作品名
堕ちて目覚めてまた堕ちて
ペンネーム
マナーモードR
作品内容
新暦XXXX年、日本、北海道──、「アイギス」養成施設日本第六支部。
「レーダーに感あり! 来るぞ!」
冬の厚い雲の下、一人の女性の声が上がる。凛としたその姿は機械に包まれており、ひと昔前の言葉で表現するならば、パワードスーツを纏っていた。下半身と背中に搭載されたスラスターで空中に浮かび、空の向こうから飛来する無数の黒い点を睨みつけていた。
背中に背負っていた巨大な電磁砲を構え直す。そうして傍らに浮かぶもう一人の女性に目くばせする。
「ここを凌ぎ切れば我々の勝ちだ……気合い入れろよ」
「はい!」
人類が西暦を廃してから、さらにもっと未来──地球は未曽有の危機を迎えていた。
技術の発展によって宇宙へ繰り出した人類は、自らとは別の知的生命体の存在を確認した。異種族間での交友やさらなる技術発達が期待されたが、現実は非情なものだった。
太陽系から十数光年程離れた場所に観測された新たな銀河から来た「それ」ら──人と虫をかけ合わせたような姿をしている異種族、「インベーダー」が地球人類に対し求めたものは、友好ではなく服従だった。
かくして始まった人類とインベーダーとの星間戦争。人類より優れた技術を持つインベーダー相手に始め人類は劣勢を強いられたが、それでも人類は自らの尊厳のため、抗い続けた。
そうして生まれたのが「アイギス」達。人体に適合手術を施し、規格外の身体能力と、それを元に大型兵器の運用が可能な程の大戦力を得た現代の戦乙女。女性にしかその適正は無いとは言え、インベーダーに対抗する希望となるには十分だった。
機械の鎧をまとった彼女達は空を縦横無尽に飛び回り、各地でインベーダーの尖兵達を相手に大立ち回りを演じた。それが今、この北海道の空で再び繰り返されている。空の向こうから飛来した虫のような姿のインベーダー達に正面から突っ込んだ二人は、大型の電磁砲を打ち込み、それによって生じた集団の混乱を突き、ブレードを抜き次から次へと斬り捨てていった。
「殲滅……完了!」
「キリがない! 下はどうなってる!」
「今退避がほとんど終わったと……」
「よし、私たちも降り……またレーダーに感! 今度こそ最後だ、気合入れろ!」
「はい! ……って、あれ……」
「どうした! ……おい、嘘だろ……!」
***
「まずいまずい……システムの破壊が間に合わない……!」
その頃。二人のアイギスの足元に大きく存在を構える施設──その内部。ほとんどの人員が脱出する中、一人の研究員が慌ただしくコンソールに指を走らせていた。丸眼鏡の奥からは必死な瞳が覗き、長い茶色の髪を振り乱しながら部屋の中を行ったり来たりしている。
と、その瞬間。
「うっ……!」
轟音と共に部屋が揺れる。次の瞬間、正面の壁が一気に吹き飛んだ。
「うう……な、何……?」
「ありゃ、誰もいないや。逃げられちゃった?」
「お姉ちゃん時間かけすぎ……たぶん皆脱出した後だよ」
瓦礫の散らばる部屋の中央で、高い声がする。
研究員はその場にへたりこみ、破壊された壁を茫然と見つめていた。
巻きあがった埃の中から、人影が現れる。
まず視界に入ったのは、金髪のショートボブ。無機質な部屋の中でそれはいやに鮮やかに見える。次に、白い機械の鎧。そこには、全く同じ見た目の二人のアイギスが立っていた。
しかし、アイギス達が身にまとうアーマーとは違い、そのシルエットは流線形で、鎧を着ている、というより金属が体に纏わりついているといった方が近いかもしれない。見れば尻尾のようなものまであり、人型というより、その姿はむしろ悪魔を連想させる。見たところ少し幼い見た目をしているが、その姿はどこか蠱惑的で本能的な恐怖を感じた。
「あ……あなたたちは……」
「お? まだ生き残りがいた。ほら言ったじゃんサヤ。全然余裕だって」
二人のうち、軽妙な口調の方が研究員に気づきもう一人を小突く。小突かれた方は呆れたようにため息をついた。
「あなたたちは……」
「こんちはー、お姉さん、ここの人? あたしはカヤ。こっちが双子の妹のサヤね」
