3 悪堕ちの魅力「ギャップ萌え」

「ギャップ萌え」ではギャップが効果的であればあるほど、悪堕ちの魅力は高まっていきます。ここではそういったギャップ萌えを生かす、効果的にするための要素をまとめ、説明していきます。

(1) 視覚的ギャップ

視覚的なギャップは、悪堕ちにおいて最も重要な要素です。視覚的な情報をもって、視聴者は「悪堕ちした」「悪堕ちしている」ということを認識しやすい状態になります。視覚的変化には次のようなものがあります。

① 色の変化

悪堕ちすると、黒系や青や紺などの寒色系のカラーリングになる事が多いです。これは、黒色は闇の色であり、悪を象徴するもの、という理由が大きいです。黒は色を混ぜて最終的に辿り着く色でもあり、光を吸収して離さないそれは、「堕ちたら戻って来られない」という不可逆性をも連想させます。無垢を連想させる白と対極にある黒は、女性を美しく見せる効果もあり、ときに妖艶さを印象付けます。

色の変化でイメージしやすいのは白から黒への変化ですが、ギャップの観点では黒を白へと変化させるのも意義があります。白色に関しては「(8)補足 悪堕ちにおける白色」で詳しく説明します。

② シルエットの変化

シルエットとは、射影、つまりその物体に光を当てた時に影となる部分のことで、大雑把に言えば「見た目の輪郭(面積)」のことです。これが大きくなると、変化したことを認識しやすくなります。「④身体的特徴の変化」でも触れる「大人化」や「異形化」、または「肥大化」も、このシルエットの変化に含めて良いでしょう。

異形化の方向性を持つシルエットの変化の例として、翼が生える状況があります。翼には鳥のように複数の羽根で構成される翼と、蝙蝠のように単一で連続する器官(膜など)で構成される翼があります。そして黒い翼はシルエットの変化だけでなく、様々な意味を含んでいます。黒羽根に関しては、黒色の羽根を持つ鳥、カラスは悪魔や魔女の使いであったり化身であったりすることから、悪や不吉を象徴する存在であり、それがそのまま黒羽根の印象を形作っています。葬儀の女性の正装の一種である黒のベールにもアクセサリーとして用いられる黒羽根は、死も連想させます。黒羽根が悪魔の使いを連想させるのに対し、蝙蝠的な黒い翼は悪魔そのものを連想させます。蝙蝠に限った話であれば、対象者の血を吸うことで同族化させる「吸血鬼」をも連想させます。

③ 肌面積の変化

半袖などの服装は健康的であると考えられる一方で、首筋、胸元、臍、太腿などの領域を見せるような露出は、相手の理性を狂わせるとされています。肌を見せること自体を禁止する宗教もあり、肌の露出は性を連想させる、悪と相性が良い要素であると言えます。

また、露出が増えるのは、防御を捨てて攻撃力を上昇させているという、能力的な変化の側面もあると考えています。こちらに関しては「(6)悪堕ちすると露出が増える意味」で詳しく説明します。

④ 身体的特徴の変化

身体的特徴の変化としては次のようなものが挙げられます。

  • 巨乳化
  • 大人化(頭身の変化/身長が高くなる)
  • 目の変化(目つきが鋭くなる/瞳の色が変わる)
  • 髪の変化(髪が長くなる/髪の色が変わる)
  • 肌の変化(紋章が現れる/褐色化する/青肌化する)
  • 異形化(角・尻尾・翼が生える)

