まえがき

コラムを書くきっかけはいつもTwitterのような気がする。今回もこの発端は「とりさん」の下記発言だった。

そういえばNTRといえば、リアルチャラ男の「何でNTRになったら可愛い女の子をケバくしなきゃいけないんだよ!そのままのかわいい姿でいいだろ!?」って叫びが忘れられません。チャラ男もケバいのは嫌なんだ…って思いました

https://twitter.com/tori33/status/1230673661264183297

リプライを追っていくと分かるが、「とりさん」本人も「ケバい」の中に褐色肌が含まれることを示唆している。恐らく、この「ケバい」は90年代末に流行った「ガングロ」や「ヤマンバ/マンバ」(「マンバ」は今もジャンルとして残っている)のことを指しているのだろう。しかし、ケバいのが好きそうなリアルチャラ男が嫌なのに、そういう表現をするのはなんでだろう、とここで疑問が浮かんだ。これは「堕ちたらケバくなる」というイメージがあるに違いない、と、その連想から、今回、「悪堕ちすると褐色肌になる理由」について迫ることにした。

というわけなので、この話は「褐色肌の魅力」には迫るものの、半分くらいは「(ガングロやマンバ)ギャル」の話をしている。

なお、「褐色肌」と言っても薄いものから濃いものまで様々あるので、「そのキャラクターは褐色肌ではない」と考える人もいると思う。

また、往々にして「肌の色の変化」と「衣装の色の変化」を混同して議論しがちであるが、今回は「褐色肌」のみに言及する。

対象とする悪堕ちに関して

今回の考察では、悪堕ちの対象として「NTR」を含む。このNTRは、先程の前提からして、「NTR作品=チャラ男に彼女が寝取られてギャルに堕ちる」という展開を想定する。

NTR自体は本来善悪関係ないジャンルであるが、悪堕ちジャンルとNTRとの相性は良く、作品数は多い。母数が多いために、「堕ちる=褐色肌」になる悪堕ちもそこそこ多い。

つまり、今回「悪堕ち」とするのは、一般的に認識されている「悪堕ち」の範囲からは少し広くなる。ただし、悪堕ちの定義を超えるものではない。

簡易的な理由について

主に以下の4つの理由が考えられる。

  1. 演出的な側面
  2. 自己実現的な側面
  3. 設定的な側面
  4. 作者の趣味

褐色肌と悪堕ちの歴史について

理由の中身について迫る前に、まず日本における褐色肌と悪堕ちの歴史について軽くまとめたい。とは言っても「褐色肌」の歴史ではなく、あくまで悪堕ちと関係する部分に絞っている。興味がある人は 「褐色肌」 「ダークエルフ」などの単語で検索してみるのがよいだろう。

まず、褐色肌が善悪の表現として語られ始めたのは「D&D」や「ロードス島戦記」などであることが指摘されている。ダークエルフは褐色肌であり邪悪なものとして認識されていたのが1980年代までの日本。

※ダークエルフの起源に関してはこちらのtogetterまとめが詳しい

しかし「邪悪=褐色の肌」という表現は、欧米で人種差別的な表現とされたこともあり、そのようなステレオタイプの表現は時代を経るごとに薄まっていった。2000年代にもなると、日本でもこのような考え方も薄れ、ダークエルフも善悪の関係ない1つの種族として存在するようになる。

ただ、大衆的な作品ではなく、アダルト向け作品などアンダーグラウンドな分野では褐色肌の悪役が登場することもあり、例えば「エンジェルブレイド」(2002年)のネイルカイザーは褐色肌の敵として有名である。

さて、具体的に悪堕ちの話に移る。

※2020/02/29追記
悪堕ちと褐色肌、という観点でルーツを遡ると、「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-」(1989年-1996年)に出てくるマァムが、ミストに憑依された姿(通称:ミストマァム)となった時に褐色肌になっている。この回は、週刊少年ジャンプに恐らく1996年に掲載されていたものと思われる。
※なお、本作はモノクロのコミックであるため、本当に褐色肌なのかどうかは判別できない。もし公式のカラーイラストがあれば御教授いただきたい。

