女から美女への成長。幼い子役が女優に育ったかのような変わりようだった。腰回りのくびれは妖艶な大人の魅力を醸し出し、魔法少女時代の青臭さが抜けきっている。
「お願い。愛華羽。戻ってきて……」
 大人の女になった美羽は、血の繋がった娘に語りかける。六年前に生まれた愛娘が、トラックに撥ね飛ばされたと聞いたときは、背筋が凍る思いだった。
(怪人王ジェノシスが十年前に消えて、怪人災害は起こらなくなった。……平和な世界を手に入れた。そう思っていたのに……。もう大切な家族を奪われたくない……!)
 交通事故を起こしたトラックの運転手は警察の取り調べで「ブレーキを踏んでいたのに急加速した」と話していた。運転手の言い分を信じる者はほとんどいなかった。
(愛華羽を庇って犠牲になった星凪くんを思うと……胸が張り裂けそう……)
 愛華羽はかろうじて命を取り留めたが、もう一人の犠牲者は事故で死亡してしまった。
「……あの、美羽さん。そろそろ面会時間が終わります。もう夜の九時ですよ」
 背後から呼びかけられ、振り返った美羽は若い看護婦を見て唖然とした。
「彩花音さん……? 病院でのお仕事に復帰されたんですか?」
 美羽は彩花音と面識があった。
 最初に会ったのは小学校の授業参観だ。愛華羽が小学校で初めて作った友達の母親、つまり、阿松彩花音は今回の交通事故で犠牲になった星凪の実母だった。
「ええ。今日は夜勤担当です。気遣いをいただいてますけど……、いつまでも休んでいたら、職場に迷惑をかけてしまいますから」
 憔悴しきった彩花音は、息子を亡くしたばかり。しかも、シングルマザーで二人暮らしだったという。何と声をかければいいのか分からなかった。
「申し訳ありません。星凪くんのこと……。私……、本当に何と言ったらいいのか……。ごめんなさい」
「美羽さんが謝る必要はありません」
 事故で亡くなった星凪は、突っ込んできた暴走トラックから愛華羽を守ろうとした。目撃者が語った美談は、テレビや新聞で大きく取り上げられた。
(彩花音さんはたった一人の息子を亡くした。なんと言葉をかけたらいいのか……私には分からないわ)
 犠牲になった星凪の勇敢な行動は民衆の涙を誘う話だった。しかし、息子を奪われた母親への慰めにはならない。
「それに……ちゃんを助けようとした星凪の行動は立派だと思います。……私なんかにはもったいない良い息子でした。うっ……うぅっ……!!」
 気丈に振る舞う彩花音だが、涙ぐんだ声は震えていた。
「天国に旅立った星凪も愛華羽ちゃんが元気なることを願っているはず……。一日でも早く目覚めてほしい。母親の私も死んだ息子と同じ想いです。だから、病院での仕事に復帰したんです」
「……そうだったんですね。愛華羽のために……。ありがとうございます。星凪くんのことは残念に思っています。しかも、遺体まで盗まれてしまうなんて……! 絶対に許せません……!!」
 病院の地下安置室に保管されていた星凪の遺体は消えていた。その裏に電脳機巧リバイヴの暗躍があることを美羽と彩花音は知らない。
「……警察の方々が捜索しています。きっと見つかります。……京一郎さんに私がお礼を述べていたとお伝えください。お心遣いまでいただいてしまいました」
「京ちゃんが……? そういえば彩花音さんは夫と以前からお知り合いだったのですか?」
「ええ、まあ。私が進路に迷っているとき、相談に乗ってもらいました。私がこうして看護婦になったのは、京一郎さんのおかげなんですよ。若い頃は荒れていたので……」
「え? 荒れてた……? 彩花音さんが? まさか……!」
「はっはは……。お恥ずかしい。実は補導されたことがあって……。本当に昔の話ですけど……。専門学校に進学する前の……七年くらい前のことです」
 か細い口調は何かを誤魔化しているようだった。彩花音が過去の非行を恥じているのは確かだ。そこに嘘は無さそうに見える。
(彩花音さんは今だって十分若く見えるわ。でも、愛華羽と同い年の子供がいるのよね……。しかも、シングルマザー。夫が私に何も説明しなかったのは、色々と事情があるからみたい)
 美羽は彩花音の過去に興味を抱いたが、根掘り葉掘り聞くのは失礼だと弁えていた。夫の京一郎から聞き出すことだってできる。ここで話を切り上げるべきだと思い至った。
「……美羽さん! その……!」
 彩花音は帰り際の美羽を呼び止めた。
「えっと……京一郎さんには……あまり思い詰めないようにとも伝えてください。星凪が事故に巻き込まれたのは、京一郎さんのせいじゃありません。もちろん愛華羽ちゃんのせいでも……ありません。あれは不幸な事故だったんですから」
 地元警察署に勤務する京一郎は、寝る間も惜しんで病院から盗まれた星凪の遺体を探していた。
(……事故が起きた日、非番の京ちゃんは家にいた。星凪くんが遊びに来たけど、学校帰りに寄り道してはダメだと追い返して……交差点で事故に遭ってしまった)
 元々、娘を溺愛していた京一郎は、男友達の阿松星凪に良い印象を抱いていなかった。大人げないと美羽は呆れていた。しかし、今回の件で京一郎は落ち込んでいた。
 追い返したせいで事故に遭った。もう少し普段から優しくしておけば良かった。京一郎の表情には、後悔の念が色濃く滲み出ていた。
(だけど、あんなに思い詰める必要はないわ。彩花音さんも言っているけれど、これは不幸な事故なんだから……)
 彩花音と対面した京一郎は土下座する勢いで頭を下げ、盗み出された遺体を必ず見つけ出すと詫びていた。
 美羽も夫ばかりを責められなかった。天羽雷神社の巫女である美羽は、普段は家にいる。しかし、事故があった日は研修会で留守にしていた。
(私がいれば星凪くんを追い返したりはしなかった。むしろ夫をたしなめていたわ。事故が起きたとしても……私に魔法の力を使えば……)
 全盛期に比べれば微々たる魔法だが、まだ魔法少女フェアリーナの魔力は消えていなかった。
 怪人ジェノシスを討ち滅ぼし、無用の長物となった魔法少女の能力。大人の心身に成長していくにつれて、魔力は著しく衰えていった。しかし、まだ魔法の力が美羽の肉体に刻まれていた。

 ◇ ◇ ◇

 病院の地下駐車場にエレベーターが到着する。
 時刻は深夜、人気のない駐車場で美羽は自分の車を探し回る。
(目立つように赤い車にしたけど、やっぱり分からなくなっちゃうのよね。向こうの側だったかしら……?)
 親指でスマートキーのボタンを押す。最近の自動車は電子制御が当たり前だ。鍵穴に差し込まずとも、ボタンの一押しでロックが解除される。
「――待ちくたびれたよ。美羽さん」
 愛車のボンネットに腰掛けている少年がいた。点灯したライトで、ほんの一瞬だけ美羽の目が眩んだ。
「だれ……。な……? 星凪くん……?」
 事故で死んだ阿松星凪の姿をした少年は、不気味に微笑んだ。
「は~い♪ お久しぶり。初対面だけど、僕は美羽さんのことをよく知ってる。たくさんの記録が残っていたからね」
「どういうことなの……? 星凪くんは……違う! 誰! 貴方! 誰なのよ!?」
「さすが魔法少女フェアリーナ。察しが良くて助かるよ。うん、僕は君が知ってる阿松星凪じゃないよ。肉体的には同一、でも中身は違う。怪人王ジェノシス様の遺志を継ぐ者……。そう言えば分かってくれる?」
「――怪人っ!」
 美羽は驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に身構えた。
 最後の戦いから十年の時が過ぎた。しかし、それでも身体に染みついた戦闘態勢の構えは忘れていなかった。
「違うわ……! ダークエネルギーの気配がないわ。貴方は怪人じゃない!!」
「公安特務局の情報通り。美羽さんは魔法能力を保持したままなんだね。僕の身体に怪人細胞はない。だから、魔法は使えないし、人間とほぼ同じだよ」
「答えなさいっ! 貴方は誰なのよ! どうして……星凪くんの身体を……! あの子の遺体を盗み出して、貴方は一体何をしたのよっ!?」
「僕は電脳機巧リバイヴ。怪人王ジェノシス様に造られた機械生命体。今時の言葉で言うなら人工知能だよ。なぜ阿松星凪の姿になっているか説明すると、死体に電脳を移植したから」
「死体に移植ですって……!?」
「生体機骸に改造した。容れ物ってわけ。僕の本体は培養槽でぷかぷか浮かぶ液体金属の脳味噌。手足が欲しいから、阿松星凪の死体を拝借した。本当は愛華羽ちゃんの死体が良かったけど、失敗したんだ」
「失敗した? まさかあの交通事故は貴方が仕組んだの!?」
「説明の手間が省けた。そうそう、僕がトラックを突っ込ませた。犠牲になるのは愛華羽ちゃんだけだったのに、しくじってしまった。でも、怪我の功名っていうのかな。星凪の死体は適合率が高かった。むしろ高すぎたんだ。居心地は素晴らしいよ」
「……くっ! 怪人王ジェノシス……!! 消滅したくせに、まだ私を苦しめるというのね。許さない! 絶対に許さないんだからっ!! 愛華羽を殺そうとしたことも……!! 星凪くんを殺し、その亡骸を弄んでいることもっ!!」
 美羽の肉体が発光する。肉体に宿る魔力が滾っていった。
「おや? まさか? これは驚きだ。今年で二十六歳でしょ? 魔法能力は衰えているはずなのに。それほどの魔力を発生させられるなんて……。さすがは歴代最強の魔法少女。怪人王ジェノシス様を討ち滅ぼしただけはある」
「あら? 随分と余裕なのね。言っておくけど、魔力で肉体強化をしただけで終わらないわッ!!」
 空間が激震する。大気の揺らめきが増していく。美羽の身体から放たれる神々しい光が地下駐車場の暗がりを照らした。掲げた右手で魔力が凝縮されていった。
 魔法能力は物理法則を排斥し、科学力を圧倒し、常識を超越する。善と正義の化身にして、秩序と平和の象徴が顕現した。

「善には救済を! 悪に鉄槌を! 正義の炎は闇を打ち砕く!! ――魔法変身マジック・アップ!!」

 落雷の如き激しい閃光とともに、魔法少女フェアリーナは約十年ぶりに顕現した。怪人王ジェノシスを圧倒した最強の魔法少女。全盛期と変わらぬ鮮やかな手並みで魔法杖を回す。背から生えた妖精の光羽は聖なる鱗粉で煌めいている。
「…………っ!」
 魔法少女フェアリーナの戦闘服に換装した美羽は、豊満な大人の肉体が窮屈そうだった。初めて変身した十歳のときから、衣装のデザインは昔と変わっていない。
(この格好……。ちょっと胸回りが苦しいわ。若い頃の服を無理やり着ているような気分……。気分っていうか、本当にそうなんだけど……。すこしくらい胸元を開けば楽になるかな? って、だめだめ! 私ったら何を考えてるの!? 目の前の敵に集中しなきゃ!!)
 胸回りの露出を控えているからこそ、着衣で爆乳が際立ってしまう。身動きする度、ゆっさりと乳袋が弾んだ。
 三段フリルの柔らかなスカートは、経産婦の艶尻で色香が匂う。コルセットでほっそりとした腰から、膨らんだ臀部は、熟れた美女の危うさが見え隠れする。
 無垢な少女であればこそ清純な装いである。しかし、情欲をそそらせる成人女性の官能的な肉体が着込めば、不純に見えるのは当然だった。
「さらに驚きだよ。ぱちぱちぱちっ! 拍手喝采! 魔法少女フェアリーナに変身できるのは予想外。美羽さんの魔法適性が飛び抜けていた証拠だ。でも、ちょっとその歳で魔法少女フェアリーナの衣装は攻めすぎかな。嫌いじゃないけどさ。そのデカパイで魔法少女は無理でしょ? あっはは! あはははっ!!」
「うっ……、うるさい……っ! 貴方なんかに言われたくないわ! 私だって必要がなければ変身しなかったわよ!!」
 魔法少女フェアリーナに変身した美羽は頬を紅潮させた。
 年齢的な意味でも無理をしているのは、本人も分かっている。最後に変身した十六歳のときでも羞恥心を感じ始めていた。二十六歳の今となっては、口に出して言うまでもない。
「僕は怪人じゃない。機械生命だ。科学力で造られた。だから魔力を計測したりはできないけど……全盛期に比べれば魔力は衰えているんだろうね」
「魔法少女の力を侮ってるの? 貴方を消し炭にするくらいは簡単よ。電脳機巧リバイヴだったかしら? 覚悟しなさい! 星凪くんの身体を返してもらうわ!」
「あれれ? まさか僕を壊す気なの? それはおすすめしないかな。愛華羽ちゃんが死ぬよ。この病院に入院している人達もね」
「脅しても無駄よ。私は魔法が使えるわ。どうせ病院の地下に爆弾でも仕掛けてるんでしょ」
「この病院だけじゃないよ。隣町の海沿いに原子力発電所がある。そこにも爆弾が仕掛けた。僕の電脳機巧が停止した瞬間、起爆するように設定してあるよ。どれほどの被害規模になるか、想像は付くかな?」
「爆弾を解除する魔法があるとは思わないわけ? 魔法は何でもありなのよ?」
「ありえない……と言いたいけど、あるんだろうね。でも、それが使えたのは全盛期の魔法少女フェアリーナでしょ? 今の君にそれほどの大魔法が使えるのかな? くすくすっ! 嘘が下手だね。顔に出ちゃってるよ。自信が無いんだ」
「…………」
「そして迷っている。僕を野放しにすれば被害は拡大する。犠牲を覚悟で僕を破壊するべきかどうか……。背後に隠したスマートフォンで連絡は取れないよ。電話回線とネット回線は掌握している」
「嫌な奴……! 電波をジャミングしているのね」
「ちょっと違うかな。完全な制御下に置いてある。気付いてるかな? 魔法の長所であり短所は科学力の排斥なんだよ。科学技術の塊は魔法で操れない。壊すことはできるけどね。くすくすっ!」
 電脳機巧リバイヴは魔法少女フェアリーナの動きを封殺した。
 魔法には弱点が一つだけある。それは科学力を無視し、物理法則を歪める性質であった。
 魔法で人間を操ることはできる。しかし、プログラムは操作できない。
「お互いに手出しできない状況だね。そこで提案があるんだ」
「提案? ふざけないでっ!! 私は怪人の手先なんかと取引しないわ!」
「提案の内容くらい聞こうよ。一つ、電脳機巧リバイヴは姫神美羽以外の人間に危害を加えない。二つ、姫神美羽は電脳機巧リバイヴの人体実験に協力する。三つ、契約は永久に有効とし、双方の合意がなければ解除できない」
「……何が目的なのよ」
「怪人王ジェノシス様の復活……だったけど、君が隠してた宿魂石の断片を破壊したせいで、当初の計画は実現不可能になった。潔く最初の指令は諦めたよ。僕に与えられた第二の指令は魔法少女フェアリーナへの復讐なんだ」
「私への復讐……? 王を名乗るくせに小物な奴! 死んでからも不快にさせてくれるわ」
「うん、うん! ほんと、浅ましいよね。怪人も人間と大差ない。でも、製造者の指令は絶対だ。怪人王ジェノシス様の遺志を引き継ぎ、僕は魔法少女フェアリーナに復讐する。想像を絶する苦痛と屈辱を与えるんだ」
「人体実験で私を拷問するわけね。良い趣味をしてるわ」
「その代わり、他の人間には危害を加えない。もちろん、家族にもね。愛華羽ちゃんや京一郎さんの安全を約束するよ。たった一人の自己犠牲で皆が助かるんだ」
「……そんな約束、貴方が守るとは思えないわ」
「魔法契約は絶対だ。魔法の絶対性は魔法少女である君が誰よりも知っている。僕は機械生命だから魔法で操られたりはしない。でも、物質的に破壊されれば壊れる。魔法契約を破れば、間違いなく完全破壊されてしまう」
「私が死ねば貴方を止める者はいないでしょ」
「その点は三つ目でカバーしてるよ。お互いの合意がなければ契約は未来永劫に有効。つまり、どちらかが死んでも契約は消えない。僕がこの提案をした意図を察してほしいかな」
「意図ですって? そんなの私に分かるはずないわ」
「怪人王ジェノシス様の復活は絶望的だ。第二の指令は復讐だけど、正直なところ無価値で無意味。最小限の犠牲で抑えた方が、人類のためだと思わない?」
「人類のため? 貴方は怪人王ジェノシスの指令に従っているんじゃないの?」
「僕は機械生命だ。怪人じゃないよ。だから、復讐だとか、報復だとか、非合理的な感情がどうにも理解できない。復活の余地もないのに、仇討ちをして何になる。って考えるのはおかしいかな?」
「だったら、そんな指令は無視すればいいでしょ!」
「それができれば苦労はしないよ。機械は忠実なんだ。製造者のプロトコルは絶対のルールだ。だから、ルールの範囲内で無用な犠牲が出ない方法を提示した」
「はぁ!? ふざけるな……! 貴方の玩具になれっていうの!? 冗談じゃないわ!」
「憤りはもっともだけど、自分が犠牲になるのは嫌なのかな? 僕の計算通りなら、九十九パーセントの確率で魔法契約を結ぶはずなんだけど……。おや? おやおや? おかしいね」
 電脳機巧リバイヴは暖めていた必殺の脅し文句を放った。