長い年月を掛ければそう変化していく可能性がある特徴も中にはありますが、基本的に悪堕ちする時に肉体改造が組み合わさることで、このような身体的変化が訪れます。

さて、「巨乳化」とあるように、悪堕ちしたヒロインは胸が大きくなると言われます。女性キャラが悪堕ちすると胸が大きくなる理由、その最大の理由は「悪役の女性の胸が大きいから」です。「悪になった」ことを認識させる必要がある悪堕ちにおいて、胸を大きくすることは、視覚的なギャップの変化に加え、「悪である」ということをイメージさせやすいです。ではなぜ悪役の女性の胸が大きいかというと、胸が大きいことは男性の劣情を誘う性的なものであり、性的なものは悪とする道徳的な話が根底にあるためです。つまり、悪を連想させやすいものの一つとして胸を大きくするわけです。他にも、手下の男性の求心力を付けるという強かな理由もあります。ただし実際には、改造によって即時的に胸が大きくなる場合を除けば、本当に胸が大きくなったわけではなく、悪堕ちによって衣装が変化し、胸元を解放するような衣装になったことで元々大きかった胸が露出し、胸が大きくなったように見える、という可能性の方が高いでしょう。

しかし現実的な話として、妊娠により胸が大きくなる場合以外で、肉体的改造を経ずに胸が大きくなる場合はあります。悪堕ちして欲望が解放されたヒロインは、女性として見られたいという願望により女性ホルモンが大量に分泌され、また堕ちる前の人間関係ですり減っていた精神も元に戻り、健康的な生活を送れるようになって大きくなる胸を支える筋力が身についた結果として胸が大きくなる可能性があります。このように、悪堕ちすることでポジティブな方向で健康になることを「悪堕ち健康法」と呼んでいます。

身体的特徴の面では、男性対象者よりも女性対象者の方の変化が激しくなる傾向があります。これは、見た目の変化を強調する点において、女性の方が「胸を大きくできる」という要素の数でアドバンテージを持っているためです。しかし、これは胸の有無だけの問題ではありません。生物学的に男性は「結果」を重視すると言われます。男性の性的対象である女性は、悪堕ちした後の結果を求められるため、悪堕ちしたことが分かりやすいような容姿へと変化させられやすい、という解釈もできます。一方で男性対象者はそこまでの変化が求められず、結果と相対する「過程」、つまり悪堕ちしていく精神的変化などが詳細に描かれる傾向があります。

⑤ 表情の変化

悪堕ちの前後で表情が変化する場合があります。これまで大人しかった人物が感情を顕にして怒り出したり、逆にこれまで感情豊かだった人物が全く無表情になったりします。人間の顔は、その人の感情や思考を表すインターフェースであり、故に表情の変化もギャップに繋がります。

⑥ 衣装の変化

対象者が身に纏っている衣装だけでなく、同じく身に着けているアクセサリーや、皮膚に乗る化粧や紋章が該当し、これらの変化の例としては、次のようなものが挙げられます。

  • 結んでいた髪をほどく
  • 眼鏡を外す
  • 露出が増える(胸元を開くなど)
  • ぴっちり素材を身に付ける(エナメル系/ラバー系/タイツ系)
  • 拘束具を身に付ける(ボンデージなど)
  • 着てない/付けてない/はいてない

衣装の具体的な内容については「(5)衣装の変化と要素の付与」で詳しく説明します。また、特別に「仮面」については「5仮面と悪堕ち」で詳しく説明します。

(2) 言動のギャップ

悪堕ちの前後で性格が変わることはよく起こります。静は動へ、低は高へ、整は乱へ、そして清は淫へ。特に、悪堕ちすると自分の欲望に忠実になったり、自分の気持ちに素直になったりすることがあります。そのため、これまで抑圧されてきた想いを隠すこともせず、堰を切ったように相手にぶつけるようになることもあります。反対に、操り人形になる場合などに、全くの無口になることがあります。

(3) 精神的ギャップ

悪堕ちは堕ちていく過程も重要です。悪に堕ちる人物は、最初からそのような考えを持っていたのか、それとも日々の生活、環境によってどんどんと考え方が染まってきたのか、それともその考え自体を誰かに植え付けられたものなのか。様々な要素によって人は悪に堕ちていきますが、堕ちる前と堕ちた後での精神状態や考え方、思想の変化など、精神的側面でのギャップは、特に闇堕ちが好きな人にとって重要視される要素です。