悪堕ち的に重要な作品が「魔法戦士シリーズ」である。この1作目である「魔法戦士スイートナイツ」(2002年)では、主人公の2人であるスイートリップとスイートキッスは敵に堕とされた時に褐色肌となる。また、ファンディスク等でもこれら褐色肌となった魔法戦士が活躍する。この、魔法戦士シリーズをプレイした人が、悪堕ちすると褐色肌になる、というイメージを植え付けられた可能性は非常に高い。

なお、「魔法戦士スイートナイツ」の、飛んでの続編である「魔法戦士スイートナイツ2」(2004年)では追加戦士として褐色肌のスイートパッションが登場する。やはり褐色肌は人気があったのだろう。

※2020/02/29追記
似たような状況に、例えば「ブランディッシュ4」(1996年)のクレールは獣人化により褐色肌になる。「ナコルル ~あのひとからのおくりもの~」(2001年)に初登場する、 ナコルルの裏の姿であるレラも褐色肌ではあるが、褐色肌化と言うには少し薄い気もする。また、レラに関しては悪堕ちではなく別個体化闇堕ちと考えるのが良さそう。
なお、男性キャラクターでは、「Street Fighter ALPHA2」(1996年)が初出となる「殺意の波動に目覚めたリュウ」(闇堕ち?)や、「召喚王レクス」(1998年-2001年)のレクスが悪堕ちして褐色肌になっている。

直接的に「悪堕ち」と「褐色肌」が結びついたのは「エルフ姫ニィーナ~受胎蹂躙~」(2008年)である。2002年頃に成立した悪堕ちジャンルの流れを受けて、満を持して「悪堕ち」という言葉を宣伝文句に組み込んだ商業悪堕ち作品の先駆けと呼べる作品である。この作品の中で、主人公であるニィーナは、堕ちてダークエルフとなり、褐色肌へと変化する。いわば1980年代頃のステレオタイプのダークエルフのイメージを取り入れている作品である。

余談であるが、褐色肌の悪堕ちキャラクターとしては「ふしぎの海のナディア」(1990年)に登場するナディアや、「キャプテン・アース」(2014年)に登場する夢塔ハナなどがいるが、彼女たちは元々褐色肌であったため、ここでは「褐色肌へと変化する悪堕ちの例」としては取り扱わない。
※夢塔ハナは若干濃くなったか?

さて、悪堕ちの歴史としては、悪役が褐色肌だから、という理由と、悪堕ちしたら褐色肌になるから、という理由が支配的に見える。人種差別的な表現である「褐色肌=悪」という意識が薄れたはずの現代日本で、なぜ日本人は褐色肌を支持するのか。これが「ギャルと言えば褐色肌」という認識であり、togetter「悪堕ちすると褐色肌になる理由の考察」に書いた内容である。

なぜギャルといえば褐色肌のイメージになったのか?

元々日本には「白が美しい」とする文化がずっと続いていたようで、これは現在でも同じく続いている。平安時代に登場する女性が白粉を塗りたくるのはこの典型例である。この文化は1960年代に変わっていき、白一辺倒の状態ではなく、褐色肌も魅力的である、という形になった。

とはいえ、日本人が褐色肌になるためには、普通は海に行って焼かないといけないので、時間もコストも掛かるはずだが、1960年代の日本では、褐色肌は「健康である」象徴とともに(その希少価値により)「美しいもの」とされるようになったのではないかと考えられる。

1980年代になると、医療的に日焼けができる装置が日本にも導入され、海に行かなくても日焼け処理ができるようになった。ちょうどバブル期ということで、いわゆる「ファッション」として褐色肌になる人が増えた可能性もある。サーフィンが流行ったことも理由であろう。サーフィンが流行ったことで、これまたファッションとして、海でサーフィンはしないけどサーフボードを持って市中を歩く「陸サーファー」という概念が生まれた。このように褐色肌とは、流行、ブームの先端だったと判断することができる。