カヤと名乗った少女は研究員に馴れ馴れしく近寄り声をかける。反対にサヤの方は仏頂面のまま研究員を見つめていた。表情は真反対の二人だが、顔つき自体はほとんど同じであり、カヤの言う通り双子の姉妹なのだろう。
「外はどうなってる? 中尉と准尉が正面を守っていたはずだけど」
「チューイ? ジュンイ? あぁ、そこのザコのこと?」
カヤがつまらなさそうに背後を指さす。そこには、ボロ雑巾のような無惨な姿になった二人のアイギスが地面に転がっていた。
「……!」
「あー、お姉さん。ひょっとして何か勘違いしてる? あたしたち、別にお姉さんを助けにきたわけじゃないんだよね」
「え……」
と、今度はサヤが一歩前に出る。姉のカヤとは違い、どこまでも冷たい雰囲気を纏っていた。
「私たちはインベーダー第四方面軍所属の強襲端末です。そもそもアイギスでもないので、あしからず」
「そうそう。あたしたち、ここを襲撃してる側なんだよね」
「そんな……嘘……だって、あなた達、どう見ても人間……!」
「残念だけどほーんと」
カヤが笑顔で手を打つ。見た目相応の幼い笑顔だった。
「でね? あたしたちがなんでここに来たかなんだけど……ここは今日から私たちインベーダーが使うことにしました!」
「な……!」
「アイギスが増えると困るんだよねー。私たち強襲端末ならどうとでもなるけど、一般兵にとっては十分脅威だし」
「アイギスの製造施設はそのまま強襲端末の製造施設に流用できることがわかっています。私たちに協力するなら、命は保証しますよ」
サヤが歩み出ると、そのまま研究員に手を差し伸べる。
「私に人類を裏切れって言うの」
「はい」
さらりと、なんでもないようにサヤが言う。
「いーじゃん、お姉さん、チャンスだよ! どうせ人類はいつか負けちゃうし、カチウマに乗りなよ……」
「さっそくですが、施設の案内をお願いします。本部に報告して使える設備を選んでもらわないと」
「ま……待ってよ!」
研究員が話を遮る。そして、背中に隠していた拳銃を抜いた。
「インベーダーに協力なんて……するわけないでしょ!」
「……」
双子が顔を見合わせる。そして、同時に吹き出した。
「な……何がおかしいの」
「勘違いをしているようですね」
「あたしたちはお願いをしてるんじゃないんだよ。命令してるの」
「もう一度言いますよ。この施設を案内しなさい」
「断る……!」
「あーもうらちがあかないなぁ、サヤ」
カヤが面倒くさそうに言うと、サヤが研究員の前にさらに一歩出る。
「止まって!」
研究員が叫ぶ。しかしサヤは止まらない。
銃声。サヤの足元に弾丸が着弾するが、サヤはまるで意に介さないように距離を詰めてくる。
「質問に答えてください」
冷たい声。
「見たところあなたはここの研究員みたいですけど、どれくらいの立場にいたんですか」
「……教えない」
「隠すと身のためになりませんよ」
「もう死んだようなものでしょ……! 最後まで私はッ、」
研究員の言葉がそこで途切れる。目を見開き、口をぱくぱくさせるが、言葉が続くことはない。
「……」
サヤから伸びた──正確にはサヤのスーツから伸びた──機械の尻尾が、研究員の額を貫いていた。
「あ……あ……」
「もう一度質問します。あなたのセキュリティクリアランスを教えてください」
「……」
研究員はしばらく痙攣していたが、やがて少し伏し目がちになり、静かに口を開く。
「……レベル四です。最上位から数えて二番目のクリアランスになります」
「よろしい」
ずっ、とサヤが研究員の額から尻尾を引き抜く。するとそこには、不気味な金属片が埋め込まれていた。
それを確認した双子は、にやりと笑う。やがて顔を上げた研究員の瞳からは光が失われており、人形のように無表情に変わっていた。
「やー、すごいね。だいのーせーぎょたんし、だっけ?」
「大脳制御端子。人間の前頭葉に打ち込んで働きを制御するものだよ」
そう言いながら双子は研究員に近づき、言葉をかける。
「名前は?」
「二階堂ユリといいます」
