作品名

聖伝戦姫リリンクテイル~ギルトフリー・フォーリングダウン~

ペンネーム

日高久志

作品内容

「きゃああぁぁっ!!」

突然に学園に甲高い悲鳴が響き渡る。
水無瀬茜(みなせあかね)は思わず教室を飛び出していた。

(まさか・・・ゲヒメスが学校を襲ってっ・・・!)

ゲヒメスは世界を悪に染めることで、現実を”ダークテイル(邪悪な物語)”に置き換えようとする怪人だ。
今までに出現したゲヒメスは、守護者である聖伝戦姫リリンクテイルによって撃滅されている。

「そ、そんな・・・」

悲鳴の先には黒い衣装を纏った女が、片手でクラスメイトの首を持ち上げていた。

黒衣の女。
茜は彼女のことを知っていた。

信じたくないけれど同じくクラスメイトで親友の、咲志路杏(さきしろあんず)だ。
淡く桃色をした髪の毛や、スラリとした体格に面影がある。

だがただの学生に過ぎない彼女の姿はとても仰々しいものだった。

黒い全身のラインがわかるスーツに身を包み、瞳には赤い光を爛々と輝かせている。
そして笑う彼女の口からは鋭い牙が覗く。
額の紋様は、彼女がゲヒメスの怪人であることを示している。

(なんで・・・!
なんで杏が・・・ゲヒメスに・・・!?)

茜が戸惑うのは無理もない。
ゲヒメスと戦う守護者、リリンクテイルに彼女は”選ばれていない”のだ。
一般人が巻き込まれることはあるが、彼女はそこにも”含まれていない”はずだ。

今、リリンクテイルと戦っている怪人は、”図書館”にいる。
”図書館”に行っていない杏が怪人に襲われるはずがない。

(まさか・・・怪人が2体同時に・・・
そしてこの学校が”狩場”なっているのっ!?)

恐ろしい事態に茜が戦慄しているのを、杏だった”怪人”は邪悪な笑みで見つめる。
そして掴んでいた女生徒をいきなり投げつけてきたのだ。

「なっ!・・・避けられないっ・・・!!」

ただの女子高生にすぎない茜には、反応すら満足に出来なかった。
目をつぶって歯を食いしばることぐらいしか。

だが恐る恐る目を開けた茜の前には、純白のドレスを着たヒロインが飛ばされた女生徒を受け止めていた。

「遅れました!大丈夫ですか・・・?茜」

「う、うん・・・ありがと・・・」

リリンクスノーはニッコリと力強く微笑む。
そして黒く染まりつつある女生徒をゆっくりと床に寝かせた。

「彼女がこの学園を”狩場”に選んだゲヒメスなら・・・
許せません。倒します!」

「待ってっ!これには何か事情が・・・!」

ゲヒメスの怪人になった者は、”狩場”と呼ぶ場所を決め、自分と同じタイプの怪人にその場にいる者を改造する。
そのルールはどの怪人も厳格で、テイル達が追跡する際もまず”狩場”を特定することから始まる。