(4) ステータスのギャップ

ステータスとは状態や属性、または単純にそのキャラクターのパラメーターのことを指します。「戦闘員化」では、対象者のステータスが全て剥ぎ取られて、戦闘員としての属性が与えられます。どんなに強力なヒロインであっても、戦闘員化することで全ての要素が剥ぎ取られて下級戦闘員と同じ扱いを受けるようになる状況や、人間としての尊厳が奪われるような状況などは、「無様感」にも繋がります。戦闘員化は「無個性化」にも繋がる手法で、一般市民(モブ)がそれぞれの個性を奪われて均一的な戦闘員と化す状況などが挙げられます。

また、弱体化だけではなくて、強化される方向のギャップもあります。例えば悪堕ちしたヒロインが能力を異常に強化されており、主人公が太刀打ちできず、逆に余裕で遊ばれてしまう状況もギャップ萌えとしてはありです。

(5) 衣装の変化と要素の付与

① ボンデージ

一般的にはSM嬢が着るインモラルな衣装という印象が強いですが、そもそもは拘束具であり、主人に対する服従を意味する、悪堕ちらしい衣装でもあります。自分を縛り付けるという面では性差関係なく発現し、その被虐性が転じてSMの象徴となりました。なお、「ボンテージ」と間違われやすいですが、英語で拘束や束縛を意味する Bondage から来ている語ですので、「テ」は濁って「デ」で表記するのが正しいです。

② 鎧

戦場において自身の身体を守るものであり、戦いの象徴でもあります。西洋風の鎧は騎士を連想させ、更には主君への忠誠を誓う、封建的な悪堕ちを想像させます。また、顔すら覆うプレートアーマーは、「鉄壁」という自身の能力の強化の表現であると同時に、悪に堕ちた姿を見せない(見せたくない)意志の表れと考えられます。

③ ゼンタイ

全身をタイツで覆うことを「ゼンタイ」と呼び、転じて密着性のある素材で包むこと全般を指します。「仮面ライダーシリーズ」(1971-)のショッカーに始まり、悪の組織の戦闘員が着用する傾向にあり、人体の無機質・没個性化を図ります。悪堕ちにおいては、下級戦闘員化を体現するものとして好まれます。

④ 肩当て

例を挙げるとすれば「ストリートファイターⅡ」(1991)のベガのような、悪人が好んで身に付ける肩のパーツです。肩当てが悪と繋がるようになった経緯は不明ですが、恐らく「北斗の拳」(1983)が絡んでいるのではないでしょうか。肩当てにスパイクを付けた衣装は、パンクファッションとして好まれます。

⑤ マント

マントは人型を保ったままシルエットを増大させることができる衣装です。マジシャンや怪盗、吸血鬼が好んで着用するものであるからして『怪異』の象徴であると言えます。

⑥ 薔薇

古代より香油が愛好され、近代において美の象徴とされました。「きれいなバラには棘がある」ということわざに代表されるように、妖艶さの裏に攻撃性を持つ薔薇は、しばしば怪人のモチーフになりました。攻撃にも縛りにも使える薔薇の鞭は、主に女性の悪堕ち姿に映えるものです。

⑦ 骨

特に髑髏は死の象徴として扱われます。髑髏を装飾品とするのは、直接的で使い古された表現ということで古典的な悪堕ちのイメージがあります。骨の例としては、胸当てや肩当てが骸骨の手であったり、全身が骸骨と融合したりするようなデザインは、死神や恐怖そのものを呼び起こさせるデザインとして秀逸です。

⑧ 蛇

豊穣と多産と永遠の生命力の象徴とされ、神の使いとして崇められてきた一方で、毒牙を持つ種もいることから、畏怖の対象でもありました。旧約聖書を原点とする文化では、蛇を悪魔の化身・悪魔そのものとして扱うため、蛇を扱い、また蛇に支配される衣装は、悪と結びつくものです。