「ユリさんねー。よろしく!」
カヤはひらひらと手を振り、軽く言う。ユリはそれに従順な様子で頭を下げ、服従の意志を示した。
「そういえば、ユリさん、何かしてたみたいだけど、何してたの?」
「データとシステムの破壊を進めていました。最終防衛ラインが突破された時点で、この施設の陥落は時間の問題でした。少しでも敵に情報を与えないようにと……」
「あは、そうだったんだ。無駄な努力ご苦労様!」
「はい、無駄な努力でした」
カヤは無邪気に笑うと、先ほどまでユリが作業をしていたコンピュータのモニターを覗き込んだ。
「お? ここで訓練してたアイギス達の記録? サヤ! ちょっと見てこれ!」
「……! 思った以上の収穫かもしれないよ、これ。まだ破壊されてないデータが残ってるはず。ちょっと探してみて」
思わぬ収穫にサヤの言葉が少し明るくなる。双子はそのままコンピュータを漁り、そこに残されている敵達の情報を集め始めた。
「結構残ってる……これ、ひょっとしたらこの施設を落とした以上の価値があるかもしれないよ……!」
「やったじゃん、思わぬ収穫ってやつ? ん? あれ……」
と、そこでカヤが一つのデータに目を止める。
「第三七二号アイギス……月宮坂、カヤ?」
不審に思い、データファイルを開く。
月宮坂カヤ──という名は、自分と同じ名前。同姓同名のアイギスがどうやらいるらしい。
「お、入所時の映像? どれどれ……見てやろうじゃん」
動画ファイルを開く。
「……え?」
『はい、東京から来ました。月宮坂カヤです。こっちは、双子の妹のサヤ』
そこに映し出されたのは、名前だけでなく見た目まで自分と全く同じアイギス候補生──いや、カヤ本人だった。
「え? どういう……こと?」
『本当は……ちょっと怖いですけど。でも、サヤも一緒ですから! 二人そろえばあたしたち、なんでもできます! ね、サヤ!』
『う、うん……お姉ちゃんが一緒なら……私も心強いな』
これは──サヤ?
画面に写り込んできたもう一人の候補生。そちらももれなく、妹のサヤ本人だった。
『え?お姉ちゃんですか? ……はい。とっても頼りになって、優しくて……自慢の姉です』
『こいつぅ~、嬉しいこといってくれるじゃないか』
『お姉ちゃん! いつから……うぅ……』
──なに、これ。
「うッ!」
瞬間、カヤの頭に鋭い痛みが走る。突然の激痛にカヤは頭を抱え、姿勢を崩してしまう。
「お姉ちゃん?」
「だッ……大、丈夫」
背後で姉の異変に気づいたサヤが言葉をかけてくる。
知らなくては。
カヤは頭をしめつけるような激痛に耐えながら、附属していた報告書のデータを開いた。
何かが知るな、見るな、とカヤの頭の中で叫んでいる。しかし、それでもカヤは手を止めない。
自分だ。間違いない。この資料のアイギスは──自分だ。
「どういう……こと?」
好奇心が恐怖に変わり始める。今、目の前に、ここに、自分の知らない自分が、いる。
強襲端末として、インベーダーの兵器としてではない、自分が。
必死に文字を読み込む。もし自分がアイギスだというのなら、何故今自分はこうなっている。アイギスの自分と、強襲端末としての自分の間に、何があった。
最後のページに辿り着く。そこに、何かがあるはずだ。過去の自分と、今の自分を繋ぐ何かが──
「!」
『XXXX年X月X日、六七地区防衛作戦に第三七三号アイギスと共に参加。未帰還となる』
『補遺:X月X日。同アイギスと思しき人物が第三七三号と思しき人物と共に八三地区に現れる。自らを強襲端末と称し、防衛隊と戦闘行為に及んだ。インベーダーに洗脳されたものと思われる』
──繋がった。
繋がってしまった。
無意識に額に手をやる。指を這わせ、その感触を確かめる。そして──確かに伝ってくる──、
金属の感触。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁッ!」
瞬間、カヤは恐怖に引きつった顔で絶叫した。
額に金属片が埋め込まれている。ユリのように、自分も、制御端子が埋め込まれている!