場所だけでなく、同じ食べ物を食べたなどの条件から”狩場”を作る怪人もいる。

「待てませんっ!
これ以上、被害は出せませんからっ!!」

はやるスノーが振り返ったその一瞬、杏はすでに彼女に飛びかかっていた。

「ギギギギッ!!貴方も仲間にしてあげるっ!!」

「願い下げですっ!私の物語は黒と相容れないっ!!」

氷の結晶が浮かび上がり、雪の結晶の暴風が杏を吹き飛ばす。

「ぎゃっ・・・!!」

壁に打ち付けられそうになる杏を、同じく黒衣の女性が受け止めた。

「・・・リリンクテイルが出てきたのなら・・・ここは一旦、引くべきね」

「墨村先生っ・・・!?」

保健室の養護教諭、墨村黎(すみむられい)は妖艶な笑みを浮かべた。
杏とまったく同じ黒衣に身を包んでいるが、その上にいつもの白衣を纏っている。

「貴方が元凶の・・・ゲヒメスっ!
いつも親切で優しい先生だと思っていたのに・・・
こんな闇を隠し持っていたのかっ!」

スノーが憤る。
ゲヒメスに堕ちる人間は、暗黒の物語を隠し持っている。
それを現実にしようとすることから、怪人化するのだ。

「隠してなんていないわ。いつもずっと夢見てきたもの。
だから貴方や、そこの子のことも美味しそうだってずっと想っていたわっ♪」

墨村はウットリとしながら、黒い舌でペロリと唇を舐めた。
スノーが飛びかかろうとした瞬間、闇に覆われて姿を消した。

「霧になって消える・・・!?
これは・・・”吸血鬼の物語”ということか・・・
厄介だな」

スノーは剣を収めながら、茜に駆け寄った。

「危ないところだったね。
校舎裏でも同じように、友人が人を襲っていた。
彼女も忽然こつぜんと消えてしまった。
どこかに”巣”があると思うのだが・・・」

「友人・・・!友人って・・・!!
それに襲われていたの・・・って・・・」

「牧瀬が森久保を襲っていたんだ。
彼女に喉元に噛みつかれて森久保も黒く変色していた。

この怪人はやはり”吸血鬼の物語”で間違いないと思う。
そして・・・先生が元凶ならこの”狩場”・・・学校のことを知り尽くしている・・・」

「牧瀬さんに、森久保・・・そして杏・・・」

茜は恐怖に震えていた。
友達に襲われて、自分も怪人にされそうになったところだ。
怖がるのは仕方ない。

「フレイムも呼ぼう。図書館はブライトに任せて。
学園が”吸血鬼の物語”に染まる前に。
物語を持たない子達まで襲われるなら・・・もう猶予はない」

スノーは一刻を争うことを知っていた。
連鎖的に染まっていく攻撃は、これまで幾度か体験したことがある。
”寄生虫の物語”や、”憑依霊の物語”だ。
だが癖のあるそういった”ダークテイル”は一般認知度が低い。

堕落させるのに、かなりの抵抗がある。
だが吸血鬼は恐怖はあれど、その不思議な魅力で広く受け入れられている。

”ダークテイル”が受け入れられ、定着してしまえば全てが染められて対抗出来なくなる可能性がある。

「君が以前言っていた・・・
”ギルトフリー・フォーリングダウン”が起こる。
そうはさせない。だからしっかりしてくれ!茜」

「う・・・うんっ・・・」

茜は叱咤しったされたことで、リリンクフォンを取り出した。
5人のリリンクテイル達に直接、連絡できる便利なアイテムだ。

物語の”傍観者(バイスタンダー)”である彼女は、リリンクテイル達を目覚めさせ、ゲヒメスと戦う運命を授けた。
勿論もちろん、誰でもリリンクテイルになれる訳ではない。

心の中に、世界中数多ある物語と強くリンク出来る自伝、”オリジンテイル”を持つ者だけなのだ。

同じくゲヒメスになる人間も、”オリジンテイル”を持つ。
”オリジンテイル”を持たない人間が堕とされると、自我を失うことが多い。
人の物語のモブと化してしまうからだ。

リリンクスノー、三日月霧架(みかずききりか)は、ゲヒメスになった事がある。
彼女のオリジンは”雪の物語”だが”雪女の物語”として怪人化されてしまったのだ。
不器用な彼女は、片想いの男子生徒を凍らせて、自分のものにしようとした。