⑨ 首輪

首輪はペットの首に付け、飼い主を主張するものですが、転じてSMプレイにも用いられるようになりました。ボンデージの延長上の概念となりますが、悪堕ちした後の主従関係を、より直接的に表すものです。チョーカーが首輪へと変化する情景に興奮する人も少なくないのではないでしょうか。

ちなみに、チョーカー(Choker)はアクセサリーの一つですが、「首を絞める(choke)モノ」という語源のように、人体の急所を押さえること、つまり装着者の命を押さえているという観点で「隷属の証」とする意味合いもあります。チョーカーは装飾品として身に付ける「自由」と、首輪としての「隷属」の相反する要素を備えていることもギャップ萌えに繋がるでしょう。また、首を絞める行為自体にも「あなたは私のもの」というメッセージが含まれます。

⑩ ハニカム

同じ図形を敷き詰めたもの、一般的には蜂の巣のように六角形を敷き詰めたものを指します。幾何学模様を敷き詰めることで無機質さを印象付ける表現技法であり、ナノマシンのように、無機物が有機物を侵食している様子を表現するのに適切です。ハニカムと悪堕ちの関係は、「機動武闘伝Gガンダム」(1994-1995)の「DG細胞」から始まったと言っても過言ではありません。

⑪ 淫紋

身体に刻まれていたり、特定の条件を満たすと浮かび上がってきたりする紋章です。その名の通り、堕落によって色欲に目覚めたことを示す証として身体に刻まれています。特に下腹部に現れるものを指し、これは女性の子宮を暗示していると言われます。

(6) 悪堕ちすると露出が増える意味

悪堕ちとは秘めた己の解放であり、元の衣装を脱ぎ捨てて己の身体を曝け出すと同時に、性にも奔放になるという観点で、性も解放すると考えます。このように悪堕ちして露出が増え、衣装が性的なものになることを「衣性解放(いせいかいほう)」と堕研は呼んでいます。

さて、悪堕ちすると露出が増えるのはなぜでしょうか。もちろん、狭義の悪堕ちでは悪堕ちは性的なものであるからだ、という結論でもよいのですが、もう少し詳しく迫ってみます。まずは4つの理由があると考えます。

① 理由1 露出を増やすことで直接的に性を表現するため

肌の露出は相手の理性を狂わせるため、多くの文化で悪(インモラル)とされます。このため、露出が増えることは直接的に悪を表現する手法となり、露出は悪堕ちに繋がります。

② 理由2 攻撃性を上げるために防御性を削ったため

悪に堕ちると攻撃的・嗜虐的になることが多く、防御を捨てて攻撃力を上昇させたと考えることができます。攻撃性も防御性も上昇する悪堕ちも存在しますが、攻撃性と防御性がトレードオフになる状況においては、このように攻撃性を高めた反動として防御性を削ったと判断できます。「当たらなければどうということはない」という言葉が聞こえてきそうですが、それくらいに防御は気にしていない状況でしょう。

また、基本的に悪堕ちすると守るものがなくなると考えてよいでしょう。守るものとは、大切な人であったり、なにか物理的な物体であるでしょうし、ときに社会的地位や信頼関係、モラル・貞操観念であったりするかもしれません。このような守るものがなければ防御を全て攻撃に振ることができるため、悪堕ちすると攻撃力が上がって強くなると考えられます。しかしながら、守るべきものがあるからこそ強くなれるのも真理です。正義の味方の強さ、悪の組織の強さの違いはその人物がどこまで真理に至れたかで決まるものかもしれません。

③ 理由3 己の優位性を相手に見せつけるため

露出が増えると物理的な防御力が下がるわけですが、敢えて防御力を下げることで一種の恍惚めいた挑発行為を行う場合があります。これは「己の優位性」を相手に見せつける行為でもあり、「こんな状態の私に圧倒されて負けてしまうなんて」というS要素も含まれるかもしれません。

