7 悪堕ち戦略論
ここでは、悪堕ちが持つ戦略的な側面の話をしていきます。
目次
(1) 悪堕ち戦略論その1 悪堕ちが与える影響
悪堕ちは、前提として創作世界に限定される概念ですが、実際に現実世界で悪堕ちが発生すれば、どのような影響が考えられるでしょうか。悪堕ちが与える影響として、次の5つが考えられます。
- 悪堕ちにより味方が1人減る。更に悪堕ちした人が敵勢力へ下った場合は敵との戦力差が2人となる。
- 悪堕ちによる情報の漏洩。敵組織へ下る場合は味方の重要な情報が敵の手に渡ってしまう。また、その人物が持っている生体情報の悪用などが考えられる。
- 悪堕ちした人物を相手にするという精神的圧迫感。
- 悪堕ちした人物の人質的な役割。特に「操られているだけだ」「救い出すことができる」という思い込みは行動を鈍らせる。
- 悪堕ちの発生を受け、次は誰が離反してしまうのかという疑心暗鬼になる。
悪堕ちが発生するだけでこのように現場は混乱に陥る上に、連鎖堕ちまで発生するような状況になれば、その戦力差をひっくり返すことができないまでに追い詰められてしまうでしょう。例えば映画「ドラえもん のび太と銀河超特急」(1996)に出てくるヤドリという宇宙征服を企てている寄生生物は、人間に寄生することで仲間を増やすことができ、その人間の身体を利用することでセキュリティを突破したり、親しい人間を騙し討ちにしたりして、どんどんと勢力を拡大させることが可能でした。寄生生物の数が限られている場合は対象を全て物理的に破壊すれば良いですが、ゾンビパニックに代表されるパンデミックのような、寄生生物やウィルスが無限に増殖していくような事例では、それ以上の立ち回り、隔離であったりワクチンの開発であったりが求められるため、時間との勝負になることが大半です。
(2) 悪堕ち戦略論その2 悪堕ちによる成長
悪堕ちでは正義側から悪側への変化という、勢力間の移動が発生します。このため、正義側からは見えなかったものが、悪側に移動することによって見えてくることがあります。そういう観点で、悪堕ちは成長の物語を含んでいます。堕ち名残が発生すれば、純粋に成長した姿で味方に戻って来ますし、これまで味方だった人物と敵対して拳を交えてみることで、これまで発見できなかったその人物の想いに気付くこともあるでしょう。
また、悪堕ちすると欲望に忠実になります。本当の自分の解放と呼ばれるように、これまで隠してきた想いや考えを曝け出すようになりますので、悪堕ちは本当の自分を周囲の人間に理解してもらえるタイミングになります。これにより、堕ちる前に本人が悩んでいた状況が改善される場合もあるでしょう。
純粋に『変化』が訪れることで、色んな人間の成長を促すことができるのも、悪堕ちの特徴です。
(3) 悪堕ち戦略論その3 悪堕ちによる救済
よく、悪堕ちは救いだ、と表現する人がいます。悪堕ちとは強制的に対象者に悪属性を付与して変化させることであり、これによりその対象者が持っていた役割や運命を破壊することができます。特に二次創作においてよく主張される理論で、原作では、対象者は自らに与えられた役割や運命に従って凄惨な最期を遂げてしまったけれども、特定のタイミングで悪堕ちしていれば救われていたのではないか、と考え、実際に運命を改変します。二次創作において悪堕ちが盛んに取り入れられるのも、こういった、自分が好きなキャラクターを救いたいという想いを込める人が多いためです。なお、このような経緯から悪堕ちはハッピーエンドと解釈される場合があり、悪堕ちの物語はしばしば「メリバ(=メリーバッドエンド)」となります。
(4) 悪堕ち戦略論その4 逆説的悪堕ち
基本的に、悪堕ちする対象者がいて、その対象者が悪堕ちする過程があって、実際に悪堕ちする、この一連の流れをもって悪堕ちと表現しますが、逆に悪堕ちという単語や概念が一般的に広まってきた現在においては、悪堕ち属性の付与により逆説的に悪堕ちさせる(悪堕ちになる)手法が存在します。