だが改心し、こうしてリリンクテイルとして戦ってくれているのだ。

「呼んだ~?大変なことになってるんだって~?」

花びらを纏いながら真っ先に駆けつけたのは、リリンクフェスタだ。
一番陽気で屈託のない元気な少女。ゲヒメスと戦うことも二つ返事で受けてくれた。

「近くにいたから助かったよ。
でも全員を呼び出そうとするなんて・・・穏やかじゃないね」

王子様のように凛々しく優雅な立ち振舞いで、周囲に武装した従者達が跪く。
生まれながらの女王。リリンクエンプレスが現れた。

女王として、無数の従者を召喚出来る彼女は、戦闘において最も強力な味方だといえる。

「ああ。だけど霧のように消えてしまうから、出てきたところを捕まえるしかない。
待つのは性に合わないが・・・
次に誰が襲われるか・・・分かっていればいいのだけど・・・」

スノーが焦るのがわかる。
茜は恐る恐る手を上げた。

「私・・・わかるかも・・・
次は山堂さんか、田守さんだと思う・・・」

「その根拠は?」

エンプレスがすかさず聞き返す。
茜は言葉に詰まった。

そして小さく「か、確信はないけど・・・当たっていたら確実だし・・・こうして何もしないよりはいいと・・・思う」と返す。
茜はエンプレスの高圧的な態度が苦手だった。

スノーもそのことを知っている。

「そうだな、動こう。
私は山堂さんを捜す。二人は田守さんを!」

と追求させないように、茜をカバーした。

「いいや。二人で山堂さんを。
私は一人でいい。二人よりも強いからね」

エンプレスは余裕をみせ、きびすを返した。
スノーは困った顔を浮かべたが、彼女がトップエースなのは事実。
ここで争っていてもしょうがない。

「じゃあ、茜。
山堂さんのいそうなところを案内してくれ!」

スノーに肩を叩かれ、茜は山の中腹に立つ体育館を見つめた。

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体育館では、バスケットボール部とバレー部が半面ずつを使いながら練習していた。
山堂さんはバレー部。彼女をこの場で襲うとなると騒ぎになる。

だがゲヒメスの物語の影響下に入ると、現実の雑音はかき消されてしまう。
ストーリーの重要な部分だけがピックアップされるのだ。

山堂はレシーブで打ち返そうとした時、周りから取り残されたように感じた。
そしてツカツカと歩いてくる少女。

バレー部の選手達の合間を邪悪な笑みを浮かべて向かってくる少女に、視線は釘付けになった。

「こ・・・こないでっ・・・!!」

黒衣の少女は制止を無視して、山堂の腕を掴んだ。

「さ・・・咲志路さん・・・っ!?」

その正体に気付いて、身体を強張らせた瞬間、山堂の首に牙が突き立てられる。
瞬間、雪と桜の花びらが舞い散った。

「くそっ・・・!遅かったかっ!!
だが逃さない・・!!」

「噛み付いてるの!?こ、怖いっ~!」

スノーとフェスタは天窓から飛び込んだ勢いそのままに、杏に飛びかかった。

「ギギギギッ!!相手してあげるっ!」

「ギギギギッ!!私もぉ~っ♪」

杏と同じく黒衣に染まった山堂が、豹変して襲いかかった。
2対2の戦いになる。

(そ、そんな・・・ということは・・・やっぱり・・・)