また、露出が増えると防御は下がるはずですが、実際には悪堕ちして強くなった人は(パラメーター上でも)防御も堅くなっている事が多いです。悪堕ちすると抑制されていた力が解放されたり、闇魔法が使えるようになったりすることで、堕ちる前と比べて相対的に強くなる傾向があり、その延長として露出具合に左右されない防御能力を身に付けたと考えるのが妥当でしょう。このように、見た目は防御が下がったように見えて実は防御は問題ない、というギャップも、己の優位性を相手に見せつけているという意図が隠れている点で魅力的だと考えられます。

④ 理由4 部下の求心力を付けるため

悪堕ちに限りませんが、悪の女幹部は十中八九、性的な衣装というイメージです。特に印象深いのは「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」(1977-1979)に登場するドロンジョでしょう。悪の女幹部が性的な衣装を纏っているのは、前述のように性的な(露出が上がる)衣装が悪と結びつきやすい、インモラルな要素であるためと考えられます。これに加えて、性的さで部下の野郎共の求心力を付けるという、実務的な理由もあると考えます。悪堕ちして敵の女幹部になったとして、必ず野郎の部下が付くわけではありませんが、性的さが他者を動かしやすくすることを実感している人物は、このような実務的な面を見越して露出が上がった性的な衣装になるのかもしれません。

⑤ 悪堕ちすれば必ず露出が増えるのか?

しかしながら、悪堕ちすれば必ず露出が増えるわけではありません。変化もなければ、逆に露出が減る場合もあるでしょう。悪堕ちにおいて視覚的ギャップ効果を高めるためには、悪堕ちした後は基本的に露出が増えるか減るかの二択となります。増減の基準ですが、悪堕ちが抑圧された己の解放であれば露出が増える方向へ、力を手に入れたり、心の闇に飲まれるなど引力が発生したりする場合は、露出が減る方向へ行くと考えてよいでしょう。特に、悪堕ちして自分に閉じこもる場合、仮面と同じく、全身を覆う鎧は防御を上げるためではなく、むしろ自分を包み隠して相手に見せないという意図で用いられることでしょう。

⑥ 衣性解放のデメリット

さて、悪堕ちの魅力の一つ「衣性解放」ですが、メリットばかりではなく、悪堕ちの表現においてはデメリットも存在します。露出が増えるということは、相対的に衣装や装備の表面積が少なくなるということであり、逆ビキニアーマーのような性的露出表現に特化した衣装でなければ、悪堕ちした後のデザインに凝ることが難しくなります。デザインを工夫することで回避できる場合はありますが、基本的に露出具合と見た目の表現の幅はトレードオフになります。逆に言えば、露出を減らせばデザインに凝ることができるので、悪堕ちして露出が減るキャラクターがいた場合、作者は悪堕ち後の姿を真に表現したかったのかもしれません。露出と表現がトレードオフの関係になるということは、脱いでしまったら差別化できないということにも繋がります。

(7) TS悪堕ちとギャップ萌え

近年、「TS悪堕ち」というジャンルが確立されました。「TS」とは transsexual の略で、日本語では「性転換」と訳されます。または transsexual fiction / transsexual fantasy の略として、性転換を題材にした創作のことを「TSF」と表現します。簡単に言えば、男性キャラが女性の体になる、またはその逆で女性キャラが男性の体になる、という状況に付けられたジャンル名です。ここでは議論の発散を防ぐため、TS悪堕ちの対象となるのは男性(つまり女性となって堕ちる)に限定します。

TS悪堕ちというのはカツカレーみたいなものです。本体はカレーだけれども、トッピングにカツを入れたら更に美味しいでしょう、というように、「悪堕ち」ジャンルに「TS(肉体的に性別が入れ替わること)」が付け加われば、新しいジャンルとしての確立が見えてきたという話です。

悪堕ちは正義から悪へと堕ちる変化であり、TSは男性から女性への変化であり、いずれも変化ジャンルです。悪堕ちもTSも変化ジャンルであるため、これらの相乗効果は大きいでしょう。更に、狭義の悪堕ちでは「女性が(女性へと)堕ちる」ので、同じ女性に堕ちるとしても、堕ちた結果としての悪堕ちヒロインは、「元正義」「元男性」という歪な属性を抱えている状態となります。