1990年代中盤に入り、この80年代に流行った陸サーファーが再びブームとなり、その延長上に1990年代末の褐色肌ブームがある、と見ている。つまり、ギャルが褐色肌なのは流行を追いかけているからであり、1990年代末のブームが視覚的にもインパクトが高いものであったため、と考えられる。

では、なぜ(心情的な意味で)ギャルは褐色肌になろうとするのか。 これ自体は様々な調査結果があり、十人十色だが、やはり「健康的に見えるから」という回答が多数とのこと。その他、白を求めるよりも黒を求めたほうがアイデンティティを確立できるため、というのもある。ギャルというコミュニティ(または各小集団)への帰属意識、リーダーへの忠誠度の観点から、どんどん黒くなっていく、という心理もあったようだ。つまり、褐色肌になるのは、健康的に見られたいという正の側面もあれば、体制への反抗、帰属意識の重圧といった負の側面もあったと考えられる。

ただ、日焼けするということはシミなどの原因になって、結果的に後に禍根を残す。こういった理由で褐色肌は廃れていったという見解がある。

いずれにしても、日本人の価値観の根底には「褐色肌は健康的な証」という考え方があり、「希少価値が高いもの」というのも手伝っているような気がする。NTR作品においてNTR側は「チャラ男」などと呼ばれるが、このチャラ男が日焼けしているのは流行を追いかけているからであり、それがかっこいいとされる世界に生きているから、と考えられる。そのチャラ男を「かっこいい」と思うようにNTRれてしまったヒロインが褐色肌になるのは至極当然な流れである。そういう意味では、ギャルというのは褐色肌である、という世界観よりも、自分が惚れた男が褐色肌だからそれを目指して自分も褐色肌になる、というのが心情的には正しいように思われる。

ギャルならば褐色肌、ではなく、褐色肌を求める原因と結果があった末にギャルになる、というのが実情であろう。

ちなみに「ギャルといえば褐色肌」というイメージだが、ギャルならば褐色肌である、とは現時点ではならない。カリスマギャルと言われた安室奈美恵氏はこちらの傾向だが、その後2000年頃から台頭してきた第2のカリスマギャルと言われる浜崎あゆみ氏は「白」よりのギャルだった。前述のようなサーファーブームというのは定期的に来ているため、褐色肌ブームもこれに付随して定期的に来るものと考えられるが、「ギャルといえば褐色肌」という考え方は、この2000年前後を境にぱっつり分かれるのではないか、と考えられる。

なお、(正確にはギャルではなくコギャルと言われる主に高校生のギャル)海外から見た日本のギャルというのは大変特異なものとされていたようだ。特にガングロやマンバのことだ、ある日突然、女子高生が色黒金髪になってメイクも派手になり、改造制服を身に着けるようになる。そういう「凄まじいギャップ」のイメージが先行して、海外では Bimbo と呼ばれるジャンルがあるが、そういうので色黒金髪ケバメイクになるのは、こうした日本の文化の影響がある、と考えられる。

ここまでをまとめると

まず、人種差別的な表現を想起させるという観点で、「褐色肌なら悪人である」という結論はここでは取り扱わない。これを前提として、悪堕ちと褐色肌の歴史と、日本人には、褐色肌が健康的な証であり、希少価値が高い美しいものであるという考え方が根底にあると述べている。また、それの典型的な例が2000年までの「ギャル」という存在であるが、このギャルが褐色肌であったために、チャラ男と結びつきやすいギャルのイメージとして褐色肌がある、と考える。ダークエルフが褐色肌だったから、とか、悪堕ちしたら褐色肌になる作品があるから、というのは現代日本において、あくまで「褐色肌が魅力的である」に連なる副次的な理由だと考えている。