「何?この二人、超強い~っ!
私の踊りについてこれるなんてっ!」

「私の氷雪剣を受けても、びくともしないっ!
ゲヒメスの傀儡じゃないっ!
彼女たち自身が同等の力を持っているっ!!」

体育館内で繰り広げられる戦い。
茜は自分の推測が正しかったことに、ただ怖い。

スノー達に言うべきだと思う。
でも呆れられるかも知れない。

友達を天秤にかけたみたいに思われて、罵倒される可能性もある。

「きゃっ・・・!!」

「ギギギギッ!!隙あり~♪」

逡巡しゅんじゅんしている内に、一瞬の隙きを突いてフェスタが山堂に捕まってしまった。
勢いそのままに喉元に牙を突き立てられる。

「あ・・ああっ・・・あがががっ・・・」

「フェスタっ!!くそっ・・・!!」

助けに入ろうとしたスノーだが、杏に弾かれてしまう。

「ちょっと待ちなさい。
この子が変わっている間ぐらい、おとなしく出来るでしょ?
もうすぐ・・・ふふふっ♪彼女も私達の仲間になるんだから♪」

「馬鹿なっ!耐えるんだっ・・・!フェスタ!!」

「流れ込んでくる・・・しゅ、しゅごいぃ・・・♪
ホントにお祭り騒ぎだぁ・・・♪」

「フェスタァァァァッ・・・・!!」

スノーの絶叫が響き渡るなか、フェスタのリリンクテイルとしての衣装が黒く染まる。
ただどす黒く、元の綺羅びやかなイメージを塗り潰すように。

激高したスノーが杏を振り払おうとするが、山堂も加勢して逆に取り押さえられてしまう。

「どう?正義の味方から、私達・・・命を奪って弄ぶ吸血鬼になった気分は?」

杏がスノーを押さえつけながら、フェスタに笑いかけた。
だらりとうつむいていたフェスタは、徐ろに顔を上げる。

「どぉって・・・・最高ですよ~♪
ギギギギッ!!知ってますよね、先輩♪
ご主人様への忠誠心が溢れてきて、世界を吸血鬼で埋め尽くすことが何より心躍るんだって♪

そして・・・」

フェスタは動けないスノーを見て、ニタァと笑みを浮かべる。

「大切な人達にも、同じ幸福を味わってほしいと思います。
自分の物語が塗り潰されて、ご主人様に支配されることを怖がらなくっていいって教えたいのぉ♪」

「やっ・・・やめろっ・・・!
目を覚ませっ!フェスタっ・・・!!」

「ギギギギッ!!目覚めるのは、スノーの方だよ~♪
私達のチンケな物語なんてご主人様を知ってしまえば、語る必要ないんだから♪」

獲物を狩る肉食獣がトドメをさすようにゆっくりと歩み寄ったフェスタは、暴れるスノーにまるでキスをするみたいにそっと噛み付いた。

「よ・・・よせっ!あうっ!!・・・ううっ・・・・」

スノーの抵抗が弱まって、声も途切れる。
戦うことの出来ない茜には、最悪の事態だった。

「ま・・・まさか・・・スノーまで・・・」

茜は後ずさる。
だが背中を押さえられ、耳元で囁かれた。

「そうよ♪リリンクテイルは皆、私のお気に入りの子ばかりなんだから♪
私の物語に華を添えてくれる彼女達を見逃したりしないわ♪」

「先生・・・こんなの・・・」

墨村先生は牙をこれみよがしに真横で見せながら、茜を追い詰める。

「まさか私まで・・・」

「心配?大丈夫よ。
貴方はちゃんと自分の意志で私の下僕になりたいって言わせてあげるわ♪
罪深い貴方には、それぐらい惨めな方がお似合いだもの♪」

「っ!?」

(や・・・やっぱり知ってるんだ・・・!先生はだからっ・・・!!)

「ギギギギッ!凄いっ!この開放感♪
吸血鬼になることがこんなに・・・幸せだったなんてっ♪」

スノーがゆっくりと起き上がる。
彼女の衣装も黒く染まり、禍々しい雰囲気をたたえていた。

「でしょ~♪抵抗なんてしてたら、損だってわかるでしょ~♪」

「ああ。フレイムやブライト・・・そしてエンプレスにも教えてあげないと♪
あうぅんっ♪私も早く噛みたい。
ギギギギッ!!首筋を舐めて血をすすりたいっ♪」

もうそこにいたのはスノーではなく、悪辣な吸血鬼だった。
茜を見てランランと目を輝かせているが、我慢している有様だ。

墨村先生がご主人様であり、逆らうことは出来ないようだ。

「最強のエンプレスが私を倒して、この”ダークテイル”を未完にすることが出来ると思っているの?
彼女の能力は、集団戦に向いているから当然よね。
ここに私の下僕が4人いても相手に出来ると。