具体的な効果の例として、全く関係のない人物を一人創り上げるよりも効率的に新規キャラクターを一人増やすことができます。格闘ゲームにおいては、例えば「THE KING OF FIGHTERS ’97」(1997)で突如として乱入してくる暴走庵(ツキノヨルオロチノチニクルフイオリ)のように、既存のキャラクター(八神庵)の色替えを行い、待機モーションなど一部のモーションを変化させて調整するだけで、既存のキャラクターとは全く別のキャラクターになることが示されました。悪堕ち属性の付与の利点は、このように既存のキャラクターの設定を生かしつつ、全く新しいキャラクターを創出できるところにあります。
一方で現在は、悪堕ち属性を持っているならそれは別キャラだ、という安易な認識が発生しやすい状態であるとも言えます。特に典型的なのが「悪堕ち差分法」という手法で、ある既存のキャラクターに対して色替えを行い、少し表情を変えてダークな雰囲気とし、悪堕ちしているという設定を付け加えるだけで、それは別キャラであるという主張です。黎明期のソーシャルゲームのようなゲームシステムでは「カード」が重要であり、それに描かれているイラストの価値が高いという状況が発生しました。悪堕ち差分法は効率的に新規カードを生み出せるという観点で、ソーシャルゲームに多く取り入れられた時代がありました。しかしながら、悪堕ちはその過程も含めて全体を楽しむものですので、見た目とカードテキストでしか悪堕ち要素がない悪堕ち差分法は、それ以前に多くの悪堕ちを嗜んできた人々からは不評だった形です。
このように、悪堕ちジャンルが人気だからといって、悪堕ちという単語を用いればどんなキャラクターでも魅力的になるという話ではありません。キャラクターの説明文に「過去に悪堕ちした」という説明がなされていても、作中で悪堕ちした原因やその過去について語られていなければ、そのキャラクターは最初から悪に与するただの悪人に過ぎません。また、悪堕ちと「見た目が悪そうになる」もまた別の概念です。既存のキャラクターの「色替え」に始まり、「2Pカラー」「衣装チェンジ」「悪コス」「ビッチ化」「悪い子」といったジャンルは悪堕ちと異なる概念なのですが、悪堕ちが人気だからといって、このように創られたキャラクターに「悪堕ちタグ」が付けられる場合があります。いずれの場合も、悪堕ちの設定が語られていなければ、悪堕ちという言葉を使っても、そのキャラクターは悪堕ちとして認められないのです。
(5) TCGと悪堕ちの関係
「TCG」とは「トレーディングカードゲーム」の略で、TCGを扱った作品としては「遊☆戯☆王」シリーズ(1996-)や、「カードファイト!! ヴァンガード」シリーズ(2011-)が登場人物が悪堕ちする作品として有名です。TCG作品には多くの悪堕ちキャラクターが存在しますが、ここではなぜTCGと悪堕ちの相性が良いのかを考察します。基本的には次の3つの理由によるものだと考えています。
① 勧善懲悪と成長の物語
TCGは玩具(ホビー)ですので、子供向けとして展開されることが主流です。子供向けであるならば、作品の根底に勧善懲悪が盛り込まれることは必然です。勧善懲悪の物語では、主人公側が正義、敵側が悪という構図が成立し、また視聴者にとっても正義と悪の対立の構図がイメージしやすいため、悪堕ちの概念が盛り込みやすいと考えられます。また、悪堕ちは成長の物語であることも、主人公たちが成長していく様子を描く子供向け作品として重要であるためと考えられます。
② 身体能力に依存しないバトル