「お姉ちゃん!どうしたの!」
絶叫を聞きつけ、サヤがカヤを抱きとめる。
「サヤ!サ……ヤ……?」
その額にもやはり、金属片が。
気づかないようにされていた。わからないようにされていた。
自分たちは強襲端末などではない。れっきとした人間だ。ユリの言っていたことは正しかった。
自分は今の今まで──インベーダーに操られていたのだ。
「う……!」
カヤはこみあげてくる吐き気に口を押さえ、うずくまってしまう。
「大丈夫?」
サヤが顔を覗き込んでくる。改めてその表情を見てみると、自分の知っているサヤのそれではなかった。
本当のサヤは──いつも泣きそうな顔をしていた。内気で、気弱で、自分がいないと何もできない子だった。でも、とても優しくて、いつも傍にいてくれて、温かい、自慢の妹だった。
こんな、氷のように冷たい顔をする子じゃない。
「サ……ヤ……!」
カヤはサヤにすがりつき、声を絞り出す。サヤはそんな姉を受け止め、心配そうに息をついた。
「大丈夫? あのデータに何か仕込まれてたの?」
「そう……じゃないッ、あ、あたし……達は!」
カヤが顔を上げる。今にも泣き出しそうな、悲痛な表情だった。
「あたしたちは“端末”じゃない……! “アイギス”……!
人間……! 人間だったんだ……ッ!」
「……思考に乱れが生じているの?少し落ち着いて」
「違う! 目を覚まして!」
豹変した姉の様子に、サヤは困惑したような顔をする。
わからないようにされているのだ。額の金属片を見ても、姉が激しく狼狽していても、サヤの頭は真実に辿り着けないように改造されている。
そう理解したカヤは立ち上がり、画面に表示されている報告書をサヤに見せる。
「サヤ……落ち着いて……これ、読んで」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫。とにかく、これを読んで。それで……思い出して」
***
「……それじゃ……私たちも制御端子を埋め込まれて……操られてたってこと?」
しばらくして、報告書を読み終えたサヤは探るように言葉を紡いだ。
「そう……今全部思い出した……。くそっ!」
そんなサヤの前で、カヤは忌々しげに吐き捨てる。
「この記録に載っているのが一年前……一年間もあたしたちはインベーダーに操られてたんだ」
「……」
「サヤ?」
「……本当に、私たちは……?」
サヤの表情は晴れない。未だ疑っているようだ。
「サヤ」
そんなサヤの手をカヤが取り、目を合わせる。久しぶりに妹の瞳を覗き込んだ気がする。今思い出した記憶のそれとは違い、光の失われた冷たい視線だ。しかしその奥には、確かにかつての妹の姿が見えた。
「信じて」
真っすぐに、そう告げる。それを受けて、サヤは目を伏せてしまった。
「少し……私も混乱してる。正直、簡単には信じられない。私はずっとインベーダーの為に戦ってきたと思ってるし、今でもそう。人間は私たちの敵だって、そう思う」
「サヤ……」
「……でも」
不意に、またサヤが顔を上げる。
「人間じゃなくて、お姉ちゃんを信じる。お姉ちゃんがそう言うなら、私もそう思うことにする。ちょっと……難しいけど」
そう言って、ぎこちなく笑った。
その笑顔は間違いなく、在りし日のサヤのものだった。
──大丈夫。サヤはまだそこにいる。
インベーダーに洗脳され、正気を失ってしまったが、まだ、サヤはそこにいるのだ。カヤはそれを確信し、密かに決意を固めた。