フレイムやブライトじゃ、そうはいかないでしょうから。
でも・・・」

「ギギギギッ!!素晴らしい力ですっ♪ご主人様っ♪
私は・・・こんな力を求めていたんですっ!
もう誰にも負けませんっ!!
私をお使い潰しくださいっ・・・♪」

「そんな・・・・」

背後から歩いてきて跪いたのは、リリンクエンプレス”だった”女だ。
杏に連れられ無様に墨村先生に忠誠を誓っている。

牙をむき出しにしながら、ニヘラぁ・・・と笑う姿は、凛々しく気高き姫君のような彼女からは想像も出来ない醜悪さだった。

「残念ね。
これでもう貴方達の勝ち目はなくなった。
全ては貴方のせいよ。水無瀬茜。

貴方がより好みなんてするから、よ♪」

「ああっ・・・」

墨村先生の邪悪な笑みを見たくなかった。
でも茜はすがるように涙で潤んだ瞳を向ける。

今まで頑なに隠してきた”罪”が最悪な形で暴かれようとしていた。

「杏ちゃんは本当に強力な吸血鬼になったわ♪
貴方が選んだリリンクテイルの誰よりも強かった。

だから彼女を選ぶべきだったのよ。
貴方も解っていたんでしょう?」

「わたしは・・・」

茜は二の句がつげなかった。
ただ怯えて震えていた。

「ギギギギッ!!ありがとう、茜♪
貴方がワガママで私をリリンクテイルにしてくれなかったから、こうしてご主人様のお役に立てた♪
皆もそう。貴方のおかげで仲間になれたの。

だから・・・そんなに悲しい顔しないで♪」

杏も墨村先生と同じ笑みを浮かべている。
スノーやフェスタ、エンプレスも茜を囲むようにして笑う。

「ギギギギッ!!そうだっ!
こんなに素晴らしい物語の一片になれるなんて・・・これほどの幸福、他にない!
私の馬鹿みたいな三文芝居など、取るに足らないっ♪」

「ギギギギッ!!
世界中の全ての人が吸血鬼になれば、平和になるしね~♪
ご主人様の下僕として、毎日踊って暮らせるなんて、ラッキーっ♪」

「ギギギギッ!!
私達、吸血奴隷はご主人様の尖兵。
茜も我々と来るといい。くだらない罪悪感から解放されるぞっ♪」

「・・・・」

茜は押し黙る他ない。
そう全ては自分のせいなのだ。

「”オリジンテイル”を持つ者は、リリンクテイルになる資格と能力を有する。
貴方は私と同じで・・・それを見極めることが出来た。

リリンクテイルという物語を紡ぐに相応しいヒロイン達を集めることが。
条件はそれだけだったのに。

だけど・・・貴方はそこに私情を挟んでしまったよね♪」

墨村先生がケラケラと笑う。
どこまでも容赦なく心の傷をえぐってくる。

「自分の大切な友達を戦わせたくなかったんでしょ?
杏ちゃんに牧瀬、森久保、山堂・・・みんな、貴方の親友だものね♪

貴方は比較的どうでもいい友人をリリンクテイルにして戦わせていたんだよね♪」

「い・・・や・・・」

そこまで不純な動機じゃない。
でも負い目はある。そう思われても仕方がない。
杏の”オリジンテイル”に触れたとき・・・彼女以外ありえないと思った。
最強のリリンクテイルが誕生すると。
皆を守れると・・・

それなのに、彼女にもしもの事があったら・・・と気が気でなかったのだ。
戸惑う内に声をかけてくれたフレイムやスノー、ブライトをリリンクテイルに誘っていった。
彼女たちが苦戦するたび、ゲヒメスが被害を増やすたびに・・・
心が張り裂けそうになった。