正義と悪に分かれ、敵と味方が明確な作品では、しばしばバトルが発生します。このバトルが個人の身体能力に依存してしまうと、どうしても身体的に優位な、老人より若者、女性より男性の方が活躍してしまう状況になってしまいます。しかし、TCGではカードバトル(デュエル)の実力は身体能力に紐付かず、カードをどれだけ上手くプレイできるかという頭脳や経験が生きてきますので、老若男女問わず活躍できる舞台と解釈できます。こういった前提があるので、老若男女全ての人物が主役になれるという観点で、逆に悪堕ちに対する間口が広いのがTCGの特徴です。
また、バトル作品は常に戦うべき敵を求められますが、悪堕ちイベントを盛り込めば新しい敵を用意できますし、その敵はこれまでの敵と毛色が違いますから、新しい戦い方を編み出さねばなりません。そういった、いつもと違う状況が発生すれば、主人公たちにとって、また成長できる機会になるというわけです。
③ 販売戦略
TCGのビジネスモデルも悪堕ちと相性が良いことが考えられます。実はホビーの中では、TCGは上位の市場を持っており(※参考 2015年度/963億円、2016年度/1046億円、2017年/876億円、2018年/1086億円 いずれも「日本玩具協会」の玩具市場規模調査結果による)、そういう側面では、ビジネス色が強い、企業の介入や恩恵を受けやすい分野であると考えられます。TCGは主に「トレーディングカード」と「カードゲーム」の側面を持っており、カードに対してどれだけ付加価値を付けられるか(トレーディングカード)と、どれだけユーザーを囲い込めているか(カードゲーム)が売上に直結すると考えられます。
さて、TCGというビジネスモデルが確立されている中、それぞれのTCGが生き残るために新しい付加価値を付けようとします。例えば、カード(デッキ)と使い手を組み合わせ、使い手を推して行けば、特定のカードのレアリティをコントロールすることができます。このような売り方をする場合に、TCG作品駆動だと大変都合が良くなります。TCG作品において、カードと使い手は基本的に紐付きます。逆に言えば特定のキャラが使うカードは安易に交換することができず、新しいカードを追加したいときは新しいキャラを登場させて新カードを使わせるのが無難ですが、新しいカードを追加する度にキャラが増えていっても収拾がつかなくなるため、ここで主人公クラスのキャラを悪堕ちさせるという手法が検討されます。TCGの悪堕ちキャラのデッキは主に3パターンあります。
- デッキの内容は変わらない。使用者が悪堕ちしたので戦略が変わる。
- 使用者に釣られてデッキの内容も悪堕ちしたものになる。
- 悪堕ちに伴ってデッキがまるごと入れ替わる。大抵は他者・他所から与えられるデッキ。
新しいカードを入れるのであれば3が効率的ですが、悪堕ちとしては連鎖堕ちの観点で2の選択肢を取って欲しいという想いがあります。ちなみに、新しいカードを使わせたからといってそのカード(を含むパック)が売れるとは限りません。あくまで「カードゲーム」として、カードの性能をきちんと調整できた上ではじめて売上が立つ業界だと考えています。
(6) 悪堕ち戦略を用いる事例
これまでの悪堕ち戦略論を総合すれば、戦略的要素と成長要素を持ち、自らの選択によって行動を変えることができるという観点で、ゲームと悪堕ちは相性が良く、また魅力的なものであると考えられます。実際にゲームにおける悪堕ちは多く、例えば「ライブ・ア・ライブ」(1994)のオルステッドや「ゼノギアス」(1998)のエリィ(エレハイム・ヴァン・ホーテン)はプレイヤーキャラクターでありながら最終的には悪堕ちしてしまうという驚愕の展開となりました。
また、主にアダルトゲームでは、プレイヤーが選択肢を選ぶことでヒロインを悪堕ちさせることができる「悪堕ちルート」を用意している作品があり、中には、むしろ悪堕ちさせる『バッドエンド』を正規ルートとする作品も多くあります。悪堕ちを扱っている有名なブランド、作品で言えばTriangleの「魔法戦士」シリーズ(2002-)、MAIKAの「超光戦隊ジャスティスブレイド」シリーズ(2004-2012)、dualtailの「VenusBlood -DESIRE-」(2009)以降の「VenusBlood」シリーズ、Portionの「ディバインハート」シリーズ(2011-)、heat-softの「突怪」シリーズ(2011-)などがあります。