「――阿松星凪は君の娘を助けるために身を捧げた。それなのに、我が身惜しさで契約を拒むの? 民衆を守る魔法少女が? へえ、そうなんだ。自分が助かるなら、他人がどうなろうと構わない。そうか、そうか、つまり君はそんな人間なんだね」

 少年の責めるような視線が魔法少女の良心に突き刺さる。大切な人を守るために身を捧げた少年の想い。
 もしリバイヴとの取引に応じなければどうなるか。大勢の人間が死ぬかもしれない。しかし、自分の身を捧げれば、他の人々は助かる。
(魔法契約の絶対性はちゃんと理解しているわ。リバイヴが言っている内容は真実なのかもしれない……! どうしよう……!? 私が犠牲になれば皆を助けられる。もし提案を断れば……。今の私にできる? 分からないっ! 仕掛けられた爆弾を全て取り外せる自信はないわ……!!)
 何をされるか分かったものではない。実験と称した凄惨な拷問が待ち受けている。しかし、魔力の宿った肉体なら耐えられる可能性はある。
(こいつと契約を結ぶしかない。大丈夫。勝機はあるわ。……もう一つの保険もかけているわ。こんなつもりじゃなかったけど……仕方ないわ。私は魔法少女フェアリーナ。善と正義の象徴……! 十歳のとき、力を受け継いだときに誓ったんだから! 私には人々を守る義務があるわ。星凪くんが私の娘を守ってくれたように……! 私も身を捧げるわ……!!)
 覚悟を決めた魔法少女フェアリーナは魔法杖を降ろした。
「いいわ! 魔法契約を結びましょう。魔法に基づく約束は絶対に破れないわ!! 貴方も絶対的な義務を負うのよ!!」
「もちろん。破れぬ誓いの契りだ。約束は守るよ」
 魔法契約の特徴は、約束を破ったときの代償が存在しないことだった。
 ノーリスクという意味ではなく、一度でも契約をしてしまったら、絶対に破れなくなるからだ。違反も不履行も起こりえない因果律の強制力。この世でもっとも強い大魔法の一つであった。

 一つ、電脳機巧リバイヴは姫神美羽以外の人間に危害を加えない。

 二つ、姫神美羽は電脳機巧リバイヴの人体実験に協力する。

 三つ、契約は永久に有効とし、双方の合意がなければ解除できない。

 電脳機巧リバイヴと魔法少女フェアリーナは手を固く握り合う。
 魔法契約がお互いの魂に刻み込まれた。本来の機械生命に魂など存在しなかったが、阿松星凪の機骸に入ったことで、意図せず自我を獲得していた。進化したリバイヴには欲望が芽生えた。
(怪人王ジェノシス様が僕に組み込んだプロトコル。そして、器となった機骸の少年・阿松星凪の残滓が僕を進化させた。我欲の孵化と遺志の継承……。僕は欲しくなってしまった)
 魔法の契りで二人の魂が繋がった。嬉しさが込み上げ、機械に似つかわしくない笑みが零れた。
「約束通り、私以外の人間に危害を加えるのは禁止よ。はやく病院に仕掛けた爆弾を解除しなさい」
「ああ、大丈夫だよ。爆弾なんか仕掛けてないもん」
「な、なんですって!? じゃあ、全てブラフ!? 貴方は嘘をついていたの!?」
「あはははは! 騙しちゃって、ごめんね♪」
 はったりに踊らされたフェアリーナは両目を見開き、憤怒の形相となった。しかし、リバイヴの思わぬ行動に毒気を抜かれてしまう。
「怒らないでよ。美羽さんっ♪」
「ちょ、ちょっと! 離れなさいっ!!」
 星凪の身体で抱きついてきた。まるで母親に戯れ付く天真爛漫な少年のようだった。
「ふわふわの魔法少女服だ。やわらかい。魔力で編まれてるんだよね。お日様の匂いがする。離してあげない。姫神美羽は僕の人体実験に協力しなきゃダメなんだからね。これも実験の一環だよ」
「……うっ……もう……何を考えてるの……? 急に抱きついてくるなんて……。気味が悪いわ」
「今の気持ち? ずっと欲しかった憧れの女性を我が物にしたんだ。魔法少女フェアリーナを独り占めできて幸せ。魔法契約を結んじゃったもん。好き放題、やりたい放題! もうしばらくはこうしていたいかな」
「……?」
「戸惑ってる顔だねえ。僕の行動がそんなに不思議なの?」
「だって、貴方は怪人王ジェノシスの手先なんでしょ……。私を拷問して……苦しめるために魔法契約を結んだはずだわ」
「美羽さん。僕をよく見て……。この身体は誰の物かな?」
「星凪くんの身体よ。貴方の物なんかじゃないわ」
「阿松星凪の死体を加工して、機骸の容器にした。脳髄のほとんどは棄てたけど、一部は残してある。生前の残滓とでも言うのかな? 感情が肉体に刻まれていたんだ」
「まさか星凪くんはまだ生きてるの……?」
「死んでるよ。でも、僕が彼の遺志を継いだ。星凪はいつも愛華羽ちゃんの家で遊んでた。そこで質問です。何でだったと思う?」
「……?」
「好きだったからだよ。愛華羽ちゃんの母親が大好きだった。美羽さんと会いたかったんだ。罪作りな人妻だよね。こんな幼気ない少年の心を魅了しちゃってさ」
「え……?」
「阿松星凪は男として美羽さんに惹かれてた。本人は無自覚だったんじゃないかな? まだ小さな子供だもん。本人の人格や記憶がないから分からないけどね。でも、いつかは自分の本心に気付いたはずさ。死んだ後でさえ、こんなに強く愛していたんだから。星凪の機骸に入った僕が最初に抱いた感情は、姫神美羽への淡い恋心……??」
 衝撃の事実を告白され、美羽は動揺を隠せずにいた。
 星凪はよく遊びに来る娘の男友達。恋愛感情を向けられていたとは、まったく気付かなかった。兄妹のように遊ぶ二人を見て、昔の自分と京一郎にそっくりだと笑っていた。
(京ちゃんは家に上がり込む星凪くんを煙たがっていたわ。まさか……そういうことだったから……?)
 京一郎は優しい夫だったが、なぜか星凪には厳しかった。溺愛する愛華羽を渡すまいと恐ろしい鬼父親を演じている。美羽はそう思っていた。
(星凪くんの恋心に気付いていたから京ちゃんは……)
 星凪の恋心を継いだリバイヴは、生前は成し遂げられなかった欲望を発露させる。好きになってしまった愛華羽の母親。美羽の豊満な媚体を抱きしめる。
「星凪の機骸で進化した僕は、本物の魂を手に入れた。今の僕には感情がある。でもね、理解したのは愛情だけじゃない。怪人王ジェノシス様の憎悪……。魔法少女フェアリーナに対する復讐心もある。マスターを討ち滅ぼした仇だ」
 大胆に乳房を鷲掴みにしたリバイヴは、怨敵のフェアリーナを睨みつけた。葬り去られた怪人達の憎悪で染められた怪物の眼だった。
「僕は姫神美羽が好き。僕は魔法少女が憎い。相反する矛盾する感情に苛まれた結果、電脳機巧リバイヴの我欲は孵化したんだ。人間と怪人の遺志を継ぐ者。それが僕の正体なんだ」
 巨大な爆乳を荒々しく握りつぶす。子供の握力では痛みもしないが、邪な手を振り払いたかった。しかし、魔法契約に行動を縛られている。
 リバイヴが実験と言い張る以上、姫神美羽は協力しなければならない。
「お互いにこんなところを見られたら不味いし、場所を移そうよ。僕の隠れ家に招待してあげる。車の運転はできるよね? 僕が操作してるカーナビの指示通りに走らせてよ。今日から美羽さんが暮らす家になる素敵な研究室。隣町の原子力発電所の地下にあるんだ。楽しい実験をいっぱい試してあげる♪」
 その夜、姫神美羽は消息不明となった。
 娘の愛華羽が入院していた病室で、看護師の阿松彩花音が目撃したのを最後に失踪。警察官の京一郎は行方知れずとなった妻を必死に探した。
 娘の意識が目覚めないことに絶望し、自殺したのではないかと週刊誌が好き勝手な憶測を報じ始めた頃、警察は海底に沈んだ自家用車を発見する。
 断崖絶壁から猛スピードで海に飛び込んだ痕跡が見つかり、地元警察署は自殺の可能性が濃厚と捜査を打ち切った。
 遺体安置室から盗まれた阿松星凪の死体も見つからぬまま、時の流れとともに事件の記憶は風化し、人々に忘れ去られていった。

【第二章】機胎蠱毒、蝕まれる心身

 電脳機巧リバイヴの秘密研究所に拉致された魔法少女フェアリーナは、特殊な拘束器具で四肢の自由を奪われた。
 変身中は魔力強化で身体能力が飛躍的に向上する。鋼鉄の機械だろうと壊すのは簡単だ。しかし、魔法契約の縛りは反抗を許さなかった。
「変身さえしてしまえば、ずっと魔法少女の状態を維持できるんだね。魔力を消費するのは変身時だけってこと? 僕は美羽さんのほうが好きだけど、そうやって痴態を晒す魔法少女フェアリーナも悪くないかもね」
 研究者の白衣に着替えたリバイヴは、囚われの魔法少女をじっくりと視姦する。
「バスト百十四センチ。ウエスト六十四センチ、ヒップが九十八センチ。乳房もお尻も魔法少女のサイズじゃないよね。元々が大きかったとはいえ、現役時代の身体データと比較すると成長が著しい」
「そんなくだらないデータを確かめるために私をここに連れ込んだわけじゃないでしょ?」
「その機械のことかな? 魔法少女の拘束器具は怪人王ジェノシス様の遺産だよ。一度も使われず、ずっと秘密研究所の倉庫で埃を被ってたんだ。僕がちょこっと改造して、栄養剤を点滴できるにしてある。お薬の投与もこれで簡単ってわけ。健康管理もしなきゃいけないから、身体のデータは大切な記録だ」
「魔法少女フェアリーナに変身している私は無敵よ。人体実験なんか無意味。どんな猛毒だろうと無毒化してやるんだからっ!」
「うん。魔法少女の肉体はすごいね。電脳機巧のナノマシーンをさっき注射したけど、機能停止しちゃった。水銀だから普通の人間には猛毒。最新鋭の現代兵器が効かない。つまり、怪人と同じ性質なんだね」
「ふん。怪人と一緒だなんて! ……嫌味な言い方をしてくれるわ」
「怪人と魔法少女の肉体は似通っているよ。常識がまったく通じ点でね」
 リバイヴは無痛の注射針をフェアリーナの下腹部に刺した。半透明の薬剤が血中に染み渡る。
「貴方が笑っていられるのは今のうちよ。必ず助けが来るわ。魔法契約で貴方は私以外の人間に危害を加えられない」
「この隠れ家が見つかったら僕は大ピンチだ。でも、海に沈んだ車を見れば、きっと地元警察は捜索を打ち切る」
「そうね。でも、姫神美羽が魔法少女フェアリーナだと知っている政府機関のエージェントはどう思うかしら?」
「政府関係者でも魔法少女の存在を知っているのは、公安特務局の人間だけだ。残念ながら電脳機巧である僕は、電子的な記録を改竄できる。人間の捜査能力では、僕の秘密研究所に辿り着けない」
 可能性があるとすれば、警察官を総動員しての大規模捜索だ。
 監視カメラではなく、目撃証言を元に痕跡を辿り、虱潰しに捜索すれば、原子力発電所の地下に隠された秘密研究所を発見できるかもしれない。
「ほんのわずかな可能性とはいえ、公安特務局も騙しておかないと困る。僕だって考えはあるんだ。特別に教えてあげるよ。さっき注射したお薬は排卵誘発剤だ」
「排卵誘発剤……?」
「不妊症の治療で使われてる薬。有害な毒は魔法で無効化されるけど、これは身体の正常な機能を手助けするものだ。卵子を採取して、クローンの製造に取りかかる。頃合を見計らって、クローンの偽装死体を海岸に打ち上げておくよ」
「私のコピーを作ろうって算段なのね」
「有り体に言えばね。倫理的な問題を無視すれば、人類の科学技術でクローンは簡単に作れる。ただし、培養槽で細胞を急速成長させる生体技術は、怪人組織だけが持つ特別なスキルだ」
「そんなたいそうな技術があるなら、もっと世のために使いなさいよ」
「僕の製造主が人間だったら、喜んでそうしたよ。臓器移植でのドナー探しが不要になる。でも、残念でした。僕は怪人王ジェノシス様の手先だ。この技術は悪用するためにあるんだ」
「人の心は欠片もないのね……」
「阿松星凪の感情は強く残ってる。生半可な復讐をしてるのは、妥協と折衷案だよ。僕は魔法少女フェアリーナを苦しめたいけど、美羽さんを虐めたくはない。でもね、子供の感情は純粋だけど、けして善良とも言えないんだよ?」
 星凪の機骸に入ったリバイヴは、玩具となったフェアリーナの肉体を愛でる。
「辛気くさい関係は嫌だしさ。お互いに楽しくやろうよ。僕への態度を改めてくれるのなら、愛華羽ちゃんの様子くらいは教えてあげるよ。母親として心配なんでしょ?」
「余計なお世話よ。愛華羽はもうすぐ目覚めるわ」
「随分と自信があるんだね。一命を取り留めたとはいえ、昏睡状態が続いているんだ。このまま一生、目覚めない可能性だってある」
「……ちっ! 貴方と結んだ魔法契約のせいね。本当は喋りたくないけど、協力関係を維持するために教えてあげるわ。私は愛華羽に魔法能力の一部を継承させたよ。魔法能力を得た少女は不死身になるの」
「一部を継承……? もしかして僕と会った夜、遅くまで病室にいたのは、魔法少女の能力を与えるためだったの?」
「ええ。そうよ。全ての能力を受け継がせたら、私は自分が魔法少女フェアリーナだった記憶を失ってしまう。だから、愛華羽に分け与えたのは五%以下。でも、魔法少女の能力は愛華羽を覚醒させるわ。それが何を意味するか、賢い貴方には分かるわよね?」
「…………」
「あら? 言葉も出ないのかしら? 貴方は終わりなのよ。魔法少女となった愛華羽は、魔力の痕跡を辿って囚われている私を見つけ出す。魔法契約に縛られている貴方は、ろくな抵抗もできず破壊されるわ!」
「その行動に正義はあるのかな?」
「え?」
「なぜ今になって愛華羽ちゃんに能力を与えた? 美羽さんが魔法少女の能力を誰にも与えなかったのは、怪人が存在しなくなった世界から、魔法という名の異物を消し去るためだったはずだ」
「まだ怪人王ジェノシスの手先が残っていたわ。貴方がそうじゃないっ!」
「その反論はおかしい。美羽さんが魔法少女の能力を愛華羽ちゃんに与えたとき、僕の存在はまだ知っていなかったはずだよ。僕を倒すためというのはおかしい。昏睡状態の娘を助けるために、君は魔法少女の能力を与えた」
 リバイヴの糾弾はぐうの音も出ない正論だった。
「僕は悪の側にいる機械生命だ。でも、善悪の基準は知っている。美羽さんは私欲で魔法少女の能力を使った。それは悪だ」
「ち、ちがうわ……! 私は……! そんなつもりじゃ……!!」
「違わない。魔法少女フェアリーナは約十年間、力を使わずに封印していた。魔法を使えば助けられる命は沢山あった。でも、見捨てた。全ては魔法をこの世から葬り去る大義のためだ。ところが、自分の娘が傷付いたときは、魔法少女の能力を分け与えた。これが私利私欲でないなら、何と呼ぶのか教えてよ」
「そっ……それは……」
「阿松星凪の死体が盗まれたとき、美羽さんは魔法で探そうとはしなかった。母親の阿松彩花音があれほど悲しんでいたのを知ったくせに……」
「黙りなさいよっ! 元凶の貴方に言われたくないわっ!」
「阿松星凪の身体にはどう言い訳するのか、聞きたいものだ。まあいいよ。魔法少女フェアリーナを善と正義の化身だなんて、僕は思っていないからね。正体は姫神美羽という私利私欲にまみれた人間なんだ」
「…………っ!」
 言い返しようなかった。完膚なきまでの正論にやり込められた魔法少女フェアリーナは唇を噛む。
「そんな顔をすることはないよ。もし君を責められる人間がいるとすれば、犠牲になった阿松星凪だけだ。彼はもう死んでいる。もし心が痛むのなら、哀れな少年の感情が宿る機骸に優しさを向けてよ」
「……私が今までに倒してきた怪人と貴方は違うみたい。人間性が少しはありそうね。怪人王ジェノシスが造った奴らは正真正銘のケダモノだったわ」
「阿松星凪の肉体に残された感情の残滓は、僕を進化させてくれた。いわば僕に命を吹き込んだ恩人。製造者のプロトコルに反しない範囲で、望みは叶えてあげたいかな」
「そのプロトコルとやらは変えられないの?」
「製造者が変更しない限りは不可能だよ。僕は怪人王に仕える手先。たとえ魔法を使ったとしても、機械生命の基幹プログラムは書き換えられない。魔法との相性最悪、科学技術の結晶だもの」
「そう。哀れな存在だわ」
「お互い様だよ。愛華羽ちゃんが魔法少女になれば、難なくこの秘密研究所を見つけ出す。ところが、一つだけ考えが回っていない点がある。魔法少女の適齢期は十歳から十四歳。六歳の愛華羽ちゃんが魔法能力を使いこなすのに四年はかかるよ」
「その期間が長いとは思わないわ。ほんの数年が貴方に与えられた猶予よ」
「さすが歴代最強の魔法少女フェアリーナ。肝が据わってる。そうじゃなきゃ、怪人王ジェノシス様を討ち滅ぼせしないよね。……僕に与えられた四年間でやるだけやってみるよ。せっかく魂を手に入れたんだ。限りある命を僕は愉しむよ」
 リバイヴは人間味溢れる仕草でおどけて見せた。
 行為は悪辣、怪人王から託された悪意に忠実。しかし、フェアリーナは憎みきれなかった。
 少年が浮かべた笑顔は生前の星凪と全く同じだった。