だから尊敬する先輩、エンプレスを巻き込んだ。
彼女の力が必要になったから。

「でも本心は違う♪
もっと最悪だよね。
親友達を守るために、フレイム達を盾にしていたんでしょ?
彼女たちに被害が及ばないように♪」

「っ!!」

否定できない。
杏達を巻き込まないように必死だった。
5人のリリンクテイルをサポートするように見せかけて、杏達を守らせていた。
そうだ。確かにそうだ。

負い目があった。
謝っても謝りきれない”罪”を背負っている。

「ギギギギッ!!幻滅だなっ!
私達を支えてくれている・・・そう思っていたのに!」

「ギギギギッ!!友達に優劣つけるとか、酷くない~?
私と遊園地デートしたのも、義理だったの~?」

「ギギギギッ!!貴方が最強の・・・とか勿体ぶって言っていた真相がこれか!
杏に私が負ける訳だ。私は最強でも何でもなかったんだからな。
ただの消去法の最後のページだっただけなんだろう?」

スノー達も各々に責める。
茜に出来ることはもうひとつしかなかった。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「謝ることは・・・まだあるわよね♪」

墨村先生が肩をポンポンと叩き、シャツの胸の谷間に手を入れてきた。
咄嗟の出来事に茜は驚くことしか出来ない。

はだけた胸から取り出したのは、黒いリング。
何色にも染まっていない、シンプルな輪っか状の物体だった。

「リリンクテイル達を強化するリリンクリング。
これを彼女達に渡していたら、負けなかったのに♪
貴方が抱えて、内緒にしているから」

「駄目っ・・・!やめてっ・・・!!」

茜は取り乱して暴れた。
だが吸血鬼の墨村先生の力に敵うはずがない。

「使わせてもらうわ。
ほら、貴方達・・・これを付けてっ♪」

墨村先生がリングを差し出す。
杏達4人は嬉しそうに手にとった。

「それだけは駄目なのっ!!
も・・・戻れなくなるっ・・・!!
物語に取り込まれちゃうっ!!」

茜は必死に叫ぶ。
リリンクリングは、リリンクテイルを強化するアイテムだ。
だがそれぞれの持つ”オリジンテイル”とのリンクをさらに強くするため、人間らしさを失う可能性が高い。
まるでフィクションの登場人物のようになってしまい、現実味を無くす為だ。

だから茜は皆に渡せなかった。
これ以上の罪悪感に耐えられなかったからだ。

「ギギギギッ!それがどうした?
ご主人様が望まれているのだから・・・つけるのは当然だろ?」

「ギギギギッ!
っていうか、もう私達って人間辞めてるし♪
今更って感じだよね~♪」

「ギギギギッ!
人間を辞めることによって、よりご主人様好みになれる訳だ!
我々が躊躇する理由なんてないっ!!」

スノー、フェスタ、エンプレスは嬉々としてリリンクリングを首にはめた。
黒いオーラが立ち上り、漆黒に染まった衣装がさらに禍々しく歪んでいく。

水晶体の色は反転し、眼球は真っ黒に染まった。
肌も褐色に染まり、悪魔じみた尻尾がとびだす。

髪の毛からは角のようなものまで迫り出していた。
恍惚の表情を浮かべる口からは長い舌が覗く。

「いやぁぁぁっ・・・・!!」

悪夢を見ているかのように、茜は絶叫した。
だがそんな茜の前に、一番の親友の杏が立った。
その手にはリリンクリング。
そして見せつけるように、自分の首にあてがう。

「よく見ていて、茜。
貴方が憧れるようになる姿だよ。
きっときっと・・・また仲良くなれるよね♪」

「あ・・・杏っ・・・!!」

カチャ・・・

杏もリリンクリングをはめた事で、人間を辞めていく。
醜悪な恐ろしい怪物へと変貌していく。

もう全ては手遅れだ。
もう何もかも・・・自分のせいで・・・

「ギギギギッ!!最高ぉ~♪
この新しい身体ぁ・・・!!
見てぇ・・・茜、もっと見てぇ~♪」

親友が人間として終わっていく。
最早、その姿は神々しくさえ見えた。
それほど現実離れでいて・・・絶望的な光景だった。

「辛い現実に打ちのめされちゃった?
でもまだフレイムとブライトがいる。

彼女達なら皆を元に戻してくれると思っているでしょ?
でも残念♪
リリンクリングの力で、”オリジンテイル”も書き換えられちゃったから、もう彼女達は元には戻らないわ♪」