ゲームにおける、悪堕ちする主人公の事例として優秀なのが、スーパーロボット大戦OGシリーズに登場するエクセレン・ブロウニングです。彼女は、まず「スーパーロボット大戦COMPACT2 第2部:宇宙激震篇」(2000)の主人公として登場しますが、続く「スーパーロボット大戦COMPACT2 第3部:銀河決戦篇」(2001)にてアインストに操られ、もうひとりの主人公であるキョウスケ・ナンブと敵対する形で出現し、乗機もヴァイスリッターが改造されたライン・ヴァイスリッターへと変貌しています。エクセレンが登場し、悪堕ちする話はリメイク・リライト作品もあり、数が多いのですが、彼女がどのように敵になっていくかを知りたい場合は、EPISODE1でのイングラム・プリスケンによる洗脳と、EPISODE2でアインストへの覚醒がシナリオを追って確認できる「スーパーロボット大戦OG ORIGINAL GENERATIONS」(2007)をプレイすることをお勧めします。彼女の例を引用すれば、悪堕ち戦略論的には悪堕ちは味方が一人減る(エクセレンとヴァイスリッター)状況であり、敵が一人増える(アインストエクセレンとライン・ヴァイスリッター)ということになります。また、彼女は悪堕ちによる成長があり、堕ち名残の名残悪部分であるライン・ヴァイスリッターをそのまま駆って味方に復帰します。このような経緯により、悪堕ち戦略論を語る上で彼女の存在は欠かせません。
最後に、「聖剣伝説3」(1995)のリースについて紹介します。リースは清楚で純情なキャラクターで、ローラントという王国の王女でした。しかしローラントはナバールという国に侵攻され、父を亡くし、弟と離れ離れになり、国を失いました。ローラントを復興する、その強い想いで旅立ちを決意した、というのが本作のプロローグです。このようなキャラクターの設定や世界観により、未だに根強い人気を誇るヒロインがリースです。そして本作には「クラスチェンジ」システムがあり、特定の条件を満たすと光のクラスか闇のクラスかを選んでクラスチェンジを行うことができます。「アマゾネス」というクラスだった彼女は、クラス2を闇に、クラス3を更に闇に進めれば「フェンリルナイト」という強力なクラスへとクラスチェンジすることができるのですが、このフェンリルナイトのイラストが、彼女がビキニ姿をベースとした非常に扇情的なデザインの衣装を身に着けており、元々のイラスト(アマゾネス)とのギャップもあって、多くの人を惹きつけました。フェンリルナイトリースは、次のような悪堕ちの魅力に通じる要素を持っています。
- 表情変化(ギャップ萌え)
- 露出増加(ギャップ萌え+性的要素)
- 光沢あるぴっちり衣装(SM要素)
- 豊胸(ギャップ萌え+性的要素)
- 褐色化(ギャップ萌え)
- フェンリル(憧悪)
- 狼耳、角、尻尾(ギャップ萌え)
- 「能力を下げ、なぶるように叩きつぶす」という戦闘スタイルの変化(ギャップ萌え+SM要素)
フェンリルナイトリースは正しくは闇堕ちですが、悪堕ちの魅力的な要素を全て満たすため、悪堕ちキャラとして引き合いに出されることがあります。なお、本作中では悪堕ちしなかった彼女ですが、ソーシャルゲーム「聖剣伝説 CIRCLE of MANA」(2013-2015)にて、敵であった竜帝に従う「竜将リース」という形で悪堕ちすることになりました。このように、原作があるソーシャルゲームでは、原作にはなかった設定を付け加え、平行世界の別キャラであるという扱いでオールスター的に登場させることができるという観点でも、ソーシャルゲームと悪堕ちは相性が良いと言えます。