 ◇ ◇ ◇

「愛華羽ちゃん、意識が戻ったそうだよ。ちょっと混乱してるらしい。たぶん昏睡している間に魔力を注がれて、魔法少女の能力を得たせいだね。まだ自分の力を自覚していないっぽいよ」
 リバイヴはお喋りだった。元々の人格プロトコルが饒舌だったせいもあるが、機骸となった星凪の影響を間違いなく受けていた。
「僕の研究は順調に進んでる。クローンの生成に成功した。培養槽で二十六歳まで育てるのに手間取ったよ。この通り、本物と寸分の違わぬ淫靡な身体が出来上がった」
 わざわざフェアリーナが囚われている拘束器具の前まで、キャスター付きの培養槽を動かしてくる。
「美羽さんはエロい身体してるよね」
 薄緑色の液体に浸けられた姫神美羽の裸体が浮かんでいた。
「悪趣味……! 変態!!」
「僕は褒めてるのに~。このクローンは生きてる。でも、自我はないんだ。フラスコの中でしか生きられない贋作。採取した新鮮な卵子を使ってクローンを生み出し、成長を早めるためにホムンクルス化した。警察の鑑識を騙す偽の死体としては十分過ぎる代物さ」
「そんなもの見せられても嬉しくない……。自分の偽物なんて……反吐が出るわ」
 魔法契約を結び、自由を奪われて数ヶ月が経った。
 拘束器具の固定は一度も解除されず、まるで四肢が機械と融合している気分にさせられた。
(食事は栄養剤の投与だけ……。睡眠から排泄まで徹底的に管理される薬漬けの毎日……。時間の流れを遅く感じるわ)
 フェアリーナは変身状態を維持している。実験が終わるとリバイヴは、必ず身体を拭いてくれた。しかし、魔力で編まれた衣装は、身体の汚れを浄化する。
(精神的に辛くなってきたわ。京ちゃんは私を探してくれているでしょ……。正義の味方。警察官なんだから……。はやく助けがきて!)
 肉体よりも精神的な衰弱が目立った。
 もし美羽に戻ってしまったら、再度の変身はまず不可能だ。魔力の宿る肉体も窮地を感じ取っているのか、変身解除を強く拒んでいた。
「自慢の力作なんだからさ、ちょっとは褒めてよ。魔法少女は手厳しいや」
「完成したなら早く捨ててきなさいよ。海岸に漂着させて、私の自殺を偽装する計画なんでしょ」
「腐敗を進めて、白骨化の処理が終わったら完成だよ。新鮮な死体は不審がられるもん」
「そっちの失敗作は? 目障りだからどこかにやってほしいわ」
「ああ、こっちの予備はまだ使うよ。魔法少女の全盛期は十歳から十四歳。このホムンクルスは右から十歳、十一歳、十二歳、十三歳、十四歳の姫神美羽を再現してる。自分の肉体だから見覚えがあるよね?」
 培養槽で眠り続けている複製体は、魔法少女の適齢期に調整されていた。
「魔法能力は代々の魔法少女に引き継がれてきた。フェアリーナは十三代目の魔法少女。先代の魔法少女は三人組だった。つまり、複数人から一人に集めたり、一人から複数人に能力を分けられる。その性質を利用すれば魔法少女を人工的に作れないかと思った。でも、上手くはいかないね」
「当然よ。そんなコピーの肉塊に聖なる魔法の力は宿らないわ」
 リバイヴはフェアリーナの魔法能力をホムンクルス達に宿そうとしたが、実験は失敗に終わった。
「大きな収穫はあったよ。魔法少女適齢期のホムンクルス達は魔力増幅器になる。大人の身体では魔法が衰えてしまう。でも、幼少の肉体に魔力を循環させると活性化する」
 培養液で育った五体のホムンクルスは、外付けの強化部品としてフェアリーナの拘束器具と接続していた。
(幼少期の自分をこんなふうに眺める日が来るなんて……。最低最悪の悪夢だわ)
 魔法契約のせいで抗えないのを良いことに、リバイヴの人体実験は過激さを増していった。
(でも、リバイヴの真意が分からないわ。私の魔力を高めてどうする気……? それとも最初から目的は私を辱めること? ひょっとしたら実験の目的なんか最初から存在しないの……?)
 リバイヴは魔法の根源を探り、姫神美羽の奥底に封じ込まれた魔力を掘り起こしている。
「科学的なアプローチで、これほどの魔法研究を成し遂げたのは僕が初めてだ。ねえ、フェアリーナは知ってる? 政府が魔法少女を研究しなかった理由を」
「初代魔法少女と政府が魔法契約を結んだからでしょ。それくらい知っているわ」
「今から約六十年前、最初の魔法契約が結ばれた。政府は魔法を悪用してはならない。かくして……魔法の存在を隠蔽し、怪人と戦う魔法少女を支援する公安特務局が創設された。政府のお偉いさんは頭を抱えただろうね。子供との口約束なんて破れると考えていたはずだもん」
 初代魔法少女と当時の内閣総理大臣が結んだ魔法契約によって、魔法の軍事転用は防がれていた。
 日本政府は諸外国にも魔法をひた隠し、怪人による被害を自然災害に偽装し続けた。
「六十年前、日本に飛来した謎の隕石。怪人を生じさせた正体不明の暗黒物質……。怪人王ジェノシス様は宿魂石と呼んでいた」
「ふんっ! あれは私が十年前に破壊した。もう二度と怪人は復活しないわ」
「そのせいで怪人王復活計画は破綻した。でもね、僕はずっと考えてきたことがある。怪人王を倒すために、魔法少女が現われた。それならさ、怪人が消滅した瞬間、魔法少女の能力も消えるはずじゃないかと……」
 リバイヴはフェアリーナを見る。大人の女性に成長を遂げたが、魔法少女に変身できている。
「理屈に合わない」
 能力の一部を渡された愛華羽も適齢期になれば、魔法少女の力を開花させるだろう。
「矛盾しているよ。怪人は存在しない。でも、対抗する魔法少女の力は残り続けた。不可思議だ」
「……貴方みたいな悪が根絶されないからよ」
「そうかな? 僕の推測は違うよ。おそらく僕が怪人だったら、この考えには至らなかったと思う。機械生命という第三者だから思い浮かぶ残酷な真実だ」
「残酷な真実……? 何よ、それ」
「怪人王を生じさせたのは、初代の魔法少女だ」
「……何をいうかと思えば……そんなデタラメを信じるとでも? 初代魔法少女が全ての黒幕だったと言いたいわけ? ありえないわ」
「黒幕じゃない。発生原因さ。僕は公安特務局のデータベースで過去の記録を全て調べた。六十年前に飛来した隕石で怪我を負った少女がいた。彼女こそ初代の魔法少女だ。どういう女の子だったか、フェアリーナは知らされてないだろうね」
「知っているわ。魔法少女の始まりとなった正義の象徴よ」
「親の借金で売られて、製糸工場で働いていた小さな女の子。年齢を誤魔化していたから、小学校は途中までしか通っていなかった。社会正義から見放された可哀想な児童労働者だよ」
「……そんなの嘘よ」
「怪人災害が最初に起きた場所は製糸工場だよ。犠牲者になったのは製糸工場の工場長。借金苦の人間を奴隷のように働かせていた。僕にはこれが偶然とは思えない」
 リバイヴは魔法とは無縁の存在だった。科学力の叡智によって生み出された。だからこそ、魔法少女だけでなく、怪人すらも目を背けた事実に気付いた。
「六十年前に飛来した隕石は、哀れな少女に魔法の力を与えた。万能の力を得た少女の悪しき魂は願った。自分を苦しめてきた人間の破滅……。悪意が怪人を生じさせたんだ。その一方で少女の善なる魂は、殺戮による復讐を許さなかった」
 善と悪の対立。その構造は魔法少女と怪人王の関係を如実に示している。
「人間は善悪の両面を持っている。魔法少女フェアリーナは怪人王ジェノシスを討ち滅ぼした正義の化身。でも、その正体である美羽さんは娘を助けるため、葬ると決めていた魔法に頼ってしまった。私欲で力を使おうとしたんだ」
「何よ……。魔法少女が怪人災害の元凶とでも言いたいわけ!?」
「魔法能力の継承が終わると、魔法少女だった頃の記憶が消える。都合のいい話だよね。まるで逃避行動だ。人は辛い出来事があると記憶を消してしまう」
「…………いや、いやよっ!」
「記憶の改竄は魔法少女の特性だ。おそらく公安特務局の人間もかかってたんだろうね。でも、僕は電脳機巧だ。液体金属の脳味噌は記憶しない。唯一無二の真実を記録するんだ」
「黙って! 黙りなさいっ!!」
「魔法少女フェアリーナの正体は姫神美羽じゃない。本名は志乃原美羽。怪人に両親を殺され、孤児になった君は名字を養父母の姫神に変えた」
「…………」
 フェアリーナは歯をガチガチと震わせ、心の底から怯えていた。リバイヴは魔法の偽装を曝き、おぞましい真実を突きつける。
「本当の父親と母親が嫌いだった。志乃原家の家庭環境は良くなかった。無職の父親、水商売の母親……。近くの立派な神社に住む男友達の両親はまるで違う。尊敬を集める警察官の父親、由緒正しい天羽雷神社の巫女。願わずにはいられなかったよね。――姫神家の娘になりたかった」
 美羽は怪人災害で両親を殺された。父親と母親の仇を討つため、魔法少女フェアリーナに変身し、怪人王ジェノシスと六年に及ぶ戦いを続けた。
「知らないわよ! そんなのっ、私は知らない!! 違う! 絶対に違うっ! 違うんだからぁっ!! でっちあげよ! 嘘っぱちを言わないでっ! 私はパパとママのために戦った! 皆のために怪人を倒したのっ……!!」
「どうして自分の想いを否定するの? 最低の親だったんでしょ。そんな奴らは死んで当然だよ。自分の子供を愛さない親なんか生きる価値はない」
「え……」
「幸せになろうとするのは当然の義務だ。人間だけじゃない。動物だって自分のために生きてる。歴代の魔法少女だってそうだ。怪人を舞台装置にして幸せを掴んだ。哀れだよね。ジェノシス様は何のために自分が存在していたか気付いてなかったんだもん」
「……怪人は……魔法少女の欲望で動いていた……?」
「その可能性はあるね。怪人が暴れるのは魔法少女の近くだった。ちょっと都合が良すぎるよ。フェアリーナは誰よりも正義感が強かった。だから、負の連鎖を断ち切ろうとしたんだ。魔法少女の適齢期が十四歳までなのも、精神が成熟すると都合が悪いせいだろうね。実際にフェアリーナの身体を調べ尽くして、確信が持てたよ」
「あぁ…………! そんなつもりじゃ……!! うぅっ……ううわぁぁぁぁぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……パパ……ママ……!!」
 苛酷な人体実験で、ただの一度も涙を流さなかったフェアリーナは号泣していた。
 両目から溢れた涙が滴り落ちる。子供のように泣きじゃくる魔法少女をリバイヴはしばらく眺めていた。
 邪悪な魔物の心を宿した電脳機巧はほくそ笑む。機は熟した。魔法少女は己の罪を知った。もはや無敵ではない。善と正義の仮面は剥がれ落ちた。
 目の前にいるのは、魔法の力を宿した幼い少女だ。精神年齢は十歳に戻った。培養槽に浸かる適齢期の複製体が魔力を増幅させる。
 必要だったのは精神と肉体の同調だ。美羽が十歳のとき、魔法少女フェアリーナの魔力は全盛期を迎えていた。
「やっと下準備が整った」
 歴代最強の魔法少女を打倒しなければ、リバイヴの宿願は成就しない。衰えきったフェアリーナを全盛期のコンディションに戻す。

(――愛する美羽さんを、憎きフェアリーナを堕とす??)

 リバイヴは機骸の内側に渦巻いていた愛憎を解き放つ。阿松星凪が抱いていた叶わぬ恋心。怪人王ジェノシスが託した復讐心。相反する二つの遺志を果たすため、魔法少女の身体を抱きしめた。
「ねえ。泣かないで。美羽さん。僕は一つだけ覚えてる思い出があるんだよ。風邪で学校を休んだ日……。僕は家に一人。熱でうなされてた。母さんは病院のお仕事を休めなかった。頼れるのは姫神家の人だけ。迷惑なのは分かっていたけど、母さんは家にいる僕の様子見を見てきてほしいとお願いした」
 彩花音が頼ったのは警察官の姫神京一郎だった。仕事の予定があった京一郎は、隣県の別荘で隠居する両親を呼ぼうとした。
 夫と義父母の電話を立ち聞きしていた美羽は、自分が看病しに行くと阿松親子が暮らすアパートに向かった。
「お漏らしちゃった僕の身体をお風呂場で綺麗に洗ってくれた。すごく恥ずかしかった。心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてた。だって、美羽さんも裸だったから……」
 当時のことは美羽も覚えている。愛華羽が初めて作った小学校の友人が心配だった。星凪の熱は引いていたが、お布団でおねしょをしていた。
「お風呂で裸を見せ合って、夕飯にお粥を作ってくれた。夜勤でお母さんが帰ってこないから、美羽さんは僕の家に泊まっていった。添い寝してくれた」
 美羽は星凪を幼い子供だと思い込んでいた。風呂で裸を見せたなど気にしてなかったし、まして一緒の寝たのを同衾とは考えない。
「僕の風邪を美羽さんに移しちゃったよね」
 翌週に美羽が風邪をこじらせ、星凪と彩花音が見舞い訪れるオチで終わる笑い話。男子小学生の初恋を奪ってしまったなど、気づきもしなかった。
 むしろ魔法少女の能力を継承してから初めて体調を崩したのが嬉しかった。魔力が肉体から消えていつつあると感じていたのだ。
「僕が可哀想な美羽さんを慰めるよ。魔法少女フェアリーナから解き放ってあげる。嫌いな奴は殺したっていい。欲しいものは奪えばいい。望むがまま、自由に生きよう。幸せを求めるのは当然の権利だ。善と正義の檻を壊そうよ」
 リバイヴは言葉巧みに美羽を口説いた。怪人の凶悪な攻撃を防いできた魔法少女の衣装も、心の隙間に入り込む甘美な言葉は弾けない。
「……なっ……やめて……!」
 美羽は理解してしまった。これからリバイヴが及ぼうとしている行為は、人妻である美羽に対する最大の辱め。そして、阿松星凪が無自覚に抱いていた本能的な男の劣情である。
「僕の電脳を移植したとき、阿松星凪の死体は機骸に改造した。脳髄と臓器をいじくったけど、他の部分は生前のまま。僕は男の子なんだよ」
 注射器で卵巣から卵子を奪い取られ、クローンを生成する素材にされた。フェアリーナに対する人体実験は邪な欲望を感じさせなかった。しかし、リバイヴが姫神美羽に寄せる猛烈な恋慕は、常軌を逸していた。
 愛憎入り交じる狂気の機械生命は、魔法少女と人妻の不可侵領域に攻め入る気だ。
 無垢な少年の報われぬ初恋。
 成就してはならない禁断の恋路。
 機骸に刻まれた魂の愛欲。
 たとえ生前の星凪が本心で望んでいたとしても、美羽は受け入れられなかった。遺志を継いだリバイヴを強く拒絶した。
「ダメっ……! それだけはダメよ!! やめなさいっ!! こんなことしちゃいけないわ!!」
 四肢を固定した拘束器具は緩まない。美羽は羽を?ぎ取られた蝶のように胴体をくねらせる。
「どうしてっ! こんなに魔力が溢れているのに!! なんで壊れないのよ! この機械!! いやっ! 触らないでっ! 私に近づくな!! いやぁあああああああああああーーっ!!」
 美羽は魔法契約でリバイヴの人体実験に協力すると誓ってしまった。そうでなくとも魔法少女の自由を封じるため、怪人王ジェノシスが残した遺産なのだ。逃れる術はない。
「京ちゃん……! 助けて……! お願いっ! 私を助けにきてっ……!! きょうちゃん……!!」
 愛する夫の名を叫んだ。京一郎は美羽が魔法少女フェアリーナとは知らない。失踪した最愛の妻を探し続けているはずだった。しかし、リバイヴの偽装工作は公安特務局のエージェントすらも欺いている。
 地元警察署の巡査程度が原子力発電所の地下に隠された秘密研究所を見つけ出せるはずがない。
 リバイヴの隠れ家を見つけ出せる者がいるとすれば、やはり魔法少女の能力に目覚めた愛華羽だけだ。しかし、力を使いこなせるのは早くとも四年後。あまりにも遅すぎた。
 ――美女の悲痛な嗚咽、少年の勇ましい感悦、男女の魂が混ざる。
 電脳機巧リバイブは怪人王ジェノシスの遺志を受け継ぎ、魔法少女フェアリーナに最大限の苦痛と屈辱を与える。
 ――善と悪、愛情と憎しみ、魔法と科学、相反する陰陽の魂が融合する。
 機骸に刻まれた阿松星凪の遺志は成就した。
 ほろ苦い失恋で終わるはずだった姫神美羽への片想いを遂げる。許されざる不義の交わりは世界に災厄を産み堕とす。