さらに追い詰めてくる墨村先生。
そして茜の首筋を撫でた。

「でも一つだけ貴方が幸せになる方法があるわ♪」

「・・・私も貴方の下僕になって・・・皆と一緒にって・・・いうの・・・」

何を言ってももう無駄なのは分かっている。
ただ皆を滅茶苦茶にした、墨村先生をこのまま許すことは出来ない・・・
そんな気持ち一つだった。

その想いを墨村先生は「クスっ♪」と一笑に伏した。

「違うわ。貴方だけじゃない。
世界中、全てよ。この世界を私の物語で染め上げるの♪
そしたら今の貴方の気持ちがとてもくだらないモノになるでしょ?

人間でいることなんてほんのチッポケな事になるんだから♪

さあ、選んで。
どっちがいい?食べられる方と、食べちゃう方っ♪」

「ひぃ・・・っ」

思う以上の暗黒がそこにあった。
最悪の選択肢にも、周りの悪鬼達は「ギギギギッ♪」と相変わらずの笑い顔を浮かべている。
圧倒的なバッドエンド。
それなのに、邪悪な者達は、心底楽しそうにしている。

それが・・・追い詰められた茜には・・・羨ましかった。

「私は・・・もう解放されたい・・・」

友達を選り好みしてきた最悪な自分に訪れた、当然の報い・・・
そんなバッドエンドですら笑える彼らに、茜はドキドキし始めていた。

”ギルトフリー・フォーリングダウン”

起こってはいけない本当の最悪を期待する自分がいることを。
全ての”罪”から解放されるその時を。

茜はその白い首筋を自分でめくり、墨村先生に懇願していた。

「私も皆と同じように・・・笑いたい♪
誰かを泣かせても傷つかないで、あざけりたい・・・
不幸を貪っても・・・傷つかない人間になりたいっ♪」

墨村先生は「歓迎するわ、茜ちゃん♪」と目を細めて喜んでくれた。
首に痛みが走る。

茜はもう愉しみだった。
全てから解放されるその痛みの先にあるものが・・・

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図書館のゲヒメスを倒したリリンクフレイムとリリンクブライトは、駆けつけた学園の惨状に絶句していた。
血を吸われ、ボロ雑巾みたいに捨てられている男達。
怪物になり、「ギギギギッ♪」と不気味に笑う女性達。