──絶対に、助けて見せる。
「それで……これからどうするの?」
「そうだな……どこかのアイギス達と合流しよう。頭のこれを取ってもらわないと。あ、もちろんユリさんも連れていくよ」
ちらと、二人から少し離れた所にぼんやり立っているユリの姿を見る。
「ひどいことしちゃった……絶対、助けないと」
「……うん、わかった」
「とりあえず、まずはインベーダーに気づかれないようにしないと。サヤ、できる?」
「うーん……やってみる。一日……いや三日間もらっていいかな」
「わかった。それじゃ、その間あたしはやれることやっておくから」
そう言って、カヤは部屋を出ていこうとする。と、部屋の入口で足を止める。
「サヤ」
「何? お姉ちゃん」
「……ごめんね。絶対、助けるから」
***
それから三日後。カヤとサヤは施設の裏口にいた。
「とりあえず、位置情報は攪乱できるようにしておいた。次の定期連絡は六時間後……少なくともその間は確実にごまかせると思う」
「わかった。それじゃ、その間に近くの基地を目指そっか。三人だけでいるのは危ないと思う」
そうして双子は最後に装備の点検を始めた。これから始まる逃避行にアクシデントを起こすわけにはいかない。
「ユリさんは?」
「最後に機械の確認をしてもらってる。インベーダーに気づかれないように仕掛けてくれたのもあの人だから」
「そっか。じゃ、終わるまで近くを見てくる」
「……うん」
点検を終えたカヤが、扉に手をかける。大仰な扉が、音を立てて開いていく。
この先の逃亡生活に失敗は許されない。絶対に逃げ切って、昔みたいにまた二人で幸せに暮らすんだ。
カヤの決意は重い。その覚悟を迎え入れるかのように扉から差す光がカヤを照らした。
「……」
眩しさに目を瞑る。さぁ、絶対に逃げ切るぞ──
「え」
そこに広がっていたのは。
「動くな!」
大量のインベーダーが、銃をこちらに向けて立っている光景だった。
「え……? なん、で……?」
「お姉ちゃん」
振り返る。そこには、底冷えするほど冷たい表情をしたサヤが立っていた。
「サヤ……? これ……何……うっ!」
カヤが困惑していると、いきなりサヤに殴りつけられる。そしてその場に取り押さえられた。
「私たちは強襲端末。インベーダーの兵器。忘れた?」
「……騙した……の……?」
「違う。お姉ちゃんが悪いんだよ。私たちはインベーダーの兵器なのに、お姉ちゃんは思考パターンを乱し、危険思想を有し、挙句インベーダーへの反乱さえ企てた」
インベーダーがカヤを取り囲む。
「再調整の対象になるのは、当たり前だよね」
「サヤ……嘘でしょ……?」
インベーダーの一人がカヤを無理矢理立ち上がらせ、施設の中へと引っ張っていこうとする。
「今度は不具合を起こさないように調整するから」
「ねぇ嘘だって言ってよ!」
「そうしたらまた、一緒に働こうね」
「サヤあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悲痛な叫びを上げながら、カヤは施設の奥へと消えていった。それを見送るサヤの笑顔は、恐ろしいほど晴れやかだった。
「やだっ! やだ、やめて!」
インベーダーの集団に連れられる中で、カヤは必死に抵抗した。しかしインベーダー達はまるで意に介さないように、ずんずんと施設を進んでいく。