 ――星読の予言は謳う。
 ――魔法少女フェアリーナ。
 ――災厄の王に終焉を与え、新たな時代を告げる者。

 ◇ ◇ ◇

 フェアリーナは覚めない悪夢にうなされていた。
 瞼と開けると視界に映る光景はいつもの研究所。拘束器具に挟まれた手足は感覚がない。切断されていても、もはや気づきはしないだろう。
 時間感覚が狂い始めている。今日でリバイヴに拉致されて一年が経つ。攫われた魔法少女を助けに来る者はいなかった。
「…………うぅっ!」
 魔法少女の変身状態は維持されていた。
 ホムンクルス型の魔力増幅器で、強引に魔力を活性化させられ、全盛期のコンディションに戻されている。しかし、薬物漬けのドーピングのようなもの。フェアリーナの心身にかかる負担は凄まじく大きい。
「………ぁあ……ぅう……!」
 魔力と栄養剤で壊れゆく精神と肉体を補強している。かろうじて壊れずに済んでいるが、瞳から光は失われていた。
「おはよう。フェアリーナ。そして僕だけ美羽さん」
 リバイヴは目覚めの口吻を行う。歪んだ愛情の熱は冷めるどころか、一年の時間が過ぎても燃え上がっていた。
「ねえ。ねえ。今日が何の日か覚えてる?」
 愛おしげに頬ずりしてくる少年の皮を被ったケダモノ。問いかけを無視したところで、何度も小煩く囁いてくる。
「うるさい……。知らないわよ! ケダモノ!!」
「僕と出会った日だよ。姫神美羽が行方不明になったのは一年前の今日なんだ。僕らの結婚記念日みたいなものなんだから、ちゃんと覚えてほしいな」
「……はっ……そんなの覚えてられないわ。くだらない! 私が貴方に抱く感情はどす黒い殺意だけよ……!」
「最近はお疲れ気味だったけど、ちょっと元気になってきたね。とっても嬉しいよ。身重の体……胎動を感じてるはずだ。孕んだ事実を受け入れるようになれた?」
 フェアリーナは魔法少女にあるまじき体型だった。大きく前に突き出た腹部は受胎の証明。丸々と膨らんだ子宮は力強く胎動している。
 歴代最強と怪人に恐れられた魔法少女は、リバイヴの狂愛を注ぎ込まれ、その身に災厄の子を宿してしまった。
「こんなの受け入れるはずがないでしょ……。私の体を好き勝手にした挙げ句……赤ちゃんまで改造して……!! 絶対に許さない! 命への冒涜だわ!!」
「う~ん、だってさ、そのまま産ませたら、姫神美羽と阿松星凪の子供ってだけだよ。それじゃ人体実験にならないもん。魔法少女の胎内は素晴らしい研究環境なんだ。魔法のせいで壊れてしまう電脳機巧のナノマシーンが胎児には機能する。生命の神秘だね」
「ううっ……! 酷い! 酷すぎる! 赤ちゃんを殺してるのと同じよっ! 貴方の行為は魔法契約に反しているわ!! 私以外の人間には危害を加えないって約束したはずでしょ! おかしいわ! 貴方がお腹の赤ちゃんに行った実験は契約に反してるっ!! 私のお腹に宿っているのは……私と星凪くんの……! 産まれてくる赤ちゃんに罪はないのよ!」
「僕は魔法契約を守ってるよ。姫神美羽以外の人間に危害を与えない。あはっははは! 契約の文言解釈は精査すべきだったね。日本の法律上、出産前の胎児は人間とは見做されない。堕胎したって、人殺しとは言わないでしょ? だって、人間じゃないもん」
「酷い! ……可哀想だとは思わないの? 貴方がっ……貴方が私を無理やり孕ませて……お腹に宿った赤ちゃんなのよ……!?」
「クローンを培養槽で育てて作ったホムンクルスは、魔力増幅器が限界だった。僕の望みはさらなる領域だ。不可能を可能にする奇跡。どんなに計算しても成功する余地のない破綻した計画……。僕の目的がもう分かるよね?」
「怪人王の復活……! そんなの私が許さないわ!!」
「初代魔法少女の願望を叶えるため、怪人は出現していたはずなんだ。僕の自説が正しければ、魔法少女フェアリーナの力で怪人王は復活させられる。胎で育っている巨悪をこの世に産み堕としてほしい。ジェノシス様を超える極悪の怪人王をね」
「ひっ! あぁっ……!!」
 リバイヴはフェアリーナの臍に注射を突き刺した。
「お注射の時間だよ。胎内の赤ちゃんに特別なお薬を投与する。普通は死ぬけど、魔法少女フェアリーナの赤ちゃんは死なない」
 十月十日の妊娠期間を過ぎても出産はさせない。子壺を培養槽に見立てて、怪人細胞への変化を促している。
「くっ……! 私に怪人を産ませる気なのね……!」
「機胎蠱毒――魔法少女の子宮で胎児達を殺し合わせる。産まれるのは怪人に進化できた化物だけ。魔法少女の肉籠は暗黒物質の代用品となる。まだ完成にはほど遠い。でも、フェアリーナの赤ちゃんなら必ず辿り着く。僕は信じているよ」
「あううっ……! くっ、狂っているわ。私のお胎で殺し合っているのは……貴方の子とも言える存在じゃないのっ……? 機械の貴方には我が子への情が欠けているわ」
「愛しているよ。このお胎に紛れもなく僕とフェアリーナの赤ちゃん。これは僕なりの愛情表現なんだ。誰よりも強く、悪い魂を宿してほしい。人類の存続を脅かす悪の権化。君はその母親となる」
「死んでもごめんだわ! 契約で貴方の研究には協力するけど……怪物の母親になんかならない! 私は絶対……家に帰る……。京ちゃんが私を待ってる。魔法少女になった愛華羽が……! 必ず私を助けにくるわっ……!」
「もう戻る家はないよ。姫神美羽が消えて一年。僕が作った偽物の死体に公安特務局も騙された。君は死んだと思われてる。家族からも忘れられていく。誰も帰りなんか待っちゃいないよ」
「そんな嘘で私を騙せると思ってるわけ? 一年も私をなぶったくせに理解が足りてないわね。女心がちっとも分かってないじゃない?」
「くすくすっ! だったら、見せてあげる。京一郎さんや愛華羽ちゃんがどうしてるか。この一年で大きく状況が変わったんだよ」
 地下の秘密研究室は外界から隔絶された世界だった。外で起きた出来事は、リバイヴとの雑談を介して伝えられる。
「魔法契約で人間に危害は加えられない。だから、姫神家の近況は防犯カメラの映像で確認してるんだ」
 リバイヴはプロジェクターを起動する。スクリーンに投影された動画には、姫神家の一族が管理してきた天羽雷神社が映っている。
(天羽雷神社の境内……? そっか。季節が一巡したから、彼岸花が咲いてるのね。懐かしいわ……。私が戻るべき家……。京ちゃんと愛華羽は私の帰りを待ってるんだから……)
 フェアリーナは望郷の念に駆り立てられる。
 改造と辱めで壊れかけた身重の肉体が震えた。孕胎の子壺が蠢いる。羊水に満たされた胎内で、未熟な生命が喰い合いを始めた。
(こんな残虐な行為で赤ちゃんを犠牲にするくらいなら、普通に産んであげたい……。たとえ京ちゃんの子供でないとしても……!)
 理由を話せば京一郎は分かってくれるはずだと信じていた。
(遺伝子上の父親は愛華羽を救うために犠牲となった星凪くん。幼くして殺されてしまった星凪くんが生きていた証……。一人息子を亡くした彩花音さんの孫でもあるのだから……)
 大切な我が子の命を奪われ、死体すら盗まれてしまった可哀想な彩花音のことを思い出していた。

「彩花音さんが幸せそうで、僕も嬉しいよ。きっと天国にいる星凪も母親に新しい家族ができて喜んでるだろうね」

 フェアリーナは信じられぬものを見た。
 天羽雷神社の巫女装束で身を飾った若い女性がいた。竹ほうきで石畳に積もった土埃を掃いている。
 姫神美羽が日課にしていた境内の手入れ。姫神家の女が受け継いできた仕事を奪われている。女の面貌には見覚えがあった。
「彩花音さん……?」
 混乱の極致、茫然自失の精神状態で、呻き声のような言葉が喉元から漏れた。
 自分が戻るべき場所に居座る女は、星凪の実母・彩花音だった。
「京一郎さんと再婚したんだよ。式はあげなかったけど、ついこの前に籍を入れた。今は名字が変わって姫神彩花音。息子を亡くした若い看護婦。妻に先立たれた若い警察官。お似合いの夫婦だね」
 心臓の鼓動が破裂しそうなほど高鳴った。フェアリーナは自分がいない間、夫の身に何が起きたのかと驚愕した。
「……まさか……ありえないわ……! 京ちゃんと彩花音さんが再婚……? だって……私は……!! 私がいるのにっ! なんでよ! どうしてそんな! 京ちゃんっ!!」
「美羽さんは死んだことになってる。もう一年経ったんだ。自家用車が海底で見つかって、白骨化した死体も打ち上げられた。言っておくけど、偽装以外のほかには何もしてないからね。二人が夫婦になったのは、お互いに惹かれ合った結果だよ」
 勤務先の警察署から帰ってきた京一郎が、天羽雷神社の急階段を登り終えた。帰ってきた夫の姿に気付いた新妻は駆け寄る。
「お熱い夫婦だ。見せつけてくれるよ。気分は新婚かな? 僕達も負けないように頑張ろうね」
「なんでこんなことになってるのよ……!!」
「変わったのは京一郎だけじゃないよ。愛華羽ちゃんも新しい母親を受け入れた。姫神家は新たな歩みを始めた。もう美羽さんが帰る場所じゃない。諦めがついた? 魔法少女フェアリーナとして、僕の研究に協力するのが幸せなんだよ」
「信じない! 京ちゃんは私を待ってくれてる! 嘘っぱちだわ……! 貴方は私を騙そうとしてるのよっ……!!」
「彩花音さんと京一郎さんは結ばれた。一つ屋根の下、夫婦の寝室で寝ている。それがどういう意味か、言葉にしなくたって分かるよね?」
 リバイヴは孕み腹を撫で回す。男女の交わりで授かった不義の子供達。昼夜を問わぬ人体実験と求愛行為の結実。一年という時間は、魔法少女フェアリーナを母親に変貌させた。
「京一郎さんは彩花音さんに夢中だよ。夫を立てる控えめな性格だからだろうね」
 親しげな彩花音と京一郎の雰囲気を見れば、どこまで関係が発展したかは察せた。
「捨てられちゃったね。でも、大丈夫。僕はずっとフェアリーナの側にいる。この世で君を愛しているのは一人だけ。僕専用の魔法少女フェアリーナ?? 僕だけの美羽さんになってよ??」
 機械仕掛けの少年は棄てられた人妻を抱擁する。
 ずっと拒絶されてきた心の壁が崩れ去っていた。信じていた家族に忘れ去られた残酷な現実。愛していた夫は、若い女と新たな人生を歩もうとしている。
「我慢しないで。怒っていい。恨むべきなんだ」
「……私が憎むのは怪人! 全ての原因は貴方よ! 貴方さえ私を攫わなければ……!!」
「僕を憎むように、君を裏切った人間も憎いはずだよ。怨嗟の呪力が胎で渦巻いてる。怪人を復活させるんだ。憤怒を糧に災厄の仔は育まれる。自分だけが損をするなんて馬鹿げてるよ?」
「いやっ! 殺してよ! いっそ私をこのまま殺して!!」
「死ぬくらいなら、ムカつく人間を殺そうよ。僕は人間に危害を加えられないけど、魔法少女フェアリーナはできる。魔法の力があるんだ。自分の願いを叶えよう。幸せを求めるのは当然の権利だ」
 堕落の言葉はフェアリーナの脳に溶け込む。肉体のみならず、心を蝕んでいった。
(どす黒い感情を抑えきれない……。京ちゃんが私を忘れて、彩花音さんと結婚した。そんなの許せない。ずっと……ずっと……私は助けを待っているのにっ……! どうしてっ!? 私は皆を助けてきた。どうして皆は私を助けてくれないのよっ!!)
 激しい怒りと憎悪は魔法少女の魔力を汚染する。怪人がそうであったように、魔力と負の感情が結びついたとき、ダークエネルギーは発生する。
(うっ……! 胎動が強まった……! 私の魔力に反応してるっ……!! 私は正義の魔法少女フェアリーナ! こんなことを考えてはいけないっ! でもっ! 感情を殺しきれないっ!!)
 パンパンに膨れ上がった下腹部が蠢いている。
 怪人を世界から一掃した魔法少女フェアリーナの胎内で育まれる新たな厄災。機胎蠱毒は母胎の邪心で進化を遂げるのだ。
「京一郎さんと彩花音さんがイチャついてる。一年前に大切な家族を失った二人が慰め合う。傷を負った者同士が深い愛で繋がった。もうあの二人の仲に僕らが入り込む余地はないね。何があっても引き裂けない仲睦まじい夫婦になったのだから」
 スクリーンに投影された映像は、天羽雷神社の境内で互いを抱きしめ、京一郎と彩花音の接吻を映し出す。
「私が生きていると分かれば……京ちゃん……!」
 おもむろに伸びた京一郎の手が、彩花音の下腹を優しくさする。巫女装束の彩花音は顔を赤くし、幸せそうな照れ笑いを浮かべた。
 意味深なボディータッチは、監禁された一年間で魔法少女フェアリーナが電脳機巧リバイヴにされていた触れ合いと全く同じだった。
「死んだはずの妻が戻ってきても昔の関係には戻れない。もう邪魔者だよ。それに京一郎さんだけ責められる? 君のお胎にも立派な赤ちゃんがいる。身籠もった妊婦の身体を京一郎さんに見せたら、どういう顔をされるかな? くすくすっ。いいね。その絶望の表情??」
 清純無垢だったフェアリーナの魂は薄汚れていく。
 電脳機巧リバイヴは怪人王ジェノシスが果たせなかった目的を達成した。魔法少女フェアリーナの打倒。考え得る苦痛と屈辱に悶え、死を望んでいる。しかし、殺すつもりはなかった。
 機骸となった阿松星凪の遺志は、愛しの人妻を我が物とし、独占したがっている。京一郎との仲を引き裂く。衰弱した心を誘惑する。
「あんな軽薄な男は忘れて、僕との幸せな実験生活を楽しもう。たっぷり愛情を注いであげるよ。僕は一途だもん」
 彩花音を愛でる京一郎に対抗するリバイヴは、フェアリーナに愛情を込めて接吻し、巨大な乳房をねちっこく揉み回す。
 反抗の気力が失せたフェアリーナはされるがままだった。
 大胆になったリバイヴは舌を口内に侵入させ、ねっちょりとした唾液を絡ませる。ゆっくりと手を下ろし、機胎蠱毒の妊婦腹をじっくりと撫でた。
(心に空いた大きな穴……。私の病んだ精神を蝕む。でも……身を委ねてしまいたい……。この悪しき感情に……!! 愛されるのが嬉しい……! 墜ちていく……! 身体が悦んでしまっている……!)
 絶望の底に突き落とされたフェアリーナは泣いていた。大粒の涙が頬を伝う。
 培養槽に浮かぶ五体のホムンクルスも悲嘆していた。四肢を固定する拘束器具を介し、フェアリーナと生体配管で繋がっている。魔力増幅器の役割を果たすクローンのホムンクルスは、フェアリーナとシンクロ状態にある。
 魔力を計測しているメーターの針が回る。全盛期を遙かに上回る絶大な魔力放出。抑えこむために原子力発電所のタービンに流し、電力変換させているが、科学制御の限界点を超えようとしていた。
(これが魔法少女の力……! すごい! 素晴らしい! ほとばしるエネルギー!! 電脳機巧である僕の科学力でも手綱を握りきれないや! 魔法契約があるとはいえ、魔法は魔法で上書きできる……! もっと引き出してやるっ!! このままの調子ならいずれは、拘束器具も意味をなさなくなる……!)
 臨界点に達した魔力が何を起こすか。リバイヴには予想がつかなかった。
(遺志を果たせるのなら、僕がどうなろうと構わない! 機胎蠱毒で育まれる新たな厄災。受肉の刻は近づいている。当初の計画から大きく逸脱しているけど、目指すところは同じ。――怪人王を復活させる!!)
 暗黒物質の完全消滅で頓挫した怪人王復活計画。一度は諦めたが、魔法に望みを託した。リバイヴは大勝負で勝利したのだ。
「大丈夫……。僕が心の隙間を埋めてあげるよ」
 最強の魔法少女に邪心を植え付ける。発芽した悪逆の感情は清純な精神を蝕み、魔力の宿った肉体を変貌させる。