①演出的な側面

さて、ここまで辿り着くまで長かったが、ここからは「悪堕ちすると褐色肌になる理由」について考える。

まず、一番大きいのは演出的な側面だろう。ゾンビや悪霊が青肌で表現されるのも演出的な理由によるものであるのと同じように、褐色肌になるのは、黄色人種である日本人からすれば、別の存在になるということを視覚的にわかりやすく表現する。変化ジャンルである悪堕ちジャンルからすれば、視覚的な変化は非常に重要であり、対象者の視覚的面積の多くを占める肌の色を変えてしまうのは、悪堕ちの観点から非常に効果的だと言える。

例えば最近の話で恐縮であるが、「Fate/Grand Order」に登場する牛若丸は、メインストーリーでケイオスタイドという泥に侵されて黒化した。このときの表現が濃い褐色肌であり、牛若丸という存在が人間(英霊)ではなくなったという表現として、視覚的に非常に明確である。

②自己実現的な側面

前述の2000年までのギャルが褐色肌であったように、自ら表現したいことがあるから褐色肌になるのだ、という考え方である。

表現したいこととは、白一辺倒が重宝される社会への反抗であったり、白の中で黒が目立つように、自己の確立であったりする。また、惚れた男が褐色肌だったから、という理由も、自分が褐色肌になる理由として非常に妥当である。

③設定的な側面

エルフがダークエルフになる原理であるとか、前述の黒化牛若丸といった、本来の存在とは異なる存在になったから肌の色が変わるのだ、とする設定的な側面がある。肌の色が変わる原理は世界観によって様々ではあるが、邪術に手を出したからだ、とか、純血種に別種が混じったからだ、とかが一般的であろうか。

④作者の趣味

結局は、作者がそうしたいから、という作者の趣味に帰結する場合がある。前述の「魔法戦士シリーズ」で悪堕ちすると褐色肌になるのは、演出的な側面を踏まえても作者の趣味かもしれないし、それに大きく影響を受けている「TS魔法少女なお」シリーズも、悪堕ちすると褐色肌になるのは作者の趣味であるかもしれない(なお、後者に関しては作者が褐色肌を趣味であると認めている)。

なお完全に余談であるが、魔法少女関連の話として、「プリズマ☆イリヤ」シリーズに登場するクロエも褐色肌の魔法少女であり、イリヤと対をなす存在であるが、正確には悪堕ちではない。このように、別個体の表現として褐色肌が用いられる場合がある。

褐色肌が好きな理由

ここでようやく、「悪堕ちすると褐色肌になるのはなぜか?」という理由の考察から、「褐色肌が好きな理由」という理由に移ることで、この一連の考察を終えることができる。

褐色肌が好きな理由は人によって様々だろう。が、社会学的には前述のギャルで説明したように、

  • 流行の最先端であるから(逆説的な理由)
  • 健康的な証であるから(肉体美の表現)
  • 希少価値が高いから

という観点は、当たらずとも遠からずといった感じだろう。この他、褐色肌では光を浴びたテカリが表現され、それが艶かしく感じる、という人もいる。

結論

悪堕ちジャンルからすれば、ダークエルフのイメージ、または魔法戦士シリーズのイメージが強いから、ということになる。一方で、現在では「NTR」ジャンルが流行しており、これによって「堕ちる」=「ギャルになる」というイメージもあり、ギャルに堕ちたという表現として褐色肌が用いられる場合がある。この2点が、悪堕ちすると褐色肌になる理由として支配的であると考えている。ただし、あくまで悪堕ちジャンルに紐付ける場合による考察であり、日本人が褐色肌が好きな理由とはまた論点が異なる。

また、「日本人が褐色肌が好きな理由」とは書いたが、全ての日本人が好きという話ではない。好きな人もいれば嫌いな人もいて、好きな人が好きな理由、という話である。むしろ前述の「ナディア」が悪女だったために褐色肌の女性が苦手になったという人もいる。