そして、その奥。もともとはアイギス候補生に適合手術を受けさせる部屋だった場所に出る。そこには大仰な機械の椅子が不気味に鎮座おり、それを前にカヤは小さく悲鳴を上げた。
「どうぞ……」
その傍らに立っていたユリがインベーダーを迎え入れる。インベーダーはユリを一瞥すると、カヤを押さえつけるように椅子に座らせ、拘束具を取り付け始めた。
「嫌っ! やだ……やだ……!」
必死に身をよじり抵抗するもまるで効果はない。あっという間にカヤは椅子に拘束されてしまった。
「始めろ」
インベーダーの一人が口を開く。恐怖で引きつった顔をしているカヤを一瞥すらせず、冷たく告げた
「あ……あぁ……!」
インベーダーから命令を受けたユリがスイッチを操作すると、カヤを取り巻く機械達が起動する。上部に取り付けられていたヘルメットのような部品が頭を覆い、バイザーが、ゆっくりとカヤの視界を閉ざしていった。
──どうして、こんなことに。
サヤは自分を信じてくれたのではなかった。裏切者としてインベーダーへと密告し、捕らえる準備をしていたのだった。計画が失敗したことよりも、最愛の妹に裏切られた。その事実がカヤの心を絶望に沈めていく。
「──」
視界が閉ざされる刹那、こちらを見つめるユリと目が合う。
その視線は、どこまでも冷たく、刺すような痛みをカヤに与えた。
最後の一瞬、カヤの口をついて、言葉が漏れ出た。
「ごめん、なさ──」
しかし、それは最後まで紡げなかった。直後に自らの口から飛び出した絶叫にかき消されてしまう。
数日前に記憶を取り戻した時とは比べ物にならないような激痛がカヤを襲った。まるでカヤという人間をそのまますり潰そうとしているかのような、耐えがたい痛みにカヤは晒されることになった。
「ご苦労だった」
と、そんなカヤの前で、いつの間にか部屋に入ってきていたサヤに、インベーダーが声をかける。
「いえ、義務を果たしたまでです」
「しかし、制御端子の支配を逃れる者が出るとはな……改良が必要かもしれない。お前も当然この後再調整を受けてもらうぞ」
「承知しました。あの、お聞きしても良いでしょうか」
「なんだ」
「このあと、お姉……端末122はどうなるのですか」
「再調整の上、これまで通り運用するが……また不具合を起こされたらかなわん、監視態勢を整える必要があるな……」
と、そこでインベーダーは言葉を切り、サヤを見やる。
「……そうだな、端末123。お前を管理者としてつけよう。今後122を管理し、万が一暴走の危険性が見受けられたらお前が対処しろ」
「承知しました」
サヤが敬礼を返す。そんな二人の眼前で、いよいよカヤの絶叫は大きさを増していった。
──痛い!痛い!いたいいっ!
口からは絶えず叫びが飛び出し、それ以外のことが何もできなくなる。せっかく取り戻した自我が、また失われていく恐ろしさを、カヤは痛みを通して感じていた。
──嫌だ、端末に戻りたくない。あたしは人間だ、人間なんだ!
──本当に?
ふと、頭の中で声がする。その瞬間、カヤの頭の中で何かが弾けたように、痛みが引いた。
──え?
時間が止まり、カヤの眼前に何かが現れる。これは──もう一人のあたし?
──楽になろうよ、あんたはモノ、なの。
違う──と首を振るが、目の前のカヤは呆れ顔をするだけだった。
──遅いよ。もう、手遅れなの。一度端末になっちゃった時点で、ね。さぁ確認するよ。あんたは、何?