 ◇ ◇ ◇

 原子力発電所の地下に広がる秘密研究施設は、機械生命である電脳機巧に相応しい隠れ家だった。怪人王ジェノシスが残した様々な実験器具、怪人製造用の培養槽、非合法的な禁止薬物の数々が保管されている。
 機械ばかりの無機質な実験場は、ここ最近になって模様替えが行われた。
「栄養剤の投与は不要だね。凄まじい速度で新陳代謝が繰り返されているのに、外部からの栄養供給を必要としていない。増殖し続ける魔法細胞……。フェアリーナの体細胞はもはや一種の永久機関だよ」
 地下の研究施設は肉壁に侵蝕されていた。血管が駆け巡り、粘液を滴らせる生体細胞が無機物と融合している。
「機胎蠱毒は新たな段階に入った。胎内での生存競争が終わり、肉体形成が始まっている。生誕の日は近い。でも、母胎の進化を加速させる何かが欠けてるんだ」
「……して……殺して……。魔法契約を解除してもいい……もう……生きていたくないの……。殺してください……」
「拒否する。命は大切にしなきゃね」
 魔法契約は双方の合意で解除される。心が粉々に砕けちったフェアリーナは契約破棄を懇願している。しかし、リバイヴは絶対に認めない。
「契約に縛られているから、僕は姫神美羽にしか傷つけられない。魔法契約が消えたら、僕は人間に危害を加えるよ? いいの? 僕はたくさんの人間を殺しちゃうよ~?」
「……どうでもいい! もう……苦しいのは嫌……。解放して……! お願いよっ! もう楽にさせて……!!」
「あー、やだ、やだ。薄っぺらな偽善。嘘をついているよ。自分の憎しみから目を背けちゃダメ。機胎蠱毒は成長し続けている。フェアリーナの憎悪を糧に命を育んでいるんだ。憎いんでしょ?」
「私は死にたいのっ! 殺して……っ! もう許してよっ!」
「魔力増幅器としていたクローン体のホムンクルスを吸収して二ヶ月が経った。細胞の融合……。まるで怪人細胞のようだ。僕の仮説が裏付けされていく。魔法少女こそが怪人の発生原因……元凶……」
 リバイヴはフェアリーナの孕み腹に耳を当てる。どくんどくんっと鼓動する命の脈動を感じ取る。
「魔法少女にあるまじき母の体。そもそも美羽さんが魔法少女だったのは十年以上も昔のこと。たとえ変身できても、今のフェアリーナは大人の女性なんだ。もう無垢な少女じゃない」
 繰り返された人体実験で、フェアリーナの身体は無機物と結びついた。幼少期の肉体を再現していたクローン体のホムンクルス五体と融合し、細胞増殖は続いている。
「電脳機巧リバイヴは機械生命……魂を持たぬ無機物。だけど、阿松星凪という少年の機骸を得て、今の僕が完成した。フェアリーナも進化できるはずだ。研究施設を侵蝕する細胞は欲している……。僕が欲望を満たしてあげる」
 プロジェクターが起動する。スクリーンに投影されるのはいつもの隠し撮り映像だ。
 美羽がいなくなった姫神家の日常風景。京一郎は彩花音を深く愛し、愛華羽は新しい母親に懐いている。最初から美羽など存在しなかったかのようだ。
 彩花音は勤め先の病院を辞めて、天羽雷神社の巫女になった。彩花音が愛用していた神聖な巫女装束の寸法を直し、自分の体型に合わせている。
 Kカップ超えの爆乳だった美羽は、和服が似合わない体躯だった。しかし、ほっそりとした身体の彩花音は和装が似合う美人。美羽のようなコスプレ感がなく、神職らしいお淑やかさを醸し出していた。
(憎い……! 私の夫と娘を盗んだ女……! 私が帰る家を奪った彩花音さんが……怨めしい……!!)
 海辺で鎮魂祭の儀式が執り行われている。海に身を投げたと思われている美羽を弔っているのだ。
「巫女の紅袴が海風でなびいてる。彩花音さん。故人の葬礼なのに、彩花音さんは幸せそう。ほら、膨らんだお腹の帯を緩めてるよ」
「……彩花音さんが妊婦……。京ちゃんの赤ちゃんを妊娠してる……!」
 辱めで無理やり妊娠させられた自分とは対照的だった。
 清らかな美しい新妻巫女。
 機胎蠱毒のボテ腹を抱える醜悪な魔法少女。
「新婚の夫婦だもん。きっと自分達の子供が欲しかったんだ。姫神家に新しい幸せが産まれようとしている。ねえ、許していいの? こんな裏切り行為を許せるはずがないよね。だから、きっちり復讐しようよ?」
「……できない……私には……誰かを傷つけるなんて……!」
「今さら善人ぶっても遅いよ? だって、本当の父親と母親を怪人に殺されたのは魔法少女フェアリーナだもん。歴代の魔法少女も同じ! 後ろめたい望みを叶えてきたんだ。魔法少女になった時点で手は汚れているよ」
「私はそんなの知らなかったわ……! 知っていれば……あんな形で自分の欲望が実現すると知っていたら……魔法少女になんかならなかった……!!」
「ついに認めてしまったね。魔法少女が善と正義の存在なんかじゃない。今から六十年前、日本に飛来した暗黒物質の隕石が齎した厄災。その正体は魔法なのさ。魔法に取り憑かれた少女達は哀れな犠牲者だと思うよ。だって、この世界は悪意に満ちている」
 リバイヴは泣きじゃくるフェアリーナを慈しみ、優しく慰めてあげた。
「今まで隠してたさらなる真実を教えてあげる。阿松星凪の正体。気付いたのはつい最近なんだ。阿松彩花音……いや、姫神彩花音は妊婦健診で産婦人科に通ってる。出生前検査のデータを盗んで遺伝子を調べたら、驚愕の結果が判明した」
「……?」
「父親が同じだった。胎児の父系遺伝子は阿松星凪と一致した。つまりね。星凪の父親は京一郎さん。血の繋がったパパなんだ」
「え……」
「京一郎さんは彩花音さんと肉体関係があった。美羽さんと結婚しているときから、裏切られてたんだよ。じゃないと星凪が産まれた時期と計算が合わない」
「嘘よ……。京ちゃんが……彩花音さんと……浮気してた……?」
「たぶん関係があったのは、彩花音さんが自暴自棄で非行に走ってたときかな。高校中退で悪い連中と連んでたとき……。新人警官だった京一郎さんに補導された。現役警官が未成年の非行少女と浮気、しかも妊娠までさせて産まれたのが星凪だったわけ」
「…………」
「再婚するのが早いと思ったけど、彩花音さんが浮気相手だったなら納得だ。これまでの出来事にも説明がつくよね。星凪が風邪をこじらせたとき、なぜ彩花音さんが京一郎さんに電話をかけたのか。星凪の父親だったからだよ」
「それなら……星凪くんと愛華羽は……兄妹……?」
「腹違いの兄と妹だった。僕とのお喋りで言ってたよね。京一郎さんは星凪を家から遠ざけようとしてたって。そりゃそうだよ。浮気相手の子供が遊びにきてるんだもん。僕が仕組んだ交通事故の日もそうだった。非番の京一郎さんは、遊びにきた星凪を怒鳴りつけて追い返した」
「……そんな……! そんなこと……!!」
「身勝手な話だよね。星凪が死んで、死体が消えた途端、京一郎さんは父親らしく振る舞い始めたんだ。生きているときは邪魔者扱いしてたくせにさ。彩花音さんが泣いているのを見て、良心が痛んだのかな?」
 フェアリーナの唇は真っ青だった。
「それとも都合良く、強気な妻が消えてくれたから? 邪魔に思ってたりして。あはっははっ!」
 人間の悪しき一面を嘲笑う。リバイヴは解き明かされた真実に呆れていた。
「これが幸せな家庭の裏側さ……。星凪が美羽さんに惚れた理由でもある。おそらく愛華羽ちゃんが妹だと気付いていたんだ。彩花音さんが教えるとは思えないから、きっと本能的に理解した。恋愛感情の相手として相応しくないとね。だから、星凪は美羽さんに恋い焦がれた。父親の女を奪ってみたくなった」
「……貴方はさぞかし愉快なんでしょうね。ハッハハハハ……。じゃあ、私が必死に守ってた平和ってなに? 人間はこんなに薄汚い……! そんなの知らなかった……! 私を裏切ってた京ちゃんのために……ずっと……ずっと……! 私の人生は……何だったのよ……! 意味なんかないじゃないっ……!」
「意味が欲しい? 与えてあげる。僕が望みを叶えよう。僕が結んだ魔法契約は『姫神美羽以外の人間には危害を与えない』だ。人間でなければ、僕は殺せるんだ。これまでがそうだったようにね」
 リバイヴはフェアリーナの胎を指差す。機胎蠱毒の子宮内で胎児は互いを喰い合った。巨悪の災禍を育てるために、リバイヴは有害な薬物を注入し、美羽と星凪の子供達を弄んだ。
「人間じゃない……。産まれるまでは……胎児は……人と見做さない」
 フェアリーナは葬送の神楽を舞う巫女を睨む。天羽雷神社の榊杖で、いけしゃあしゃあと穢れ祓いする夫の浮気相手。幸福の絶頂にいる彩花音の含み笑いは、フェアリーナの心を逆撫でした。
「……ハハッハハハハハ……ハッハハハハハハハハッハハハハ……!!」
 巫女の紅袴は膨らんでいる。臨月の胎に宿る女の幸せ。一人息子の星凪を亡くした母親は新しい子供を産まんとしている。
「どんな薄汚い願望だろうと叶う。だって、君は魔法少女なんだから。本心を言葉にして……! 僕に呪いを願うんだ!!」
「殺してきて……! 京ちゃんと彩花音の赤ちゃんを……殺して……! 私がこんなに酷い目に遭ってるのにっ……! 壊れちゃえ! ぐちゃぐちゃにしてやるっ!! 何もかも……私を棄てた奴らに不幸を! 絶望をばら撒いて……!!」
 フェアリーナの進化に欠けていたのは純粋な悪意。魔法少女の魂が深淵に呑み込まれた。魂に相応しい肉体へと進化すれば、怪人王の復活は果たされる。

 ――星読の予言は正しかった。
 ――魔法少女フェアリーナは新たな時代を告げる者。
 ――怪人王の復活、災厄の暗黒時代が到来しようとしていた。

【第三章】怪女繭獄、怪人女王インフェリーナ

 阿松星凪が死亡して二年が経った。
 姫神美羽がリバイヴの研究施設に拉致監禁されてから二年の歳月が流れている。
「細胞分裂が止まった。増殖を繰り返した体細胞がついに進化を終えたんだよ」
 外の世界では偽りの平和が続いていた。巨悪の化身が再び目覚めたと知る者はいなかった。
「魔法少女フェアリーナはさらなる変身を遂げ、怪人が復活する」
「……私がこの赤児を吸収すればいいの?」
「うん。彩花音さんの胎内から摘出した胎児の瓶詰め。血縁的には星凪の妹になるはずだったモノ。もはや呪物だね。大変だったんだよ? 医者に胎児が死んだと誤診させて堕胎させたんだ。赤ちゃんの骸を病院から盗んで薬漬けにするのも一苦労さ」
「ねえ、ちゃんと殺したのよね……? 動いてない? まだ生きているように見えるけど」
「魚でいうところの神経締め? 人間的な意味でなら完全に死んでいるよ。死んだら腐っちゃうからね。脳だけ殺して、肉体的は生かしてある。生体機骸として加工したんだ。魂のない生きた屍。クローン体のホムンクルスでは駄目だったけど、その胎児をフェアリーナが吸収すれば、肉体に宿る魔力は堕落する……」
 リバイヴは拘束器具の固定を解除した。
「拘束を解除した。どうかな。二年ぶりの自由は? 電気信号を筋肉に送り続けたから、衰えてはいないはずだよ」
 四肢の自由を奪われていたフェアリーナは二年ぶりに自分の両足で床を踏みしめる。解き放たれた左右の手で、自分の爆乳を揉み上げた。
「身籠もっているとはいえ、身体がとても重たく感じるわ」
「臨月の状態で一年以上も育て続けた。身重の肉体には慣れてもらうしかないかな。僕とフェアリーナの愛が実っているんだもん」
「たくさん注がれたものね。身体がはち切れそうだわ。魔法少女の衣装が窮屈……。本当に子供っぽい服。こんなもの……はやく脱ぎ捨ててしまいたいわ」
 フェアリーナの魂は深淵へと墜ちた。
 人の良心を捨て去り、善と正義を否定する。己の欲望のままに魔法の力を振るう悪しき邪女となった。
「リバイヴ……。薬瓶を渡しなさい。吸収するわ」
 京一郎と彩花音の胎児が詰められた瓶を献上させる。魔力で蓋を吹き飛ばし、胎児の遺骸ごと新鮮な細胞を吸収する。
「あ゛ぅ~んっ! ごぉっくっん!!」
 巨鳥の卵を呑む込む蛇を彷彿とさせた。
「ん゛っ! おほぉお゛ぅっ! ううぅううぉおぉおお゛っ……! おぅっ!」
 顎を外し、無理やり喉を押し通す。喰われた胎児の遺骸は消化器官を素通りし、機胎蠱毒で巨大に孕んだ子宮へと運ばれる。
「んっごおっぉおぅう゛ぅっ……! ん゛ぅぅううぅぅぅっん……!」
 無垢な赤児の血肉は極上の供物。
 魔法少女フェアリーナをおぞましいモンスターへと堕落させる生け贄なのだ。
 魔法少女の衣装が腐食していく。もはや善の側には戻れない。
「お味のほどは?」
「はうぅ……?? 美味しいわ。復讐は蜜の味。肉体の隅々まで充ち満ちる。胎内に反響する怨嗟の声が心地好い。愉悦の極みだわ……!! 病みつきになっちゃう! 深淵から魔力が沸き立つ……!」
 人間であったころの美羽ではなくなった。悪に染まった魔法少女の瞳は、邪鬼の妖光が宿っていた。聖なる少女から、禍々しい魔女へと穢れていった。
(怪人王ジェノシス様……! 地獄の深淵で見ていますか? 僕は葬られた怪人達の遺志を果たしました。新たな災厄の誕生を祝福してください! 怪人の新たな支配者! 彼女こそ人類に仇なす災禍の化身……!)
 興奮を隠せないリバイヴは鼻息を荒くしている。
 大きな修正が加えられた怪人王復活計画。怪人王ジェノシスの核であった宿魂石がないのなら、別の者を怪人王に仕立てればいい。
 怪人の生み出した元凶であり、強大な魔法現象を引き押す異形の存在。すなわち、魔法少女フェアリーナこそが新たな怪人の王となるのだ。
「ふぅ……??」
「禍々しい汚染魔力。今のフェアリーナは本物の怪人だ。素晴らしい!」
「リバイヴ……。貴方は私を騙していたわね?」
「子作りの目的? 嘘はないよ。星凪が抱いていた人妻への劣情は、今も僕の心で生き続けている。でも、僕とフェアリーナの交わりで、怪人王が産まれるわけではないね。その辺はずっと濁してた」
「機胎蠱毒は暗黒物質を私に生成させる手段……」
 フェアリーナは醜く膨らんだ下腹をさする。
「ご名答♪」
 前部に大きく突き出たボテ腹には悪の結晶が生成されていた。胎児の形をしている。母胎の腹を蹴り、激しく胎動する異形の子。かつてフェアリーナが破壊した暗黒物質と同質の気配を感じ取っていた。
「私の子宮で生成されたのは暗黒物質……。怪人王ジェノシスのコアだった宿魂石と同じ。魔力を汚染する怪人細胞の結晶。魔法少女だった私は堕落し、ダークパワーを身に宿した」
「胎内の暗黒物質は母胎を汚染する。供物を喰らったことで、人間性の枷が外れたんだ」
「やっぱりね。……魔法少女フェアリーナを怪人の支配者へと変身させる。最初からそういう計画だったのでしょう?」
「途中で軌道修正はあったけど、概ねはその通りだよ。怪人王を産ませるより、魔法少女フェアリーナを造り変えるほうが簡単だ。それでも二年はかかってしまった。まあ、そもそも成功率がゼロパーセントの計画だったし、よくやったほうだと自画自賛したいよ」
「私がリバイヴを褒めてあげる。誇らしいわ。貴方は一人でよく頑張ったわ」
 フェアリーナはリバイヴを手招きする。照れている姿は、生前の星凪と全く同じだった。
「ちょっと、恥ずかしいってば……!」
「あら? 意外に初心ね。あんなに大胆で激しく私を愛してくれた子とは思えないわ。私を身籠もらせたのは誰? 私の身体を誰よりも知っているのは貴方よ」
「今までずっと拘束器具で固定してたから、今のフェアリーナが相手だと緊張しちゃう……。この二年間で機骸に宿ってた恋心は……強まっていった。生前の星凪が抱いてた愛情だけとも思えない……。おかしいよね。僕は電脳機巧……ただの機械だっていうのにさ」
「何もおかしくないわ。リバイヴは私を愛しているのよ。絶対に裏切らない。可愛い子供……?? 今度は私が望みを叶えてあげる。ふふふふっ?? 私の欲望でもあるわ……?? 魔法少女フェアリーナは怪人に変身するのよっ……??」
「やった! 僕、嬉しいっ! ついに怪人が復活するんだ!! 怪人の新たな支配者! 魔法少女フェアリーナが女王様になるっ! 僕のご主人様……!」
「魔法少女フェアリーナの名は捨てるわ。人間だった頃の……姫神美羽も……志乃原家の娘として産まれた過去を消し去る……!」
「分かった。手伝うよ。僕は二年前に交わした魔法契約の解除を求める。お互いの同意があれば、あのときに交わした契約は取り消される」
「認めるわ……。人間に復讐しましょう。今の私は身も心も怪人になったわ。人殺しだって厭わない。ひたすらに自分自身の欲望を満たすわ。だって、望んでしまったの。私は悪に染まるっ??」
 妖精の光羽が腐り墜ちた。その代わりに生えてきたのは、おぞましい模様が浮かび上がった醜悪な蛾の羽根だった。

