5 仮面と悪堕ち

(1) 仮面が持つ2つの役割

「仮面(mask/マスク)」には、主に2つの役割があります。一つは仮面の表す『モノ』を演じるという役割です。主に演劇や神事において特定の役割を演じるために用いられます。もう一つは仮面を装着することで素顔を相手に見せないという役割です。こちらは日本では覆面と呼ぶのが一般的です。古来より、仮面を付けたものは完全にその『モノ』と一体化すると考えられており、ときに神と一体化するために用いられる事もあったようです。このような経緯もあり、仮面は、役割を演じるだけでなく、それに関わる人に暗示を掛ける効果があります。

(2) 役割を演じる効果

悪堕ちにおいては、「役割を演じる」効果には「①役割を示す」「②均一化」「③悪堕ちアイテム」の3つの方向性があると考えます。

① 役割を示す

装着する仮面に応じ、どういう状態にあるのかを示します。例えば、悪の組織においては総帥の面を付けていればその人が総帥ですし、幹部クラスの面なら幹部、戦闘員クラスの面なら戦闘員、というわけです。逆に、見る人がその仮面の役割を知っていなければ無効です。

② 均一化

人間の顔は、その人を判別する重要な視覚的要素であり、その人が他の人とは違うという意味で、個性を表現します。顔を仮面で隠してしまえば、その人の個性は消滅し、付けている仮面に個性が支配されることになります。そして装着する仮面が同じものであれば、その仮面を付けた者同士は、同一の個性(役割)を持っていることになります。例えば、組織の下級戦闘員は全員同じ仮面を付けることがありますが、これは下級戦闘員という「役割を示す」と同時に、下級戦闘員に個性は必要ないという「無個性化」を図り、下級戦闘員の質を均一に保っていると考えられます。

③ 悪堕ちアイテム

①②が悪堕ちの過程や、結果として仮面を装着するのに対し、仮面が悪堕ちのきっかけになる場合があります。仮面が洗脳装置であるとか、仮面の怨念に徐々に精神を蝕まれるとか、あるいは仮面を装着することで仮面の表現する『モノ』と一体化するエクスタシーに苛まれる、といった状況があります。特に戦闘員化においては、仮面が洗脳アイテムであり、これを装着することで洗脳完了となることもあります。

また、仮面自体が主人である場合もあります。この場合、仮面が本体ですので、身体部分は仮面の憑代に過ぎず、仮面を壊さない限り、第二第三の憑代が犠牲者となっていくことが考えられます。

(3) 素顔を隠す効果

仮面の素顔を隠す側面、覆面の効果は、悪堕ちにおいて、「①正体を隠す」「②表情を隠す」「③相手に顔を見せない」の3つの意味合いがあると考えます。

① 正体を隠す

覆面は素顔を隠すため、その人物の正体が誰であるかを分からなくします。仮面を付けた正体不明の人物として登場し、主人公たちと敵対させれば、仮面が外れた瞬間に「まさかあなたが敵になったなんて」という驚愕や、「私たちを裏切っていたなんて」という絶望を感じさせることができます。

② 表情を隠す

相手に自分の表情を見せたくない場合があります。それは相手に対する、怒り、憎しみ、悲しみといった直接的な表情であるかもしれません。悪に堕ちた惨めな自分を見ないで欲しい、そういう感情と表情であるかもしれません。仮面は、こういった表情を全て包み隠して相対させることができます。

③ 相手に顔を見せない

例えば、特定の人物との戦いに破れ、顔に傷を負った過去があるとしましょう。敗北が原因で悪堕ちした人は、その傷を、過去の敗北を忘れないように消さない一方で、その傷を相手に見られるのは惨めなことであると考えます。故に、傷を隠すため、傷痕が残った顔を見せたくないために仮面を付ける場合があります。特に「そのツラを見るとな……昔お前に付けられたこの傷がうずくんだよ!」と発狂しながら仮面を脱ぎ捨てると悪役感が出て更に効果的です。

(4) 仮面が持つ役割が自他に暗示を掛ける

仮面は、それが示すものが何なのか、仮面と相対する相手が認識していないことには、役割を演じることができません。例えば鬼の面を被る場合、相手がそれを「鬼」だと認識しないことには、「恐ろしい面を被っている」という印象しか与えず、仮面が持つポテンシャルを最大限に引き出せません。 逆に、その仮面がどういう意味を持つのかが分かっている相手にとって、仮面は、役割を演じること以上の効果を生み出します。神事における神の演者は、神の役割を演じますが、神を示す面を付けることで神との一体化を果たし、そして周囲の人間が、演者を神として祭り上げます。そういうわけで、仮面には「役割を演じる」役割や「素顔を隠す」役割があるだけでなく、仮面自体が畏怖の対象であり、力を授けてくれるものという立ち位置があります。仮面の力を信じるが故に、自己暗示ながらも仮面に飲み込まれ、闇へと堕ちていくという点、また、身に付ける者をその存在と一体化させ、また、それを見る者に暗示を掛ける効果がある点では、単なる仮面であっても、文脈によっては不思議な魔力を持つ事があります。悪堕ちアイテムとしての仮面は、このようにして生まれるのです。

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