──あ、あぁ──あ、た、し、は──
あたま──いたい──あたし──あた、し、は──
──なん、だっけ。
***
半年後──、どこかの戦場、その最前線。
「くそ! 攻撃が当たらない!」
「気をつけろ! 今までのやつとは何か違──ぐわっ!」
次々に悲鳴が上がる。最新の装備に身を固めた人類の兵士たちが、なすすべもなく倒されていく。初めはうるさいほどに響いていた銃声も次第にまばらになっていき、やがて──聞こえなくなった。
静寂を取り戻した戦場に一人の人間が舞い降りる。たった今、ここにいた一個小隊を殲滅したのはカヤだった。しかし、以前の彼女とは少し様子が異なった。
「……」
以前と同じ装備を付けてはいるが、新たにアイバイザーを装着しており、その表情はうかがい知れない。あれほど口数が多かった振る舞い方も、まるで別人のように静かだった。
「殲滅完了しました。管理者様、次のオーダーをお願いします」
と、そこで喉元に取り付けられた通信機に言葉を放る。それまでのカヤには似つかわしくない、まるで感情の感じられない機械的な言葉だった。すると、その言葉に応じるかのように上空からサヤが現れた。
「殲滅を確認。いい働きだね。待機、索敵状態に移行して」
「イエス、オーダーを確認。上空にて索敵を開始します」
そう言ってサヤと入れ替わるように空へ上がっていく。二人のやり取りはどこまでも事務的で、とても姉妹の会話とは思えなかった。
「……あ、定期点検の時間だ、忘れてた」
と、サヤが呟き、再び通信機のスイッチを入れる。
「端末122、定期点検の時間だよ。今回は口頭点検。そのまま質問に答えてね」
「承知しました」
「一問目。あなたの定義は?」
「私はインベーダー第四方面軍所属の強襲端末です。ナンバーは122、端末123の管理下にあります」
「二問目。あなたの運用用途は何?」
「地球のテラフォーミング計画において原住生物の排除を始めとした武力行為を主なものとしますが、実際の用途は多岐に渡ります。基本的に、用途外の運用方法というものは当機には存在しません」
「三問目。あなたは人間?」
「いいえ。私は強襲端末として製造された兵器です」
「よろしい。では、そのまま索敵を続行して」
「イエス、オーダーを再確認しました」
そういってサヤは上空のカヤを見上げる。その瞳に写る姿を見ても、もはやサヤがどう思うこともなかった。
二人はインベーダーの兵器。かつて人類の為に戦った二人のアイギスは、自分たちにすら存在を忘れられ、新たな自らの主人達の為に、その力を振るうのだった。
講評
定義 | 魅力 | 提示 | 企画 | 総合 |
---|---|---|---|---|
A | C | B | B | B |
悪堕ちしている状態から始まり、更に二段階目の堕ちが発生するという、今回のコンテストの応募作品の中でも希少な構成の作品。二段階悪堕ちとなる構成としては文の量も適切であり、また読みやすい文体であるため、気軽に読める小説作品となっている。
侵略者と戦う女性の戦士という設定や、侵略者の尖兵が実は人間が改造されていたという展開、洗脳が解けた後により深く再洗脳されるという展開などは目新しいものではないが、これらの要素を軸に、それらに合致した世界観を構築し、敵や姉妹など登場人物の設定を組み込んでいることで、作品全体が納得できるものとなっている。
特に、姉と対照的な立場にいる妹や、姉が直々に洗脳したモブキャラを配置することで、姉の行動がしっぺ返しとなって皮肉に彼女に降り掛かってくる展開が強調されており、伏線を回収するように物語の前後が繋がっていることは評価が高い。
一方で悪堕ちの観点では、悪堕ちの魅力の表現がやや弱い印象を受ける。
まず、堕ち過程となる箇所が実質的に再洗脳時のみとなる構成であるため、相対的に堕ち過程が薄いものとなっている。
また、敵である「インベーダー」について作中で簡素に語られているのみであり、正体がよく分からないことで、堕ちる先の悪の概念を固めたり、魅力的な描写をすることができていない。
さらに、登場人物の外見の描写があっさりしているため、アイギス本来の姿や、初登場時の姉妹の外見、再洗脳された後の外見などを想像するのが難しい状態となっている。
こういった観点から、特に各登場人物の外見はビジュアルで提示されていることが望ましいが、文章であっても丁寧な描写を心掛ければ、堕ちる前後での姿の変化という側面でも、悪堕ちの魅力を更に強く訴えかけることができるだろう。
なお、妹の発言だけ見ると、姉の異変に気付いてから姉を引き渡すまでの間の行動や発言が、あまりにも姉に寄り添いすぎていて、物語全体を通しての彼女と一貫性がないようにも感じられる。これに関しては、洗脳が完璧だからこそ姉を騙すような行動ができたのか、それとも姉に対する執着心が強い故にこういう行動を自ら選んだのか、色々な可能性が考えられるが、作中では判然としない。例えば、姉を引き渡すタイミングで「実はこうだった」という手の内をバラしたり、姉の推理による独白が入ったりしてフォローされていれば、より物語への没入感を深めることができるかもしれない。