悪夢のような状態だが、数々のゲヒメスと戦い世界を正しい物語・・・
”リリンクテイル”に導いてきた彼女達が目を背ける訳にはいかない。

悪魔が紡ぐ物語がこのまま地上を覆い尽くせば、全てが終わる。

「ブライトっ!
茜に連絡をとって、エンプレス達と合流したい!
この敵は厄介だと思うっ!」

「フレイム・・・
茜ちゃんのリリンクフォン・・・鳴らしてるのっ!
もうずっとそこで・・・ずっとっ!!」

「え・・・?」

軽快な着信音が確かに聞こえていた。
チャラリ・・・チャラリ・・・♪と・・・

目の前で男の残骸を咥える・・・化け物の方から。

「まさか・・・」

「ギギギギッ!やっときたっ!!
フレイムとブライトが仲間になれば、もう我々の邪魔をするものはいないねっ♪」

「ギギギギッ!待ちくたびれちゃったよ~!
デザートにも手を出したから、学園には美味しい子はもういないからね。
二人が仲間になったら、街に繰り出さなきゃ♪」

「ギギギギッ!彼女たちが仲間になれば、”リリンクテイル”なんていうくだらない物語は終わる。
私達の名前も新しく考えないとな。人間を辞めた私達に相応しい名前を♪」

驚愕するフレイムとブライトに、さらに追討ちをかけるようにスノー達3人が姿を現した。

「皆が化け物にっ・・・!?」

狼狽え後ずさるフレイム。
ブライトは何とか踏みとどまっているけれど、その足はガクガクと震えていた。

「怖がらないで。二人もこっちに来たらいいんだよ♪
美味しいよっ~♪ダイエットなんて気にせずに、お腹いっぱい食べても問題ないんだから。

こんな幸せなことないって・・・二人にもわかるでしょ?」

茜は手を広げて、二人を誘う。
スノー達も同じだ。

ゲヒメスの化け物達は倒さなくてはいけない敵だ。
このままだと世界が化け物の物語で埋め尽くされてしまう。

だけどフレイムとブライトにも、それが”間違い”だと思えなくなっていた。
それほど茜やスノー達が幸せそうに見えるから。

仲間と戦う辛さや罪悪感を越えてまで、立ち向かう必要を感じない。
二人は誘われるままに、フラフラと歩き出す。

首元を晒しながら。
それが当然なことのように。

”ギルトフリー・フォーリングダウン”が始まっていた。
堕ちることに何の罪悪感もない幸福の連鎖。

世界を闇に堕とす”ダークテイル”が現出する。
その狂った闇の中で、茜は大きく黒い羽を拡げる。

全ての罪から解放された彼女は、晴れ晴れとした気持ちで羽ばたくのだ。
世界を貪り尽くす為に・・・

講評

評価基準について

定義魅力提示企画総合
ADCAC
評点一覧

悪と戦う力を授けられたヒロインたちや、物語の内容や知名度によって敵味方の性質が異なってくる設定、また今回の敵が吸血鬼であることから知名度システムとしても強力であり、吸血によって連鎖堕ちしていく性質を持っていることは、悪堕ちおよびヒロインたちが連鎖堕ちしていく内容と相性が良く、題材の選定については本コンテストにおいても無難であり評価が高い。
正義と悪の構図、悪堕ちする手法に対する納得感や学園が舞台という馴染みやすさもあり、全体の文量を含め、全年齢向け・初心者向けの作品となっており、その点では企画のコンセプトに合致しており高評価となっている。

また、仲間たちが次々と敵に堕ちていく絶望や、友人が最強の戦士であるため堕ちれば誰にも敵わない存在になってしまったこと、精神攻撃をされて内に秘めた想いをさらけ出さされてしまう流れや堕ちた後も強化されて更に異形化していく展開など、悪堕ち好きを思わず唸らせる要素が多く組み込まれている。

一方で、キャラクターたちの台詞によって情景の描写が行われたり、物語が進行していく形式については課題が残る。
台詞で説明するか、地の文で説明するかについては作風によって異なるが、本作では会話文が作品における重要な要素となっている。それ故に、次の場面に行くために唐突な台詞が挟まれたり、キャラクター同士の会話が噛み合っていない、思考に一貫性がないなど、地の文における視点を含めて違和感に感じる場面が多い。こういった軽率な、支離滅裂なキャラクターたちを軽い存在に感じてしまい、また読み進めながらキャラクターたちの個性に深く触れることが難しく、最終的にキャラクターへの思い入れ、およびそれと連動するキャラクターの判別が難しくなっている。

本作ではキャラクターが多く登場するが、特に堕ちた後は喋り方がまるっきり異なってしまうキャラクターが複数存在するため、前述の経緯もあって誰がどの台詞を言っているのかすぐに分からないという欠点がある。また悪堕ち作品として全体的に見ても、堕ち前後の描写が少ないのと、堕ちる理由や堕ちる瞬間もあっさりしていることから、題材としては魅力的であるものの悪堕ち作品としてはその魅力を生かしきれていない。
これは、例えば挿絵があったり、ノベルゲームなどの話者がはっきりしている形式であればこういった課題を解決する可能性があり、同じ題材の作品でもまた評価が異なってくると思われる。