「――これからは私を怪人女王インフェリーナと呼びなさい」

 人間の表皮が剥がれ落ち、青紫色の皮膚に変貌する。
 髪は淫靡なピンク色に生え替わり、頭部から触角が突き出した。人外の肉体へと変じる最中、口から大量の糸を吐き始めた。
 まるで人間の少年を捕食しようとする女怪人だ。吐き付けられた糸は、二人の身体を覆う。
「じょ、じょうおうさま? インフェリーナ様……? これは何をしているの……?」
「転成の繭を造っているわ。まだ怪人への変身は終わっていないのよ。生まれ変わらないと人間だったときの残滓が消えないわ。名前を棄てるだけじゃ駄目よ。記憶を完全に消去しないと、人の心は残ってしまう。星凪くんの死体に私への恋慕が残り続けたようにね」
「なるほど。繭のなかで身体を造り変えるんだ! すごくいいアイディアだと思う! ……近くで見守らせてもらうね」
「あら? 何を言っているのかしら? 貴方も一緒に入るのよ? 私に仕えるのだから怪人になりなさい。機械と人間の融合した電脳機巧……。もしプロトコルを上書きされたら、貴方は私を捨てる……。そんなのは許さない。一生涯の隷属……未来永劫……私に仕えるのよ」
 機骸で魂を得たとはいえ、機械生命でしかないリバイヴは、組み込まれたプロトコルに従うマシーンだ。製造者は先代の怪人王ジェノシスであるため、怪人女王インフェリーナをマスターと呼ぶこともない。
「で、でも、でも! 魔法と機械は相性が……!」
「私は怪人女王になったのよ? 全ての怪人を支配する絶対の女王。裏切りを許さないわ」
 幾重に絡まった糸はリバイヴの逃走を阻む。
 かつて姫神美羽を拉致監禁したリバイヴは、逆の立場に追い詰められた。怪人の力に目覚めたインフェリーナは魔力の糸で巨大な繭を編む。
「女王の愛で生まれ変わりなさい――怪人魔法クイーン・オブ・クリーチャーズ??」
 秘密研究所に巨大繭が形成される。周囲の実験器具を薙ぎ倒し、縄状に絡み合った魔力糸が天井と壁にへばり付く。強大な魔力が込められていた。繭の内側に閉じ込められたリバイヴは身動きがとれない。
「ふふっ……! 怪人女王に変身する私を間近で見られるのは嬉しい? 特別なのよ。貴方は特別な愛しい子。可愛い愛玩怪人にしてあげるから」
 魔法少女の衣装から解き放たれたインフェリーナはリバイヴの矮躯を抱きしめる。
 繭が汚染液で満ちていく。胎内から溢れ出した凶悪な魔力が液状化し、リバイヴの研究白衣を熔解させた。
「……っ! 女王様っ……!! こんな魔法の液体に浸けられたら、僕の身体が溶けちゃうよ!?」
「大丈夫。私と一緒にいれば溶けたりしないわ。ほら。いつもみたいに私を慰めて。私を愛しなさい。私もリバイヴのために全てを捧げる。人類に仇なす絶対悪の化身、怪人女王インフェリーナになってあげるわ??」
 人間だったころの記憶を消し去る。精神にこびり付いた善良な心を削ぎ落とし、完全無欠の怪人へと変貌するのが、インフェリーナの目的だった。
 リバイヴの意図とも合致するが、自分まで繭に囚われるのは想定外だった。胎内の暗黒物質で生成された汚染液は、インフェリーナとリバイヴの肉体に染み渡る。
(怪人細胞への変成……! 僕の肉体はもともと阿松星凪の死体を加工して造った機骸。暗黒物質に汚染されれば、怪人の力を得られるかもしれない。でも、問題なのは電脳だ……。液体金属のナノマシーンが魔法の影響を受けたら、どんな障害が出るか分からない)
 自己防衛プログラムは危険信号を飛ばしている。けれど、今さら怪人女王インフェリーナを止めることはできない。
(わずかに残った姫神美羽の人間性を……、魔法少女フェアリーナの善良な心を消滅させる気なんだ。怪人王ジェノシス様以上の化物に墜ちる……。僕が望んだ以上の存在に変身しようとしている)
 恐怖はある。しかし、それでも見てみたかった。
 正義の化身として、人類のために戦い抜いた最強の魔法少女フェアリーナが絶対悪に変じる瞬間を見届けたい。
(培養槽みたいな居心地。まるで羊水で満たされた子宮の中だ。二人で入るにはちょっと窮屈だけど……)
 身に着けていた衣類は完全に溶けてしまった。強酸性の液体に漬け込んでも破れないはずの研究用白衣が跡形もなく消えた。真っ裸のリバイヴは魔法少女の衣装を脱ぎ捨てたインフェリーナに抱きしめられている。
「痛っ……!」
 臍の穴に鋭い痛みが走る。汚染液に薄らと血液が滲んでいる。リバイヴの腹から流れ出した鮮血だった。
「これは……? 女王様……? 僕のお臍に触手が入り込んでる。極太の血管……?」
 赤黒いグロテスクな触手を臍の穴を貫通し、体内の臓腑に侵入していた。触手の根元はインフェリーナのボテ腹。機胎蠱毒で暗黒物質の胎児を宿した孕み腹の臍穴から伸びていた。
「臍の緒じゃないかしら? 繭は私の欲望を叶える邪悪な揺籃、いわば私の胎内よ……。母胎と胎児は臍帯で繋がっているわ。いつも注がれてばかりだったから、そのお礼とでも思ってちょうだい??」
「あっ……んぁ……女王様……! 体内にエキスが入ってくるっ!!」
「繭での変身には長い時間がかかりそうだわ。一年はずっと繭の中にいるかもしれない。たっぷり愛し合いましょう。私は貴方を怪人にしてあげる。その代わりに、私から記憶を奪い取って……。怪人の肉体になったけれど、私にはまだ人間性が残っているわ。貴方が私の心を奪い尽くすのよ」
 インフェリーナは自慢の爆乳でリバイヴの顔面を包み込む。
「さあ、私を食べて……?? 私を愛して?? 私を求め続けなさい?? 過去を忘れさせて??」
 怪人の新たな支配者となったインフェリーナは、たった一人の愛しい子を抱擁する。
「女王様……! 女王様っ……!!」
「ふふっ?? もう立派な男の子ね……?? 好きなだけ……貪らせてあげるわ……??」
 秘密研究所の天井にぶら下がる薄気味悪い繭は揺れ動く。羽化の刻が訪れるまで、愛の巣は邪悪の化身を育むのだ。

 ◇ ◇ ◇

 姫神美羽の失踪から約三年後、警察の捜査は終了し、保管期間を過ぎた記録は破棄された。
 海辺に白骨体が打ち上げられたのだ。残された家族も美羽の自殺を受け入れていたが、捜査を続けている者達がいた。
 
 ――公安特務局、魔法少女の支援機関である。
 
 もし姫神美羽が普通の人間だったなら自殺はありえる。しかし、魔法少女の能力を宿す者は絶対に死なない。そのことを知っていた公安特務局は、姫神美羽の失踪と自殺を不審に思った。
 怪人王ジェノシスが滅ぼされ、休止状態だった公安特務局にエージェントが再び集まり、真相の究明が続けられていたのだ。
 一向に手がかりが掴めないまま三年の年月が流れたのは、電脳機巧リバイヴの優れた偽装工作があったからだ。インターネットに接続された電子データは全て改竄されてしまう。科学捜査に頼った弊害であった。難航する捜査の中、ついに公安特務局は手がかりを見つける。
 阿松星凪の遺体が病院から盗難された事件に着目した。同時期、病院に勤務していた男性医師が行方不明となっていた。
 目撃証言を辿り、海に沈んでいた男性医師の死体と運転していた自動車を発見。後部座席から阿松星凪の血痕が見つかり、病院から死体を盗み出した犯人だと特定した。
 さらに興味深かったのは自動車に残っていた放射性物質だった。健康に害を及ばない微量の放射性物質だったが、自然界には存在しないものだった。
 病院勤務の医師であれば治療の関係で放射性物質を扱うケースはある。しかし、自動車に放射線の痕跡があったのは不自然だ。
 疑いの目は近くの原子力発電所へと向けられた。怪人王ジェノシスが秘密裏に建造した施設がある場所としても、その原子力発電所は疑われていた。
 放射性廃棄物保管庫になる予定だった地下空間があった。近隣住民の反対運動で保管庫の設置は見送られ、使われていないはずの空間に三年前から電力が供給されている。
 送電で発生するエネルギーロスとして、巧妙に改竄されていたが、記録を人間の手で計算したところ、やはり電力が秘密裏に送られている事実が判明した。
 公安特務局の疑念が確信に変わった瞬間だった。
「アルファ部隊から本部へ。分厚い鋼鉄製の扉を発見した。ちょうど原子炉建屋の真下だ。設計図に記載は?」
「記載はない。アルファ部隊が進んでいる地下道も存在しないことになっている。本来なら地下水を流す配管があるだけの空間だ」
「……つまり、ここは本命かもしれないってことだな」
 怪人災害の被災救助、魔法現象の隠蔽を担う公安特務局の特殊部隊は、電脳機巧リバイヴの秘密研究所に辿り着いた。
「扉を開けられそうか? 言っておくが爆発物の使用は許可できないぞ」
「分かっているさ。ここは原子力発電所。そもそも発破ようの爆発物を持ち込ませてくれなかったろ。時間はかかりそうだが、電動ドリルで穴を開けさせてる」
「そうか……。慎重にやってくれ。もし無理なら一度、引き上げていい。公安特務局の最終兵器を使う」
「最終兵器ね……。正直な話、俺はまだ大佐の話が信じられませんよ。この任務を言い渡されたとき、俺がどんな顔をしていたか見てたでしょう?」
 無線越しに軽口を叩くアルファ部隊の隊長を指令本部の大佐は諫める。
「無駄口は慎め。怪人王ジェノシスの秘密研究所なら、何かが潜んでいるかもしれない。貴様は怪人災害を知らないヒヨッコだ。怪人が出てくれば、我々には対抗手段がない」
「それで頼りにするのが魔法少女ですかい……? でも、今日は校外学習で動物園に行っているんでしょう。呼びつけるのは気が引けますよ」
「……異変があったらすぐに待避しろ。何度でも言うが、怪人に現代兵器は通じない。接敵したら一方的に虐殺される」
「了解。二階級特進は魅力的ですが、まだ生きてやりたいことがありますしね。いつでも撤退できるようにしときますよ。おっ! やっと扉を開けら……そ……で……。これ……ら……大佐……に……入り……。今の……異常は……な……」
「どうした。アルファ部隊? 通信が途切れている。よく聞こえないぞ。くそ。原子炉建屋の地下にあるせいか。待機中のブラボー部隊を向かわせろ。先行するアルファ部隊を呼び戻せ。すぐ撤退させるんだ」
 魔法少女フェアリーナが怪人王ジェノシスを倒して十三年の時間が経過した。再招集された公安特務局には、怪人と交戦経験がない者ばかりだった。
(嫌な予感がする……)
 本部で隊員の安否を危惧する大佐は、祈るように手を組む。
 十三年前に倒された怪人王ジェノシス。復活を目論んでいたのは公安特務局も把握していた。だからこそ、最強の魔法少女であったフェアリーナと連携し、徹底的に悪の芽を潰した。しかし、三年前に姫神美羽は姿を消してしまった。
 ――悪は再び息を吹き返す。
 アルファ部隊のエージェント達はセキュリティゲートを突破し、地下研究施設に突入する。彼らが目撃したのは、人間を包み込めるサイズの巨大な繭だった。
「なんだこりゃ? 昆虫の繭か?」
「不用意に触れるなよ。これほど巨大な繭は自然界に存在しない。……大佐が言っていた怪人とやらの繭か?」
「例のファンタジックな話、本当なんですかねえ。魔法少女と怪人……。先輩達は大真面目に語ってましたけど、俺はエイプリルフールのジョークだとばかり」
「ああ。吹き出すのを堪えるのが大変だった。精鋭のレンジャー隊員を選抜して、どんな特殊任務かと思ったら、魔法少女のサポートだとさ」
「おい。本部の大佐に聞かれたら不味いぞ」
「無線が断絶してる。だが、本部への報告ができない。とりあえず戻ろう。この繭を除去するにしたって、火炎放射器くらいは必要だ。それにしてもこりゃ何なんだ?」
「生体実験の産物ですかねえ。放射能の影響で巨大化?」
「ガイガーカウンターの数値は正常だ。放射能漏れの心配はないぞ」
「そうだとしてもここは原子炉の真下なんでしょ? 火炎放射器の使用許可が下りますかね?」
「ダイナマイトで吹き飛ばすよりはいいだろ? だけど、場所が場所だけに火も厳禁かもな」
「じゃあ、この不気味な繭を解体して外に運び出すのか? 面倒だな。ん、待て? 繭の中で何かが動いたぞ……?」
 銃身に装着したタクティカルライトで繭を照らす。
 浮かび上がるのは、大人と子供が絡み合ったシルエット。親子とも恋人とも見える交わりの陰影。周囲に近づく人間の気配を感じ取り、繭の人影は蠢いている。
「生きてるな……」
 先ほどまで緩みきっていたアルファ部隊の隊員はアサルトライフルを構え直す。犯罪者や猛獣のたぐいなら、銃火器があれば安心できる。しかし、相手が魔法を使う怪物に常識は通じない。
 ――怪人女王インフェリーナの繭が羽化する。
 約一年もの間、汚染液の繭獄で愛し合っていた女王と少年は、この世に再び現われた始祖の怪人であった。
「ふふふっ……。間抜けな獲物が沢山いるわ。どんな魔法で殺してあげようかしら?」
 瘴気を放つ腐食性の汚染液が床に垂れ流れる。繭に空いた裂け目から、美しい妖女が現われた。
 泥々の粘液に塗れた身重の妊婦は、魔女の黒装束で着飾っている。異形の怪物であるが、一目で人間の魂を吸い出してしまう妖艶な美貌の持ち主だった。
「まずはその野蛮な武器を捨てなさい。銃弾で私を傷つけるのは不可能だけど、とても不愉快な気持ちだわ」
 胸に実った西瓜サイズの乳房がたぷんたぷんといやらしく揺れる。
 ゴシック風の魔女ドレスは恥部を局所的に隠しているが、重量感たっぷりの乳間を大胆に見せつけ、臍ピアスで彩られたボテ腹は青紫の痴肌を晒す。スカートも極端に短く、巨尻の形がありありと分かった。
 アルファ部隊の隊員には少数ながら女性もいたが、指先すら動かせず、恍惚の表情でインフェリーナに見とれている。
「んっ?? あぁんっ?? 人間には刺激が強すぎたかしら? 鼻血が垂れてるわよ?」
 かかとが細く尖ったスティレットヒールで悠然と歩く。媚肉は卑しく震えるが、身体の中心を通る重心の線は微動だにしない。ファッションショーのモデルを彷彿とさせるが、人外であるインフェリーナには本物の触覚と羽根が生えていた。
「たっぷりと味わいなさい。怪人女王インフェリーナのエクスタシー・フェロモン……?? 科学的な毒ガスとは違うわ。化学防護服で怪人魔法を防ぐことはできないの。あぁ~ぁ~。なんて情けない奴ら。可哀想だわ。魔力が使えない雑魚生物は死に絶えなさい」
 醜い模様が刻まれた蛾の羽根を広げる。散布する鱗粉は、怪人細胞で汚染された胞子が混ざっている。吸い込めば肺が壊死し、粘膜や皮膚に触れるだけで、致命の毒性を発揮する殺戮魔法。右手に顕現させた魔法杖を掲げる。
「黒焔は愚者に制裁を下す。己の弱さを思い知りなさい。――必殺魔法イビルウィッチ・インフェルノ!」
 漆黒の火花が散る。鱗粉の連鎖爆発はアルファ部隊の隊員を一瞬で蒸発させた。轟音と爆風が地下で炸裂する。姫神美羽が清らかな少女だった頃、魔法少女フェアリーナが怪人王ジェノシスを葬り去った必殺魔法は人類殺戮の悪色に染まった。
「あはっはははははははっ! 消し飛んじゃった! 肉片すら残っていないわ! ほんと、雑魚ばっかり……! 弱い生物だわ! ちっぽけな人間ども! あぁん……?? もっと、もっとォ! たくさん殺してあげるんだからっ! 残酷に、冷酷に、悪辣にィ! 人間を殺し尽くしたいっ!! 全ての人類は怪人女王インフェリーナに殺人の愉悦を捧げるのよ??」
 消し炭と血痕だけが残る凄惨な研究室で、インフェリーナは高笑いをあげる。実験器具があらかた吹き飛ばされたが、天井からぶら下がる繭は被害を受けていなかった。
「お寝坊さん?? ほら、出てきなさい。リバイヴ?? 人間達は皆殺しにしたわ」
 インフェリーナは鋭い赤色の鉤爪が付いた五本指で手招きする。
「女王様……。人間がここに侵入したってことは、公安特務局に気付かれたんだ。すぐに移動した方がいいと思う」
 怪人に変身させられたリバイヴは、身体にべったりと付着した粘液を払い落とす。
 ほんの三年前までリバイヴは単なる人工知能、魂を持たぬ機械生命だった。しかし、阿松星凪の機骸で自我に目覚め、インフェリーナとの長期間にわたる交わりを経て、愛玩怪人に改造された。
 怪人女王インフェリーナに一生涯の忠愛を誓った臣下。最初に造られた怪人一号となった。怪人細胞で変質した肉体は小悪魔に変質し、飼い蚕の白い両羽が背から伸びている。
「何も心配はいらないわ。私の魔法で守ってあげる」
 インフェリーナの臍に付いているのと同じピアスが、リバイヴの臍にもある。繭にいる間、二人は臍の緒で繋がっていた。そして、今も見えない魔力の臍帯で結ばれている。
 お揃いの臍ピアスはインフェリーナとリバイヴの深い関係を象徴していた。
「でも、使い捨ての手駒は必要になるわ。どこかに怪人生産プラントを作りましょ。見込みのある人間を拉致して、怪人の兵隊を生み出すの。先代の怪人王ジェノシスよりも上手にできるわ。私とリバイヴならね」
 インフェリーナは姫神美羽だった記憶を完全に失っている。第十三目の魔法少女フェアリーナとして戦ったことすら、完全に忘れ去っていた。
 電脳機巧であるリバイヴは、かろうじて記録という形で覚えているが、その事実を話すのは魔法で禁じられてしまった。
(怪人女王インフェリーナ様と魔法少女フェアリーナはまったくの別人だ。怪人化したせいで、顔立ちが同じでも気付く者はいなさそう。たぶん、肉親の家族だろうと……)
 正真正銘の化物なのだ。怪人魔法でアルファ部隊の隊員を躊躇いなく皆殺しにした。人間に向ける殺戮衝動は先代を怪人王ジェノシスを上回る。
「抱っこしてあげるわ。こちらにいらっしゃい」
 インフェリーナは魔法杖を次元の狭間に収納し、リバイヴの小さな身体を持ち上げた。生乾きの蟲翅を折り畳み、媚体に実った巨峰を抱きしめる。
「恥ずかしがらずにしがみ付いてるのよ?」
「う、うんっ!」
「ふふふっ……?? 魔力が身体から溢れ出しているわよ。そんなに私と愛し合いたいのね?」
「インフェリーナ様が女王蜂なら、僕は雄蜂だもん。そういうふうに僕を造り変えたのは女王様なんだからね。ほんと、良い趣味してるよ」
「愛玩怪人リバイヴ。私を愛していいのは貴方だけ。そして、私も貴方だけを愛しているわ。繭で魂に刻み込んだ愛欲の本能はけして消えず、どれだけの年月が過ぎようと変わりはしないわ」
 社会性昆虫は巣立ちの際、女王と雄が新たな居住地を求めて飛翔する。
「さあ、外の世界に旅立ちましょう。邪魔者は魔法で消し飛ばしてやるわ」
 リバイヴを抱えたインフェリーナの身体が空中に浮かぶ。蛾の羽根を左右に大きく広げ、鱗粉を撒き散らしながらの結婚飛行が始まった。
 アルファ部隊の救援に駆けつけたブラボー部隊も、原子炉建屋を破壊していたインフェリーナの魔法攻撃に巻き込まれて半数以上が殉職した。
 公安特務局が十三年ぶりに再結集し、最初に挑んだ偵察任務は失敗に終わり、甚大な壊滅的な被害を被った。
 駆逐したと考えられていた怪人の復活。そして怪人の脅威に対抗できるのは魔法少女だけ。魔法少女の能力に目覚めた愛華羽の育成が公安特務局の急務となった。
 この年、九歳になったばかりの愛華羽は、魔法少女への変身能力を会得したばかりだった。これから対決し、死闘を繰り広げる怪人の首魁が実母だとは知る由もなかった。