悪堕ちもTSも、現実世界の話ではなく、空想の、理想的な世界で起こるからこそ嗜むことができるジャンルです。「彼岸と此岸」理論を用いれば、こちら側(此岸)である「正義」や、『これまで』の「男性」の状態が変化して、あちら側(彼岸)である「悪」や、『これから』の「女性」の状態になるというのが、TS悪堕ちの構造です。此岸の状態を知っている、または想像できるからこそ、堕ちてしまった後の彼岸の状態に萌えるのが、このTS悪堕ちの魅力の本質です。そして、TSと悪堕ちが結びついたことにより、前述の「女性へと堕ちる」という状態が別の側面を持ってきます。狭義の悪堕ちでは、清楚な女性が淫乱な女性へと変化するギャップに萌えていたこともあり、堕ちる前が女性でなく男性であれば、より、変化、ギャップの相乗効果が効いてくるのではないでしょうか。

(8) 補足 悪堕ちにおける白色

悪堕ちといえば黒ですが、白色の悪堕ちも当然存在します。髪の色を例にすると、悪堕ちして髪の毛が真っ白になる人がいますが、これも大半がギャップを表現しているためではないでしょうか。

過度なストレスが掛かると毛髪は白化するとされています。過度なストレスとは、絶望のほか、復讐劇「ヴェンデッタ/白髪鬼」(1886/1893)における白髪化の理由が恐怖であったことから、白髪は絶望や恐怖を感じて悪堕ちしたという表現にもなります。また、色素が抜けてしまう(アルビノ)ことが異常事態であることから、異常な状態である悪堕ちとも関連付けやすい表現であると考えられます。

闇を表す黒と比べて、白はポジティブで純粋な色とされますが、白がネガティブな意味を持つ事例があります。例えば「白紙」という表現は「何も書かれていない紙」という物理的な現象を通り越して「本来あるべきモノがない状態」といった、ある種「恐怖」を連想させます。「白い原稿」とは締め切り間際なのに原稿を提出できない状態、「白紙に戻す」とはこれまで掛けた時間と労力がなかったことにされること、そして「真っ白な心」とは何者にも汚されていない純粋な状態であるが故に、どんな酷い事でもできてしまう精神状態を指します。白は、純真無垢さを表現する一方で「無」を表し、雪山や病室のように恐怖を突き付ける色でもあります。

白くなる悪堕ちの例としては、「BLEACH」(2001-2016)や「劇場版 艦これ」(2016)が挙げられます。BLEACHは主人公側が死神であり黒色ですから、これとの対比で敵側は白色(ホロウなど)にした方が分かりやすいですし、艦これの深海棲艦が白いのは、生気がないことと、人間や艦娘と違う異質な存在であることを表現していると思います。日本人にとって白は、死装束の色、骸骨の色、死を連想させる色でもあるので、死神の敵はやっぱり白ですし、一度沈んだ艦娘が死を連想させる白色に染まるのは、日本の文化に根付くものなのではないかと考えています。日本人は黄色人種ですから、死んで血の気が引いたときに(青)白くなることが印象に残りやすく、深海棲艦の白色は、血が通っていない、死人であることも連想させます。

さて、何が悪であるかは視点によって変わるものです。例えばダークヒーローの物語では、敵は政府や警察であったり、ときに神や天使であったりするかもしれません。彼らのイメージカラーは白、つまり彼らに与することは白へ堕ちることにほかなりません。正義と悪を自由に定義できる悪堕ちだからこそ、一般的に正しいと考えられている「白色の勢力」を「悪」と定め、その勢力に屈することを悪堕ちと呼ぶ世界観を創ることができます。こういった場合、敵対する勢力は基本的に支配層であるため、「権力に屈する」「長いものに巻かれる」ことが悪堕ちとなってしまう世界観となります。

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