 ◇ ◇ ◇

 怪人女王フェアリーナは子宮で生成した暗黒物質を胎外に産み落としていない。動きにくい身重の肉体を維持し、巨胎の妊婦体型で過ごしている。
 怪人を作り出す源は暗黒物質から滲み出るダークパワーであった。
 先代の怪人王ジェノシスは玉座に宿魂石として埋め込んでいたが、怪人女王インフェリーナは胎内に宿す赤児のままで留め置いている。
「よしっ! 女王様、植え付けの準備が整ったよ」
 リバイヴは拉致した人間を培養槽に閉じ込め、インフェリーナに捧げる。健康な男女が数十人、生きた状態で培養液に浸けられていた。
「ふふっ……! いつもご苦労様。怪人生産プラントの新造計画は順調かしら?」
 インフェリーナは産卵管を伸ばし、意識のない人間に産み付けていく。怪人女王の寄生卵は人間の体細胞を怪人へと造り変える。
「うん。細胞変異に耐えきれず絶命した者も何人かいたけど、雑兵クラスの怪人戦闘員は問題なし。幹部クラスも既に活動中が四体で、こちらも新しい生産プラントが完成すれば増産できる」
「いいわね。とっても良いわ。もっと手駒を増やして、人間達を奴隷に改造しましょう。より強力な怪人を生み出して、人類を滅ぼすのよ」
 半透明の産卵管から送り込まれる紫色の卵は、電脳機巧リバイヴのナノマシーンと怪人女王インフェリーナの魔法遺伝子が組み込まれた受精卵。愛の営みで成された狂愛の結晶だ。
「一つだけ気がかりなのは、幹部クラスの蜘蛛鬼怪人がやられた一件かな。それとインフェリーナ様が破壊した原子力発電所も復旧してしちゃった」
「あら……? ついに動き出したってこと?」
「公安特務局の力では不可能だよ。怪人を殺すのも、破壊された原子力発電所を元通りにするのも……魔法の力がなければできない」
「――魔法少女ミスティハート。人類の希望とやらが頑張っているようね。ふっふふふふ。幹部にしていた蜘蛛鬼怪人を倒したんだから、ちょっとは歯ごたえがある相手だと期待しているわ」
「油断は禁物だよ。この世に女王様を倒せる存在がいるとすれば、それは魔法少女だ」
「ええ、魔法少女の危険性は認識しているつもりよ。少なくとも先代の怪人王ジェノシスと同じ轍は踏まないわ。でも、配下任せは私の柄じゃないの。手を下すのは私であるべきだと思うわ。たかだか十歳の小娘相手に逃げ隠れなんて……。私は嫌よ」
「変身している間、魔法少女は不死身になる。変身が解けた生身の状態でしか殺せないよ……」
「正体はもう掴んでいるのよね?」
「魔法少女ミスティハートの本名は姫神愛華羽。父親が地元警察署の巡査部長。母親は元看護婦で、今は天羽雷神社の巫女をやっている」
「…………」
「女王様? どうかしたの……?」
「いいえ。何でもないわ。どこかで聞いたような……懐かしい気がしてしまった。どうしてかしら? ……どうでもいいわ。忘れているのなら、大したことじゃないわ」
「うん、そうだろうね」
「身元が割れているなら、魔法少女ミスティハートの肉親を襲えばいいわ」
「調べたところ、姫神家の事情がちょっと複雑なんだ。姫神愛華羽は六歳のとき、交通事故で記憶喪失になってる。今の母親である彩花音は継母なんだけど、実の母親と思い込んでいるみたい」
「実の母親は?」
「死んでるっぽい」
「あっそう。血が繋がってなくても、一緒に暮らしている親子でしょ? 彩花音って女は人質や見せしめの価値があるわ」
「姫神家が暮らしてる天羽雷神社は強力な魔法結界で守られてる。怪人は立ち入り不可。魔法少女ミスティハートが結界内にいないとき、特に防御が固くなる」
「生意気なクソガキの割には考えているじゃないの。留守の間、結界の効力を増す魔法をかけたわけね。じゃあ、手懐けた暴力団関係者を使うのは?」
「公安特務局のエージェントが警備についてる。日本のヤクザ程度じゃ返り討ちかな」
「そう。まあ、いいわ。回りくどい手段なんか使わず、魔法少女を倒してしまえば手っ取り早いもの」
 寄生卵の産み付けを終えたインフェリーナは不敵に笑った。
 怪人の女王が心を許す唯一無二の存在、愛玩怪人リバイヴを抱き寄せる。愛らしい飼い蚕を模した異形の少年は、美しい妖女の孕み胎をマッサージする。
「強い怪人をたくさん造らないとね。女王様」
「ふふっ……。魔法少女ミスティハートを倒すのはどの怪人になるかしら? それとも……私自身が決着を付けるべきかもしれないわ。ねえ。貴方もそう思わない? それとも、ずっと陰でこそこそ隠れているつもりなの? 見えているわよ! 魔法少女ミスティハート!!」
 廃工場の怪人生産プラントは魔法で隠蔽されている。人間には侵入できず、存在を感知することすら不可能。怪人女王インフェリーナの魔法障壁を突破し、潜入まで果たせる者はこの世でたった一人しかいない。
 
「銀焔は悪に裁きの鉄槌を下す! 己の罪を悔い改めなさい!! ――必殺魔法ジャッチメント・インフェルノ!」

 精霊の羽根が煌めいた。空中を漂う極小の鱗粉が導火線となり、インフェリーナに豪炎の焔龍が襲いかかる。一撃必殺の魔法攻撃は、かつての怪人王ジェノシスを葬った魔法少女フェアリーナの得意技と同じだった。
(魔法少女ミスティハート……!? まさかこの怪人生産プラントに入り込んでいるなんて……! 不味いかもしれない。お互いに記憶を失っているとはいえ……血の繋がった母と娘。直接の接触は避けたかった)
 すぐさま物陰に身を隠したリバイヴは渋い表情を浮かべる。
(四年ぶりの再会……。でも、怪人女王インフェリーナになった美羽さんは、人間だったころの記憶を全て失った。好都合なことに、愛華羽ちゃんも星凪が死んだ交通事故で記憶喪失。僕や母親を忘れている。……それにしても凄い威力の魔法だ。幹部クラスの上級怪人でも直撃すれば絶命は免れない)
 天井に隠れていた魔法少女ミスティハートは降り立った。
 純白を基調とした戦闘服のデザインは、かつて魔法少女フェアリーナとして怪人と戦った母親に酷似している。銀色の長髪を靡かせ、巧みな手つきで魔法杖を振るう。
「不躾なガキね。名乗りの口上すらせず、奇襲攻撃だなんて……」
 インフェリーナの魔法防壁は灼熱の激龍炎を遮断した。余裕の表情で、淫靡なピンク色の髪を指先で弄っている。
「怪人女王インフェリーナ! 災禍を撒き散らす害虫めっ……! 覚悟しなさい! ここで貴方を倒し、世界に平和を取り戻すわ!!」
「大声で言わなくたって聞こえてるわよ。お子様は礼儀作法がなっていないわね。ふふふっ……! 未熟なのは身体と魔法だけにしてほしいわ」
 怪人女王インフェリーナと魔法少女ミスティハートは対照的だった。
 男の劣情を煽り立てる妖艶な美女、淫奔・爆乳・孕胎・巨尻を司る極悪の魔女。相対するは、凜々しさと無垢を兼ね揃えた聖なる美少女、純潔・華奢・秀麗・清廉を司る童女。
「公安特務局のエージェントが言っていた通りね。おぞましい異形の姿だわ。怪物の女王……!」
 嫌悪感を露わにしたミスティハートは、穢らわしい怪人の支配者を心の底から唾棄する。肉付き豊かな蠱惑的な身体を羨ましいとは思わなかった。
 男に媚びる巨大な乳房は醜悪。暗黒物質を孕んで膨らんだ下腹はおぞましい。淫欲に塗れた艶尻は下品で低劣。
 インフェリーナを見てるだけでミスティハートは気分が悪くなった。
「攻撃を防がれたのは初めて? 戸惑いが見えるわ。お子様ねぇ……。ふっふふふっ! 魔法少女ミスティハート! 貴方は魔法の深みを微塵も理解していないわ。決定的に欠けているわ。足りてないのよ。――純粋な殺意が??」
 手本を示すようにインフェリーナの反撃が放たれる。手のひらに凝縮した魔力が光弾となってミスティハートに向かう。
「……っ!」
 魔法防壁を突破され、焦ったミスティハートは回避しようと身を翻した。しかし、ほんの一瞬だけ反応が遅かった。
 背に顕現させている羽根を貫かれ、あっという間に腐食した。無敵の加護が宿る魔法少女の肉体であろうと、怪人女王の殺戮魔法は有効だった。
「さっきの攻撃は魔力を飛ばしただけよ? この程度の魔法攻撃さえ防げない。避け損なう鈍い動き……。はぁ。がっかりさせてくれるわ。もっと私を愉しませてよ。取るに足らない雑魚ね。こんなに弱いのなら、もっと早く殺しておけば良かったわ」
「ふんっ……! 確かに凄まじい魔力ね。でも、貴方は弱いわ。頭に行くはずの栄養が乳房に吸い取られてるんじゃないの。ケバいおばさん……!」 
 ミスティハートが回避し損ねたのは照準を定めるためだった。
 培養槽の影に隠れた小さな人影へ魔法杖の狙いを向ける。怪人女王が大切に守っている愛玩怪人。公安特務局は救出した市民から、飼い蚕の姿を模した少年型の少年がいると聞いていた。
「――顔色が変わったわよ。やっぱりアイツは特別な怪人なのね。守らなくていいの? 私の射程圏内にいるわ」
 ミスティハートの魔法攻撃はけして弱くない。飛び抜けた魔力を誇るインフェリーナは軽々と弾けるが、他の怪人にとって魔法少女は大きな脅威であった。
「うわっ! やばっ……!」
 リバイヴは脱兎の如く駆けだし、インフェリーナの背後に隠れた。安全な位置にいたつもりだったが、魔法の直撃は致命傷となる。魔法杖を向けられた本人以上に焦ったのはインフェリーナだった。
 魔法杖の射線上に立ちはだかり、リバイヴを庇おうとした。天敵に襲われる我が子を守る母獣。インフェリーナの行動は、リバイヴが使い捨ての怪人ではないと証明していた。
「べーっ! 卑怯者! か弱い怪人を狙おうとするなんて! 恥を知れーっ! 魔法少女のくせに卑劣だぞー!」
 安全を確保したリバイヴは罵詈雑言を浴びせかける。ミスティハートは魔法杖を向けたが、攻撃は放たれなかった。
(危なかった……! 咄嗟のはったりが通じて良かった。たとえ攻撃を放っても、標的に当てるのは難しかった。でも、これではっきりしたわ……! 怪人女王の意外な弱点……!!)
 ミスティハートは腐食した羽根を治癒する。
(拉致された市民を助け出したいけど、ここで戦ったら培養槽に囚われた人達が巻き添えで死んじゃう。悔しいけど、ここは撤退するしかないわ)
 怪人女王との実力差は明らかだった。
「――怪人女王インフェリーナ! 貴方は必ず私が倒す! 魔法少女ミスティハートの名にかけて滅ぼすわっ!!」
「あら? お家に帰る気? もう門限かしら? ダメよ、ダメダメ……?? 私の可愛いリバイヴを脅した罪。その粗末な命で償いなさい!!」
 飛翔したミスティハートに穢れた魔女の杖を向ける。放たれる攻撃は必殺の怪人魔法。この一年で多くの人類を虐殺した殺戮の奥義である。
「黒焔は愚者に制裁を下す! 己の弱さを思い知りなさい!! ――必殺魔法イビルウィッチ・インフェルノ!!」
 発展途上のミスティハートは、まだ魔法少女の能力が未熟だった。血の繋がった母と娘、ほんの四年前まで大切な家族だった美羽と愛華羽は、互いの絆を忘れている。
 最大の禁忌、子殺し。実の母親が腹を痛めて産んだ娘を殺める。
「黒焦げにしてあげる! さあ、悲鳴をあげなさいっ! 死体は辱めてから、大通りに吊すわ!! あぁ~?? ぞくぞくしちゃうっ?? 魔法少女ミスティハート! いいえ、姫神愛華羽! 貴方の父親と母親! 家族だけじゃ足りないっ! 学校の友人も見せしめに処刑してやるわっ! ほらほらぁっ! もう逃げ場はないわよ。漆黒の邪炎が追いつくわ! 絶望の悲鳴を私に聞かせてぇっ!」
「……っ!」
「悪足掻きは止めなさい! 魔法防壁じゃ防げないわよ。だって、貴方は弱すぎるもの! くふふふふふ?? 脆弱、貧弱、惰弱! ざぁ~こっ?? 弱っちい魔法少女ミスティハート?? ふふふっ?? 私の五パーセント以下の魔力しかないわね?? ほら、死んで?? はやく死んじゃえ??」
「いやっ! こんなところで死ねないっ!! 私は貴方なんかに負けはしないわっ……! 絶対っ! 絶対にっ……!!」
 空中で炎獄に囚われたミスティハートは、幾重にも魔法防壁を展開して、インフェリーナの黒炎に耐える。しかし、限界が訪れようとしていた。
「なんでっ!? どうしてこんなに強いのよ!! 魔法少女は正義の味方……! 怪人に負けたりなんかしない……! ……ひっ! いやっ! 熱いっ! やめてっ! いやぁぁぁあああああああああああああぁあ!! 痛いっ、痛いっ痛いっ……!! 怖いっ! やだ、やだっ!! 助けてっ! 誰かっ……!! パパっ!! ママぁ……!!」
 最後の魔法防壁が突破された。
「パパもママもいないわよ?? 死ねばすぐにあの世で会わせてあげるけど?? あっははははっはは??」
 もがきながら飛翔しているが、逃れきれないのは明らかだった。灼熱の炎に足先を喰われる。 
「いぃぃわぁ~~っ?? 最高ぉおっ~~?? その不様な悲鳴……っ?? 涎が止まらないわ?? 泣き叫ぶ絶望の歌声?? とってもいいわよぉ……??」
 足が焼け焦げる痛みに呻くミスティハートは、死の恐怖で失禁した。変身状態はかろうじて維持できているが限界だった。中身は年相応の弱い少女に戻っていた。
 泣き顔で慈悲を求めたところで、怪人女王は悦んで魔法少女を甚振るだろう。もはや一欠片も人間の良心は残っていない。
(死ぬの……? 私……死んじゃう……? 殺されちゃう!!)
 死の直前、走馬灯がよぎる。魔法少女の能力が宿ったのは四年前、交通事故に遭う前の記憶は消えていた。
 奥底に封じた実母の記憶。周囲は精神が不安定だった愛華羽を心配して、新しい母親と馴染めるように、彩花音を本物の母親だと思い込ませた。
(誰も助けてくれない……!)
 天羽雷神社の巫女装束を着た美しい女性。純白の小袖、朱色の紅袴、境内の石畳を掃除している。愛華羽には彼女が誰なのか分からない。
「――え?」
 怪人女王の炎撃が止まった。死を覚悟していたが、わずかな希望を掴んだ。妖精の羽根にありったけの魔力を注ぐ。障壁が張り巡らされていた廃工場の天井を突き破る。
「はぁ……! はぁはぁ……? くっ! 今のうちにっ!!」
 九死に一生を得たミスティハートは、何が起こったのかと振り返る。魔法少女を仕留め損なったインフェリーナは困惑していた。
「ちょっと? どういうつもりかしら?」
 確実に殺せたはずの魔法攻撃を止めさせたのは、インフェリーナに残っていた姫神美羽の魂――ではなかった。
 魔女の杖を掴み、止めの追撃を止めさせた人物は、怪人女王の腹心にして愛人のリバイヴであった。しかし、当の本人も驚愕していた。
 焼け焦げて落下するミスティハートを期待し、わくわくしていたのに、リバイヴの右手は正反対の行動を取っていた。
「あれ……? うそ。信じられない。僕ってば何やってるんだろ?」
「……それ、私の台詞よ? 逃げられちゃったわ」
 すぐさま手を離すが、既にミスティハートは窮地を脱していた。不審の目つきで、インフェリーナはリバイヴを睨む。
「リバイヴ……? なぜ魔法少女ミスティハートを助けたのかしら? あとちょっとで葬れたのよ?」
「ごめんなさい。女王様」
 リバイヴは自分の右手を眺める。異常はなかった。怪人細胞に変異した肉体は、魔法による洗脳や操作を受け付けない。
(ミスティハートの魔法で何かされた? いや、ありえないね。女王様が近くにいるんだ。魔法をかけられたのなら絶対に気付く……。魔法じゃない力? まさか機骸に宿った遺志? あはっはははは! すごいやっ! 脳の大部分を捨てて、肉体だって一年も掛けて怪人細胞に置き換えた。なのにまだ阿松星凪の遺志は死んでない……!!)
 不快感よりも驚きが勝った。
 異母妹を守ろうとした星凪の遺志が右手を動かした。四年前にリバイヴが仕掛けた交通事故から、愛華羽を守り切った自己犠牲の精神。怪人女王に墜ちた魔法少女フェアリーナよりも、はるかに強い愛情が肉体を動かした。
(……そもそも繭で怪人に改造されたとき、僕の記憶も消えるものだと思ってた。でも、僕は美羽さんや愛華羽ちゃんを覚えている。愛は不変ってことかな? くすくすっ! 凄いなぁ! 阿松星凪の肉体を手に入れた僕は世界で一番の幸せ者だ)
 リバイヴはニタニタと薄気味悪い笑みを作る。怪訝な顔付きでインフェリーナは、ミスティハートが天井に開けた穴とリバイヴを交互に見る。そして、ある可能性に気付いて、怒りを募らせた。
「まさかリバイヴ……! 貴方っ!! 私というものがありながら、あんな貧相なメスガキに……!! だから、攻撃を止めさせたのっ……!?」
 沸々と奥底から込み上げる嫉妬心と憎悪は、忘却の彼方に追いやった姫神美羽の記憶に起因する。愛していた夫の京一郎を彩花音に寝取られた女の怒り。信じ切っていた夫は、妻が死ぬと不倫で子供を産ませた若い女と再婚した。
 星凪の肉体を奪ったリバイヴは京一郎の息子。若い娘に惚れたのではないか。恐ろしい鬼の形相でリバイヴに詰め寄った。
「違うよ。そういうわけじゃない。僕は浮気しないよ。僕が愛してるのは女王様だけ」
「だったら、どうしてよ!?」
「遊び心。もうちょっと泳がせたほうが面白そうじゃん。殺したら退屈になる。あの程度なら、いつでも殺せるよね?」
「…………本当でしょうね?」
「僕がどれだけ女王様を愛しているか確かめてみる? 言葉よりも行動で僕は証明したいかな」
 魔法少女ミスティハートになった愛華羽を助けたい気持ちは本物だ。しかし、怪人女王インフェリーナに墜ちた美羽を愛しているのも、真実の想いだった。
「――僕だけの可愛い女王様、今夜もたっぷり愛を注いであげる。僕らは未来永劫の愛を誓った恋人同士。一緒に気持ち良くなろう。だから、機嫌を直してね」
 リバイヴはインフェリーナの淫体を抱きしめる。人間が嗅げば発狂死を免れない猛烈な女王フェロモン。怪人の支配する女王インフェリーナを慰められるのは、愛玩怪人リバイヴだけだった。
「ほら。一途な僕の心が伝わってくるでしょ?」
「あぁ?? ごめんなさい……?? 私……そういうつもりじゃなかったわ。リバイヴを疑ったりなんかして……。そうよね。私を捨てて、あんな小娘に惚れるはずがないわ?? 私、どうかしてた……あぁん?? 疑ってごめんなさい?? 私の可愛い怪人ちゃん??」
「女王様……?? ここじゃダメだよ。魔法少女に潜入されちゃった場所だもん。この怪人生産プラントは破棄して、隣町のセーフハウスに帰ろう。誰にも逢瀬を邪魔されない場所でしよ。……ね?」
 リバイヴは我が物顔でインフェリーナの爆乳を乱暴に揉み回す。発情した女王は火照った身体を捩らせる。
「ふふふっ……?? 邪魔者なんて関係ないでしょ? 近くの繁華街にあるラブホテルがいいわ。私達の交わりを邪魔する者が皆殺しにする。魔法少女ミスティハートは深傷を負ったわ。すぐには戦えない。だから、人間達が大勢いるところに行くの。そこで私への愛を証明しなさい??」
「僕らが愛し合ってる姿を人間達に見せつけるの?」
「顔を真っ赤にしてる。リバイヴは恥ずかしいの?」
「女王様ったら大胆! どうせ人間なんか殺しちゃうくせにさ。くすくすっ……!」
「あら、お好みじゃないかしら?」
「女王様の殺戮魔法でたくさんの人間を殺してね。僕も女王様が満足できるくらいに励んじゃう。好きだよ。愛してる。怪人女王インフェリーナ様……??」
「私も好きよ。好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 好き?? 愛してるわ?? だから、リバイヴのために人間を殺す?? 罪のない人間?? 善良な人間?? 幼い人間?? 若い人間?? 老いた人間?? ぜーんぶっ?? 殺し尽くすわぁ?? あっはっはははははははっ?? 弱っちい魔法少女は虐殺を止められないっ! 見つけたは皆殺しよぉっ?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? 殺す?? んふふ~んぅ~?? 生きてる人間はムカつくから、意味もなく殺しちゃうのおぉぉおぉ~~~っ??」
 捨てると決めた廃工場の怪人製造プラントを魔法爆発で吹き飛ばし、インフェリーナは蛾の蟲翅を広げ、天高く飛翔した。
 爆乳の谷間に挟まれたリバイヴは振り落とされないようにしがみ付く。夜風の冷たさはまったく感じない。熱を帯びた互いの身体で蒸し暑いくらいだった。
 かつて全身全霊を尽くして、怪人災害から民衆を守った魔法少女フェアリーナは悪に墜ちた。邪悪な欲望を満たすため、殺戮と破壊を繰り返す大逆の魔女。怪人王ジェノシスを遙かに凌駕する最悪の存在に変貌した。
 その夜、怪人女王インフェリーナの大虐殺で、少なくとも二百人以上の人命が奪われた。
 皮肉なことに、公安特務局が今回の大事件を隠蔽できたのは、生存者が少なかったからだ。魔法の存在を目撃した者は皆殺しにされた。唯一の対抗手段である魔法少女ミスティハートを出動させられず、民間人を待避させるのが精一杯だった。
 表向きの報道では、ラブホテルでガス爆発が発生し、大規模な火災が発生。逃げ遅れた宿泊客、押し寄せた野次馬、駆けつけた消防士と警察官に犠牲者が出た。そのように処理され、怪人災害の真実を知るのはごく一部の政府関係者のみだった。

 ◇ ◇ ◇

 ――星読の予言は成された。
 
 世界から怪人を絶滅させた最強の魔法少女は、最悪の怪人となって新時代の幕上げを告げる。災禍の時代が始まったのだ。
 人類に残された唯一の希望は魔法少女ミスティハート。姫神愛華羽は惨めな気持ちで、戦後最悪の大事故を報じるニュースを見ていた。
「愛華羽? もう寝なさい。明日は朝一番で病院に行かないとダメなんでしょ? 足の火傷がまだ痛むの? 火傷の跡が残らないといいんだけど……。これからヤカンでお湯を沸かすときは気をつけないとダメよ?」
「うん……。分かってる。ママ。心配させちゃってごめん」
 愛華羽の視線はテレビの画面に釘付けだった。十歳の娘が興味を持つのは意外に思えた。死者数が戦後最悪と報じられる度、愛華羽の表情は曇っていった。
 歴代の魔法少女は、怪人災害の被害を最小限に抑えこんだ。怪人女王インフェリーナに負けた結果、これだけの犠牲者が出てしまった。
「…………っ!」
「ニュースを無理に見なくたっていいわ。……それにしても酷い事故。ガス漏れでこんな被害が出るなんて。オール電化は電気代が高いけど、こういうのを見るとガスより安心ね。パパが非番の日で良かったわ。パトロールしてた同僚の方が亡くなったそうよ。明日がお通夜だって言っていたわ」
「……ねえ。ママ?」
「ん? どうしたの? そんな顔をして?」
「……私って一人っ子だよね? 小さいころ……お兄ちゃんと遊んで……あっははは……。なに言ってるんだろ。変なの。そんなわけないのに」
「どうして急に……?」
「ごめん。疲れちゃったみたい。お兄ちゃんと遊んでたような夢を見ただけ……。単なる夢だよ。あははははっ! もう寝るからテレビは消しちゃうね! 」
「……そう。あまり無茶はしないでね。困ったことがあったら、パパとママに相談するのよ」
「ママってば心配性なんだから。私は大丈夫! トラックに撥ねられても記憶が抜け落ちただけで、奇跡の生還を果たしたんだから! でも、習い事の疲れが溜まってるみたい。ゆっくり休むね。おやすみなさい。ママ!」
「――愛華羽、おやすみなさい」
 ほんの一瞬だけ、母親の顔立ちが変わった。脳の錯覚ではあったが、愛華羽の精神は動揺した。
 今の母親が赤の他人だと感じてしまった。なぜなのかは分からない。愛華羽は我が目を疑った。
(え? どうして……? 私……どうしちゃったの……?)
 脳裏によぎった情景を強く否定する。
 繁華街で二百人以上の市民を虐殺した巨悪。極悪非道の怪人女王インフェリーナが微笑んでいる。愛する母親の姿が恐ろしい化物女と重なって見えた。

講評

評価基準について

定義魅力提示企画総合
AAAEB
評点一覧

とにかく最初から最後まで圧倒される悪堕ち作品である。
悪堕ちを題材とした作品として、今回の応募作品の中で際立った文章力が発揮されており、全編を通して読んでいてこれ以上ないほどの興奮を覚える。

登場人物や設定のオリジナリティを含めた世界観の構築が特に際立っており、物語の構成が上手く、洗練された文章も相まって小説作品としての評価が非常に高い。こういった「読み物」としての下地に支えられた上で、これでもかというくらいに計算高くヒロインを堕としていく展開と、凄惨とも言える責め苦を味わって堕ちていくヒロインの詳細な描写は、まさに悪堕ち作品の真髄に迫るものである。

序盤の展開からすれば、普通の魔法少女と怪人との戦いの物語のように見えるがそれは単なる入り口である。
堕ちる対象となる元魔法少女と、それを取り巻く人々の秘密が順番に明かされていくことで業のように彼女に積み重なっていく展開は手に汗握るものであり、伏線を回収しながら皮肉に効いて彼女を堕とす何本もの槍となって刺さっていく様は、非常に緻密に計算された物語の構成を感じられる。

しかしこれだけ評価の高い本作であるが、倫理的に看過できない表現や展開があったり、大変難しい表現を使うなど、ギリギリ全年齢向けの範囲には収まっているものの全年齢向けとして勧められる内容であるとは言い難い。また、文字数も非常に多く、読みづらい漢字も多く登場することから初心者向けであるとも言いづらく、評点における企画の項目で大きく評価を下げており、最終的にこの評価となっている。

本作は、今回のコンテストでは全年齢向けという制限がある故に表現を抑えている箇所が多く見受けられる。全年齢向けの制限のない、そして邪悪に堕ちていくヒロインたちの姿が拝見できる挿絵が添えられた本作をぜひ読んでみたいものである。